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中国が核廃絶する日

2010年6月8日   田中 宇

 もう2カ月以上前の話になるが、今年3月12日、米国の軍産複合体系の研究者らでつくるシンクタンク「プロジェクト2049」が、中国最大の核兵器の貯蔵施設について暴露する報告書「中国の核弾頭の貯蔵・運送システム」を発表した。中国・西安から140キロほど西、陝西省の秦嶺山脈の太白山(3767メートル)の山麓に大規模な核弾頭の貯蔵施設があることを、初めて明らかにした。 (China's Nuclear Warhead Storage and Handling System

 報告書によると、中国の核弾頭の大半を貯蔵しているのは、中国陸軍の第2砲兵部隊(核ミサイル担当部隊)が管理する「第22基地」で、陝西省の宝鶏と四川省の成都をつなぐ幹線鉄道の山中の駅から専用道路でさらに山の中に入った陝西省太白県に、地下トンネル網で構成される基地がある。中国はソ連からの技術支援で1964年に初めて核実験を行い、最初は青海省に核弾頭貯蔵施設を作ったが、文化大革命が激化した67年、核貯蔵施設の支配権をめぐって諸派が争う事態となり、その後ソ連との関係が悪化した69年に、花崗岩の硬い地盤があり、幹線鉄道が近くを通る運送に便利な太白県に核弾頭貯蔵施設を移した。90年代初頭までは、施設で働く人々に被爆障害が起きていた。

 中国には現在、瀋陽(第51基地)、昆明(53基地)、洛陽(54基地)、西寧(56基地)など全国6カ所に核ミサイル発射基地が散在している。ミサイル基地を狙った敵国からの攻撃で破壊されないよう、核弾頭の多くは各基地に置かず、太白県の22基地と6つの基地の間を鉄道や道路で移動させている。08年の四川大地震の際に成都・宝鶏の鉄道が12日間止まるなど、核弾頭の輸送にまつわる問題点がある。こうした問題があるものの、太白県の核貯蔵基地の安全管理はしっかりしており、世界で最も安全な核弾頭貯蔵施設の一つだと、報告書は書いている。 (China's Central Nuke Storage ID'd

 この報告書が発表された数日後、中国の新華社通信は、中国政府のコメントを何も載せず、長々と報告書の内容を紹介する記事を流した。この報道からは、この米報告書の内容に間違いがないことが感じられる。新華社は、報道する前に中国政府の上層部にこの報告書について尋ねたはずで、報告書に間違いがあるなら、その部分を指摘する報道をするだろうし、大間違いなら何も報道しないと考えられるからだ。 (美報告称中国核蓄備需謹防運輸网絡失誤

 この報告書をまとめたのは、プロジェクト2049の主任研究員をしているマーク・ストークスで、彼は国防総省で空軍に20年勤めて中国の核兵器について研究し、中国担当の国防次官補もつとめ、中国語が堪能で、民間では米防衛産業のレイセオンの台湾担当をしていたこともある軍産複合体系の研究者だ。 (Who We Are - Mark Stokes

▼オバマの世界核廃絶の一環としての2049報告書

 太白県の核弾頭貯蔵施設は、40年前から存在している。米政府はおそらくずっと前から、この貯蔵施設の存在や、6つの核ミサイル基地との間で核弾頭の搬送が行われていることを知っていただろう。中国は、国連の安保理常任理事国であり、他の常任理事国と並んで、核兵器の保有が国際的に認められている。だから米国は中国の核武装を批判しない。今回の報告書も、中国が核弾頭を鉄道など公共交通網を使って輸送しているため、テロ組織などに盗まれる恐れがあると指摘しているが、中国の核武装そのものは批判していない。

 プロジェクト2049の研究者の多くは、国防総省や国務省の元要員で、米政府肝いりの組織である。中国の核弾頭施設についての報告書も、米政府肝いりで発表されたと考えられる。今年3月のタイミングで米政府が、この報告書を作らせたのは、4月にオバマ大統領が主催する核廃絶の国際会議が開かれ、5月にNPTの見直し会議が開かれたことと、おそらく関係している。

 オバマの戦略である「世界核廃絶」は長期的に、米英仏露中という常任理事国の5大国だけが核兵器保有を許される現在の世界体制の見直しを視野に入れている。4月の核廃絶会議と、5月のNPT見直し会議では、イスラエルに核廃絶を迫る「中東非核化」の話が進んだが、5大国だけが核兵器保有を許される世界体制そのものについては何も議論されていない。

 しかし、途上諸国や新興諸国の中には、トルコのエルドアン首相が「核兵器保有を許されている核大国こそ、イランのことを非難する前に、自国の核兵器を廃絶すべきだ」と言ったように、5大国の核特権を批判する声が出ている。 (北朝鮮と並ばされるイスラエル

 世界経済は、米国が世界最大の消費国だった「単独覇権型消費」の時代が終わり、新興諸国や途上諸国が高度経済成長し、その国民が貧困層から中産階級になって消費を増やす「多極型消費」の時代へと変わりつつある。これにともなって、国連など国際政治の分野でも、新興諸国や途上諸国が数にものを言わせた発言力の増大を希求する傾向が強くなりそうだ。これは必然的に「5大国だけが核武装を許されるのはおかしい」という主張の強まりとなる。長期的に、5大国を含むすべての国が核廃絶することが国際社会の新規則(新世界秩序)となる。オバマの世界核廃絶は、この新世界秩序の早期実現を扇動している。

 このような視点で、米政府肝いりの観があるプロジェクト2049の中国核弾頭の報告書を見ると、それは中国に対する「ほめ殺し」である。この報告書は「太白県の施設は、世界で最も安全な核弾頭貯蔵施設だ」と言いながら、中国がどのように核弾頭を管理してきたかの詳細を世界に暴露し、核保有していない新興諸国や途上諸国の人々に、中国も「5大国談合」の核保有国の一つだということを思い出させている。オバマの世界核廃絶の一環としての、中国に対する、やんわりとした最初の情報攻撃である。

▼核廃絶すると途上諸国に尊敬される

 中国はアヘン戦争以来、自国を弱い国だと思い続けてきた。トラウマは今も抜けず、中国はアジアの地域覇権国になることにも慎重だ。米国から「米中がG2として世界を支配する」などと勝手に持ち上げられ、迷惑している。だから、中国は「うちは5大国で唯一、核を先制攻撃用に使わないと宣言したから、それで十分なはずだ」と言いつつ、核廃絶を強く拒否している。3月末には「中国は、台湾に対する米国の武器販売に対する怒りを口実に、オバマ主催の核廃絶会議に出ないのではないか」とまで言われていた。 (China Struggles With Stance on Nuclear Power as Summit Nears

 結局オバマは、中国に対する人民元切り上げ圧力をゆるめたりして中国の機嫌をとり、4月の核廃絶会議に胡錦涛主席に出席してもらった。しかし中国政府は、その会議後の4月末に「抑止力として今後も核兵器を持ち続ける」と改めて宣言している。 (China Military Paper Spells Out Nuke Stance

 日本の岡田外相は、5月中旬に済州島での日中韓首脳会談で、中国の楊潔チ外相に「米露が核軍縮を決めたのだから、中国も核兵器を減らしたらどうか」と勧めたが、中国側から「それは無責任な発言だ。米露と違ってうちは防衛用に核を持っているだけだ」と逆切れされて終わった。 (China won't hear suggestions that it's a disarmament slacker

 こうした中国の強い拒絶と苛立ちぶりからすると、中国が核廃絶することは、短期的にはあり得ない話だ。しかし中長期的に見ると、中国を含む5大国のいずれかが核廃絶する方向性を打ち出し、他の5大国にも核廃絶を求めると、その国は新興諸国や途上諸国を率いる存在になることができ、今後の国際社会で有利な立場に立てる。

 たとえば北朝鮮を核廃絶させる場合、核を持っておらず、しかも米国の核の傘の下にいて安穏な日本や韓国が、いくら北に「核廃絶しなさい」と言っても、北が聞き入れるはずがない。非核国が束になって核保有国を経済制裁して核廃棄させるというやり方も、すでにさんざん経済制裁されている北朝鮮には効かない。しかし中国が「うちも核廃絶するので、貴国も廃絶しなさい」と言えば効果がある。

 核保有国が核廃絶したら非核国になり、他の核保有国に対する発言力が低下するので、核保有国が外交の道具として切る「核廃絶カード」は一回しか使えない。だから、北朝鮮だけに対して切るのではなく、たとえばインドとパキスタンに対しても同時に切るのが効率的だ。オバマの米国は、中国をこの方面にいざなう環境作りをすでにやっている。

▼印パ仲裁と非核化を中国にやらせる

 4月末、ブータンで南アジア諸国のサミット(SAARC)が開かれ、印パの対立についても話し合いが持たれたが、その席に米国と中国の外務次官級の代表がオブザーバーとして参加していた。2人はサミットの後、北京に飛んで、印パ問題についてさらに話し合いをした。米中戦略対話(米がいうところのG2)の一環として「南アジアに関する米中の補助的な対話」(US-China Sub-Dialogue on South Asia)が開かれた。 (China breaks the Himalayan barrier

 G2的な米中戦略対話のテーマの中に「南アジアの安定化問題」を入れたいと最初に提案したのは、昨年11月に中国を訪問したオバマ大統領である。ここでいう「南アジア問題」は表向き、米国が苦戦しているアフガニスタンやパキスタンの内政問題であるとされたが、実は米国がインドとパキスタンの和解の仲裁を中国にやらせようとしているのではないかとインドは懸念した。英植民地時代の意識が60年経っても抜けないインドは、米国の仲裁に従うならかまわないが、中国の仲裁に従うことは「大国」としてのプライドが許さなかった。 (India wary as US cedes primacy to China over South Asia

 インドとパキスタンの対立は、英国が独立後のインド(印パ)を恒久分断しておくために作ったもので、米国が単独で印パを仲裁しようとすると、米国内の軍産英複合体に阻まれ、和解を実現できない。そのためオバマの米政府は、中国がパキスタンの後見人をやり、米国がインドの後見人をやって、印パを対話させようとしているようだ。「中国の下位に立ちたくない」「米国に捨てられたくない」というインドのプライドとあせりに対処するため、米国はインドとの間で、4月下旬には二国間だけの合同軍事演習をやり、6月初めには米中間でやっているような「戦略対話」をやったりして格好をつけ、インドをなだめた。 (China welcomes first-ever Indo-US strategic dialogue) (US courts India in the Indian Ocean

(同時に、英国の新政権は5月末に「印パの問題には首を突っ込みません」と宣言している。最近の英国は、米国が隠然と進める多極化に抵抗しなくなっている) (FM: Britain Will Stay Out of India-Pakistan Dispute

 中国と米国は、ネパールの内紛にも仲裁役として出てきている。中国が左翼の「マオイスト」を担当し、米国が親インド系の勢力を担当している。亡命者の話だから信憑性に疑いがあるが、ミャンマーも秘密裏に核兵器開発しているという話が出てきており、これも中国の担当になりそうだ。 (China and the West step into Nepal crisis

 南アジア問題は、5月24−25日に北京で開かれた米中戦略対話でもテーマの一つとなった。この時、クリントン国務長官は、中国に5日間も滞在したのに日本には3時間しか滞在せず「鳩山首相が普天間問題で反米的な態度をとったから仕返しされたのだ」と日本のマスコミは報じたが、それは全く馬鹿げた解説だった。米国は中国に対し、朝鮮半島からインド、アフガニスタン、ネパール、ミャンマーの安定化まで幅広くやらせているのだから、クリントンが中国に何日も滞在するのは当然だった。

 半面、米国にぶら下がるばかりで国際問題を何もやらない日本は、3時間で十分だった。鳩山や小沢に自由にやらせていたら、日本は米中に協力して朝鮮半島やミャンマーの問題などを手がけたかもしれないが、官僚機構とマスコミが全力で対米従属に固執して鳩山・小沢を潰したため、日本は何もやらない国のままである。米国や中国という大人たちが、試行錯誤しつつ(時に身勝手に)世界の安定化(と利権あさり)に取り組んでいるのに対し、日本は、大人になりたくない子供という感じだ。 (South Asia to figure in Sino-US strategic dialogue

 話がそれた。インドとパキスタンは核兵器を持っているので、印パを和解させるには両国を核廃絶させる必要がある。米中が核廃絶すると言えば、印パは核廃絶するだろう。つまり、5大国と北朝鮮、印パ、イスラエルといった核保有国の全体が一緒にいっぺんに核廃絶するやり方なら、すべての核を廃絶できる。それ以外のやり方では、おそらく廃絶は非常に困難だ。

▼最初に核廃絶するのは英?仏?中?

 5大国のうち英国は、すでに自国の核廃絶について議論している。英国は4隻持っているトライデント潜水艦に核兵器を搭載して核武装しているが、トライデントに代わる新たな潜水艦を作る際に、核武装をやめてしまった方が良いという議論が、英政界や英軍内で起きている。表向きは「財政難なので核配備をやめるべきだ」という話だが、オバマの核廃絶の戦略と重ね合わせると、英国は「核保有国」より「核廃絶国」の方が国際政治の中で優勢になっていきそうな今後の世界体制を見越して、自国の核廃絶を議論している感じがする。 (Generals: Britain Should Scrap Nukes %%%

 さすが黒幕覇権国だけあって、英国は世界の最先端を行っているが、英国が核廃絶に踏み切るかどうかはまだわからない。トライデント搭載のミサイルは米国からの借り物で、潜水艦は大西洋を航行し、米国のジョージア州の基地でミサイルを借りてから再び潜航している。英国は、核兵器の発射システムも発射時に使う人工衛星も米国のものを借りている。100年近く金欠の英国は、国連での5大国(核保有国)の立場を維持するため、米国から重要武装を借りている。これが英米軍事同盟の本質である。 (Trident: Deadly - and very, very expensive

 米国から見れば、英国のトライデントは、米軍の核戦略の一部である。英国がトライデントの核武装をやめると米国は「英国は米英同盟を抜けた」と見なすだろう。英国には「米英同盟にこだわって核武装し続けるより、EUとの合同安保体制に入った方が良い」という主張もあるが、ドルが延命しユーロが潰れそうな中で、米国を捨ててEUに密着する国家戦略は採りにくい。結局、英国はどっちつかずの方針を続けざるを得ないのではないかと私は予測している。

 もしかすると英国より先に、格好をつけたがるフランスの方が「わが国は核廃絶するので、米露も核廃絶しなさい」と言い出すかもしれない。ユーロが壊滅しない限り、フランスはこの先ドイツと政治統合していくが、欧州市民の多くは核廃絶支持で、政治統合後のEUは核を持たない勢力になるだろうから、フランスはどこかで核廃絶が必要になる。どうせ核廃絶するなら「米露も核廃絶しなさい」と英雄ぶって宣言するのが格好良い。

 このように全世界的に、核保有国が核廃絶を宣言して他国にも廃絶を勧める、もしくは少なくとも「世界が核を廃棄するなら、わが国も廃棄する」と宣言するのが、時流になっていくだろう。こうした流れの中で、途上諸国の代表格として見られることが以前からの戦略だった中国が、どこかの時点で「わが国は弱いのだから防衛的核兵器が必要不可欠だ」と考えることをやめて、核廃絶を宣言して途上諸国の雄としての立場を強固にしようとする可能性がある。

 5月のNPT見直し会議の期間中に、米英は自国が保有する核弾頭の数を発表した。5月3日、米国が5113発と発表し、それを真似て英国も5月27日に225発と発表した。これまで何発持っているか言わなかったのは、強く見せる戦略の一つであり、それを放棄したことは、核廃絶の初期的な第一歩である。 (US has 5,113 launch-ready nukes - Iran wants US nukes dismantled) (UK2 puts nuclear arsenal size at 225

 しかし米政界では依然として好戦派が強く、財政破綻しなければ核兵器を持ち続けるだろう。しかしもし米国が財政破綻(ドル崩壊)したら、米国は「孤立主義」の方向に戻るとともに、核兵器の廃棄が俎上にのぼるだろう。米国が核廃棄するなら、ロシアも核廃棄するだろう。

 世界的な核廃絶が実現すると、世界の政治体制も米英単独覇権ではなくなり、覇権は多極型になり、国連安保理の代わりにG20が世界的な意志決定の中心機関になるだろう。この変化が起きると、日本は対米従属できなくなるので、日本の官僚機構は「世界核廃絶」を日本として大っぴらに賛同したくない。もともと「世界核廃絶」は、戦後の日本人が希求してきた目標のはずだし、オバマも日本人に人気絶大なので、NPT見直し会議に合わせて日本で「世界に核廃絶を求める10万人市民集会」などが開かれても不思議ではないが、官僚とマスコミが抑えているので、日本人は蚊帳の外に置かれている。



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