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再燃する中東大戦争の危機

2010年6月29日   田中 宇

 6月18日、米国の空母トルーマンを含む11隻の軍艦と、イスラエル軍艦1隻からなる艦隊が、エジプトにあるスエズ運河の地中海側から紅海側に抜けた。これほどの規模の船団がスエズ運河を抜けるのは何年かに一度しかないと報じられた。米軍は運河航行中のテロ攻撃を恐れ、エジプト軍を警備員として運河沿いに出動させ、運河にかかる橋を通行止めにした。 (Report: U.S., Israeli warships cross Suez Canal toward Red Sea

 空母トルーマンとイスラエル軍艦は、6月6日から10日までイスラエル沖の地中海で合同軍事演習をやった。その後、艦隊はスエズ運河を抜けて紅海からペルシャ湾周辺に行き、以前からインド洋にいた米空母アイゼンハワーと合流した。イラン近海のペルシャ湾周辺に、米軍艦が結集している。 (Tehran declares State of Alert on its Western Border: Iran-US-Israel Drama goes into Act II) (Report: US warships stationed off Iranian coast

 おりしも、イランや、イランと関係を強めているレバノンが、パレスチナのガザに向けて救援物資を積んだ支援船を派遣すると発表した。5月末にトルコなどの支援船がガザに向かったときのように、イスラエル軍が支援船を襲撃し、イランやレバノンと一触即発の事態になるとの懸念も報じられている。イランの支援船は紅海からスエズ運河を抜けてガザに行く予定で、米イスラエル軍艦はこのルートを逆に通ることで、イランを威嚇したとみられている。イランの支援船はまだイランの港を出港しておらず、エジプトにスエズ運河の航行を拒否されたとか、米イスラエルの威嚇に恐れをなして出港を延期したとかいわれている。 (Iran Says Egypt Barring Gaza Aid Ship From Canal) (Iran says plan to send ship to Gaza still on) (北朝鮮と並ばされるイスラエル

▼アゼルバイジャンに隠密に爆撃機を運び込む?

 イスラエル空軍は、イランの裏側(北隣)のアゼルバイジャンに爆撃機を運び込み、イランの原子力施設などを空爆する準備をしていると報じられている。イスラエルは、爆撃機を分解して貨物船に積み込み、アゼルバイジャンの西隣の国グルジアの黒海岸の港に荷揚げし、陸路でアゼルバイジャンの基地に運び込む隠密作戦を展開しているという報道もある。イスラエル爆撃機がトルコの上空を飛んでアゼルバイジャンの基地に移動しているとの指摘もある。トルコ政府は6月28日、イスラエル軍機の上空通過を禁止すると発表した。 (Reports: Israel Plotting Tehran Raid) (Turks ban Israeli military flight from airspace

 アゼルバイジャンには6月6日、米国のゲーツ国防長官が訪問している。米政府の閣僚の同国訪問は5年ぶりだった。ゲーツ訪問3日後の6月9日、アゼルバイジャン議会は、国内の基地を外国軍に貸与できる新法を決議した。ゲーツは、アゼリの基地を借りに来た可能性が高い。米軍はアゼリの基地を、アフガニスタンに物資や要員を運ぶ際の中継基地として使う予定で、これまで中継基地として使っていたキルギスタンのマナス基地が国内混乱で先行き不透明になってきたからとされている。しかし、イスラエル軍がアゼリの基地を拠点にイランを攻撃する目的で、米国がアゼリの基地を借り上げたとも考えられる。イラン政府は6月22日、米イスラエル軍がアゼリに結集していることを警戒し、西部国境地帯に非常事態を宣言した。 (Pentagon Chief: Afghan War Arc Stretches to Caspian and Caucasus) (Azeri MPs agree military doctrine

 イスラエルは6月22日、イラン上空を偵察するための軍事用人工衛星「オフェク9」の打ち上げに成功した。この衛星は地上の0・5メートル四方まで識別できる高い解像度を持っているという。また同日、イスラエルのネタニヤフ首相の顧問は「おそらくイランを先制攻撃せねばならないだろう」と述べた。イスラエルでは「米軍はすでに、アフガン、パキスタン、クウェート、イラク、トルコ、アゼルバイジャン、トルクメニスタンなど、イランを包囲する10カ国に駐屯している」とも報じられている。 (Experts: Ofek 9 will detect Iranian activity) (Iran is Surrounded by US Troops in 10 Countries

 6月18-19日には、イラン南方のサウジアラビア西部の都市タブークの空港に、イスラエル軍機(一説にはヘリコプター部隊)が飛来し、軍事物資をおろしていったと報じられている。イスラエルがイランを空爆する際、タブークの空港を使うつもりではないかと指摘されている。その理由として、タブークがイランに近いからと書いている記事も見たが、実際にはタブークはイランよりイスラエルに近く、説得力に欠ける。 (Reports: IAF Landed at Saudi Base, US Troops near Iran Border

 6月12日には、英国のタイムス紙が「サウジアラビアは、イランを空爆しにいくイスラエルの爆撃機が自国上空を通過することを認めた」と報道し、その直後にサウジ政府が「そんなこと認めてない」と報道を強く否定する展開もあった。何が事実で、何が(意図的な)誤報なのかわかりにくい、プロパガンダに満ちた状況だ。 (Saudi Arabia: We will not give Israel air corridor for Iran strike

▼一人歩きする「米国との関係は修復不能」

 国際報道を見る限りでは、米イスラエルがイランを攻撃して中東大戦争が始まりそうな感じが高まっている。しかし、本当に戦争が起きるかどうかはわからない。イスラエルは06年夏、ブッシュ政権の米国に誘われ、レバノンを大攻撃したが、頼みの綱の米軍は来てくれず、イスラエル政府は、シリアやイランとの大戦争に発展する直前で停戦工作に転じ、自国の自滅を何とか防いだ経験がある。それ以来、米国が煽ってもイスラエル政府は戦争したがらなくなった。(イスラエルは一枚岩でなく、右派は戦争しかないと言い続けている) (大戦争になる中東(2)

 米国とイスラエルの右派の中には、親イスラエルのふりをしてイスラエルを潰そうとする勢力がおり、イスラエルを戦争の方向に引っ張っているのは彼らである。彼らはガザのハマスを敵視し、イスラエルがガザの経済封鎖を解かないようにしている。その結果、世界的にイスラエルに対する非難が強まり、米政府内では「イスラエルは米国にとって資産から負担に変わりつつある」という見方が出てきている。「オバマは、イスラエルよりアラブの石油利権を重視し始めた」という「解説」も出てきている。 (Breaking an unbreakable bond

 この傾向が進むと、イスラエルは唯一の後ろ盾だった米国の支持を失う。これは亡国を意味する。「だからその前にイスラエルは、米国を巻き込んでイランを空爆する必要がある」という言い方で、右派はイスラエルにイランを空爆させようとしている。米イスラエルの右派がイスラエルを戦争に引っ張り込もうとしている図式は、03年のイラク戦争以来変わっていない。 (Washington Asks: What to Do About Israel?

 6月27日には英国の新聞が、駐米イスラエル大使のマイケル・オレンが「イスラエルがパレスチナ問題を解決しないので、米国とイスラエルの間の亀裂がどんどん大きくなり、修復不能な状態になる地殻変動が起きている」と述べたと報じた。その後オレンは、そのようには言っていないと報道を強く否定したが「米イスラエル関係は修復不能」という見出しが一人歩きして世界を駆けめぐっている。これもイスラエルを戦争に誘導するための意図的な誤報かもしれない。 (Israel-US relations rocked by 'tectonic rift'

 イスラエルのネタニヤフ首相は、米国との関係を立て直すべく、7月6日に訪米してオバマ大統領と会う予定だが、イスラエル外務省の労働組合は、この重要な時期を選ぶかのようにストライキに入っている。在米イスラエル大使館がネタニヤフ訪米の準備としての米国側との調整作業を拒否したり、外務省員が首相官邸や防衛省に情報を出すことを拒む事態が起きている。これも右派の策動くさい。このような連絡の切れた状況下で戦争が起きると、収拾がつかなくなる。 (Netanyahu's U.S. trip threatened by disgruntled Foreign Ministry staff

 ネタニヤフは5月末にオバマと会うために訪米したが、オバマと会う直前にガザで支援船攻撃事件が起き、ネタニヤフはオバマに会わずに帰国した。次々と横やりが入り、イスラエルは米国との関係を改善させてもらえない。

▼外交も諜報も失敗し・・・

 5月末、ガザに向かったトルコの支援船がイスラエル軍に襲撃されて死者を出したことを機に、イスラエルに経済封鎖されているガザの人々の惨状が世界の注目を集めた。国際的な圧力を受けたイスラエル政府は6月17日、閣議を開いて「ガザの封鎖を緩和することを決めた」と発表した。しかし、英語の発表文にはそれが記されているものの、同時に発表したヘブライ語の発表文にはその件が何も書かれていなかった。どうやらイスラエル政府は、欧米からの批判をかわす目的で、閣議で決めてもいないことを、英語の発表文にだけ盛り込んだらしい。イスラエル政界では右派が強く、ガザの封鎖緩和を実質的に決めることは、ネタニヤフに許されなかったのだろう。 (Israel announces let-up to Gaza siege - but only in English

 EUや国連はイスラエルのウソに怒り「イスラエルはガザの封鎖を緩和するだけでなく、完全に解除せねばならない」と表明した。カナダで開かれたG8サミットも、同様の決議を出した。 (UNRWA: Israel's Gaza blockade became a blockade against the UN) (Israel's Gaza Blockade 'Not Sustainable': G8

 G8ではイラン核問題も議論されたが、G8がイランに対して発した警告は「イランが核兵器開発をやめない場合、イスラエルがイランを空爆することが確実だ。だからイランは早く核兵器開発をやめろ」という内容だった。イランは核兵器を開発していないのだから、やめようがない。イランに対するG8の警告をまとめたのは米国だろうが、G8がイスラエルにイラン空爆をさせたがっているかのようだ。 (G-8 'fully believes' Israel will attack Iran, says Italy PM

 国連は反イスラエル的な傾向を強めつつある。イスラエルは反論を試みているが、効果は薄い。イスラエルの国連大使だったガブリエラ・シャレブは、有効な反論ができないまま世界から非難され続けることに疲れたのか、6月19日に辞任を表明した。02年から諜報機関モサドの長官をやってきたメイール・ダガンも、モサドがドバイでハマス幹部を暗殺した事件で世界から批判されて任期を延長できず、辞任することになった。ネタニヤフ政権は、外交や諜報で使える人材を失っている。外交や諜報活動がうまくいかないとなれば、爆撃機やミサイルを飛ばすしか手はなくなる。 (Israeli UN ambassador resigns) (Mossad Chief Meir Dagan to Step Down

 イスラエル政府がイラン空爆を躊躇している間に、右派は、イスラエルを世界の悪者にする戦略を着々と進めている。イスラエル与党のリクード(右派政党)の内部では「パレスチナ国家を作る2国式の和平は破綻した。パレスチナ国家の建設を認めず、パレスチナ人をすべて西岸とガザの外側に追放するしかない」という主張が高まっている。これは911の前後にさかんに語られ、その後引っ込んでいた主張である。右派の学者は「欧州はこのやり方に反対だろうが、イスラエルは核兵器を使って欧州を脅すことができる」とまで書いている。イスラエルが核兵器で諸大国を脅迫する「最期の手段」としての「サムソン・オプション」が早々と提唱されている。 (Israel aims its nuclear warheads at Europe) (中東問題「最終解決」の深奥

 リーバーマン外相らは、イスラエル国内のアラブ系市民の国籍を剥奪せよとも主張している。エルサレムでは、昔から住んでいるパレスチナ人を追い出してユダヤ人住宅や博物館を作る計画が進んでいる。 (Israeli FM Wants Palestinians Stripped of Citizenship and Relocated

 イスラエルのアラブ系国民(イスラエル国籍パレスチナ人)は、急速に政治覚醒している。アラブ系のイスラエル国会議員であるハナン・ゾアビ(女性)は、トルコのガザ支援船に乗り込んでイスラエル軍の襲撃を経験し、その後イスラエル議会の委員会で襲撃時の自分の体験談を話し、イスラエル軍の行為を批判した。右派議員は「ゾアビのイスラエル国籍を剥奪してガザに追い出せ」と怒鳴り、委員会はゾアビの懲戒を決議した(在日朝鮮人に被選挙権を与えると、日本の国会でもこの手の罵声が聞けるだろう)。しかし米オバマ政権が新政策として、イスラエル政府にアラブ系の人権を重視することを求めていたことから、議長裁定で懲戒は本会議にかけられず、ゾアビの地位は守られた。 (Interior Minister seeks to strip Israeli Arab MK of citizenship) (Israel's democracy Under siege too

 議会でのゾアビの発言はテレビで放映され、右派の罵声にひるむことなく凛として自分の主張を語ったゾアビは、アラブ系イスラエル人の間で英雄視され、多くのアラブ系市民を政治覚醒させた。オバマ政権がイスラエルに「アラブ市民の権利を重視せよ」と通告したのは、世界的な政治覚醒を狙うオバマの顧問ブレジンスキーの差し金かもしれない。すでにブレジンスキーはイスラエル右派から「ユダヤ人差別者」のレッテルを貼られている。 (Obama's new vision of Jewish state guarantees rights of Israeli Arabs) (Zbigniew Brzezinski: Israel's push for Iran strike may hurt U.S. ties

 イスラエル政府はイランを空爆したくないが、何かの拍子に空爆せざるを得なくなる可能性は常にある。アゼルバイジャンやグルジアといったコーカサス諸国では、ロシアやトルコの影響力が強くなっている。ロシアやトルコは、イランも入れた昔の3帝国でコーカサスを支配していくことを、すでに決めている。彼らは、米イスラエルがコーカサスで勝手なことをするのを望まない。いずれロシアやトルコが、アゼルバイジャンから米イスラエル軍を追い出す動きをとる。その前にイスラエルは、イラン空爆をやるかどうかの最終決断を下さねばならない。 (◆トルコ・ロシア同盟の出現

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