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「イランの勝ち」で終わるイラク戦争

2011年1月6日   田中 宇

 米軍のイラク占領は今年末で終わって米軍が撤退を完了するというのが建前的な話だが、この話を信じている人は世界的に少ないだろう。オバマ大統領側近たちの間でさえ、イラクよりアフガンに注力した方が良いので予定どおりイラクから撤退すべきだという意見と、撤退したらイラクが不安定化するので駐留を延長した方が良いという意見が対立していると言われる。米国の市民運動でも「米軍がやすやすとイラクから撤退するはずがない」という見方が強い。 (State Dept Audit Warns Against 2011 Withdrawal From Iraq

 そんな中、イラクのマリキ首相が昨年末、ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)のインタビューで「米軍には、予定どおり11年末までに全部撤退してもらう。(米軍撤退に関する米国との)この合意は確定しており、延期も変更もしない」と宣言した。WSJは「マリキは巧妙な政治家と言われている。巧妙な政治家は、発言に逃げ道を残しておくものだ。だが今回の発言でマリキは(米軍撤退は絶対延期しないと断言して)自ら退路を断ってしまった。イラクと周辺地域は今後も不安定さが続くので、マリキは今後、オバマ政権の協力も得て、今回の失言を訂正せざるを得ないだろう」と分析している。 (Maliki's Troop Mistake

 WSJは「マリキの発言は(反米勘定が強い)イラク国内の世論に向けた人気取りが目的だ」とも書いている。どうせマリキは米国の傀儡だから、そのうち米軍撤退延期の方向に発言を変えるだろうというのが、右派のWSJから反戦左派までの同意点だろう。だが、私はそう見ない。マリキは12月21日、総選挙以来9カ月におよぶ交渉を経て、挙国一致的な連立政権の樹立に成功した。そして、連立交渉の過程からは、マリキ政権が、傀儡は傀儡でも、米国ではなくイランの傀儡になっていることが感じ取れる。 (Iraq parliament approves new govt

 従来のイラク政界の諸派は、親イラン派と反イラン派、親米派と反米派が入り交じって不安定だったが、今回初めてシーア、スンニ、クルドの主要3勢力がすべてマリキ政権のもとに結集し、そのまとめ役がイランだった。イランの傘下に入ったイラクの首相が「米軍には予定どおり撤退してもらう」と強く宣言するのは当然だ。イラクの主要な諸派の中で、マリキの宣言に反対する者はいない。米国はいまだに唯我独尊的な外交姿勢が強いので、米軍がイラク政界の要求を無視してイラクに駐留し続ける可能性は十分にある。しかしイラク政界は、政界の一致した意志として、米軍に予定どおり撤退を求める姿勢をとり続けるだろう。 (How to Outmaneuver Iran in Iraq By ZALMAY KHALILZAD

 米軍がイラク政府の要求を無視して駐留を続ければ、イラク政府は国連安保理など国際社会に問題提起して、イラクの国家意志を無視した米軍の駐留継続を不当だと決議してもらおうとするだろう。米国は、国連安保理の常任理事国だから、拒否権などを使ってイラクの提起を葬り去ろうとするかもしれない。

 だが、そもそも米国のイラク侵攻は「イラクの大量破壊兵器の保有」という開戦の大義がウソであり、国連にウソをついて行われた不当な戦争だった。だからBRICSやEUなど、米国(とその傀儡の日本など)を除いた世界各国の多くが、イラク政府の意に反して米軍が駐留し続けることに反対を表明するだろう。アフガン占領の泥沼化も確定的なので、兵力効率化のためにも、米政府はそれほど遠くない時期にイラクからの総撤退をするだろう。

▼イラクのキングメーカーとなったイラン

 イラクでは昨年3月に総選挙が行われた。マリキ首相が率いるダワ党は、ホメイニに支持されていたころから親イランで、同じく親イランのムクタダ・サドル師が率いる勢力などと組んで与党「NIA」(イラク国民同盟)を構成していたが、3月の選挙では、サドルとマリキが分裂した。その結果、イラク議会は分裂した状況となった。これは、サドルが反米主義なので、米国がマリキに「サドルと別れろ」と圧力をかけた結果だった。 (And the winner is ... Muqtada

 イラク政界は何も決まらない状況が続いたが、昨年10月にマリキとサドルが和解し、マリキがNIAに復帰し、NIAはイラク議会の議席の48%を占めるに至った。クルド人諸の大連合体であるDPAKも連立に参加した。米国のイラク占領が泥沼化した後、クルド人は親イランの傾向を強めており、マリキ、サドル、クルド人の3勢力を仲裁したのはイランだったと考えられる。サドルは米国の傀儡勢力に暗殺されることを防ぐためイランに「宗教留学」しており、マリキはサドルに会うためにイランに行った。 (Iraq's Premier Maliki Meets Rival Sadr in Iran) (Iraqi Politics: Breakthrough or Another Breakdown?

 この時点で、主要勢力でマリキの連立に参加していないのは、親米的なイヤド・アラウィ(元CIA、シーア派)が率いる世俗リベラル系(反イスラム主義)のシーア派・スンニ派の連合体である「国民イラク・リスト」だけとなった。マリキやサドルといったイスラム主義勢力と、反イスラム主義のリベラル勢力とは直接交渉しにくいので、リベラル系が強いクルド人組織が仲介してマリキとアラウィの交渉が行われ、11月末から妥結の兆しが見え、12月に妥結してアラウィが連立政権に入ることになった。 (US Influence in Iraq on the Decline

 この間、米国は反米のサドルを外してマリキとアラウィを連立させようとしたが失敗した。昨年9月には、米国から頼まれたのかサウジアラビアがイラク各派をリヤドに集めて連立交渉させようとしたが、これも失敗した。親米のアラウィは了承したが、他の各派は拒否し、サウジを嘲笑した。 (Iraq's Shiite union turns down Saudi offer to host talks) (U.S. hoping Ramadan's end provides impetus for forming Iraqi government

 分析者の間では、マリキ政権の挙国一致的な連立をまとめたのはクルド人で彼らが最も得をしているとか、サドルがキングメーカー役だとかいわれているが、クルドもサドルも、背後にいるのはイランだ。イラク政界のキングメーカーはイランである。クルド人は、独立国にしてやると約束されて米イスラエルの手伝いをしてイラクの政権転覆に貢献したが、米国は約束を果たさず、その結果クルド人は親イラクに転向する傾向を強めた。 (Sadr sees star rise again in Iraq

 米国は何兆ドルもの軍事費と十何万人もの兵士をイラクに派兵して何年間も占領したが、イラクの政治を支配しきれなかった。ところがイランは一人も派兵せず、金はばらまいただろうが大したことない金額で、イラクの政治を支配するに至っている。しかもイラクが仇敵米軍の占領下にあった数年間に、である。米国は高い代償を払って得たイラクの利権を、無償でイランに譲渡した。米軍は、早ければ素直に今年末、遅くとも2012年ごろには、国際社会の圧力を受け、イラクから総撤退するだろう。その後のイラクはイランとの結束を強め、両国は2つの大産油国としてサウジアラビアより強い国際政治力を持つだろう。

 本記事を執筆中の1月5日、イランに亡命(宗教留学)していたサドルが、4年ぶりにイラクに帰国した。実家があるナジャフに戻ったサドルは、歓喜する支持者の群集を前に、イラク政界で大きな力になっていくことと、米軍をイラクから追い出すことを宣言した。マリキの連立新政権の有力派閥を率いるサドルが戻ってきたことで、今年は、イラク政界の自立と、米国追い出しに向けた政治が始まりそうだ。 (Cleric who fought US returns to Iraq from exile

 サドルが帰国したのと同じ日、イランのサレヒ新外相もイラクを訪問し、マリキ首相らと会談し、イラク新政権に対する支持を表明した。そして、米軍がイランの政権転覆のためにイラク国内での存続を容認していたイランの反政府組織ムジャヘディンハルク(MKO、米政府はテロ組織に指定)をイラク政府がイランに引き渡す話を、両国間で行った。イラクは、イラン好みの国に変わりつつある。 (Iran welcomes 'inclusive' Iraqi govt

▼サダム・フセインは米国のために存在していた

 イラク戦争は、大量破壊兵器というウソの開戦事由で始められた不当な侵略戦争だが「少なくともサダム・フセイン政権を転覆したのは良いことだった」と抗弁する人がいる。日本の外務省や、その傀儡をつとめる外交評論家たちが好例だ。しかし実は、フセインがいたから米国はイラクとイランを敵対させて中東での覇権を維持でき、米国の世界覇権の重要部分である中東支配が維持されているから、日本は安心して対米従属を続けられた。

 イラクはフセイン政権までの1400年間、人口の2割しかいないスンニ派が、6割を占めるシーア派を支配する非民主的な政治構造だった。スンニ派のフセイン政権は、独裁を維持するため、シーア派を容赦なく弾圧した。一方イランは人口の9割以上がシーア派だ。フセインがイランと和解するには、イラクのシーア派に対する弾圧をやめる必要があったが、弾圧をやめたらシーア派はイランから支援をこっそり受けて反政府運動を強める。シーア派の聖地はイランとイラクの両方にあるので、両国が敵対を弱めると両国のシーア派どうしが聖地で交流することをイラク政府が防げなくなり、シーア派どうしで結束してしまう。長くスンニ派から弾圧されてきたシーア派は、同派内で強固な広域人脈網を持っている。政権が不安定になるのでフセインはイランと決して和解できず、最後まで敵対していた。

 大産油国であるイラクとイランが恒久的に対立していることは、米国の中東支配にとって大事なことだった。フセインであれ誰であれ、イラクがスンニ派の独裁であることが、米国にとって重要だった。ところが米国のネオコンらは「フセインは独裁で虐殺者だから倒すべきだ。米軍の力でイラクを政権転覆せよ」と主張し、ブッシュ政権にイラク侵攻を挙行させた。大量破壊兵器というウソの開戦事由をでっち上げたのもネオコンだ。

 イラク侵攻の結果、フセイン政権は転覆され、その後のイラクは「民主化」によってシーア派主導の国になり、必然的にイランとイラクが結束し、イラク駐留米軍を追い出す方向に動いている。イランとイラクの石油利権は米国のものにならず、主に中露など反米非米的な勢力によって開発されている。 (イラクの石油利権を中露に与える

 どれもこれも、フセイン政権が維持されている限り起こり得なかった。フセインを打倒したことで、米国の中東覇権が崩壊している。やはりネオコンは、米英覇権を自滅させて新興市場諸国の政治経済台頭を誘発し、世界経済を多極型の発展モデルに転換して成長を加速しようとする「隠れ多極主義者」である。以前の記事に書いたが、ネオコンと親しいザルメイ・カリルザドが05年に駐イラク大使になった後、それまでのスンニ派と米国が和解してシーア派の台頭を防ぐ戦略から、シーア派の武装拡大を許してスンニ派を退治させるシーア派台頭容認策に転換し、その結果イラクは、サドルらイラン傘下のシーア派諸勢力に席巻されてしまった。カリルザドは、米国の中東覇権を瓦解させた犯人の一人である。 (◆イラク「中東民主化」の意外な結末

▼イランの影響力拡大はイスラエルの終末に

 今やイランの影響力は、イラクだけでなく中東全域で拡大している。以前は米国との和解を強く求めていたシリアは、米国にレバノンからの撤退を求められるなど邪険にされ続けた結果、イランと親しくなり、今では強気で米イスラエルを批判している。レバノンは、90年代以来シリア傘下の国だったが、イラク戦争開始後、レバノン政府は米国に圧されてシリアからの自立と親欧米化を目指した。だが06年夏に米国の黙認のもとでイスラエルがレバノンを空爆で破壊した後、レバノンの世論は反米反イスラエルに傾き、イスラエルと戦争して負けなかったシーア派武装組織ヒズボラがレバノン政界で台頭し、レバノンは親イラン・親シリアの国に戻った。サウジアラビアは有り余る資金でレバノンを支援してきたが、最近はイランに押され、影響力が落ちている。

 エジプトは、今は米国の傀儡のような国だが、対米従属の独裁者である82歳のムバラク大統領が死んだ後、イスラム主義が台頭し、反米親イランの傾向を強めるだろう。そこではイスラム同胞団が台頭しそうだが、パレスチナのガザを統治するハマスは同胞団の弟分の組織だ。ハマスは、すでにイランやシリアから支援を受けている。ムバラクの死後、エジプトでイスラム主義が台頭すると、ガザをエジプトと一体化してイスラエルと対抗する動きが強まりそうだ。イランはシーア派で、同胞団やハマスはスンニ派だが、ここではシーアとスンニの敵対という、従来の中東分析者が好む図式が働かない。同胞団やハマスは、米イスラエルの中東支配をやめさせる目標のもとに結束している。 (Egypt 'About to Explode,' Opposition Leader Warns

 正確な時期を予測するのは難しいが、米軍のイラク撤退から、エジプトのムバラク死去後までの間に、中東に対する米国の支配力が喪失した感じが強まるだろう。米国の影響力が落ちたら、エジプトと並ぶ米国の傀儡であるヨルダンの王政も、国民の大半を占めるパレスチナ人によっておそらく倒され、ヨルダンはパレスチナ人の国になる。そこでもイスラム主義勢力が強くなる。アラブの盟主を自称する大国だったはずのサウジアラビアは、成り金で臆病すぎて対米従属を棄てられず、中東での影響力をイランに奪われている。 (Defeat In Iraq Will Quicken The End Of Western Domination

 中東のもう一つの大国であるトルコも近年、中東での米国覇権の衰退を見据え、100年近い親欧米路線を棄て、オスマントルコ帝国時代に中東で持っていた影響力を取り戻す国家戦略に大転換している。米傀儡国が多いがゆえに結束できないアラブ勢の弱さに付け込み、トルコは、イランと共同で中東を支配する戦略だ。北方のコーカサス地方(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア)でも、トルコとイランは、ロシアを含めた周辺3大国による新たな覇権体制を構築している。米欧はコーカサスから追い出される方向にある。抜け目ないグルジアの独裁者サーカシビリは昨年、以前の米国傀儡路線を放棄するかのように、親イランの言動を強めた。 (Azerbaijani politologists: Strengthening of Turkey's role in region meets Azerbaijan's interests

 このような将来展望の中、イスラエルの国家的な先行きがどうなるか気になる。イスラエル政界で左派(リベラル派)が強くなれば、西岸入植地を撤去してパレスチナと和解して二国式の和平を確定できるかもしれない。だが周辺のイスラム諸勢力が強くなり、イスラエル側が戦争の可能性を強く感じるほど、世論が好戦的な右派支持に傾き、左派は縮小する。95年のラビン暗殺以来続く右派台頭の傾向は、今後も変わりそうもない。右派は入植地をむしろ拡大し、和平を頓挫させている。米国の代わりにEUや中露が和平を仲介しても、イスラエルが右派を棄ててリベラルに戻らない限り、和平は成功しない。

 今後、米軍のイラク撤退や、エジプトのムバラク死去を経て、中東での米国覇権の縮小と、イスラエル周辺諸国のイスラム主義化・反イスラエル化が進み、イスラエルの右傾化も止まらないだろう。和平は困難になる一方だ。今後、いずれかの時点で、イスラエルと、ヒズボラやハマスとの本格戦争が再燃してシリアやイランも参戦し、それがイスラエル国家にとって最期の戦争となる可能性が大きい。それ以外のシナリオの可能性は減っている。

 イラク戦争の開戦時には、米国がついた大量破壊兵器のウソが世界の人々を怒らせ、国際社会が米国に対してそっぽを向いて米覇権が終わっていくシナリオもありえた。だが、米英日などのマスコミが911以来の有事体制の中、軍産複合体の影響下でプロパガンダ機関としての機能を強めた結果、米政府にとって不利な状況は報じられにくくなり、大量破壊兵器のウソについての騒ぎも下火となり、人々の脳裏から消されていった。その意味では米国覇権が維持されている。だがその一方で、中東諸国の政治状況から見ると、イラク戦争は「イランの勝ち」で終わり、中東での米国の覇権の喪失がほぼ確実となっている。



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