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多極化に呼応するイスラエルのガス外交

2012年2月15日   田中 宇

 イスラエルの沖合で、比較的大きな海底ガス田が複数発見された。イスラエル沖の地中海では、1999年に初めて天然ガスが試掘され、2004年からヤム・テチス(Yam Tethys)という埋蔵量33bcm(bcmは10億立法メートル)のガス田が採掘され、イスラエル国内で消費するガスの7割をまかなっているが、数年内に枯渇が始まると予測されている。 (Israel has enough gas 'to become exporter') (Yam Tethys: The Mari B and Noa Natural Gas Reservoirs

 米国のノーブル・エナジー社が、イスラエルのデレク・エナジー社などと合弁し、もっと北の海域を探査したところ、はるかに大きな238bcmの埋蔵量を持つタマル・ガス田が見つかった。このガス田は14年から採掘を開始する予定だ。このガス田は、イスラエルの20年分の国内消費をまかなえる。もっと沖合では、さらに大きな453bcmの埋蔵量を持つリバイアサンというガス田が発見された。16年の採掘開始を予定している。こちらのガスは、全量を輸出に回せる。 (Israel's new gas finds may affect its strategic friendships too <地図つき>

 敵であるアラブ諸国はペルシャ湾岸で豊富に石油やガスが出るが、イスラエルはこれまで石油ガスが出ず、ユダヤ人の間には「モーゼは、神様から与えられた約束の地の場所を勘違いし、石油ガスが出ない場所をイスラエルにしてしまった」という冗談があった。しかし、地中海の海底ガス田の発見によって、事態は変わろうとしている。 (Noble CEO: Leviathan is largest gas find in our history

 イスラエル沖では、まだガスが発見される可能性があるが、発見されたガスの埋蔵量を全部合わせても1000bcm以下だ。となりのエジプトのガス埋蔵量は2倍以上の2190bcmだ。しかし、エジプトの人口が6千万人なのに対し、イスラエルの人口は10分の1の6百万人でしかない。イスラエルにとっては、1000bcmでも十分に国を豊かにできる。 (Gas Field Confirmed Off Coast of Israel

▼イスラエルは欧州にガスを輸出したいが・・・

 イスラエルにとって問題は、ガスをどこに輸出するかだ。リバイアサンのガス田は、イスラエルとキプロスの排他的経済水域の境界線の近くにあり、ガス田はキプロスの側まで続いている。キプロスは、ギリシャ人が住むEUの国だ。イスラエルは、自国企業がキプロス側のガス田も一緒に開発し、出たガスをイスラエル側だけでなくキプロス側にも海底パイプラインで運び出し、キプロスからギリシャ、EUの方面にパイプラインを伸ばしてガスを輸出しようと考えている。すでにキプロス政府は、イスラエル側のガス田を開発している米イスラエルの合弁企業に、自国側のガス田(ブロック12)の開発許可を与えている。 (Second round of gas licences launched

 しかし、キプロス島は1960年代からの内戦で、南半分がギリシャ人のキプロス、北半分がトルコ人の北キプロスという分裂状態だ。キプロスが進めるガス田の開発に対し、北キプロスとトルコが猛反対している。キプロスの排他的経済水域を認めていないトルコ政府は、キプロスがガス田開発を進めるなら、軍艦を出して阻止すると表明している(昨夏すでに軍艦を出して威嚇した)。

 イスラエルは4年前までトルコと親しく、ギリシャやキプロスと敵対していた(ギリシャは強く親アラブだった)。それが、イラク戦争後のイスラム主義の台頭を受けたトルコ政界のイスラム主義化によって形勢が逆転し、今ではトルコが反イスラエルで、ギリシャやキプロスはガスに釣られて親イスラエルになっている。2月16日から、史上初めてイスラエル首相がキプロスを訪問し、ガス田開発などについて話し合う。 (PM to make historic visit to Cyprus

 レバノンも、イスラエルとレバノンとの海上の国境線が不確定なままであることから、イスラエルによるガス田開発に反対している。両国は1970年代から敵対し、国境線の確定は難しい。イスラエルのガス田はレバノンが主張する海上国境線よりもイスラエル側にあり、国境紛争とガス田開発は関係ないはずだが、レバノンは怒っている。EUやギリシャには、トルコやレバノンが怒った状態のままで、イスラエルと共同ガス開発を進め、ガスをEUが輸入することに対する抵抗がある。イスラエルとキプロスのガス共同開発の先行きは不透明だ。 (The Coming Mediterranean Energy War

▼中国と組んで交渉力をつける

 そんな状況下、イスラエルの立場をぐんと強化してくれる勢力が裏手(東方)から出現した。それは中国だ。イスラエルのネタニヤフ首相は最近、交通相を北京に派遣し、中国の政府系企業がイスラエルに高速鉄道(新幹線)を敷く契約を結んだ。イスラエルは、紅海岸にエイラットという港湾都市を持ち、地中海と紅海の両方に面している。だが、両方をつなぐ鉄道がない。建国以来60年間の悲願だったが、鉄道は建設できていない。その鉄道を、中国の(日独仏から学んだ)新幹線建設技術を使って作り、エイラットとテルアビブの350キロを2時間半で結ぶ計画だ。 (Israeli cabinet approves construction of high-speed train line between Tel Aviv and Eilat

 この鉄道は、滞船が起こりがちなスエズ運河に代わる、紅海と地中海を結ぶ物資輸送路にもなるので、貨物列車の運行も予定されている。この鉄道はイスラエルの国際戦略に関わる事業となる。国際戦略としてさらに重要なのは、鉄道と平行して天然ガスのパイプラインも作られるのでないかと予測される点だ。もし、タマルやリバイアサンの海底ガス田で採掘したガスをエイラットまで国内パイプラインで運び、そこで液化してタンカーに積めば、紅海を通って中国方面に輸出できる。イスラエルは、掘ったガスをEU方面だけでなく、中国やインド、日本などのアジア方面にも売れる。 (A dragon dance in the Negev

 鉄道建設の話は曖昧なままの点が多い。中国のどの企業が受注するのか、中国側は建設だけで出資しないのかなど、基本的なことが未発表だ。ガスパイプラインとの組み合わせも、いくつかの記事が推測的に書いているが、イスラエル側は何も発表していない。 (China flirts with Israel amid gulf crisis

 だがその一方で、ネタニヤフ首相やリーバーマン外相が、やたらと「これからは中国やインドと戦略的な関係を強化するのだ」と力説しているのが目立つ。まるで「ギリシャ人がガスを共同開発せず、EUがガスを買わないなら、中国とガスを開発し、アジアにガスを売ります。それでも良いんですか」と言っているかのようだ。 (Cozying up to China, at the expense of Obama, Europe

 タイミング的にも、2月6日にイスラエル政府が中国に新幹線建設を発注することを決定したと発表し、その10日後にイスラエル首相が初のキプロス訪問をして、ガス田開発の交渉をする。新幹線と同時にガスパイプラインの敷設計画も中国側と話し合ったが、それは秘密にしたまま、ネタニヤフ首相がキプロスやEU側に「いやなら中国に売りますよ」と言って脅し、交渉を有利に進める作戦でないかと感じられる。 (Israel approves construction of Tel Aviv-Eilat rail line

 EUは、ロシアからの天然ガス輸入に対する依存を強めている。ロシアはEUを脅すような、厳冬期の突然のガス送付停止をやる。脅しに屈せぬよう、EUはロシア以外のガスの輸入先を開拓した方が良い。イラクやイランからトルコ経由のガス輸入の話もあるが、EUとトルコの関係は悪化している。イスラエルからのガス輸入の話は、EUの戦略上都合がよい。中国に売ってしまいますよ、とネタニヤフに言われれば、EUは考えざるを得ない。 (プーチンの逆襲

 中国とイスラエルが良い仲になると聞きつけたからなのか、インドの閣僚が最近イスラエルを訪問し「インドも鉄道建設に興味がある」「ガスも、開発者として、もしくは買い手として参画したい」と提案した。ここでも、鉄道とガスの話がひと組になっている。インドは中国を押しのけて参画するのでなく、複数の国々の政府系企業が鉄道やガスの開発を受注する形式にしてもらってインドも参加したいと言っている。BRICらしい展開だ。 (India keen to participate in Israeli Red-Med project

 BRICの中でもロシアは、ギリシャ人のキプロスに接近している(現代ギリシャ人は、古代ギリシャ人と何の関係もないスラブ系民族といわれる。ロシアと同系だ)。ロシアのガスプロムは、キプロスの海底ガス田開発の入札に参加することを検討している。 (Gazprom may search for Greek Cyprus gas

▼覇権転換の直前に多極主義に転じる?

 最近の記事「中国とアフリカ」で紹介したが、中国は、世界各地で鉄道や港湾の建設、パイプライン敷設などのインフラ整備を受注するとともに資金難の国には融資し、その見返りにその国の石油ガスの利権を確保する世界戦略を積極的に展開している。イスラエルに対し、鉄道建設する見返りにガスを輸入する権利を得ることは、まさに中国の戦略に沿っている。パイプラインの敷設やガス液化工場、エイラットの港湾増強などまで中国がやっても不思議でない。紅海岸では、サウジアラビアの大きな精油所を中国がサウジ側と合弁で建設することが決まっている。 (◆中国とアフリカ) (China deepens ties to Arab Gulf states while rejecting Western curbs on business partner Iran

 とはいえ、ガスを介した中国とイスラエルのつながりは、単なるガス利権をめぐる話で終わらない。中国との戦略関係を深めることで、イスラエルは、米国を巻き込んで陥っている国家戦略上の行き詰まりから脱却できる可能性が出てくる。さらには、世界の覇権体制を変える話にもなりうる。

 イスラエルは1970年代以来、米国在住の代理勢力(AIPACなどイスラエル右派)が米政界で強い影響力を持つことで、国を維持発展させてきた。在米イスラエル右派は、もともと米政界で強かった軍産複合体の知恵袋として機能し、影響力を発揮した。米政府はイスラエルに兵器を与え、多額の経済援助を行い、イスラエル周辺の敵を潰したり(イラクなど)傀儡化したり(エジプトなど)してやった。

 イスラエルは米国に寄生していたが、軍産複合体の経路で寄生したため、常に好戦的でなければならず、パレスチナ問題は解決せず、周辺事態が常に不安定だった。米国からイスラエルにユダヤ人右派が大量に移住してきて、西岸などに違法入植地を作って住み、パレスチナの土地は蚕食され、国家建設は地理的に不可能になった。 (Designed to Reject? Israel Presents Wall as Border (蚕食を示す地図あり)

 米国の911後の失策によって、中東全域でイスラム主義が台頭した。米国は財政難がひどくなり、イラク撤退など中東から出ていく方向だ。いずれイスラエルへの経済援助も減る。中東で反米反イスラエル的なイスラム主義が台頭する中、米国はイスラエルを残したまま逃げ腰だ。イスラエル政府は、パレスチナ和平を進めて周辺事態を安定させたいが、右派はイスラエル政府内に入り込んで入植地政策を乗っ取り、入植地を撤去できず和平ができない状況だ。

 イスラエル上層部で国家存続を真剣に考える人々は、和平を実現し、イスラエルを安定させて経済発展するために、右派を追い出したいだろうが、右派は米国とつながっている。右派を追い出すと、イスラエルは米国から経済・軍事・外交の全面の支援を切られるので、追い出せない。行き詰まっている間にも、エジプトがイスラム主義化し、イランが台頭して、イスラエルの孤立がひどくなっている。

 右派はイスラエル政府に「早くイランを空爆しろ」と迫る。イランと戦争したら、イスラエルは滅亡しかねない。在米右派は、米国を牛耳る国家戦略を押し売りして40年間挙行し、イスラエルを窮地に陥れた。彼らが、ロスチャイルド的な、親イスラエルのふりをした反イスラエルだと今ごろ気づいても遅い。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争

 出口の見えない国家危機の中で、解決策としてかすかに見えてきたのが、イスラエルが米国でなく中国など新興諸国(BRICなど)とともに生きる道だ。イスラエル政府が、どうやって右派を追い出せるのか方法がわからないが、追い出せるものと仮定する。米国からの経済支援の代わりに天然ガスを中印などに売り、米国の代わりに中露から武器を買って経済軍事面をまかなう。ガスは20年ぐらいで枯渇するかもしれないが、20年あれば何とか和平交渉を妥結させて周辺事態を安定化できる。安定したら、工業などで繁栄できる。

 西岸の入植地を撤去してパレスチナ国家を創設し、中東和平を進める。和平交渉に際し、米国はそっぽを向くだろうが、EUやロシア、国連(BRIC)といった「カルテット」の他の面々が進めてくれる。イランに対する核問題の濡れ衣も、今年か来年に外され、トルコも参加して「P5+1」(米英仏中露独)とイランが和解する。この時、パレスチナ和平の解決が始まっていることが必要だ。さもないと濡れ衣の拘束を解かれたイランが急台頭し、イスラエルを潰しにかかる。

 パレスチナ和平が進展していれば、イスラエルを悪者にしにくい。国連(中露欧など)の仲裁で、イランとイスラエルが敵対を解くことができる。イランは、イスラエルと戦争するなという中露の言いつけを守れば、中露中心の集団安保体制である上海協力機構に入れてもらえて、自国の安全を確保できる。シリアは現政権がスンニ派イスラム主義ゲリラを潰すにまかせ、ゲリラが弱まったところで国連などが仲介して和平し、内戦を防ぐ。

 これらの筋書きは、今のところ空想話にしか見えない。しかし、イスラエルが国家存続するには、これらの筋書きのように、いくつもの敵対の網の目を、和解の方に、オセロの終盤的に一気に裏返していくしかない。近年の米国の戦勝重視策(といいつつ占領に失敗して混乱だけ作って次々と撤退)より、中国の安定重視策(金儲け重視)の方が、イスラエルの国益に合っている。イスラエル(ユダヤ人)は非常に創造的で、国際的な行動力もある。イスラエルは、米国を牛耳る演技を続け、世界から一目置かれ、恐れられる状態を維持しつつ、世界が多極化への分水嶺を越える直前に、裏で中露など新興諸国に渡りをつけておくのでないか。

 これらの筋書きが達成されて中東全域が安定したとき、イスラエルに協力して中東の国際政治に参加する中国などBRIC諸国は、中東の石油ガス利権をたっぷり得られ、インフラ整備事業もたくさん受注でき、経済成長して豊かになる中東の人々にさまざまな製品を売り込める。こんな筋書きを前にして、中国の要人たちが、とりあえずイスラエルに協力して中東政治に関与してみようと思うのは、自然なことだ。中国とイスラエルは、すでに昨夏から軍事交流を活発化している。昨年8月、中国軍の参謀総長が初めてイスラエルを訪問した時、すでにエルサレムポスト紙は「中国が中東に入ってきた」と題する記事を出している。 (China enters the Middle East

 中国が先日、国連でシリア制裁案に対してロシアと共同で拒否権を発動したのも、中東政治への新たな関与として注目される。中国からは事前に温家宝首相が中東を歴訪し、シリアの政権転覆を画策するバーレーンとサウジアラビアを訪問している。事前にバーレーンなどに話をつけた上で、アサドを支持するという、中国のバランス重視の外交戦略を感じる。イラン(シーア派)とサウジ(スンニ派)の対立の状況下で、両方と親しい関係を維持しているのは、諸大国(国連P5)の中で中国だけだ。 (China weighs 'right side of history' in Gulf

 イスラエルが国際政治面で米国よりも中国やBRICに頼るようになることは、イスラエルが米英中心主義から多極主義に転換することを意味している。多極化を早くから画策していたのはニューヨークのユダヤ的な資本家群だが、そこにイスラエルというもう一つのユダヤ勢力が乗ることは、世界の覇権体制の多極化を加速する。21世紀の新世界秩序は、イスラム世界と欧米、中国と欧米という「文明の衝突」が起きるのでなく、中国とユダヤという世界の2大ネットワークの結合によって起きるのかもしれない。非常に抽象的でしかないこの話が、具体的な状況として顕在化していくかどうかが、今後の注目点だ。



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