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多極化の申し子プーチン

2012年3月14日   田中 宇

 3月4日のロシア大統領選挙で、ウラジミール・プーチンが4年ぶりに首相から大統領に返り咲いた。プーチンの勝利は下馬評どおりだった。プーチン以外の候補が勝つとの予測は全くなかった。世論調査でプーチンが60%を得票して勝つ事前予測が出ていたが、実際のところプーチンは64%を得票した。ほぼ予測どおりだ。プーチンは、自分が大統領になる前に、大統領の任期を4年から6年に伸ばした。連続2期までやれるので、プーチンはこれから12年間、再選をはさんで2024年までロシア大統領をやるだろう。 ('Putin set to challenge US superiority'

 ロシアでは、昨年末に行われた議会選挙も、実際の結果が事前予測とほぼ同じだった。米欧の監視団体は、昨年末の議会選挙も今回の大統領選挙も、不正が行われたと主張している。選挙結果が事前予測とほぼ同じなのは、プーチンらロシアの政府与党勢力が、不正によって選挙結果を歪曲し、事前予測に近い数字を捏造したからだというのが、米欧の反露的な勢力の言い分だ。米国務省は、反プーチンのリベラル勢力を支援している。 (Monitors raise Russian election concerns

 反露勢力の主張と裏腹に、プーチンに対するロシア人の支持は強い。しかも、米欧の反露勢力がプーチンを敵視するほど、プーチンは反米的な演説で対抗し、1990年代に米英傀儡の新興財閥(オリガルヒ)に経済を壊されて以来、反米感情が高まったロシア人のより多くがプーチンを支持する。プーチンは不正によってでなく、米国の反露戦略のおかげで勝った観がある。この構図は、昨年末のロシア議会選挙から変わっていない。 (US to Attempt Overthrow of Putin Government) (◆プーチンを敵視して強化してやる米国

 米政府がプーチンを批判してロシア国内の反プーチン勢力(リベラル派)を支持し、反プーチン勢力は選挙で惨敗した後「プーチンが不正をやった」と言って騒ぎ、米欧がそれに加勢してロシアの反プーチン勢力が米欧の傀儡である構図が露呈し、ロシア人の多くが「やっぱりね」と思う展開になっている。選挙の1週間後ぐらいから、反プーチンのデモや集会への人々の集まりが悪くなった。 (Support wanes for Anti-Putin demonstrations

 英国に亡命中の反プーチン勢力指導者ボリス・ベレゾフスキー(オリガルヒのひとり)は、選挙直前に「プーチンはカダフィのように死ぬだろう」と物騒な発言をした。同時期に、ロシアとウクライナの諜報当局が、プーチン暗殺計画を立てていた勢力を検挙した。反プーチン派は、ロシアを混乱させようとしている。だからプーチンの当選が決まった後、ロシアの株価が好感して上昇した。 (Exile Russian oligarch Berezovsky: Putin will end up like Ghadafi

▼ユダヤ人がプーチンを台頭させた

 加えて興味深いことに、ロシアの経済を握っているユダヤ人のほとんどがプーチンに投票するだろうと、在露ユダヤ人の宗教指導者(ラビ)が選挙直前に語っている。90年代に民営化の名のもとにロシア経済を破壊しつつ私腹を肥やしたオリガルヒの多くはユダヤ人だったが、同時にユダヤ人の多くは、ロシアが再び不安定になって経済が破壊されることを嫌い、強権でロシアを安定させるプーチンを好んでいる。ロシアのユダヤ人団体は、ずっと前からプーチンを支持している。 (Most Jews will vote for Putin in upcoming elections, says Russia's chief rabbi) (しぶといネオコン

 ソ連時代、多くのロシア人が欧米にあこがれていた。それなのに冷戦後のロシア人の多くが反米感情を持ったのは、エリツィン政権による国有企業の民営化を私物化して経済を破壊し、多くのロシア人の生活水準を引き下げたオリガルヒが米英に支援されていたからだ。米キッシンジャーや英ロスチャイルド家などユダヤ人がオリガルヒを支援した。彼ら米英ユダヤ人が、オリガルヒの手綱をもう少し締め、ロシアの石油ガス利権は米英が握るものの、ロシア人の生活は向上するよう調整していたら、ロシア人は親米のままで、プーチンが石油ガス利権をロシア人の手に奪還して米英に対抗できる強いロシアを取り戻す戦略を持って権力の座に就くこともなかっただろう。 (ロシア・ユダヤ人実業家の興亡

 米英ユダヤ人は、オリガルヒに過剰に私服を肥やさせ、その結果、冷戦後のロシアを米英覇権の傘下に入れる機会を逸し、逆にロシアを中国などと結託して米英覇権に対抗する勢力に仕立て、地政学的な逆転現象(覇権の多極化)を引き起こしてしまった。この「やりすぎ」は、同じくユダヤ人を中心とする「ネオコン」勢力が、ブッシュ政権の中枢に入り込んで、イラク戦争や中東強制民主化など、過激な軍事戦略を展開した挙げ句、中東における米英の覇権を喪失させてしまったのと同種の動きだ。また歴史をひもとくと、ロシアを大英帝国の味方から敵に転換させるロシア革命を引き起こした革命勢力の中にも、トロツキスト(ネオコンの祖父ら)などにユダヤ人が多く入っていた。 (覇権の起源(3)ロシアと英米

 第一次大戦以来の百年あまり、米英中枢のユダヤ人勢力の中に、ロシアを強化して地政学的な逆転を引き起こそうとしてきた勢力がいる感じだ。そのような勢力がいるとしたら、その目的は世界規模の「資本の論理」だろう。ユーラシアを外側から支配し、ユーラシアの内側の経済発展を抑止してきた米英の覇権を、ユーラシア内側から転覆させることで、ユーラシアの内側やアフリカ、中南米など、米英覇権が支配力維持のために発展を阻害してきた世界の発展途上諸国の経済発展を誘発し、世界規模の経済成長を実現する長期戦略だと考えられる。イラク戦争やプーチン台頭などによって、この戦略は、最近の10年間で大きく実現している。 (資本の論理と帝国の論理

 私の「隠れ多極主義」の仮説には「陰謀論(根拠のない話)」のレッテルがべったり貼られている。だが、世界の覇権構造がこの10年で米英中心から多極型に大転換したのは事実だ。イラク戦争がネオコンのやりすぎ、プーチン台頭がオリガルヒのやりすぎの結果として引き起こされたのも事実だ。この動きが始まった04年に当時のパウエル米国務長官が「ブッシュ政権はロシア、インド、中国を支援する」と表明したのも事実だ。 (消えた単独覇権主義

 覇権をめぐる戦略は、こっそりと長期間かけて進められるので、仮説を出しても、米高官の発言などの中に根拠を見いだすのが難しい。明確な根拠がないとして「米国中枢に、こっそり自国の覇権を崩し、世界の覇権構造を多極型に転換しようとしている勢力がいる」という私の分析を空想と断定するのは間違いだ。今後、プーチンが大統領をしている今後の12年間に、ロシアによる地政学的な覆しがさらに進むだろうし、イラクとアフガンから米軍が撤退した後のイスラム世界でも、多極化を進める動きが加速するだろう。その間にドルや米国債が崩壊して通貨も多極化する可能性が大きい。

▼世界を網羅する多国間同盟体

 プーチンは選挙前の昨年10月、当選を見据え、中央アジア諸国やベラルーシなど旧ソ連諸国(CIS)とともに、関税同盟を皮切りとした自由貿易圏として「ユーラシア同盟」を2015年までに結成する戦略を発表した。プーチンは何年も前から「ユーラシア主義」を標榜していた。すでにロシア、カザフスタン、ベラルーシが調印した関税同盟を基盤とする。CISはすでに軍事同盟としてCSTOを結成している。ユーラシア同盟はその経済版だ。 (Russia's Putin Says Eurasian Union May Be Created In 2015) (プーチンの逆襲

 米国勢はこれを「ソ連の復活だ」と否定的にとらえている。プーチン自身は「ソ連の復活でない。EUと同質の経済統合だ」と言っている。これらは両方正しい。ユーラシア同盟は、関税同盟や市場統合、通貨統合などEUと同じ方向の経済統合だが、その一方でロシアが他の諸国を影響下に入れるソ連の復活に近いとも言える。EUも、加盟各国が対等なように見えて、実はドイツ(もしくは独仏)の影響下に各国が入ることだ。地域覇権体制作りをEUは比較的隠然と巧妙にやり、ロシアは比較的露骨にやっているだけの違いだ。ウクライナは、ユーラシア同盟でなくEUに入りたいと考えている。 (One Eurasian Union, please. And hold the imperialism!

 プーチンは、ユーラシア同盟を「世界の極の一つにする」と宣言している。これは、世界の覇権体制を多極化するための戦略だ。プーチンが隠れ多極主義的な資本の論理に後押しされている「多極化の申し子」であるとしたら、後押しはとてもうまく機能している。 (Putin's Return to Kremlin Could Boost Eurasian Union Project) (プーチンの光と影

「極」としての多国間同盟体は、この10年ほどの間に世界を網羅していくつも作られ、相互に関係を強化している。ロシアの傘下にはCSTOと、ユーラシア同盟の計画がある。中国の傘下にはASEAN+3(日中韓)と、今後北朝鮮核問題の6カ国協議が成功した時に結成予定の東アジア多国間安保体制(中露日韓朝米)の計画がある。また、中露協調の組織として上海協力機構(中露+中央アジア+印パアフガンイラン)がある。

 中南米はブラジルなど、アフリカは南アフリカなどを中心に、いずれ統合されていく。これらを統括するものとしてBRIC(中露印ブラジル南ア)が作られている。欧州ではEUが統合を進め、世界の極の一つとして機能しようとしている。米国はいずれメキシコ、カナダを傘下に入れてNAFTAの発展型(アメロなど)になるだろう。その準備として、米国とカナダは国境警備の共同化について交渉しており、カナダの国家主権が米国に吸い上げられそうだと懸念されている。 (Redefining the U.S.-Canada Border: The End of Canada as a Sovereign Nation?

 これら全体を見渡すと、世界の構造が地域ごとの多極型になりつつあることがわかる。全体(世界)をまとめるものとして、リーマンショック直後に世界経済の運営権をG7から奪ったG20、BRICの発言力が強くなりつつある国連、IMF、WTOなどが存在している。プーチンのロシアはCSTO、ユーラシア同盟、上海協力機構、BRIC、G20などに関与し、多極化の強力な推進者だ。ロシアは今年WTOに加盟するので、WTOでも中露やBRICが米欧日から決定権を奪っていくことになる。 (Tensions With Russia Loom Over Trade Debate

【「日本をユーラシアに手招きするプーチン」に続く】



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