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日本の脱原発の意味

2012年9月17日   田中 宇

 9月14日、日本政府が2030年代までに稼働原発をゼロにする政策を決めた。これまで世界有数の原発推進国だった日本を、脱原発に大転換させる画期的な政策だ。この政策に対し、マスコミの中の原発推進派や財界は「詰めの甘さが随所に目立つ、解散総選挙をにらんだ急造の戦略だ」などと酷評している。その理由の一つは、政府が、原発全廃を決める一方で、以前からの核燃料サイクルの政策をやめないからだ。

 これまで日本では、原発から出る使用済み核燃料を再処理し、高速増殖炉などの燃料として使う「核燃料サイクル」を確立して高レベル放射性廃棄物を減らすことを目指し、このサイクルを確立する前提で、青森県が六ケ所村への再処理施設の建設を認めてきた。高速増殖炉「もんじゅ」は、何度も事故を起こしてほとんど稼働せず実用化に失敗した。核燃料サイクルは技術的に破綻している。だが、政府が核燃料サイクルを正式に放棄すると、現在、全国各地の原発敷地内や六ケ所村に、サイクル確立までの一時保管のかたちで置かれている使用済み核燃料が、永久に置かれることになる。それは、青森県や原発立地の自治体にとって容認できない事態だ。だから核燃料サイクルは、技術的に破綻しても、建前として政治的に継続されている。

 今後、原発の全廃が実現すると、核燃料を燃やす炉がなくなり、必然的に核燃料サイクルは終わりになる。原発を廃止するが核燃料サイクルは続けるという選択肢はない。だが、核燃料サイクルの廃止は、高レベルの放射線を出す使用済み核燃料を日本国内のどこか(今置いてある各原発と六ケ所村、もしくはその他の新たな場所)に恒久的に置くことを意味する。原発は、稼働している限り、電力会社から電力料金の一部が地元に還元されて地元がうるおうが、核廃棄物の最終処分場は、建設するときに地元をうるおすだけで、その後永久に、地元が放射能漏れや風評被害の脅威にさらされる。

 民主党が決めた当初の案では、原発全廃と同時に核燃料サイクルの廃止も盛り込まれていた。だが、サイクル廃止と聞いたとたん、青森県や六ケ所村は、核の最終処分場にされることを恐れ、全国の原発から搬入され保管されている使用済み核燃料を、県外・村外に持ち出してくれ、と政府に要求し始めた。このままでは政治的に収拾がつかなくなるため、政府・民主党は、原発は全廃するが核燃料サイクルは続けるという、ちぐはぐな政策を発表した。同様に、政府が発表した政策では、原発は全廃するが、建設中の島根県と青森県の原発は、そのまま建設を続行すると決めた。これも、地元に巨額のお金が落ちる原発建設を途中でやめたくないという地元政界の強い意志があり、政府はちくはぐな政策にせざるを得なかった。

▼民主党が下野する前に米国に押されて脱原発

 これらのことから、マスコミの原発推進派は、今回の脱原発の決定を「拙速」と批判した。しかし私から見ると、重要なことは「拙速さ」そのものよりも、拙速さを乗り越えて民主党政権が急いで脱原発を決めねばならない理由の方だ。「落ち目の民主党は、今秋の選挙に向けて人気取り政策として脱原発を急いで決めた」という説明が語られている。だが、今回の脱原発策は、急いで決めたものでない。今回の策を決めた中心人物である前原誠司・政調会長は、すでに2011年に「10−20年かけて原発を廃止する」という方針を表明している。今回の策は、当時の前原案と大差ない。 (日本も脱原発に向かう

 国民の大半は原発の全廃に賛成だが、今回の脱原発策は拙速な点が目立ち、民主党にとって人気取りになっていない。人気取り策なら、拙速さが目立つようになった段階で、やらずに引っ込めたはずだ。前原ら民主党中枢の考えはむしろ、今秋の選挙で民主党が負けて下野するだろうから、その前にかねてからの策を具現化しておこうということだろう。

 脱原発策に、財界は猛反対している。選挙資金のことを考えると、財界を敵に回すのは得策でない。財界よりも強力な勢力が、民主党政権を脱原発の方向に押しているのだろう。私は、これまで分析してきた経緯から、それは米国だろうと考えている。米国が日本を脱原発の方向に押しやっているというのは、私にとって311事故直後からの一貫した、この問題に対する見立てだ。詳しい分析は、これまでの記事に書き連ねたとおりだ。今後、どの政党が政権をとっても、長期的に見ると日本は脱原発の方向に動くだろう。 (日本は原子力を捨てさせられた?) (福島4号機燃料プール危機を考える

 国内の原発推進派の努力により、大飯原発は一時的に再稼働したが、その後、再稼働の動きは広がっていない。大飯原発が定期点検で再び止まったら、その後は原発ゼロが定着するのでないか(そうでなくて、短期的に今後も紆余曲折があるかもしれないが、長期的に行き着く先は原発全廃だろう)。 (日本の原発は再稼働しない

 先日、米政界が超党派で作成した日米同盟の今後に関するアーミテージ・ナイ論文(第3弾)は、日米が原子力で協調を続けることを提案している。だが、アーミテージ論文は以前から、対米従属を最重視する日本側の意志をくんで書かれている。これが一枚岩の米国の意志だと考えるのは間違いだ。 (東アジア新秩序の悪役にされる日本

 311直後から福島事故を非常に厳しく評価してきた米政府の原子力安全委員会(NRC)の委員長は、米上院の公聴会で、日本人は原発の安全に対する信用を失っており、日本政府が安全性を再構築しても国民の信頼を取り戻すのは不可能で、原発の全廃はやむを得ないと語っている。 (Fukushima Watch: Japanese Have Lost Faith in Nuclear Power - U.S. Regulator

 米国の右派新聞ウォールストリート・ジャーナルも「今夏、原発がほとんどなくても停電しなかったので、日本の人々は原発なしでも困らないことを知ってしまった」と書き、日本の原発全廃について肯定的に書いている。 (The Summer the Lights Stayed On in Tokyo) (Japan Weighs End to Nuclear Power

▼中露以外のBRICSが脱原発を検討

 以前の記事に書いたが、米国が日本に脱原発をさせたい理由について、私は「多極化」と関係があると考えている。今後、覇権構造が変わり、国連の安保理常任理事国の5カ国だけが核兵器を保有することを許され、それ以外の国々は核兵器を持ってはいけないというNPTの世界体制を見直す際に、核兵器の全廃が模索されるだろう。世界的に見ると、核兵器と軽水炉は、ウラン濃縮やプルトニウム利用などの点で、技術的に不可分だ。核廃絶するなら、軽水炉の廃止が世界的に必要になる。軽水炉に代わって、使用済み核燃料を使った「進行波炉」などが提案されている。 (日本の原発は再稼働しない

 多極型の覇権体制の原形ともいうべきBRICSの中で、ロシアと中国はNPT体制下で核兵器保有が許されている。中露は原発の開発にも力を入れており、現時点で見ると、核兵器と原発を手放すとは考えにくい。 (中国が核廃絶する日

 しかし最近、BRICSの中でもブラジルやインド、南アフリカでは、原発を廃止しようとする動きが始まっている。ブラジルは先日、新たな原発の建設を無期限に凍結した。ブラジルは世界第5位のウラン埋蔵量を持つが、水力が豊富で発電の85%を占める。現在2機の原発があり、今後16機の建設が計画されていた。原発凍結は福島事故の影響という。 (Atomic Backflip

 インドでは、原発建設の急拡大が計画されいてきたが、最近、タミルナドゥ州での原発建設に対する地元の反対運動の激化を受け、原子力の学者たちが、地元が納得するまで各地の原発建設を止めるべきだとする建白書を政府に出した。国際社会の反対を押し切って核兵器の開発を進めてきたインドの「原子力村」は、国際的に孤立しているだけに、核兵器と原子力が一体の産業になっている。インドの場合、今後パキスタンと和解していく際、印パ双方の核廃絶が検討されると予測され、それらの全体がどうなるか注目される。 (Indian scientist calls for nuclear freeze

 南アフリカも、計画されていた原発の建設について、コスト面から引き合うかどうか再検討する作業に入っている。もし今後、ブラジル、インド、南アフリカが原発計画を棚上げし、同時に世界的な核廃絶の機運を高めていくとしたら、最終的にロシアと中国も、米欧の核廃絶と交換条件に、自国の核廃絶と原発新設の棚上げをするかもしれない。 (SA should work on `Plan B' if nuclear build proves too costly

 欧米では、英国が、以前から「金がかかりすぎる」という理由で、核兵器の廃止を検討している。英国は、核燃料サイクルを公式にやめることも議論しており、使用済み核燃料の再処理によって貯まっているプルトニウムを永久的に地下に埋めて封印することを検討している。国際政治の先行きに敏感な英国の中枢から見ると、今後の世界で核兵器やプルトニウムが政治力の源泉でなく、むしろお荷物になることが示唆されている。 (Got plutonium? Bury it - Doing anything else is just far too expensive) (Time to bury plutonium

 今のところ、核廃絶も世界的脱原発も、多くの人々の目には、絵空事にしか見えないだろう。だが、あと2−3年もしたら、米国の衰退と覇権構造の転換が進み、いつの間にか現実的な話になっていくのでないかと私は予測している。あまり報じられていないが、米国とロシアは、核兵器の削減について交渉を続けている。 (West cuts nuclear warheads as it negotiates with Iran

 今後、世界の核廃絶の中心になっていくかもしれない流れは、イランをめぐる核問題だ。米国やイスラエルがイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁していることについて、発展途上国の多くが米欧を非難するようになっている。途上諸国は、イラン問題で米欧を批判するだけでなく、米国がイスラエルの核武装を容認していることを攻撃するとともに、5大国だけが核武装を許されているNPT体制の不公平さを批判し始めている。 この流れは、米国の衰退と相まって、核をめぐる世界の体制を変えていきかねない。 (自立的な新秩序に向かう中東

 日本は、六ケ所村のほか、これまで英国とフランスに使用済み核燃料の再処理を頼んでおり、英仏から大量のプルトニウムが日本に送り返されてきている。このプルトニウムをどうするかが難問となっているが、世界の流れに沿ってうまくプルトニウムを処分したり、核燃料サイクルを公式にやめることを決めないと「日本は核武装しようとしている」という嫌疑を国際的にかけられかねない。米国のグループは今年4月に「日本は1960年代から秘密裏に核兵器開発を進め、米国はひそかに日本に核開発のノウハウを伝授している。日本の核燃料サイクル計画は、核兵器を作ることが真の目的だ」とする記事を発表している。日本側が、これをでたらめな話として無視していると、世界的な覇権構造の転換後、今のイランのように、いずれ日本が、多極型に転換した「国際社会」から核武装の濡れ衣をかけられるかもしれない。 (United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium



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