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ユーロの暗雲

2009年12月24日   田中 宇

 欧州のギリシャで、再び国家破綻の懸念が増している。11月末に中東ドバイの政府系企業が事実上の債務不履行を宣言し、新興市場諸国の債券に対する国際信用が全般的に落ち「次はギリシャが危ない」という見方が市場に出た。12月8日、債券格付け会社のフィッチが、ギリシャ国債の格付けをAからBBB+に格下げした。A未満への格下げは10年ぶりで、ギリシャの格付けはユーロ圏で最低となった。格下げを機に、ギリシャからの国際資金逃避が起こった。ギリシャ政府は財政緊縮策を発表したが、ほとんど効果はなかった。12月23日には、ムーディーズもギリシャ国債を格下げした。S&Pもすでにギリシャを格下げしている。 (Fitch rating cut piles pain on troubled Greece

 ギリシャ政府の財政は今年度、GDPの12・2%にあたる単年度の財政赤字となる。ユーロ圏諸国はユーロ加盟時に、毎年の財政赤字をGDPの3%以内におさめることを約束しているが、ギリシャの赤字は上限の4倍だ。ギリシャ政府は、2012年までに赤字をユーロ圏基準の3%以下に減らす計画を発表した。だがギリシャは以前、同様の計画を発表して守らなかった過去があるので、投資家の信用はほとんど得られなかった。ギリシャの財政赤字は、累積ではGDPの95%まで増えている。 (Tempting the tipping point

 ユーロ圏では、政府の今年度赤字のGDP比が大きい国がほかにもある。アイルランド14・7%、スペイン10%、ポルトガル8%などだ。全ユーロ圏16カ国の平均も6・7%で、赤字率は健全とされる3%を大きく超えている。最優秀のはずのドイツでさえ6%の赤字で、来年度はさらに増える見通しだ。(英国も赤字が13%と高く不健全で、政府の赤字削減計画も2013年までに5・5%にするという、ギリシャより生ぬるいものだが、英はユーロ圏でないので3%ルールが適用されない) (Deep in the Red - Germany to Borrow Much More in 2010, Report Says

 財政赤字の累積額は、ギリシャがGDPの95%であるのに対し、アイルランドが38%、スペイン67%、ポルトガル75%で、ギリシャより累積赤字率は低い(イタリア117%、英国69%)。だが、ギリシャの国債に対する信頼がさらに落ちてジャンクと見なされ、財政破綻に近づくと、信用喪失がアイルランドやスペイン、ラトビア、ハンガリーなどに拡大するおそれがある。S&Pは12月9日、スペインの国債格付けを「安定的」から「不安定(ネガティブ)」に引き下げた。 (South eurozone debt worries show no Greek comparison) (Goldman's O'Neill Says Spain May Hurt Euro Stability

▼米欧量的緩和の終わりがギリシャの終わり?

 今回のようなギリシャや南欧、東欧諸国の財政危機の兆しは、今年2-3月にもあった。昨年9月のリーマン・ブラザース倒産を機に、米国を中心とする国際金融界は信用収縮が起き、EU内でも高リスクの投資先だった東欧や南欧からの資金逃避が起こって2月の危機が起きた。だがその後、米英の中央銀行が、EUや日本の中央銀行も誘って、財政赤字と通貨発行の急増、ゼロ金利策による「量的緩和」をやって巨額の資金を金融市場に注入したため、資金逃避に歯止めがかかり、東欧や南欧は、財政赤字を増やしつつ延命した。 (◆ドル自滅の量的緩和策をやめられない米国

 今回の危機再燃は今年9月以降、EUや米国の中央銀行が、量的緩和策をやめる方向に動き出した結果、起こりそうになっている。米連銀は先日、景気が上向きそうだという理由で、来年1月末をもって、市場に資金を膨大に供給する主要な量的緩和策をやめると発表した。こうした量的緩和をやめる「出口戦略」の始動にあわせるかのように、世界から資金を引き上げる動きが再燃し、11月下旬には借金で大規模な開発を進めていた中東のドバイが事実上の債務不履行に陥り、それが南欧に飛び火し、ギリシャの財政危機となった。 (Fed signals pullback in liquidity support

 ギリシャの経済と財政は構造的に脆弱で、以前から経済が政府に依存していた。約500万人の労働人口のうち、公務員が100万人、補助金漬けで生産性の低い農民が80万人、公的な失業対策に頼る失業者が50万人もおり、労働人口の4割以上が政府の金を頼りにしている。民間経済で食べているのは国民の6割で、政府はそこから税金をとって、残りの4割の国民を食わせている。当然、この体制では政府の収支は合わないので、毎年国債を発行し、その8割近くを外国人投資家に買ってもらっている。また、GDPの3%はEUからもらう補助金である。主要な産業である海運業や観光業は、昨年来の世界不況で打撃を受けている。 (Will Greece Break the Euro?

 ユーロ圏内で比較的財政が健全な国の中でも、オーストリアで東欧諸国に資金を積極融資してきた銀行が経営難に陥り、政府の管理下に置かれるなど、ユーロ圏全体の金融財政が不安定になり始めている。ユーロ圏諸国は、通貨統合の際、加盟国が他の加盟国に金を貸して救済してはならないという規則を決めているが、ギリシャの国債がジャンクになって財政破綻した場合、ユーロ圏諸国がどのような対策を採るか決まっておらず、混乱が拡大するとの予測が出ている。 (Debt troubles show crisis not over for eurozone) (Debt Fears Rattle Europe

 ギリシャを皮切りに南欧、東欧諸国の国債が次々と格下げされて財政破綻していくとの懸念から、このところユーロが下がり、ドルが復活している。ギリシャはユーロ圏を離脱せざるを得ないとの指摘もある。「来年はドル高ユーロ安になる」とか「来年はあちこちの国債が次々と破綻する」と予測するアナリストもあらわれた。 (Fall in short positions bodes well for dollar) (Sovereign CDS under painful spotlight

▼ギリシャよりカリフォルニアの財政破綻が危険?

 もし今後、金融財政危機が南欧、東欧からユーロ圏全体へと広がり、ユーロが不安定になって国際通貨としての信用を失墜した場合、得をするのは、財政赤字と通貨過剰発行によってユーロ圏より先に破綻すると思われてきた米国と英国である。「米英中心主義」と「多極主義」との対立軸で見ると、ギリシャの危機は、EUが世界の極として立ち上がることを阻害するとともに、米英中心主義を延命させる効果がある。以前から米英の破綻を予測してきたフランス系のシンクタンクEU2020は、今年初来のギリシャや東欧の金融財政危機について「英米金融界が、ユーロは危ないという話を作ってドルやポンドを守るために流したデマの結果である」と指摘している。 (LEAP/E2020 Spring 2010 - A new tipping point of the global systemic crisis

 EU2020によると、ギリシャの経済規模は小さく、ユーロ圏全体の1・9%、EU全体の2・5%を占めるにすぎない。ギリシャが財政危機になっても、独仏を中心とするユーロ圏諸国やEUがその気になれば、十分に救済できる。他方、米国で財政危機に陥っているカリフォルニア州の経済規模は米国全体の12%で、加州が財政破綻した場合の米国の被害は、ギリシャが破綻した場合のユーロ圏やEUの被害よりずっと大きい。

 欧州は、スペインやアイルランドも財政難だが、米国は全米50州のうち48州が財政難で、来年から再来年にかけて財政破綻する州が相次ぐと予測されている。EUは、世界最大の金保有勢力で、ドルが崩壊して金が高騰しても対応できる。米英の格付け会社やアナリスト、マスコミが発するプロパガンダを外して冷静に分析するなら、欧州より米国の方が深い財政危機に陥っているというのがEU2020の指摘である。

 対米従属派とおぼしき日本の三菱銀行系アナリストは「来年はドル高ユーロ安」と予測するが、対照的に「隠れ多極主義」と目されるゴールドマンサックスは最近「ドル安ユーロ高になる。ユーロは3カ月以内に1ユーロ=1・55ドルまで上がる」との予測を発表している。(現在は1・45ドル前後) (Euro to Appreciate to $1.55 in Three Months, Goldman Sachs Says

 ギリシャの財政危機は、タイミング的に見ても、EU統合を阻止して解体させたい英国など英米中心主義による戦略のにおいがする。EUは11月、政治統合を進展するためのリスボン条約を発効し、経済統合から政治統合へと歩み出した。ギリシャ危機は、その矢先に起きている。今後、政治統合が進むと、財政統合の話も始まる。いずれ、ユーロ圏諸国が単一のユーロ国債を発行し、その収入を各国で分配する新体制になり、EUは財政面で今より強くなる。EUを財政面で崩壊させる企ては、加盟各国が別々に国債を発行している今のうちに挙行する必要がある。

 そもそも第2次大戦後、政治経済の統合(特に独仏の統合)を欧州諸国にやらせようとしたのは、米国の多極主義勢力である。東西ドイツの和解は、70年代に米国でニクソン政権が出てきた後に進んだ。冷戦崩壊と同時に東西ドイツを無理矢理統合させるとともに、欧州に経済統合を勧めたのは、レーガンとパパブッシュの2政権である。

 1815年のナポレオン戦争以来、欧州大陸諸国の相互対立を煽って覇権を維持してきた英国は、米国の多極主義者の欧州統合構想に反対だった。だが、米国を阻止し切れなかったので、代わりに英国自身がEUに入って内側から統合進展の足を引っ張り、ポーランドやバルト3国など英傀儡系の諸国をEUに入れて独仏に楯突くよう仕向ける戦略をとっている。先日、英ブレア元首相をEU大統領にする話が独仏の反対で潰れたが、もしブレアがEU大統領になっていたら、EU統合を中から崩す戦略を隠然と展開しただろう。 (Quentin Peel Britain is a master at misreading the EU

▼ギリシャ危機への対策がEUを強化する

 ギリシャや南欧、東欧諸国の財政危機は、EUの危機ではあるが、EUがうまく対応すれば、財政難に陥った加盟国の緊縮的な国家運営をEUが行い、EUが加盟国の国家主権を制限する体制が作られることで、むしろ「超国家組織」としてのEUの権限を強化する結果をもたらす。ギリシャの財政破綻は、EU強化の好機であるため、大方の予想に反して、EUがギリシャをユーロ圏から追い出すことはないだろう。

 今のEU(ユーロ圏)は、通貨はユーロで単一だが、国債は各国が別々に発行し、財政的な体質も各国で差がある。糞真面目な禁欲主義や節約が好きで緊縮財政を得意とするドイツや北欧諸国と、楽しくなければ人生でないと言って放漫な国家運営をやりがちな南欧諸国が、通貨を共有しつつ国債を別々に発行し続けるのは、構造的に無理がある。ギリシャ政府が、財政支出のうち防衛費を過小に計上し続けてきた(隠れ防衛費を持っていた)ことが、EUの会計当局(Eurostat)によって04年に暴露されるなど、南欧諸国はウソでごまかす詐欺師の傾向もある。 (Economy of Greece From Wikipedia

 南欧諸国が財政破綻するのを好機として、ドイツなどEU中枢が「財政破綻した国は、財政の決定権をEUに渡す」という協約もしくは不文律を作って運営することで、EUは加盟国の財政政策の監督権を持つことができる。英国の新聞は、EUが来年、この新体制への劇的な移行をするだろうと書いている。 (Euro prompts Greek economic tragedy

 この流れは、EU内部でまだ議論が始まったばかりだ。EU議長のスウェーデン首相は「ギリシャの財政危機は、ギリシャの内政問題で、ギリシャ国内で対策を決定すべきことである(EU全体の問題ではない)」と述べている。「だらしない南欧諸国の放漫財政の面倒など見たくない」という北欧の本音がかいま見える。 (Greek fate is euro zone responsibility, says Merkel

 だがEUの主導権を持つドイツのメルケル首相は「ギリシャの問題は、ユーロ圏諸国全体の問題である」と宣言し、ギリシャの財政危機がもっとひどくなったら、EUとして何らかの決定をする方向性を示した。メルケルは危機対策を口実にEUを動かし、ギリシャ議会の頭越しにEUがギリシャ政府を制御して財政緊縮策を行わせる新体制を来年やるつもりだという指摘もある。 (The Greek Crisis Is a Euro Crisis

▼英国の傀儡としてのギリシャ

 EU当局がギリシャなど加盟各国から国家権力の一部を奪っていく場合、最大の抵抗要因となるのは、加盟各国の「ナショナリズム」である。各国の議会は、国民に「EU当局が、わが国の国家主権を奪おうとしている」と呼びかけつつ抵抗するだろう。労組など政党傘下の国民組織が動員され「EUの超国家的支配を許すな」というナショナリズム運動が拡大しうる。すでに、リーマン倒産後の世界不況でギリシャ東欧の財政破綻の懸念が高まりだした昨年末から今年初めにかけて、ギリシャを皮切りに、南欧、東欧の各国に暴動が急拡大する事態が起きている。 (Fears of unrest spreading across Europe

 今回の財政危機の再燃で、ギリシャ政府は公務員の大幅削減をせざるを得なくなっているが、公務員の労組は大規模なストライキを予定しており、すでに労組による政治集会が開かれ、予想を超える多数の参加者が集まっている。格付け会社のムーディーズは「来年は、財政赤字を抱える世界各国で、財政破綻と暴動、社会混乱の同時発生が次々と起こるかもしれない」と予測しているが、それはギリシャから南欧、東欧に広がる形で拡大するかもしれない。 (Moody's warns of 'social unrest' as sovereign debt spirals

 財政破綻国の国家主権を制限しようとするEU当局と、財政破綻した国のナショナリストとの対立が、バラバラに展開している限り、最終的には金を出す側であるEU当局の主張が通るだろう。だが、各国のナショナリストが連携する動きをしたり、連携を誘導する勢力がいたりすると、話は違ってくる。すでに見たように、ギリシャから東欧南欧への財政危機の拡大は、EU統合を進ませたい多極主義者と、阻止したい米英中心主義者との暗闘の一幕に見える。米英中心主義者の側は、ギリシャなど欧州各国のナショナリズムを扇動することで、EU統合を妨害することができる。

 昨年末から今年初めにかけてのギリシャの暴動では、ギリシャの公安当局がアナキストのふりをして破壊行為をやって暴動の拡大を扇動していたと指摘されている。また、ギリシャで起きた暴動が短期間に他の欧州諸国に伝播し、拡大感染の早さも異様だった。「インターネットの普及」だけが理由とは考えにくい。 (Greek Riots 2008 - Agent Provocateur Cops Caught Red Handed) ('Greek Syndrome' is catching as youth take to streets

 歴史をひもとくと、近代ギリシャは、もともと英国の世界支配の道具として建国されたことがわかる。18世紀後半に産業革命を起こした英国は、18世紀末にフランス革命を起こして軍事的に強い国民国家という新システムを編み出したフランスを、ナポレオン戦争で1815年に破り、欧州(つまり世界)の覇権国となった。その後、英国は東方のオスマントルコ帝国を潰して影響圏を拡大する作戦を開始し、1820年代にトルコ帝国下のギリシャ人やセルビア人、ブルガリア人などのキリスト教諸民族のナショナリズムと独立運動を扇動し、その流れの中でギリシャは1829年にトルコ帝国から独立した。海軍力で世界を支配した英国にとってギリシャは、トルコの西進と、ロシアの南進、ドイツの東進を防ぐための、東地中海の地政学的な要衝だった。

 その後、ギリシャではロシアやドイツの影響も強くなったが、2度の大戦では何とか英国側につき、第二次大戦終結時の米英ソの談合では、ソ連はギリシャに手を出さないと米英に約束した。ギリシャ国内では左翼が強かったが、ソ連の助けを得られず弱体化し、代わって英米の肝いりでギリシャ軍内の右派将軍たちがクーデターを起こし、冷戦下で軍事政権が作られた。米国は多極主義ニクソン政権からの70年代に冷戦終結の準備を開始し、ギリシャに国民投票で王制を廃止させ、軍事政権をやめて左派の民主政権の樹立を認め、政治の近代化を図った。ギリシャ系米財界人のオナシスらによる海運業の振興などで、経済発展も進められた。

 米国は、英国にも東地中海からの撤退を求めたが、英国はキプロス島でのギリシャ系とトルコ系の紛争を扇動し、紛争を仲裁する「平和維持軍」の名目で国連から金を出させてキプロス島の英軍基地を維持した。米国の肝いりで、ギリシャは政治経済を近代化し、81年にEUの前身であるECに加盟したが、キプロスの現状に象徴されるように、今も英国の影は残っている。英国と米軍産複合体の諜報ネットワークが働き、EU統合を妨害する欧州各国のナショナリズム扇動が来年にかけてひどくなっても不思議ではない。

▼フランス革命を一歩進める

 人類が「国民国家」の国家システムを持ったのはフランス革命がきっかけだ。欧州は、国民の結束を利用して軍事的・経済的に国家を強化できる国民国家のシステムを活用し、国力を急増して世界の中心となり、英国は欧州の国際政治を操って覇権を維持した。欧州では、国民国家システムをバージョンアップした「全体主義」や「社会主義」のシステムを考案して試行し、国家システムの試行錯誤について世界の最先端を進んでいた。欧州は、長い歴史を持つ多くの民族がひしめき、国家間の競争ないし談合が非常に重要だ。だから国家システムの試行錯誤や、国家談合としての外交術、外交を駆使した英国覇権体制の権謀術数などが欧州で磨かれたのだろう。

 かつて国民国家システムを発明した欧州が今、国民国家を超越するEUという超国家組織を作り、諸国家の統合を進めていることは、フランス革命からの歴史をさらに一歩進める動きとして興味深い。EUは、フランス革命からの200年の試行錯誤の成果であり、欧州人だからこそ発案できたものだ。欧州諸国のナショナリズムを煽って欧州の国際関係を操作してきた英国は欧州統合を妨害するが、英国の覇権を崩したい多極主義的な米国は、国際連盟や国際連合といった超国家組織の樹立によってナショナリズムを超える国際体制の形成に協力し、EU統合に加担している。

 欧州のEU統合と、ニクソンからオバマまで断続的に続く米国の隠れ多極主義の世界戦略が成功すると、EU型の国家統合と超国家体制の構築は、欧州以外の世界の各地域にも普及するだろう。それは、フランス革命から第二次大戦までの150年間に国民国家制度が世界中に普及した時と似た流れになる。当時より今の方が、交通通信の発達や経済基準の統一によって、世界の一体感が強い。国民国家の普及には150年かかったが、EU型国家統合の普及は30年ぐらいで完了するかもしれない。

 江戸の幕藩体制下の日本人には、明治の国民国家体制が想像もつかなかっただろうが、実際には、明治維新の政治転換は25年ほどで完了した。同様に、今の日本人には「東アジア共同体」で日本と中国、韓国が何らかの国家統合的な動きをすることが想像もつかないが、10年後にはどうなっているかわからない。その意味で、今の欧州で起きていることは、日本にとっても非常に重要だ。

 EU統合や世界の多極化は、この数年でかなり進んだが、このままずっと進むとは限らない。ギリシャや東欧南欧の財政危機に対するEUの介入が、反EU的な各国のナショナリズムの高まりによって阻止され、ユーロの体制が解体していく展開になれば、EU統合を皮切りとする世界の地域統合も進まなくなる。しかしその場合でも、国際政治経済における中国などBRICの台頭は続く。中国は来年、上海などの不動産バブルの崩壊や、鉄鋼やセメントなどの生産設備の過剰によるバブル崩壊が懸念されているが、中国経済は上海と広東、華北と華南が別々に動く多様な体制で、これまでもバブルの拡大と崩壊を繰り返しながら高度成長してきた。中国が来年、全体的な経済崩壊をする可能性は低い。 (China's stock market Blindfolded on a cliff edge

 欧州が沈没しても、中国やインド、ブラジルの成長と台頭は続くだろうから、米英中心の政治経済体制が多極化していく流れは変わりそうもない。むしろ、東欧南欧の財政破綻がユーロ圏全体の弱体化につながった場合、それが英米の財政破綻へと拡大波及していくおそれの方が強い。逆に、東欧南欧の経済破綻でEUの超国家権力が強まれば、その後のEUは財政面で強くなり、むしろ財政が弱い英米から資金が逃避する流れになる。短期的にはドル高ユーロ安かもしれないが、中期的にはドル安ユーロ高になる。

 欧米の先進各国で財政危機が伝播すると、巨額の財政赤字を抱える日本も危ないという見方が強まるが、日本政府は財政赤字の85%を国内の金融機関に買わせており、国民の預金が政府に回っている。国債を外国の投資家に買ってもらっている他の欧米諸国とは構造が違うので、日本の財政は破綻しにくい。



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