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経済覇権としての中国

2010年2月23日   田中 宇

 昨年9月末のG20サミットの前後ぐらいから現在までの5カ月間に、国際政治における中国の影響力が格段に増大した感じがする。それ以前、昨年夏の中国は、ウルムチでのウイグル族と漢族の暴動など、内政の混乱に追われていた。だが昨秋から今年にかけて、国際政治経済の各所で、中国の存在感が大きくなった。

 コペンハーゲンの地球温暖化サミットでは最終日、発展途上国をまとめる「G77+中国」と、先進国を率いる米国の話し合いで結論を出そうとした。世界経済の方策を議論する「ダボス会議」では中国代表が重鎮として扱われ、NATO中心の重要な「ミュンヘン国際安全保障会議」にも中国代表(外相)が史上初めて招待され、開会の演説をした。同時に中国は、台湾やチベットなど「内政問題」に介入する欧米に、以前より厳しい口調で反論する構えを見せている。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2)

 中国は経済的にも、GDPが間もなく日本を抜いて世界第2位になるとか、自動車の販売台数で世界一になったとか、華々しいニュースが飛び交っている。株価の時価総額が大きな世界の5大銀行のうち4つが、中国の4大銀行になった(5番目はブラジル)。金融市場は、中国が米国債を買い控えて米国の長期金利が上がることを恐れている。アフリカや中南米からは「民主化とか改革とかうるさい欧米より、条件をつけない中国から援助されたい」と秋波が送られている。(民主化とか改革を条件にするのは、欧米が援助をえさに途上国を支配し続けるメカニズムだった) (China banks eclipse US rivals) (CNimp2 LaAm China in Latin America

 08年秋のリーマンショックとともに、G8から世界の中心的機能を引き継いだG20の任務は「覇権の多極化の流れに合わせて、新しい世界秩序を形成すること」だと考えられるが、中国は昨年9月の米国での前回G20サミットから、今年6月にカナダで開かれる次回のG20にかけて、世界での存在感を急拡大しつつある。ソマリア沖の海賊退治では史上初の「欧米中連合軍」が組まれることになった。私たちは今、はっきり自覚できないうちに、覇権構造の歴史的な転換期にいる。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる

 欧米日マスコミは「中国はビルを造りすぎ、空き部屋ばかり。銀行は資金を過剰供給している。もうすぐ中国はバブル崩壊し、大惨事になる」と報じている。しかし、こうした指摘は「ユーロの崩壊が近い」という報道と同様、資金を米国に引き戻してドルと米国債を防衛するための誇張が入っている疑いがある。中国が間もなくバブル崩壊しそうなのは事実だが、中国はこの30年、バブルの膨張と崩壊を繰り返しつつ高度成長を続けてきた。(誇張でも資金逃避をあおる報道が盛んに流れれば、実際に資金逃避が起こりうるが) (China New Village Makes Chanos See Dubai 1,000 Times) (◆中国のバブルが崩壊する?

▼儲けるための覇権

 昨年、米国が中国に提案した「米中G2」の構想などを見ると、中国が世界中を支配するかのような印象があるが、実際には、中国が支配(影響力を国際行使)するのは、東南アジア、朝鮮半島、モンゴル、中央アジアといった、伝統的な中国の影響圏だけである。日本は、文化的に中国の影響圏内だが、政治的には中国と上下関係(冊封)を本気で結んだことがない影響圏外にいる。

 中国は影響圏内では、自国の安定と発展を維持するため、他国の内政に隠然と干渉する(表向きは内政不干渉を掲げている)。その外の地域では、中国は「支配」を重視する「帝国」ではなく「儲け」を重視する「多国籍企業」に近い振る舞いをしている。

 中国は、米英に比べると「支配」より「金儲け」(中国人が言うところのウィンウィン関係)を重視している。米英覇権は「支配」に力点が置かれていたので「軍隊」のイメージがあるが、軍事的解決には金がかかる(だから英国は、自国軍ではなく、金持ちの米軍に英国好みの戦略を採らせて世界を間接支配してきた)。

 中国は「覇権国にならない」「平和に台頭する」「安定を重視する」と宣言しているが、それは英米流の支配に力点を置いた覇権国にはならないという意味だ。中国は、コスト高になるので軍事支配をやりたくない。外交力を行使して隠然と内政干渉し、中国が儲かる体制を安定的に作ることが中国の世界戦略である(そもそも「外交」とは「隠然とした外国への内政干渉」のことだ)。

 中国が言うところの「ウィンウィンの国際関係」は「私たちは儲けますが、みなさんも儲けたらいいじゃないですか。双方が儲かる体制は、支配でない」という意味である。もちろん、ウィンウィンの経済関係の枠組みができても、実際の儲けの額は、双方の商才に比例する。ウィンウィンの関係を提唱する裏に、世界有数の商才を持つ中国人の自信がかいま見える。

▼見えてきた「人民元圏」

 中国の影響圏では、すでに人民元が流通し始めている。東南アジア(ASEAN)は、今年から中国と自由貿易圏(CAFTA)を発足し、域内で人民元の流通を拡大した。従来の東南アジアの主要な国際決済通貨は米ドルで、まだ人民元の比率は低いが、今年から人民元の利用が急増すると予測されている。 (More yuan denominated transactions in Asean-China FTA

 中国とベトナムの国境貿易は、すでに決済の96%が人民元で行われている。中国と接するミャンマー北部では、不安定な自国通貨より人民元が人々の備蓄通貨になっている。北朝鮮も同様だ。金正日は昨年末、通貨の大幅切り下げと自由市場の閉鎖を挙行し、人々が自由市場で金を儲けて政府の傘下から出ていくのを止めようとしたが、国民の反発を受けて撤回し、自由市場の再開を許可した。金正日は、中国の経済的な影響圏から脱せなかった。 (China's 'little dollar' spreads its wings

 台湾でも人民元の使用が拡大しそうだし、モンゴルや中央アジア諸国でも、部分的だが人民元が決済通貨として流通している。人民元の流通圏は、伝統的な中国の影響圏とほとんど重なっている。 (◆アジア経済をまとめる中国) (◆通貨安定策の多極化

 中国外での人民元の流通はまだ部分的で、中国の国家戦略というより自然発生的なところもある。中国と東南アジアの越境貿易での利用は今年から本格化したばかりだ。しかし、今後もし米国が財政赤字増に歯止めをかけられず、雇用が回復しないのでドル増刷による量的緩和もやめられず、米国の一部の専門家が懸念するインフレや金利高騰が起きて、米ドルが決済通貨として使いにくくなると、東南アジアから中央アジアまでの中国の影響圏で、ドルの代わりに人民元を国際決済通貨として使う勢いが加速する。人民元の流通範囲が、中国の影響圏として浮かび上がる。 (◆揺らぐドル

 東アジアで、上記の人民元の流通圏に入っていないのは、独自の強い通貨を持つ韓国と日本ぐらいである。日韓は従来、対米従属の国として発展したが、米国の覇権が後退していくと、中国の影響圏に入らざるを得ない。北朝鮮の問題を解決する主導役は、米国から中国にすっかり移っている。韓国は、中国に頼らないと南北関係を安定化できず、経済と外交の両面で中国に頼るしかない。日本も、今後の経済発展を考えると、たとえ自民党が政権に返り咲いたとしても、中国との東アジア共同体(ASEAN+3)に参画せざるを得ない。 (China to Tempt North Korea to Talks

▼世界体制を変えうる日中結託

 中国の「ウィンウィンの国際関係」との関係で言うと、ASEANの中でもインドネシアは昨年、中国とのCAFTAの締結に、いろいろな条件をつけて抵抗していた。インドネシアは人口の4%しかいない華人が国内経済を牛耳っている。インドネシアの建国以来のナショナリズムは、華人の経済支配との相克であり、スカルノは1960年代に華人と組んで中国に接近し、親米派のスハルトに追い落とされた。98年のスハルト失脚時にも華人をねらった暴動が起きた。CAFTAに入ると中国を後ろ盾とした華人の政治力が増大するので、インドネシアは加盟を嫌がっていたが、米国覇権の退潮の中で、ASEAN全体の決定に従うしかなかった。

 中国は、他のASEAN諸国でも影響力を拡大している。カンボジアでは、中国がフンセン首相に対する支持を強めた結果、多党制民主主義の定着を歓迎する欧米に支持されていた野党が、独裁的なフンセン首相によって追放され、多党制政治が崩壊している。民主主義(という名目の間接支配)を追求する欧米が弱まり、安定(経済的な儲け)を追求する中国が強くなっている。 (Cambodia's One-Party Future

 タイでは、汚職で追放されたタクシン元首相(中国系)の支持者たちと、親米派の軍やマスコミに支援された現政権との間で政争が続いている。現政権はタクシンを裁判で有罪にして恒久追放したいが、米国の覇権が衰退し、東南アジアでの中国の影響力が拡大していくと、いずれまたタクシン(の代理人)が政権に返り咲くかもしれない。 (Thaksin Ruling Could Further Inflame Thai Unrest

 東南アジアでは、経済人の多くに中国人の血が含まれるが、北東アジア、つまり日本と韓国は全く違う。日本人と朝鮮人は、中国人(漢族)に劣らない経済能力(商才および技術収得力)を持つ、世界でも数少ない民族である。真のウィンウィンの国際関係が成り立つのは、東南アジアではなく、北東アジアの日中韓の間においてである。経済能力において、アングロサクソン、ユダヤ、ドイツといった欧米の主要な人々に匹敵するのは、世界でも今のところ、日中韓の3民族ぐらいしかない(西アジアが安定すれば、インドやアラブ、トルコ、ペルシャなどの人々も強くなるかもしれないが)。

 つまり、アングロサクソンとユダヤ(英米)の世界支配が崩れていく中で、中国と日本が結託すれば、世界的な勢力になる。日中関係が、世界の今後の体制を決めるといっても過言でない(日中にはさまれた朝鮮には、大した決定権がない)。だからこそ、戦後に英米の傀儡国となった日本では、英米覇権が崩れそうになっても、中国との関係強化を忌避する対米従属派が強いままなのだろう。(日本は、かつてドイツと結託して世界体制を変えようとして失敗したことが、トラウマになっているのかもしれない)

▼米国は東アジア共同体に入らない

 東アジア共同体は、90年代に最初に構想されて以来「米国を入れるかどうか」がずっと議論されてきた。だが、中国は東南アジアを人民元圏として飲み込みつつあり、東アジア共同体は「中国の影響圏プラスアルファ」の様相を強めている。日本の民主党政権は、東アジア共同体を「EU型」にすると言っているが、それは日本国民を安心させる詭弁に見える。アジアは、欧州のような大体同じ大きさの国の集まりではない。巨大な中国と、日本を含む中小の周辺諸国が、本質的に対等なEU型の共同体を組むことは無理だ。

 実際に立ち上がってきた東アジア共同体は、中国とASEANのFTAを中核とするもので、これは中国中心の伝統的な中華帝国圏に近い。米国が入ると、日韓豪やフィリピン、シンガポールなどが米国に引き寄せられて「中国包囲網」を形成しかねない。中国がそれを許すとは思えないので、東アジア共同体は米国抜きになる。もし、日本や豪州が「米国が入らないのなら、うちも東アジア共同体に入らない」と言うなら、中国は自国と東南アジアと朝鮮半島だけで東アジア共同体を組むだろう。

 米国は世界覇権を失っても「米州大陸の中心国」としてやっていける。「グアム以東」の太平洋は米国の影響圏であり続けるが、アジア大陸はしだいに米国の影響圏から外れ、中国の影響圏へと移行するだろう。問題は、わが日本である。昔なら「鎖国」すればよかったが、これだけ中国などアジア経済が発展してくると、もはや鎖国は「永久不況」の同義語である。日本人が生活水準を「発展途上国並み」に落とす覚悟がない限り、日本は中国中心のアジア共同体に参画せざるを得ない。

 今後の日本は、中国とアジアに関与する以外の方策はないのだから、日本人は、中国について深く分析しておく必要がある。対米従属できなくなった後、中国に飲まれないようにする方策を国家的に考えねば、日本は米国の代わりに中国に従属するはめになる。しかし実際には、日本のマスコミや政府内では、米国が覇権喪失の危機に瀕していることが認識されず(見えないふり)、日米同盟の強化のみが語られ続けている。

 小沢一郎ら民主党の中枢は米国の危機の深さを認識しているようで、東アジア共同体への参画や日中関係の緊密化を模索しているが、小沢や鳩山は、そうした模索をしたがゆえに、マスコミから執拗に非難中傷され、検察から宮内庁までの官僚機構から敵対行動を仕掛けられる。国際政治の学界も、発言力のある人の多くが外務省の傀儡なので「日米同盟を強化しない鳩山政権はひどい」「中国はけしからん」としか言わない。

 半面、小沢擁護を続ける日刊ゲンダイは、世界の多極化をふまえた政界記事を書いていないものの、マスコミで圧倒的多数を維持する対米従属派に一矢報いている点で評価すべきだ。あの論調が駅のスタンドで売れるということは、国民は意外と小沢支持で、大手マスコミの世論調査の方が、質問の仕方をねじって結果を反小沢の方向に歪曲しているのだろう。

 小沢が官僚に勝ちそうな感じが強まっているが、この闘争が長引くほど、日本人は世界の新しい事態について何も知らされないままで、日本は米国崩壊後の新世界秩序への国家戦略の対応が遅れる。日本は、中国について知らないまま、他のアジアの諸国と組んで中国にものを言う体制も作れないまま、米国から切り離される新事態を迎える。結局、日本は中国に対しても、お得意の「無条件降伏」を繰り返し、対米従属を対中従属に切り替え、国際政治学界の人々が手のひらを返して「日中関係の強化」を言い出すという、皮肉で悲しい事態が起こりうる。

▼米国が中国に台頭を急かした理由

 もともと中国は、米国が今後も何十年か単独の覇権国であり続けることを前提に、対米輸出に頼りつつ、時間をかけて国内経済を発展し、人民元の国際化もゆっくりやろうと考えていた。しかし911事件以降、米国はイラクやアフガニスタンや金融危機で覇権を浪費し、この計画が崩れた。

 中国政府の官僚は「なぜ米国が中東のちっぽけな国々に異様にこだわるのかわからない」と米国の分析者に語ったというが、覇権を浪費した米国は、中国に「早く(アジアの)覇権国になれ」「人民元を切り上げろ」と圧力をかけた。中国政府は「あと5年ぐらいかければ、東南アジアでの人民元流通を安定的にできるのに」と思いつつ、ドルがいつ崩壊していくかわからない状態の中で、アジアの覇権国になる準備を急いでいる。 (If You Could See America Through China's Eyes

 米国を自滅させているのは「ネオコン」など隠れ多極主義者であり、彼らは覇権の行使を意図的に過剰に展開し、自国を潰している。彼らが自滅策を展開したのは、911とその後の「テロ戦争」の構図作りが、冷戦終結以来崩れる方向にあった米英中心主義者(軍産英複合体)のクーデター的な巻き返し作戦であり、それが成功してしまうと、ニクソン以来の多極主義者が40年かけて崩した中国ロシア包囲網も再強化され、米国が英イスラエルに牛耳られる状態に戻ってしまう。

 だからイラク侵攻や、稚拙な金融危機対策など、対抗クーデター的な自滅戦略が多極主義者によって相次いで行われ、中国を「予定より20年早く台頭してくれ」と急かして「責任ある大国」「米中G2」の構想を押しつけた。この暗闘の背景には、英国が米国を操作してユーラシア包囲網を維持する冷戦型の世界体制が打破されない限り、中国など新興諸国や発展途上国の経済成長が望めないという、経済的な要因があったと私は分析している。

▼世界経済の成長抑止に風穴をあける中国式

 中国は、中央アジアやアフリカなどでは、ロシアなど欧米以外の諸大国と協調して、影響力を行使している。中央アジアのエネルギー利権は昨年、中国とロシア、イランによって分割された。欧米は外されてしまった。 (◆欧米のエネルギー支配を崩す中露

 欧米は、中央アジアからカスピ海、トルコ経由で欧州に天然ガスを運ぶ「ナブッコ・パイプライン」を計画していたが、中央アジアのガスを中露イランに取られてしまったので、最近、米当局者は「ナブッコをロシアのガスプロムに使わせてやっても良い」と、ロシアに対抗していた従来の姿勢を放棄する態度をとりだした。米国は、ウズベキスタンとキルギスタンに持っていた米軍基地を追い出され、基地設置の復活を両国と交渉していたが、最近、基地復活をあきらめた。中央アジアは米国が退潮し、中露イランの影響圏となりつつある。 (Can Nabucco be Married off to Gazprom?) (US not to reopen Uzbekistan air base

 従来は欧米の影響圏だったアフリカでは、中国とインド、ロシア、ブラジルが競うように経済的な影響力を拡大している。これを「アフリカでの中印の覇権争い」として描く記事もあるが、中印露とブラジルのBRIC4カ国は、毎年サミットを開き、世界戦略のすり合わせをしている。覇権争いではなく逆に、4カ国が協調してアフリカに進出して儲けつつ、アフリカを欧米の支配から解放しようとする多極化戦略の一環だろう。 (India's Competitive Edge

 中国は、改革開放以来の30年の経済成長のノウハウを持ち、アフリカや他地域の発展途上国に、この国家運営のノウハウを伝授して経済成長を実現しつつ、中国自身も儲けることができる。今まで、国家運営ノウハウを欧米から学ぶしかなかったアフリカなどの途上諸国は、中国式というオルタナティブ(もう一つの方法)を得つつある。

 これにより、英国が開発した「人権問題や経済改革で途上国に援助の条件をつけ、途上国を支配し続ける」という欧米の対途上国戦略は、無効にされている。欧米の新聞は「中国はアフリカの独裁を助長している」と批判するが、重要なのはその点ではなくて、発展途上国の成長を阻害する英国式の戦略が、中国式のBRICの戦略によって無効化され、アフリカなどの発展途上国が高度経済成長できる状況が作られたことである。

 欧米の傘下にいる日本が行う途上国援助には、このような効用はなかった。途上諸国に植えられているオルタナティブな中国式の国家運営ノウハウは、今後の世界経済の長期的な成長を実現していくだろう。中国の覇権が世界にもたらす最重要の点は、そこにある。



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