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中国の大国化、世界の多極化

2007年6月5日   田中 宇

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 5月18日からドイツで開かれたG7の財務相・中央銀行総裁会議に、アメリカのポールソン財務長官が欠席した。欠席の真意についてはいろいろ書かれている。ヘッジファンドに対する規制をめぐり、今年のG7(G8)議長国であるドイツが比較的強い規制を提案したのをアメリカが拒否したため、ドイツのシュタインブリュック財務相が激怒し、アメリカで開かれた前回の会議を「家族と休暇を取る」という理由で欠席したが、これの仕返しとして今度は米側がドイツでの会議を欠席したのではないか、とも言われている。アメリカの金融市場はヘッジファンドによるレバレッジ(借り入れによる投資)に支えられている部分が大きいので、アメリカはヘッジファンドを規制したくない。(関連記事その1その2

 今回、私が注目したのは、ポールソン欠席の「裏の理由」ではなく「表向きの理由」である。米財務省が発表した欠席の理由は「G7会議の直後の日程で、中国の代表団が訪米し、2度目の米中戦略会議が開かれるが、ポールソンはこの準備に忙しいのでG7に出る暇がない」というものだった。米財務省は、G7より中国との2国間会議の方が重要だ、と宣言したのである。

 従来の常識から考えると、先進国の集まりであるG7の会議より、まだG7にも入れない中国との会議の方が重要だという宣言は、ほとんど本気のものとは受け取れない。米財務省は、ドイツなど他のG7諸国を煙に巻くために、半ば冗談としてこんな宣言をしたのではないかとも疑える。

 しかし、5月30日付けでFT紙(フィナンシャルタイムス)の主席の解説記者であるマーティン・ウォルフ(Martin Wolf)が「国際経済の関する世界で最も重要な首脳会議は何か。答えはG7ではない。米中2国間で(半年ごとに)開かれている戦略会議である」という書き出しの記事(The right way to respond to China's exploding surpluses)を出しているのを見て、G7より米中交渉の方が重要だという見方は、冗談ではないのだと感じられるようになった。(関連記事

 ウォルフの記事によると、今の世界経済にとって最も重要な課題は、巨額の外貨を貯め込む中国に対し、いかに金を使わせるかということであり、そのため中国が入っていないG7より、米中交渉の方が重要なのだという。ウォルフは、G7をやめて、代わりにアメリカ、欧州(ユーロ圏)、日本、中国という世界4極会議を持った方が良いという、大胆な主張までしている。(いずれインドも入れて5極にした方が良いが、まだ時期尚早だという)

 私が見るところ、もっと中国に消費させねばならない理由は、これまで世界最大の消費国だったアメリカが、すでに国家財政と家計の両方が借金漬けになり、住宅バブルの崩壊もあって、もはや消費できなくなりつつあり、代わりの新たな大消費地を早く作らないと、世界経済が不況に陥ってしまうからである。資本家は、気前の良い大勢の消費者を常に求めている。1980−90年代には、高度経済成長を成し遂げた日本やドイツに対し、アメリカから「もっと消費しろ」という内需拡大の要求がかかっていた。

 先進国の人々は、もはや買いたいものは大体買ってしまっているので、G7は消費地として期待できない。ウォルフは「中国政府は、医療費や教育費に、もっと金を出した方が良い」と書いている。中国では10億人が住む農村で、医療保険がないために満足な医療を受けられなかったり、学校が有償制になったため学校に行けない子供が増え、問題になっているので、中国政府はそこに金を使えというわけである。

▼中国の空母建造に協力を申し出たアメリカ

 世界経済が、消費大国としての中国を必要としているということは、もはやアメリカが中国を、軍事攻撃や謀略的な争乱醸成によって政権転覆して潰すことはあり得ないだろう、ということでもある。中国を政権転覆して潰したら、イラクのような大混乱になり、消費を拡大するどころではなくなる。先進国は年3%しか経済成長していないが、中国は10%の成長を続けている。この成長は、世界経済にとって必要不可欠になっている。(関連記事

 日本人の中には「アメリカは、日本をけしかけて中国と戦争させたがっている」と考えている人が意外と多いが、多分それは対米従属観に影響された被害妄想である。米政府は、ニューヨークの資本家(機関投資家)が了承しなければ戦争しない。米中2国間交渉を仕切っているポールソン財務長官は、ニューヨークの資本家の代表格である投資銀行ゴールドマンサックスの会長から転任してきた人である。彼は就任以来、中国に消費させるための画策をやり続けている。(関連記事

 最近、米軍は、中国を敵国ではなく同盟国として扱うような方向に、軸足を移しつつある。5月中旬に海軍どうしの軍事交流のために中国を訪問したアメリカのキーティング海軍大将は、中国側の軍幹部から、中国も空母を持ちたいという希望を聞き「空母の建造と運営は大変な事業だが、中国が本当に空母を持ちたいと望むなら、その気持ちは理解できるので、アメリカは喜んで協力したい。アメリカはこの分野で中国と不必要に敵対するつもりはない」と記者会見で表明した。(関連記事

 5月下旬には、欧米間の軍事同盟体であるNATOの幹部も、インタビューの中で、中国との緊張関係を完全に解き、軍人どうしの交流関係を持ちたいと表明している。(関連記事

 アメリカのゲイツ国防長官は、アメリカと中国は、冷戦末期のアメリカとソ連のように、話し合いによって敵対から友好へと転換していく時期にあると述べている。(関連記事

▼資金運用大国になる中国

 大国が国際的に持つ影響力(覇権)として最も重要なのは、軍事力ではなく、それらの源泉となる経済力である。そして、中国の拡大が最も顕著なのは、軍事力よりも経済力である。また今後、アメリカの衰退を最も決定づけて行きそうなのも、軍事力よりも経済力である。

(米政府は今後、老人向け政府医療保険のメディケアや公務員年金など、社会保障支出が急増することが確定しているが、米政府は数字を良く見せたいので、発表する財政赤字の中に、この未来の支出増を盛り込んでいない。民間の企業会計では、赤字が判明した時点で計上することが義務づけられており、その会計基準に従うと、米政府の財政赤字は、発表されている6倍の1兆3000億ドルに達する。財政赤字はブッシュ大統領の任期が終わった後に急増しそうだ)(関連記事その1その2

 中国は従来、製造業を発展させ、工業製品の輸出で経済力を伸ばしてきたが、輸出の儲けが貯まり、外貨準備も急増して今年3月には日本をしのいで世界一(1兆2000億ドル)になった。中国政府は従来、慎重な資金運用に徹し、貯めた外貨の多くで米国債を買い、アメリカの赤字を中国の黒字が埋めるかたちになっていた。しかし中国政府は今年初め、資金運用のための新機関を作ることを決め、投資の多様化と効率化を進めるとともに、投資技能を向上させようとしている。(関連記事

 その具体的な動きとして中国政府は5月下旬、企業買収を専門にするアメリカの大手投資会社ブラックストーン社の株の約8%を買い、資本参加した。中国政府は昨年、アメリカの国際パイプライン敷設会社ユノカルを買収しようとして、米議会に反対されて失敗している。中国政府は豊かな資金を使って欧米企業を買収し、国家戦略に必要な技能を取得しようとしたが、中国の台頭をおそれる欧米側は、買収拒否の意志が強い。そのため中国は、ブラックストーンのような企業買収会社に資本参加することで、間接的な買収戦略を採ることにした。(関連記事

 今後、中国が投資技能を高めて米国債を買わなくなると、アメリカでは国債の売れ行きが悪くなって金利が上昇する懸念がある。国連の経済社会局は最近、アメリカは巨額の赤字が嫌気され、ドルの急落が起きかねないと警告した。(関連記事

▼アフリカは中国の傘下に

 中国が金持ち国になったことが欧米の覇権を陰らせている象徴的な例の一つは、アフリカで起きている。アフリカ諸国は従来、世界銀行や欧米諸国からの融資を受けて国を回してきたが、世銀や欧米は、アフリカ諸国の政府が自国内の人権侵害や地域紛争をやめない限り融資をしないという条件をつけ、圧力をかけ続けてきた。

 もともとアフリカは、植民地宗主国の欧州諸国が談合して大陸を分割し、地元の人々が統治しにくいような国境線を引いた上でそれぞれを独立させ、民族紛争や周辺国との紛争が絶えず、地元の政治家たちが独立後も旧宗主国の介入に頼らざるを得ない状況を作った(このやり方はイギリスが発明し、フランスに真似させた)。世銀や欧米諸国からアフリカへの条件つきの融資は「間接植民地支配」の道具だった。(欧米の人権団体も、意識的または無意識のうちに、この支配構造の一部になっている)(関連記事その1その2

 中国は、石油や鉱物資源を買い漁るとともに、中国製の安い日用品などを売ることを目的に、何年か前からアフリカに食い込み、積極的な開発融資や、道路や鉄道などの建設事業を援助している(中国が輸入する石油の3割がアフリカ産)。中国からの援助には「人権」や「民主」といった条件がついていないので、アフリカ諸国は世銀や欧米からの援助を断り、中国からの援助に乗り換える傾向を強めている。アフリカ諸国は5月中旬、アフリカ開発銀行の年次総会を上海で開き、中国政府は今後3年間で200億ドルのインフラ投資をアフリカ諸国に対して行うことを約束した。(関連記事

 欧米の側では、ブッシュの世界戦略の失敗を乗り越えて米英中心の世界体制を何とか維持したい任期切れ間近のイギリスのブレア首相が、この中国の攻勢に対抗し、他の先進諸国(G8)に働きかけてアフリカ支援を拡大しようとしてきたが、ほとんど成功していない。(関連記事

 アフリカに対しては、中国ばかりでなく、中東産油国などからの民間の投資や融資も流入している。融資や援助を使った欧米の政治的な介入は効かなくなりつつある。(関連記事

 中国は、アフリカだけでなく、中南米や中央アジアなどの諸国に対しても開発援助を拡大している。中南米では反米感情が強く、中南米側は、中国との連携強化はアメリカの影響力を排除するために好都合だと考えている。従来、中南米には中国ではなく台湾(中華民国)と外交関係を結んでいた国が多かったが、中国の影響力拡大によって、台湾から中国に乗り換える動きが出ており、台湾は絶望的な後退を余儀なくされている。(関連記事

 発展途上国への援助の役割を中国に奪われている世界銀行では、ウォルフォウィッツ総裁がスキャンダルで辞め、代わりに元国務副長官のゼーリックが総裁になることになったが、ゼーリックは昨年までの国務省時代に、中国を「責任ある大国」にすることを第一の任務としており、中国の覇権拡大を積極的に容認している人物である。今後の世銀は、開発援助を使った中国の覇権拡大に対抗する姿勢を弱め、中国の台頭を容認する方針を採りそうである。(関連記事

【続く】



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