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見えてきたユーロ危機の打開策

2011年12月5日   田中 宇

 ドイツのメルケル首相は、EUの財政統合を進めることがユーロ危機の打開策となると考え、12月9日のEUサミットで、EUの統一的な財政政策と、その政策を加盟諸国に徹底させるための新体制を決定することをめざしている。欧州委員会のEU拡大担当委員(Olli Rehn)は、サミット10日前の11月30日に「EUの危機対策に結論を出すための最後の10日に入った」と宣言した。 (Eurozone's darkest hour is just before dawn

 独仏伊が検討している案の一つは、EU各国が税収を使って財政赤字の穴埋めをするための基金をあらかじめ設立しておき、累積の財政赤字がGDPの6割を超えた場合、その基金を引き出して赤字を穴埋めする仕組みだ。また、単年度の財政赤字の上限を、現在のGDPの3%から、2%に引き下げることも検討している。こうした厳格な財政均衡策をEU全体で採る代わりに、それが軌道に乗ったら、既存の各国の国債の代わりに、EUの共通国債を発行する予定だ。EU全体が厳格な財政均衡を維持することで、EU共通国債の格付けが最優良のトリプルAとなり、今まで格付けが悪かった国々は、2%前後の低い利回りで資金調達できるようになる。 (European fiscal union: what the experts say

 新政策には罰則もあり、規則に従わない国は、欧州司法裁判所の決定を経て、EU当局が共通国債で得た収入をその国に分配しないとか、EU全体の意志決定におけるその国の発言権を奪うといった、半ば自動的な制裁を行う案が出ている。 (Germany Wants EU Deficit Limit of 2%: Report

 ドイツ政府は、財政統合を段階的に進めることを主張している。財政統合はマーストリヒト条約の改定を必要とするが、改定には、EUに加盟する27カ国の署名と議会の批准、国によっては国民投票での可決が必要になり、改定に1年以上かかる。また、ドイツ政府は、EUの共通国債を発行する構想を打ち出しているが、同時に共通国債をすぐに発行することには反対している。今、EU全体で共通国債を発行すると、その格付けはドイツ国債より低くなるからだ。 (ユーロの正念場

 これら2つの問題を解決するために、当初はトリプルA格の6カ国で共通国債を発行するとともに、この6カ国だけで財政統合の協約を2国間協定の集合体として締結し、その共通国債を使ってイタリアやギリシャなど周縁諸国の救済を維持する。危機が去って各国の格付けが安定してきたら、安定した国から順番に、財政統合の協約と共通国債の発行に参加していく。最後には、ユーロ圏(17カ国)やEU全体が財政統合に参加するかたちにして、そこでマーストリヒト条約の改定につなげるシナリオが考案されている。最初にトリプルAの6カ国で合意ができない場合に備え、独仏だけで最初の合意を締結する構想もある。 (EMU's post-crisis institutional landscape is taking shape

 メルケルは、EU内で財政統合を協議するだけでなく、財政統合の組織である財政同盟の機構作りにも、すでに着手していると漏らしている。 (EU needs a fiscal compact, says central bank president

▼ユーロ崩壊を人質にとって財政統合を進める

 マスコミには「EUが財政統合を進める前に、国債危機の拡大でユーロが崩壊する」という見方が席巻している。この見方に立つと、ドイツ主導でどんな財政統合の案が進んでいるかなど重要でなく、その前に起きるユーロ崩壊で何がどうなるかを考える方が重要になる。だから、EUの財政統合案は、今一つ注目されていない。 (Fiskalunion is worst of all worlds for Europe

 しかし私から見ると、独仏伊の首脳などEUの高官たちは、ユーロ危機がひどい状況であることを、意図して過剰に認めている。それによってEU各国の政界や国民に危機感を持たせ「今すぐ財政統合を進めなければ、ユーロも欧州経済も崩壊し、自分たちの生活も破壊される。財政統合は、議会の予算編成権や、政府の財政裁量権などの国権をEUに剥奪されるものなので、平時なら了承できないが、今のような危機の時は、そんなことを言っていられない。国権を制限されることはやむを得ない」という論調を拡大し、平時に実現できない財政統合を、ユーロ危機という有事を使って実現しようとしている。

 昨年からのユーロ危機は、ドルが崩壊して基軸通貨の地位を失うことを防ぐため、他の基軸通貨の候補であるユーロを国債先物の売り放ちによって崩壊させようとする、米金融界(投機筋)の先制攻撃的な金融覇権防衛戦である。ふつうなら、ユーロ崩壊を誘発したい米英の金融マスコミが「ユーロはもうダメだ」と書き、EU高官が「そんなことはない」と防戦するところだ。 (Euro commissioner warns of EU break up

 だが最近はEU高官の方も、ユーロが崩壊寸前であることを進んで認め「財政統合を進められなければユーロは崩壊し、EU統合の全体が水泡に帰す」という論調だ。「独仏の財政統合案は、非常にたちの悪いものだが(財政統合を拒否して)ユーロ崩壊を引き起こすことは、ユーロ圏全体にとって大打撃だ(だから独仏案を飲まざるを得ない)」というオーストリア財務相のコメントが象徴的だ。 (No One Wants Euro Collapse: Austria Finance Minister

 独仏などEU統合を進めたい勢力は「ユーロ崩壊」を人質にとって財政統合を進めようとしている。要求が通らなければ自爆して建物を全崩壊させるぞと脅すテロリストの戦略にも似ている。 (ECB opens door to action, Sarkozy seeks new treaty

▼ユーロ崩壊めぐる幻影と現実

 実際のところ、ユーロはそんなに簡単に崩壊するものではないと私は考えている。それはたとえば、欧州中央銀行(ECB)にユーロを大増刷させてユーロを救済するのがよいという英米などの主張に対する、ドイツの反応から感じられる。大増刷は、米国で、リーマンショック以後の金融危機に対して連銀(FRB)が行った救済策だ。ECBがユーロの大増刷を行って、ギリシャやイタリア、フランスなどの銀行界に大量に資金供給すれば、ユーロ圏の金利高騰は抑制され、当座の危機を乗り越えられる。しかしドイツは「中央銀行の役目はインフレ防止であり、大増刷など許されない」と一貫して反対し、大増刷案を葬り去った。 (Euro crisis: Italy at risk of insolvency, European finance ministers warned

 ギリシャなど周縁諸国のいくつかが救済を受けられなくなり、ユーロ離脱を余儀なくされると、ユーロ崩壊が起きる。それはドイツを含む全欧州に大打撃であり、米日中などを含む世界経済を不況に逆戻りさせる。そんな大惨事が起きそうなときに、中央銀行の役目に反するからと言って、救済策であるユーロ増刷に断固反対するのは奇妙だ。「ドイツ人は頑固だから」という、したり顔のマスコミの説明に騙されてはいけない。

 独政府の真意は、ECBが大増刷してユーロ危機に短期的な救済が得られると、ギリシャやイタリアなど、財政緊縮が必要なユーロ周縁諸国がそれに甘えて財政緊縮を進めなくなる。財政統合やEU政治統合を加速して欧州を世界の極の一つに仕立て、ドイツがそれを主導するという、ベルリンの壁の崩壊時からのドイツの国是を進める格好の機会が失われる。だからドイツは「中央銀行の役目はインフレ防止です」と、百年前からのお題目を唱え、頑固な民族気質を前面に押し立てて、ECBの大増刷を阻止した。 (Merkel, mistrust and the markets

 この策略からうかがえるのは、実際にユーロが崩壊する可能性は低いからこそ、そんな芝居ができるということだ。一時は独仏の国債も急落する事態となったが、これもむしろ、人々に「財政統合しかない」と思わせる危機を一時的に演出できることにつながっている。ユーロの危機をしり目に、ドイツは実体経済が堅調で、消費も伸びている。失業者数は20年ぶりの少なさだ。 (`Crisis, what crisis?' ask German consumers

 ドイツの状況は、金融だけ繁栄して実体経済が悪い米国とは逆を行っている。(米国は失業率が下がったが、これは求職活動をあきらめて失業者の範疇から離脱する人が増えた結果であり、就労者の総数は減っている) (Below 9% - A drop in the jobless rate, but more people flee the labor force

 ギリシャでは、財政破綻の可能性が「99%」になって何カ月も過ぎているが、実際の破綻は起きていない。米国で911以来「間もなくまた大規模テロが起きる」と当局やマスコミが喧伝したのに10年間何も起きず、政府のテロ対策費が増えるだけの結果になったのと似ている。現代社会では、プロパガンダ機関であるマスコミが「現実」という名の幻影を作って人々に信じ込ませる(マスコミ関係者自身が、幻影を現実と取り違えている)。多くの人々が、本当の現実に気づかないまま一生を終える。「裸の王様」的な事態だ。

 12月9日のEUサミットが近づき、独主導の財政統合に道筋がついてきたところで、ECBはそれまでの不介入の態度を改めて「EU各国が財政統合を進めるなら、サミット後に、救済策に協力する」と言い出した。EU各国がドイツの提案を飲むなら、ECBは救済に乗り出すというわけだ。かねてからECBは、かつての西ドイツ連銀が看板を付け替えただけで、実体としてドイツのものだと言われてきた。今回の流れを見ると、やはりECBはドイツのものだと感じる。 (Sarkozy calls for treaty to save euro

 EUの財政統合やECBによる救済策が始まるまで、米連銀や日銀など、世界各国の中央銀行が資金提供し、ユーロ救済に協力することになった。EUの統合を加速して世界の極の一つにしようとするドイツ主導の戦略に、米連銀など世界が協力する事態になっている。 (Central banks try to lead by example

▼イタリア、英国、フランスの対応

 イタリアの首相がベルルスコーニからモンティに代わったのも、財政緊縮策との関係が大きい。今年8月、国債危機がイタリアに波及し、ECBがイタリア国債を買い支えた時、それまで財政緊縮をやると言っていたベルルスコーニが、一息つけたので緊縮の手をゆるめてしまった。

 その後、スキャンダルなどを理由にベルルスコーニは退陣を余儀なくされ、代わりにEU統合の加速に熱心なモンティがピンチヒッター的に首相になった。モンティになってから、イタリアは急に独仏と歩調を合わせて財政統合に熱心になり、国内的にも、財政緊縮せねばイタリアは終わりだという論調を煽って反対論を抑止し、財政支出の削減や年金支給開始年齢の引き上げなどの緊縮策を実現にこぎつけた。 (Shape of last-ditch eurozone deal emerges

「自爆テロリスト式」で財政統合を進めようとするドイツ主導の策略には、英国も譲歩せざるを得なくなった。英政府は、EUを米英に対抗しうる勢力へと強化する財政統合に反対で、英マスコミは「財政統合よりも、ECBがユーロを大増刷する方が有効な危機対策となる」という論調を流していた。英キャメロン首相が財政統合を抑止しようとするので、仏サルコジ大統領が「(ユーロに入っていない)外野は黙れ」と怒ったほどだった。 (You are all wrong, printing money can halt Europe's crisis

 だが、ドイツが頑固に大増刷に反対し、ユーロ危機が独仏の債券市場にまで及んだ段階で、ユーロか崩壊した場合に英金融界に与える悪影響が大きいことが、英国にとって問題となった。12月2日、英国の中央銀行は、金融危機の波及によって英金融界の金利が上昇しており、ユーロ危機が英経済に大打撃を与えそうだと警告した。英政府も、信用不安が起きていることを認めた。 (Our whole system's in crisis: Mervyn King warns mortgage rates are likely to soar and tells banks to slash bonuses

 週末にかけて英国の債券市場の状況が悪化して金利が上がり、今週もどうなるかわからない状態だ。ユーロ危機によって、英国自身が金融危機に見舞われる事態となり、英政府は、それまで独主導の財政統合推進に反対してきた態度を改め、財政統合に反対しない姿勢を明らかにした。 (UK banks face higher financing costs

 英国の世論はEU統合加速への反対が強く「ドイツは欧州に(ナチスの第3帝国を継承する)第4帝国を作ろうとしている」という批判すらある。英国ではEUを脱退すべきだという主張も強いが、英経済の大黒柱である金融界が大打撃を受けるのを看過するわけにはいかない。反対派の急先鋒である英国が黙ったことで、独仏主導の財政統合への道が開けた。 (Deal or no deal?

 EU各国に財政緊縮を義務づける独主導の財政統合が実現すると、フランスも財政緊縮を余儀なくされる。フランスでは、議会や政府の予算編成権をEUに奪われることへの反対も強い。しかしサルコジ大統領は、国権を奪われる事態にはしないと詭弁を述べつつ、ドイツと組んで財政統合を推進する姿勢を貫いている。 (Sarkozy: Paris, Berlin to push for treaty changes

 仏政府が財政統合に積極的なのは、それが独仏の共同事業だからだ。経済力から考えて、EU統合の主導権はドイツが持つが、フランスは一貫してドイツと同歩調をとり、ドイツのEU統合案の具現化に協力することで、ドイツにとってなくてはならない存在である状態を維持し、EUの主導権を独仏共同体制にしている。フランスは、ドイツに協力することで、EU内で国力以上の権限を持っている。 (Sarkozy reluctant to cede key powers

 まだ不確定要素が多いものの、ユーロ危機は、EU財政統合によって乗り越えられていく時期に入りつつあると感じられる。12月9日のEUサミットの後、来年初めにかけて、まだユーロ圏の国債が売りたたかれる局面が繰り返されるかもしれない。だが、しだいに財政統合の効果が出るとともに、投機筋(金融界)を監視するための金融取引課税(トービン税)がEUに導入されたりして、投機筋に揺さぶられにくい体制になることが予測される。ユーロが強さを取り戻すと、その後は、ドルや米金融界の信用、米財政赤字の問題の方に、注目が戻っていくことになる。 (Eurozone's darkest hour is just before dawn



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