他の記事を読む

米国の民主化運動「ウォール街占拠」

2011年10月3日   田中 宇

「ウォール街を占拠しよう(Occupy Wall Street)」の市民運動は10月1日、デモ行進中に交通妨害の容疑で700人が逮捕されたことで、一気に有名になった。運動側によると、ニューヨークのブルックリン橋を渡ってデモ行進しているときに、警察が、デモ隊を先導して車道側を歩かせた後、突然に「歩道に移れ」と命じ、歩道に移らなかった人々を一括逮捕するという「引っ掛け」が行われたという。警察側は、歩道を歩くよう指示したが従わず交通妨害になったので検挙したといっている。 (Occupy Wall Street From Wikipedia

 ウォール街占拠運動の参加者たちは、米政界が金融界(ウォール街)の強い影響下にあることに反対している。彼らは、08年のリーマンショック後に米政府や連銀が米経済てこ入れの名目で米金融界に巨額の救済を行い、金融界ばかり救済されて儲かり、一般市民の雇用や経済状況の悪化が看過されたことを怒っている。そして9月17日から、ニューヨークのウォール街に近い公園に陣取って抗議行動を続けている。10月1日には運動が、ボストン、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど、全米70カ所以上に拡大し、それぞれの都市の連銀や大手銀行の本支店の前で抗議集会が行われた。 (Occupying Wall Street from Liberty

 ウォール街占拠運動は「茶会派」や、ロン・ポールら「リバタリアン」がやってきた共和党系の草の根の市民運動と主張が似ている。米国(憲法政府)の政策決定は、金融界を中心とする大企業やそれを経営する大金持ち(ニューヨークの資本家)に支配され、中産階級が没落していく中、金持ち優遇の税制が頑固に踏襲され、失業が増える中で大手銀行だけが救済されている。 (いつわりの米金融回復

 19世紀末にJPモルガンが金融危機を起こして米政府を財政破綻に追い込んだ後、米政府を救済してやって以来、米政府は金融界に牛耳られ続けている。金融市場が右肩上がりに拡大している間は、中産階級にも儲けのおすそ分けが入っていたが、今のように金融が崩壊している時期には、金融界だけが儲かって中産階級以下の人々は貧しくなる傾向になり、米政府が金融界に支配されている構図が露呈した。その結果、茶会派やリバタリアン、そして今回のウォール街占拠運動などが、金融界による米国支配をやめさせようとする草の根の市民運動を起こすに至った。 (世界がドルを棄てた日(3)

 彼らの運動は、金融界が米政界を支配する米国の「金融界独裁体制」をやめさせようとする「米国の民主化運動」である。世界の民主主義の模範であるはずの米国が、実は「独裁体制」であり「民主化運動」を必要としているのは意外なことかもしれないが、米国の草の根の市民運動家たちは、本物の民主主義を取り戻すんだと言っている。米国は、金融界や軍産複合体による談合体制である2大政党制(2党独裁体制)で縛られ、真の民主化がかなり難しい国である。

 ウォール街占拠運動は9月17日から行われているが、この日程は、金融界を困らせる運動を起こすタイミングとしてなかなか絶妙だ。米国では、7月に議会で茶会派が財政緊縮議論を巻き起こし、予算難で米国債が債務不履行に陥るかもしれないと騒がれる状態になった。結局、オバマ政権が議会の抵抗をうまく丸め込み、議会に特別委員会を作らせることで問題を今年末まで先送りした。しかしこの騒動で、米議会が財政赤字を減らせないのでないかという懸念が残り、8月5日にS&Pが米国債を格下げした。 (◆格下げされても減価しない米国債

 これで米国債に対する国際信用が急落して債券金利が急騰するかと思いきや、米金融界は矛先を株価に向かわせ、株価が先に急落し、資金が株式から債券に逃避することで、米国債金利の上昇を防いだ。その後、連銀が米国債買い取り策の延長(QE3)をやって金融をてこ入れするとの期待が高まった。連銀は余力がなくてQE3をやれず、それより迫力が小さいツイスト作戦(短期国債を長期国債と買い換える)を9月21日に発表した。これで債券危機が起きるのを防ぐ策として、また債券の代わりに株価が急落した。 (◆債券危機と米連銀ツイスト作戦

 米政府や連銀は、ここ数ヶ月、状況がかなり危うい中で、リーマンショックの再来となる債券危機の再発を何とか防いできた。そうした中、茶会派の攻撃が退けられ、米政府や連銀の危機回避策が一段落した後のタイミングで、茶会派と似た市民の政治運動としてウォール街占拠運動が開始されている。この運動を率いる人々は、金融界だけが優遇されている従来の政治状況が変更されるまで、ずっとウォール街で占拠運動を続けると宣言している。この運動が、米国の世論の関心を集めた状態で長く続くほど、米国民に批判されず金融界を救済し続けようとする米当局の目論見が難しくなる。 (Occupy Wall Street: 100's of 1000's join, Sen. Sanders says 'desperately needed'

 金融は、金融界だけのためのものでなく、あらゆる人々の生活を支える経済のシステムである。リーマンブラザーズが倒産し、債券市場が崩壊した時、金融界や大金持ちだけが困窮したのでなく、世界中の中産階級や貧困層といった一般の人々が、失業やビジネスの悪化という被害を受けた。米金融界の人々は、市民運動に対し、金融界が潰れて困るのは、大金持ちでなく、むしろ一般の米国民だと警告している。この警告は正しい。

 茶会派やリバタリアンなど、今回のウォール街占拠運動につながる米国の草の根運動を、裏で動かしている人々がいるとしたら、彼らは、金融の崩壊によって米国の一般市民の生活が一時的に悪化してもかまわないので、金融界が米国を牛耳っている状態を潰したいと思っている。リバタリアンの代表であるロン・ポール下院議員は、米金融界や連銀が潰れたらどうなるかをよく知っていて、その上で、連銀を潰したいと言っている。 (ロン・ポールが連銀をつぶす日

 この運動を動かしている人々は、一般市民の生活が阻害されるなら金融界への攻撃を控えようと考える「アマチュア」でなく、たとえ一時的な被害が大きくても金融界を潰そうとしている筋金入りの「プロ」である。運動は、市民と権力者の対立の構図になっているが、実際には、権力の中にいる、異なる国家戦略を追求する人々の間の対立という感じだ。私が従来から考察してきた「米英中心主義」と「多極主義」との対立に近い。米国の金融覇権は、米英中心の世界体制の維持だから、連銀や金融界を潰したい人々は、米国の覇権を弱体化させたい多極主義である。多極主義は、米国の国家戦略として孤立主義と一致している。リバタリアンは、米国が世界を支配する戦略を捨てるべきだと主張し、あまり世界に関与しない孤立主義の傾向を持っている。 (揺らぐアメリカの連邦制

 共和党の元政府高官で、隠れ多極主義者であると思われるズビクニュー・ブレジンスキーは、リーマンショック後の08年末に「米国の覇権が崩れる中、世界の人々が政治覚醒していくだろう」という予測を発表した。その後、エジプトなど中東諸国で、対米従属からの離脱につながる市民革命による政権転覆が起こり、欧州各地でもイスラム教徒などによる暴動が起こった。日本でも09年秋から、沖縄で米軍基地を追い出そうとする運動が起きている。 (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ

 しかし中東以外の世界では、予測された「反乱の夏」的な事態があまり起きていない。米英中心の既存の覇権体制がまだ延命し機能しているため、隠れ多極主義的な反乱の覚醒が煽動されても、世界の人々はなかなか決起しない。米国でも、09年以来の茶会派の台頭や、今年の初めにウィスコンシン州で起きた州職員組合の運動など、金融界独裁体制や貧富格差の拡大に対する反対運動が何度か起きている。だが運動はこれまで、米国の国家政策を転換させるところまで到達していない。 (目立たず起きていた「反乱の夏」

 今回のウォール街占拠運動が、こうした事態を転換させるかどうか、まだわからない。しかし、今回の運動はアマチュアでなくプロの手口であり、次の金融危機が誘発されるまでずっと続き、金融界の活動を妨害しようと試み続けるだろう。米金融界を主導するJPモルガン・チェースは、ニューヨーク市の警察本部に460万ドルを寄付し、警察をてこ入れして市民運動を抑制しようとしている。米金融界は、臨戦態勢に入っている。 (JPMorgan Chase donated $4.6 million to New York City Police Foundation

 覇権体制の転換を誘発するために民衆の政治運動が活用されるのは、人類にとって1910年代からのことだ。当時、英国の覇権体制を崩壊させるため、世界各地の植民地の民族自決運動が煽動され、ロシア革命や五四運動、三一運動などが起きた。各地の植民地が、英国をはじめとする列強の宗主国から独立し、独自の大国をめざして発展するほど、世界の体制は、英国覇権から多極型の覇権体制に転換していくはずだった。結局、世界中のほぼすべての地域が独立した国家となったが、英国の覇権が米国に移る代わりに米国の世界戦略に英国が大きな影響を与える体制が残り、覇権体制の大転換は起きなかった。

 しかし今、イラク戦争やリーマンショックを経て米英の覇権体制が崩れ出し、再び民衆の政治運動が煽動され、1910年代と似た事態になっている。ギリシャでは、ユーロを維持するためにギリシャに緊縮財政を強いるEUに猛反対するギリシャ国民の運動が盛り立てられている。これはユーロを潰してドルを延命させる方向であり、米英中心主義を利する。半面、米国での茶会派の台頭やウォール街占領運動は、連銀など米当局による米金融界の救済策を妨害している。これは、ドルや米国債を自滅させる方向であり、多極主義者を利するものだ。覇権のデザインをめぐって対立する双方が、別々の民衆運動を煽動し、自分たちを有利にしようと動いている。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ