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新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題

2009年10月31日   田中 宇

 12月にデンマークのコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約の締結国会議(COP15)に向けて、世界各国で温暖化対策の取り組みが進展しているが、英国人で以前から「温暖化問題はでっち上げだ」と主張している元新聞記者のクリストファ・モンクトン卿は、米国各地を回り、米国民に「オバマがCOP15に署名するのに反対せよ」と焚き付けて回っている。 (Lord Christopher Monckton-Climate Change-Treaty-Videos

 今回のモンクトンの反対論の主旨は「COP15で各国が署名しようとしている条約草案には、すでに温室効果ガスを大量に排出した先進国が、それに見合う巨額資金(毎年670億-1400億ドル)を出し、これから排出を増やす新興市場諸国や発展途上国の環境対策費用を補填する義務が盛り込まれる。しかも、その実施を監督するため、国連に温暖化対策のための『世界政府』を作り、条約締結国は財政、経済政策、税制、環境などの分野で国連の世界政府からの介入を受け、主権を制限される。こんな国家主権を売り渡す条約に入ってはダメだ」というものだ。 (Has Anyone Read Copenhagen Agreement? - UN2 plans for new 'government' are scary

 温暖化対策推進者たちはモンクトンに陰謀論者のレッテルを貼っている。しかし、モンクトンは自らの主張の証拠として、国連の気候変動枠組み条約会議のウェブサイト <URL> にある、同会議の作業部会が今年10月にタイのバンコクでの会議の結果としてまとめた条約草案のファイルを提示している。そのファイルをみると、確かにモンクトンが指摘するように、18-19ページに、条約を実行するための機関として、先進国が出した金を管理する「政府」(government)と、先進国から金を集める仕掛け、途上国に金を出す仕掛けという3つの柱を作ると書いてある。 (FCCC Note by the secretariat

 同様に39ページには、2020年までには、毎年670億ドルもしくは700億-1400億ドルの資金が途上国に流れるようにすると書いてある。また135ページには、この金を先進国が予算から出せない場合、先進国間の国際航空券に課税するか、もしくは先進国間の金融取引に2%の課税をして資金を作る選択肢が用意されている。これらの課税方法は、以前から国連を世界政府に仕立てるための独自財源として構想されていた「トービン税」などと同じものである。「気候変動枠組み条約は、国連に世界政府を作り、先進国から国権と金を剥奪する条約だ」というモンクトンの指摘は当たっている。彼は条約草案文について「国連は、意図的に難解な文章とすることで、条約の真の意味を各国の国民に知られないようにしている」と批判している。 (G8からG20への交代

▼損する側と得する側の入れ替え

 地球温暖化問題は従来、中国やインドなど新興国が先進国から参加を求められて断り、先進国が作る国際世論から批判される構図だった。枠組み条約には、最初は先進国だけが加入して温暖化対策を義務づけられるが、先進国が対策を一段落させた後は、新興国に加入圧力がかかり、最終的には新興国が先進国から排出権を高く買わされ、先進国が新興国から金をむしり取る構図になっていた。 (欧米中心の世界は終わる?

 しかし、COP15の条約草案でひそかに示されている構図はその反対で、新興国が先進国から金をむしり取る構図になりうる。途上国が温暖化対策を講じるために先進国が支援金を出して基金を作る構図は、92年に枠組み条約が作られた時すでに盛り込まれていたが、この基金を動かすのが先進国なのか途上国なのかによって意味が違ってくる。先進国が基金を管理するなら、従来の開発支援と同様、資金というエサをちらつかせつつ条件をつけて途上国を言いなりにできる。

 しかし、9月25日に米国ピッツバーグで開かれたG20サミットでは、G20がG8に取って代わったことが宣言された。G20サミットは中露など新興諸国が優勢の世界意志決定機関で、国連との親和性が高い。以前の温暖化問題は英米中心のG8が仕切り、国連を下請け機関として使っていたが、この1年で構図は大転換した。今や、新興諸国が国連と結託して温暖化問題を仕切るようになっている。こうなると、先進国には何の見返りもなく、基金はごっそり途上国に持っていかれる。 (G20は世界政府になる

 新興諸国はG20と国連の両方で支配権を獲得しており、国連を使って温暖化問題の構図を「先進国による途上国搾取」から「途上国による先進国搾取」に変えてしまえる。米国の経済学者ジョセフ・スティグリッツなど、米国中枢の関係者の中にも新興諸国による国連乗っ取りに協力している人々(隠れ多極主義者)がおり、彼らの入れ知恵も受けて、新興諸国は巧妙に交渉のテーブルをぐるりと回し、損する側と得する側を入れ替えてしまった。かつて米英中心主義の道具だった地球温暖化は、今や多極主義の道具に変身している。 (国連を乗っ取る反米諸国

 国連は、外交暗闘の場である。従来は、英国が、国連組織の事務局を傀儡化して自国の利益になる国際構造を作り出す技能に長けており、地球温暖化対策も英国式の策略の一つだった。英国は、環境技術を持つ日本やドイツに国益になるからと持ち掛け、日独にも協力させて温暖化対策を国際政治の主要課題として定着させた。米国では、経済での英米中心主義をとったクリントン政権は温暖化問題に積極的だったが、隠れ多極主義(隠れ反英主義)の共和党のブッシュ政権になって反転し、豪州なども巻き込んで抵抗を開始し、米英間の暗闘が続いてきた。今、その暗闘劇の最終局面が立ち現れてきた観がある。

 先進国の側は、すでに崩れ出している。EUではCOP15の新条約に関して、先進国から途上国に金を渡す新基金を作ることは各国が合意した。だが、EU27カ国のどの国がどれだけの額を新基金に拠出するかについて話がまとまらなかった。ポーランドなど東欧諸国は、自国の負担を増やす話に反対し、あらかじめ各国の負担額を決めたいと主張するが、ドイツなどEU内の大国はそこを曖昧なままにしたい考えで、意見が対立している。 (EU leaders fail to agree on climate change fund

 温暖化対策の枠組み条約の仕組みは、世界を、工業国(Annex I)と途上国に分け、工業国の中でも先進国(G7諸国と他の西欧諸国、豪州。Annex II)だけが途上国の温暖化対策を資金援助することになっている。東欧諸国は工業国だが先進国ではない。東欧は、同じEUにいるというだけで西欧先進国と同基準の支払いを迫られるのは不当だと言っているが、西欧諸国はその辺を曖昧にしておきたい。この問題は簡単に解決できそうもない。 (United Nations Framework Convention on Climate Change

 ドイツのメルケル首相は10月31日、COP15で京都議定書の後継となる新条約を締結できる見込みは低下したと表明した。EUは、世界の先進国が出すべき基金の合計額については決議したが、その基金の中でEUがどれだけの額を負担するかは決められなかった。つまり、EUは金を出すことを決議できなかった。その一方で、途上国の多くは、金がもらえるなら新条約に署名しても良いが、もらえないなら署名しないと表明している。 (Merkel: no chance of Kyoto-style agreement at Copenhagen) (United Nations Framework Convention on Climate Change (Copenhagen Talks)

 米政府は、COP15で新条約がまとまるならオバマ大統領自身が署名しに行くつもりだったが、まとまる見通しがないので行かないことにしたと宣言した。米議会では地球温暖化対策法案が審議されているが、審議の速度は遅く、COP15には間に合わない。オバマは12月10日にオスロで行われるノーベル授賞式に参加し、そこで環境問題を含めた演説をする。オスロはCOP15開催地のコペンハーゲンの近くなので、COP15に出て行うべき演説はオスロでやれると米政府は言っている。英国は、オバマにCOP15に参加してもらって成功に結びつけようとしたがダメだった。 (Obama not going to Copenhagen

▼寒冷化の降雪の中で温暖化法案の可決

 10月25日、英国の議会で温暖化対策法が可決された。2050年までに排出量を8割削減するという大胆なものだった。英当局は、法案可決を求める環境保護団体が英議会の屋根に登って大騒ぎするのをほとんど制止せず黙認し、騒ぎをテレビで中継させて温暖化対策を支持する世論を盛り上げようとした。議案は賛成463、反対3で可決された。 (The real climate change catastrophe) (Greenpeace activists spend night on Houses of Parliament roof in climate change protest

 しかし、真に象徴的だったのは、審議の際に反対派議員の一人(Peter Lilley)が「外は雪が降っていますよ」と指摘したことだ。ロンドンではこの日、10月としては74年ぶりに雪が降った。温暖化対策法が可決された日、10月の降雪という寒冷化を象徴する現象が起きていたことになる。10月の観測史上最低気温は今年、米カリフォルニア州やカナダでも記録された。 (Cold spell brings record low temperatures to Southern California

「地球温暖化で北極海の航路が通行可能になり、商船が航行するようになった」と報じられているが、実は北極海の航路は1934年以来ずっと夏期に航行可能な状態が続いてきたと指摘されている。 (Northeast Passage has been opened for commerce since 1934

 どうやら地球の気候変動は、人為的な温室効果ガスの排出よりも、太陽黒点の活動によるところが多いようだ。英国では、地球温暖化を強調(誇張)する政府の広告キャンペーンに対する批判が多く出て、広告の誇張を監督する機関(Advertising Standards Authority)が調査に乗り出した。米国でも、地球温暖化を信じる人は減っている。 (Decades of Global Cooling Ahead?) (Government climate change ad investigated after 350 complaints) (Number of Americans who believe in climate change drops, survey shows

 北極熊が温暖化で小さくなっていく氷山の上で立ち往生しているように見える写真を、NYタイムスや英テレグラフなどが載せたが、この写真を撮った豪州の写真家らは「写真に写った北極熊は岸まで泳いでいけるので、危険な状況にあったとは思えない」「写真に写っている氷山は温暖化の結果として小さくなったのではなく、夏だから小さくなったもの」と説明している。 (Australian TV Exposes 'Stranded Polar Bear' Global Warming Hoax

▼COP新条約は否決されるために作られた?

 地球は温暖化しているのか、その原因は人為によるものなのか、わからなくなっているのに、COPでの温暖化対策の国際議論は、相変わらず「温暖化」を前提として続いている。地球が温暖化しているのか寒冷化しているのかという「事実」(人々が事実と感じるイメージ)は、マスコミや国連機関を操作すれば変えられるのだから、現実がどっちであるのかは、実は重要でない。その一方で、温暖化対策の元締めである国連を握るのは、英国中心の先進国から、中露など新興諸国に代わっている。新興諸国は白を黒と言いくるめる温暖化の国際プロパガンダのシステムをそのまま使って、資金が先進国から途上国に流入する制度を作ろうとしている。英米中心主義者としては、現実の寒冷化よりも、新興諸国によるこの「背乗り」の方がはるかに脅威だろう。

 英米中心主義の危機感を反映したのか、これまで地球温暖化をさんざん煽ってきた英マスコミBBCは10月9日、これまでの言説とは180度逆の「地表の平均気温は1998年から上がっていない」「温暖化の原因は排出ガスではなく太陽黒点だという説が有力になり出している」という報道を行った。しかしプロパガンダというものは、いったん一定方向に走り出したら、止めるのは難しい。 (What happened to global warming?

 今後、国連を主導するようになった新興諸国は、先進国が作った地球温暖化のウソの構図を乗っ取って、自分たちの利益になる形で利用し続けるのだろうか。私には「(世界)政府」の条項を盛り込んだコペンハーゲンの新条約草案は、条約をまとめる目的で作ったのではなく、条約をまとめない目的、先進国のやる気を削ぐ目的で作ったように感じられる。G20と国連はすでに世界政府になりつつあり、温暖化対策という道具は特に使わなくてもよいはずだ。 (The Second Battle Of Copenhagen by Patrick J. Buchanan

「否決されるために条約を作るわけがない」と思う人は、もともとこの問題が、地球が温暖化していないのに温暖化対策が叫ばれ続けるという、複雑な逆転の構図を持っていることを思い出すべきである。独仏は意図的に東欧との溝を埋めず、COP15に対するEUの意思一致を失敗させたのかもしれない。

 先進国のマスコミは、1970年代には「地球寒冷化」を煽っていた。地球が寒冷化するのなら、それに沿ったプロパガンダに転換しうる。新興諸国は国際プロパガンダが下手で、先進国による情報操作を恐れている。だから、先進国の扇動を逆手に取るのではなく、むしろ国連の温暖化対策会議のシステム自体を失敗させて壊したいのではないかと思われる。COP15の失敗は、すでに国連自身が予測しているが、来年以降、COP体制がどうなるのか、地球寒冷化の顕在化とともに温暖化対策論自体が下火になっていくのかどうかが注目される。 (UN climate chief doubts full treaty this year



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