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中国の次の戦略

2012年9月10日   田中 宇

 先週のクリントン米国務長官の中国訪問は、これからの中国が強気の国際戦略を採ってくることを予測させるものだった。少し前まで、中国政府は、米国の高官が北京にやってきて、人権や経済政策、為替などの問題について中国を批判するのを、あまり反論せずに聞き置いたり、米国の居丈高な態度を何とか緩和しようと説明を試みたりして、米国との対立を避け、対米協調につとめていた。中国では、人民解放軍は米国の覇権的態度に腹を立てる傾向が強かったが、外務省(外交部)は対米協調だった。米国が世界でだんとつに強い覇権国だった半面、中国は発展途上国だったのだから、中国の弱めの態度は当然だった。(外交というシステムを英国が作った関係で、外務省はどこの国も米英追随の傾向が強い。親米国の外交官は本質的にMI6エージェントと大差ない)

 今回訪中したクリントンへの中国の対応は、従来の中国の姿勢とかなり異なっていた。中国の国営マスコミは、クリントンの訪中前から、米国がアジアで中国包囲網的な政策を採っていることを批判する記事を出していた。楊潔チ外相は米中共同記者会見でシリア問題を持ち出し、米国のやり方はシリアと中東を不安定化にしており、中国の方がシリア人の安全と中東の安定を考えていると米国を批判した。先制攻撃を受けたクリントンはたじろぎ、大した反論ができなかった。面子を重んじる中国が、訪中した米高官を記者会見で面と向かって批判する光景は、中国の新たな姿勢を象徴している。 (Clinton brush off marks new Sino-US rivalry

 クリントンは北京で、次期権力者に内定している習近平とも会談するはずだったが、中国側は直前に会談をキャンセルした。理由は習近平の腰痛と言われるが、真意は不明だ。クリントンは中国を訪問する前に南太平洋のクック諸島に立ち寄り、経済援助を約束した。クック諸島など南太平洋の島嶼小国群は、中国が数年前から経済援助を増加し、自陣営に取り込もうとしている。クリントンは中国包囲網策の一環としてクック諸島への支援を表明したのだろう。クリントン訪中で、米中の対立はむしろ増した観があり、それが習近平の会談ドタキャンの真の理由かもしれない。 (China warns US against meddling

▼習近平は台湾やチベットを取り込もうとする

 国際社会において米国の力が縮小し、中国の力が増している。中国は、米国に気兼ねせず、勝手に振る舞うようになっている。日本では「中国が増長している。傲慢さが増している」という論調が強い。だが、昨今の中国の変化は、中国が頑張った結果というよりも、米国が世界運営に失敗して縮小した影響力の漁夫の利で穴埋めを中国がしている面が強い。第一次大戦で欧州列強が相互に戦って自滅した後、日本が漁夫の利でアジアでの覇権を強め時に似ている。米国の覇権を浪費したイラクとアフガンの占領は、事前に失敗が見えていた。私には、これが意図的な自滅に見える。米国は、自滅する一方で、中国を包囲して怒らせ、米国に対抗して台頭するように仕向け、世界の覇権構造を多極化にいざなっている。 (中国の台頭を誘発する包囲網

 この10年、胡錦涛の中国は、ロシアや中央アジア諸国との国境紛争をすべて解決して協調関係を強化し、上海協力機構をユーラシア東部の新たな安全保障のシステムに仕立てた。ASEAN+3などの場で、東南アジア諸国との関係を強めた。胡錦涛の中国は、周辺諸国との関係を固めたといえる。一昨年から米国が南沙群島問題に介入し、中国と東南アジアの関係を悪化させているが、米国はその一方で経済面で中国と協調せざるを得ず、中国包囲網は長期化しそうもない。 (アジア経済をまとめる中国) (南シナ海で中国敵視を煽る米国

 これからの10年、習近平の中国は、胡錦涛の中国が地ならしをやったことの延長をやっていきそうだ。その一つの分野は、台湾とチベットという、中国が「国内」と言っている地域の併合強化だ。台湾は08年から国民党の馬英九政権となり、それまでの民進党の台湾独立・反中国の戦略から、中台経済関係強化・親中国の戦略にすり替わり、台湾が経済面で中国に取り込まれる傾向が強まっている。たとえば最近、中国は、台湾の銀行に人民元の取引を許可した。台湾の銀行は、中国から与えられた人民元のオフショア市場で儲けられるようにしてもらい、その分、中国に頭が上がらなくなる。 (Taiwan banks to clear renminbi transactions

 習近平の中国は、この流れをさらに進め、台湾が経済面で中国から逃げられないようにした上で、政治的に台湾を取り込もうとするだろう。半面、台湾と日本との関係は悪化しており、最近の尖閣諸島問題で、日台が対立して中台が協調する傾向が強まった。 (Taipei-Tokyo ties strained by distrust, sabotage) (東アジア新秩序の悪役にされる日本

 中国は、ASEAN+3(日中韓)を東アジアの統合市場(東アジア共同体)にして、中国がその中心に位置するのが目標だが、中国は台湾に、ASEAN+3の諸国に限定して、経済面を中心に外交関係を結ぶことを許すという「半国家」の状態を許容すると予測される。 (東アジア共同体と中国覇権

 チベットをめぐっては最近、ダライラマが「中国の態度が改善してきた」と発言し、今後の習近平の中国と交渉していけるかもしれないと期待する姿勢を見せている。 (Dalai Lama sees "encouraging signs" of shift in China

 もともとチベット問題は中国が共産主義化した後、英米が中国包囲網の一環としてチベット人の独立運動を支援して国際問題化させたものだ。国際社会でチベット人の後ろ盾となってきた米英の力が減退し、中国の台頭が顕著になるにつれ、ダライラマは弱気になり、中国と交渉する意欲を見せたり、チベット独立運動は失敗したと言ってみたり、政治の世界から身を引くと言ったりしている。 (Dalai Lama says he's failed to win independence) (Dalai Lama: China not enemy, some hard-liners are

▼インド、アフガン、中東で影響力拡大をめざす中国

 チベットの亡命政府はインド北部のダラムサラにある。チベット独立運動は、中国とインドの対立関係を利用して行われてきた。だが先日、中国の国防相が8年ぶりにインドを訪問し、ソマリア沖の中印合同軍事演習の計画や、国境紛争に解決などについて話し合った。中印関係が改善し、中露関係のように、対立が不可逆的に解決されてしまうと、チベットの独立運動は行き場を失う。ダライラマが、中国にすり寄ってもいいと示唆したり、独立運動を終わりにするかのような姿勢を見せるのは、こうした行き詰まりの状況があるからだろう。 (Delhi and Beijing thaw frosty ties) (チベットをすてたイギリス

 胡錦涛の中国は、ロシアに次いでインドとの関係を改善し、インドを上海協力機構に入れて同機構を大きなユーラシア同盟に発展させ、米欧に対抗できるBRICSの結束を強めることを目標とし、これまで何度か中印が関係を劇的に改善しそうな時があった。だがインドの方で、米国との関係を重視し、中国と協調するより米国の中国包囲網に参加していた方が良いとの考えが政界にあり、中国との関係改善を止めている。今後、米政府の財政悪化などで米国覇権の崩壊感が強まると、これからの習近平の10年間のどこかでインドが国策を転換し、中国との関係改善、上海協力機構への加盟へと進むだろう。 (立ち上がる上海協力機構

(ウラジオストクのAPECに参加したIMFのラガルド専務理事は、今後の世界経済の3大リスクの一つに、来年正月の米国の「財政の断崖」を掲げた。あとの2つはユーロ危機、先進諸国の財政難であり、米国の財政の断崖だけが個別的な案件なのに大きなリスクとして指摘されており、目を引く) (Asia-Pacific Leaders Focus on Trans-Atlantic Danger to Recovery) (根強い金融危機間近の予測

 来年、NATOのアフガニスタン占領が終わるが、それが中印関係の転換をもたらす可能性がある。NATO撤退後のアフガンではタリバンが再台頭するだろうが、タリバンの背後にいるのはパキスタンであり、その後ろには中国がいる。インドが中国やパキスタンと対立したままだと、NATO撤退後のアフガン再建における立場が弱くなる。中国はパキスタンのほか、ロシア(中央アジア)、イランといったアフガン周辺諸国と協調し、上海機構の場を使って、米欧抜きのアフガン再建を計画している。インドとしては、中国やパキスタンと対立し続けるより、関係を改善してアフガン再建に参加した方が得策だ。 (台頭する中国の内と外(2)

 今年に入り、インドはパキスタンと静かに関係改善を進めている。企業の相互参入やビザの簡素化が行われている。NATOのアフガン撤退と絡み、今後さらに印パの関係改善が模索されそうだ。中国は以前から印パを仲裁したいと考えてきた。習近平の10年間に、中国は印パとアフガンに対する影響力を強めるだろう。NATOのアフガン撤退とともに、印パとアフガンとイランの上海協力機構への加盟も実現するだろう。 (Indian group to open business in Pakistan) (インドとパキスタンを仲裁する中国

 中国は、パキスタンを取り込むことにより、その先のインド洋への展開を考えている。中国は10年ほど前から、インド洋に面したパキスタン西部のグワダル港の開発を手がけている。パキスタン政府はバランスを重視して、これまで同港の運営を中国勢でなく、シンガポールの国営企業に発注していた。だが最近、シンガポール側が運営権を放棄し、代わりに中国の国営企業が港湾運営を請け負った。グワダル港は背後が広大な砂漠で、分離独立運動をする山賊が横行し、港からの地上交通のインフラ整備が大幅に遅れている。貿易用の港としての価値は低い。だが、グワダル港はペルシャ湾入り口のホルムズ海峡に近く、中国海軍が寄港する港としての地政学的な価値は高い。中国政府は否定しているが、中国海軍はグワダル港を実質的な海軍基地として使っていると考えられる。 (China set to run Gwadar port as Singapore quits

 中国は、インドが影響圏と考えるスリランカやセイシェルにも経済援助を行い、港湾開発を手がけて、「インド包囲網」を思わせる地政学的な取り込みを進めている。インドは脅威を感じている。中国側は、このインド洋進出を、欧州から中国への公海航路の安全確保のためとしており、インドに対し、インド洋航路で最大の危険要因であるソマリア沖の海賊退治を、中印共同でやろうと持ちかけている。ソマリア沖の海賊退治には、日本や韓国、豪州などの海軍も参加しており、米国は軍事負担の軽減として、これを歓迎している。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる

 アフガンやインド洋の先には中東がある。イランの核問題では国連安保理で、イランに核兵器開発の濡れ衣をかける米欧に、中国がロシアと協力して対抗している。中国は、イランとの原油などの貿易を続け、濡れ衣に立脚した米国のイラン制裁に風穴をあけている。米国が濡れ衣戦略をしていることは、国際的な常識になりつつあり、イラン問題に対する中国の発言力が増している。 (イラン制裁の裏の構図

 中国はシリアに対しても、ロシアと協力し、アルカイダを使ってアサド政権を潰そうとする米国を、国連で抑止している。最近では、モルシー政権になったエジプトが、アラブの盟主に戻ろうとする戦略の一環として、中国との戦略協調を重視している。エジプトは今後、パレスチナ問題の解決を進め、イスラエルを交渉の場に引っ張り出そうとするだろう。イスラエルは経済的に困窮しているので、経済力を活用して外交力を蓄えている中国が、パレスチナ問題の新たな(黒幕の)仲裁役として出てくると、これまで和平を拒んできたイスラエルが動くかもしれない。などなど、習近平の中国は、中東に対する外交的な影響力を強めるだろう。 (多極化に呼応するイスラエルのガス外交) (Egypt joins China club

 中国はアフリカに対しても、中国式の経済成長モデルにいざなうやり方で、経済支援と裏からの影響力の拡大を行っている。EUがユーロ危機を乗り越えたら、中国に対抗して再びアフリカへの影響力拡大を試みるだろうが、その時には米欧が従来やってきた「人権外交」は効かなくなっている。米欧による人権外交は、マスコミ上では良いイメージだが、実際には、混乱が多い途上諸国を人権問題で非難して服従させるやり方だ。人権外交が破綻して中国式が広がった方が、アフリカは経済発展するだろう。マスコミから中国嫌いを植えつけられた昨今の日本人が、このような私の分析をまっとうに受け取ってくれないことが悲しい。日本については次回に書く。 (人権外交の終わり

 もう一つ、次の10年の中国が実現しそうな重要な国際社会の転換について指摘するのを忘れていた。それは朝鮮半島のことだ。これまでの10年、中国は、2003年春にブッシュ政権の米国から北朝鮮核問題6カ国協議の主催国の役割を押しつけられ、最初はいやいやながら、その後しだいに本腰を入れて、北朝鮮の問題を解決する主導役として振る舞うようになった。6カ国協議は頓挫しているが、昨年末の金正日から金正恩への政権交代を機に、北朝鮮の中枢(張成沢ら)は、軍部優先から経済優先へとクーデター的な転換を起こした。今後、来年に韓国の政権交代を経て、朝鮮半島が和解の方向に進む可能性が大きい。今後の10年、同時に米国の覇権低下が起きれば、韓国は国家戦略の面で、米国より中国を重視する傾向を強めるだろう。 (経済自由化路線に戻る北朝鮮

 ここまで、中国が台頭する話ばかりが続いた。マスコミから中国嫌悪を植えつけられている人は、田中宇は中国のエージェントか、と思うだろう。しかし、私が中国びいきなのでなく、中国が国際政治的にとても恵まれた位置にいる(米国の「失策」によって引っ張り上げられている)ので台頭しており、今後もその傾向が続くだろう。地政学的な異様な好調さは、明治維新から第一次大戦後までの日本も経験した。地政学的に幸運な時期があることは、今の中国だけのことでない。このような中国の台頭のかたわらで、日本の現状をどう見るか、それを次回に書くつもりだ。 (米国が誘導する中国包囲網の虚実) (台頭する中国の内と外



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