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リビア戦争で窮地になる仏英

2011年4月11日   田中 宇

 仏英主導によるNATOのリビア戦争が行き詰まっている。仏英は当初、2月に決起したリビア反政府派を軍事支援し、米軍を引っ張り込んだ上で、反政府派を攻撃してくるリビア空軍機を、国連の飛行禁止区域設定(飛んでくるリビア空軍機をNATO空軍機が攻撃する)によって沈黙させ、リビア反政府派が、カダフィの政府を倒して(仏英の言うことを聞く)新政権を作るのを支援しようとした。 (欧米リビア戦争の内幕

 しかし、過剰派兵で財政難の米政府は、リビアは米国にとって脅威でないし重要利権でもない(北アフリカは米国でなく欧州の影響下)とか、カダフィを倒すことが目的でない(カダフィが反政府派の人々を殺そうとしているのを止めることだけが目的だ)とか言って、リビアでの米軍の軍事行動を縮小する方向に動き、攻撃的な軍事行動をやめて、仏英軍などに対する支援行為に専念する姿勢を明確化した。 (US pulling Tomahawk missiles out of Libya combat

 NATOの主力である西欧諸国は、いずれも財政緊縮の途上にあり、軍事費は特に削減の対象になっている。欧州諸国は米英主導のアフガニスタン占領に協力し、アフガンに派兵してタリバンのゲリラと何年も戦って疲弊し、欧州全体として過剰派兵になっている。各国内の反戦気運も強い。リビアの戦争を長期に展開することは、欧州諸国にとって非常に難しい。 (Europe tested as US alters Libya policy

 米軍が一線から退くとともに、リビアと戦うNATO軍の態勢は劇的に悪くなった。英軍は、米軍が撤退した分をカバーしようとしてリビアで無理な展開をしており、戦争が長引くとリビア駐留の英軍全体が危険な状態になると、英軍内から警告が発せられている。 (Libya: UK forces spread thin, says ex-defence chief

 このような事態になった最大の原因は、私が見るところ「米軍をリビア戦争に本格的に引っ張り込めると考えた仏英の誤算」にある。仏英がリビアの政権転覆に積極的だったのは、リビアの石油利権を仏英のものにしておきたかったからだろう。国際政治における米国(米英)の覇権が衰退し続けるとともに、世界各地の石油利権が、米欧の手から離れ、ロシアや中国、イランなど非米反米的な諸国の方に移っている。 (反米諸国に移る石油利権

 この流れの中で、リビアの独裁者カダフィも、フランスなど米欧の言うことを聞かなくなり、仏英はリビアの石油利権を失う方向にある。そんな長期傾向の中で起きた、リビア反政府派の決起は、リビアの石油利権を仏英の方に戻せる最後の機会だった。 (French Fraud Behind Libya War Drive by Justin Raimondo

 フランスは、米英の覇権の傘下に入ることを嫌い、独自の国家戦略を希求してきた。フランスは長くNATOに参加していない状態だったし、03年の米国のイラク侵攻時には、フランスは米国を強く批判して侵攻に反対した。しかし同時にフランスのサルコジ大統領は、08年秋のリーマンショック直後「ブレトンウッズ会議のやり直し(ドルに代わる基軸通貨体制の検討)」としてG20サミットの開催を世界に呼びかけるなど、米国覇権の衰退が不可避だと早くから気づいて動いてきた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序

 米国の覇権が衰退した後、カダフィのような軍備増強に熱心な産油国の独裁政権の力が増し、米国の軍事力の後ろ盾を失うフランスなど西欧諸国の言うことなど聞かなくなることが推測できる。西欧諸国が米国の軍事力を使ってカダフィを倒し、リビアに傀儡政権を作るには、今回が最後のチャンスだろう。だからフランスは、長年の反米姿勢を捨て、フランス軍が率先してリビアを空爆しつつ、米国をカダフィ潰しの戦争に巻き込もうとした。しかし、米国はその手に乗らず、途中で後方支援に回る態度を強めた。フランスの策略は失敗しつつある。 (The West's unwanted war in Libya

 フランスは米国覇権に対して冷淡な傾向があるが、西欧諸国の全体としては、冷戦後これまでの20年間、米国の単独覇権体制の傘下で、東欧、中東、北アフリカといった欧州の周辺地域に対する影響力の行使や安定化策をやろうとしてきた。03年以降のイラク占領や、90年代のソマリア内戦介入など、米国の過剰かつ稚拙な戦略の結果、介入策が失敗に至ることも多かったが、90年代からのボスニアやコソボなどバルカンの紛争では、欧州の利害を米国が背負うかたちで軍事介入してくれた。

 巨額の軍事費に裏打ちされた圧倒的な軍事力を持つ米国を、欧州の意に添うかたちで巻き込み、欧州周辺地域に対する影響力行使を安上がりに実現することが、英国をはじめとする西欧諸国の戦略だった。今回のリビアでは、すでに米国が覇権の放棄を黙認する姿勢を強めているため、この欧州の戦略がうまく回らなかった。

 フランスは今、リビアの他に、以前から占領に参戦していたアフガニスタンと、新たに新旧為政者間で内戦になっている西アフリカのコートジボワールにも軍隊を派遣し、前代未聞の3カ所への派兵を行っている。米国の国際影響力が低下して力の真空状態が広がる中、フランスは、米国でなく国連安保理などで主張しつつ、その真空を埋めようとしている。

 米ブッシュ政権が単独覇権主義を振り回していた数年前まで、フランスは米国の「先制攻撃」の政策を非難していたが、今ではフランス自身が「仏軍は、リビアだけでなく、民主主義が抑制される国にはどこにでも侵攻しうる」と、まるでブッシュのような好戦的な宣言をしている。(仏英は、内外の世論から「なぜリビアと同様に民主運動が弾圧されているバーレーンを空爆しないのか」と批判され、好戦的な宣言をせざるを得なくなった) (By merely bolstering the weaker side, we are prolonging Libya's civil war

▼独仏協調の破壊でEU統合も成せず?

 米国が強いうちに米国の軍事力を寸借しつつ、米国の覇権が衰退した後で手強い敵になりそうなカダフィを抹消しておこうとする仏英の今回の戦略は、失敗色が濃くなっている。しかも、ドイツがリビア侵攻に反対したため、フランスにとって重要だったドイツとの協調体制も崩れ出している。独仏の協調体制は、EU統合にとって最も大事なことだ。EU統合の要諦は、独仏の統合である。フランスは、ドイツにほとんど相談せずにリビア戦争を始めており、ドイツは怒っている。 (Germany: Sarkozy remarks dangerous

 ドイツがリビア戦争に反対するのは、第二次大戦の自国の戦争を反省させられている反戦的な敗戦国だからというだけではない。フランスは自国の影響圏を地中海(海路)に置き、産油国リビアを影響下に置くことに熱心だが、ドイツは自国の影響圏を東欧方面の陸路での東進(影響力拡大)に定め、燃料はロシア方面から買っており、リビアは自国にあまり関係ない。90年代、コソボやボスニアなどバルカン半島が問題だった時、独仏の齟齬は少なかった。バルカン半島は、陸路からのドイツにとっても、海路からのフランス(や英国)にとっても重要な地域だったからだ。しかし今回のリビアは地理的に、仏英にとって重要だが、ドイツにとって重要でない。

 英国にとって独仏の破談は、漁夫の利を得られるので好都合だ。英国は以前から、独仏が統合して欧州大陸諸国が強くなるEU統合に反対だった(覇権の多極化を進めたい米国勢が独仏にEU統合を勧めてきた)。今回のリビア戦争は、英国にとって、フランスを対独協調から引き剥がし、米英仏の3国協調を作れるかもしれない好機だった。しかし米国が乗ってこなかったので、この英国の戦略も空振りになりそうだ。あとには、米国に去られ、独仏も離反してバラバラになった西欧諸国が取り残される。

 独仏協調体制の崩壊は、経済的にも危険だ。EUのユーロ圏諸国は今、ギリシャからアイルランドに飛び火した国債危機(英米の投機筋がドル延命のために行っているユーロ潰し)がポルトガルに波及し、次はスペインやイタリアといったユーロ圏の大国にも伝播するかもしれない事態になっている。ユーロ圏の国債危機へのEUの対応は、EU内でダントツに経済が強いドイツが中心となって危機を救済する基金を作り、危機に見舞われた国々にその金を支援する代わりに緊縮財政策や、EUへの財政立案権の吸い上げ(財政統合)を行おうとするものだ。

 ドイツを中心とするユーロ圏諸国は、ギリシャやポルトガルといった比較的小さな国々の危機を救済することはできる。しかし、ユーロ圏有数の経済規模を持つスペインやイタリアまでが崩壊に瀕するとなると、それをドイツなどが救済するのはかなり難しい。事態がドイツの救済能力を超えると、救済は困難になっていく。

 ドイツは、EU統合によって自国の影響力が拡大するなら、無理をしても他国を救済するだろうが、統合の主導役の相方であるフランスが今のように勝手な戦略を振り回す状態だと、ドイツにとって統合のメリットも減る。ドイツでは、ユーロの崩壊が不可避なら、その前に自国だけユーロを離脱してマルクに戻す、もしくはユーロ圏の優良な諸国だけをまとめてユーロ内ユーロを新設することも検討されている。 (4月9日の速報分析

 西欧(冷戦後は東欧も含めた欧州)は従来、米国の覇権下にあり、欧米あるいはNATOとして国際社会の中で大きな顔ができた。だが今後、米国の覇権衰退がほとんど不可避な中で、EU統合が進まない、もしくは瓦解すると、欧州は、国際社会の中で、今よりずっと弱い地域に成り下がる。欧州の周辺では、ロシアが中国などと連携しつつ力を持ち、中東はイランやムスリム同胞団(エジプト)などのイスラム主義勢力の権勢が強まっている。EU統合に失敗した後の欧州は、それらの反欧米的な勢力に圧されがちになる。

 EUはロシアやイラン、リビアといった国々から石油やガスを輸入する必要がある。欧州がリビアのカダフィを倒せないままだと、カダフィは激しい反欧米勢力になる(従来のカダフィは、欧米が好条件を出せばイランなど他の反欧米勢力と敵対する両面的な狡猾さを持っていた)。

 そんな中、ロシアやイランがカダフィに「一緒に欧州を締め上げよう」「英仏が泣いて謝るまで石油ガスを売らないことにしよう」と持ちかければ、カダフィは喜んで乗るだろう。フランスはロシアと比較的親しいが、英国は反露的で、英露関係は対立的だ。英国は独仏協調を警戒してきたが、その一方で、EU(独仏)が統合に失敗し、欧州よりロシアの方が強くなることも、英国にとって全く望ましくない。

▼好戦フランスの凋落、和平仲裁トルコの台頭

 今回のリビア戦争で、好戦的な手法をとって失敗しているフランスと対照的に、和平交渉の準備をして成功しているのがトルコ(エルドアン首相)だ。トルコはNATO諸国の中で唯一、イスラム教徒が大多数を占め、フランスの好戦戦略に猛反対しつつ、リビアとの外交関係を維持している。トルコ政府は以前、EUに入りたいと考えていたが、EU内のイスラム教徒の増加を嫌がるフランス(サルコジ)が絶対反対の態度をとり、東欧の小国群が次々とEUに入れてもらう中で、トルコは排除され続けてきた。トルコは、自国を排除したフランス(サルコジ)を嫌っている。

 フランスはトルコと対立するが、米国はトルコを重視している。仏英主導のリビア空爆に協力しつつも、リビアとの戦争の泥沼にはまることを避けたいと考えてきた米政府は、リビア政府との交渉のパイプ役にトルコを重視し、駐リビアのトルコ大使館を、リビアにおける米国の代理人になってもらっている。トルコは、リビアのカダフィ政権と、反政府勢力との間を仲裁することも始めている。まずカダフィの政府軍がリビア西部で反政府派から奪還したいくつかの町から撤退して反政府側に返すとともに、両者間で停戦の合意を締結する構想で、すでに両者の支持を得ている。 (Libyans welcomes Turkish peace proposal

 米軍の司令官は「リビアとの戦争は軍事攻撃だけで勝って終わりにすることができなくなっており、政治交渉が不可欠だ」と、すでに述べている。米国は事実上、フランスではなくトルコのやり方に軍配をあげている。 (NATO: No Military Solution in Libya

 トルコの戦略がうまいのは、アラブ産油諸国(GCC)を巻き込んでいる点だ。GCCを率いるサウジアラビアは、自国の軍隊がバーレーンの反政府運動を弾圧することを米国に黙認してもらうため、その見返りとしてサウジはGCC傘下の(つまり自国の子分である)カタールに戦闘機を出させ、仏英主導のNATO軍に協力した。しかしNATOのリビア戦争は行き詰まり、サウジなどGCC諸国は「リビアのイスラム同胞を殺していいのか」と思う自国民の怒りを考慮して、早くリビア戦争から抜けたいと考えている。

 そんな中、リビア政府と反政府派との和解交渉を提案したトルコは、交渉の会議を行う場所の設営をGCCのカタールに頼んだ。トルコは、カタールがリビア人を殺す役目をやめて和解させる役目を担えるよう取り計らってやった。サウジなどGCC諸国は、トルコに感謝しているはずだ。好戦的な戦略を進めて失敗したフランス(サルコジ)の落ち目ぶりと、和解的な戦略を進めて成功しているトルコ(エルドアン)の影響力拡大とが、対照的な状態になっている。

 米国の分析者の間からは「フランスという国は、文化も含め、過去の産物でしかない。フランス料理の多くの部分は第一次大戦前に開発されたものだし、フランス映画界が優れた映画監督を輩出していたのも、仏建築家がすばらしい建築物を作ったのも、いずれも大昔の話だ」という、おなじみの揶揄がまた出てきている。あがいて老醜をさらすフランスは、自らすすんで衰退していこうとするかのような日本と、対照的な位置にいるともいえる。 (On the Stagnant State of French Society



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