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オバマ再選を受けたイスラエルのガザ侵攻

2012年11月19日   田中 宇

 11月6日の米大統領選挙でオバマが再選され、今後4年間の米国は、ロムニー式(ブッシュ式)の単独覇権主義の再燃とは逆の、ゆるやかな後退を是認しつつ米国の覇権を維持するオバマ式の流れとなった。オバマの8年間は、ブッシュがやって大失敗した単独覇権戦略からの脱却に費やされることになる。多極型の世界体制をめざす中国やロシアなどの動きを黙認する半面、対米従属に固執する日本などほ放置する傾向が増すだろう。この流れは世界的に強まるだろうが、最も顕著に進みそうなのが中東、特にイスラエルをめぐる状況だろう。

 米選挙でネタニヤフ政権がロムニーを支持した結果、イスラエルは、従来のように米国の世界戦略に支配的な影響を及ぼすことが難しくなった。そのことは先週の記事に書いた。オバマはこの状態を活用してイスラエルのくびきから逃れ、核兵器開発の濡れ衣を解いてイランとの対話を開始する準備をしており、イランが中東の国際政治の中で影響を拡大することを黙認しようとしている。アフガニスタンからの米軍撤退を円滑に進めるためにも、アフガンの西隣にあるイランの協力が必要だ。イランが核兵器開発していないということが、国際的な公式な認識になりつつある。 (ユダヤロビーの敗北

 米国は、アラブなどイスラム諸国や中露などが、パレスチナ和平に対する圧力を強め、イスラエルを批判したり、パレスチナ自治政府(PA)やハマスを支持することを黙認する傾向も強めている。10月下旬、親米アラブ諸国の一つであるカタールの首長(君主)が、ガザを公式訪問したことが象徴的だ。07年のガザと西岸の分裂以来、外国首脳は誰もガザを訪れていなかった。ガザを訪問したカタール首長の背後には、おそらくサウジアラビアの思惑がある。 (In official visit to Gaza, Qatari emir endorses Hamas, slams Israeli settlements

 米国の影響力が減じた後の中東の政治は、サウジアラビア、エジプト、イラン、トルコの4大国が均衡・談合・競争しつつ動いていくと予測されるが、4大国のうちイランは以前からハマスを公式に支援してきたし、エジプトのムスリム同胞団政権は昔からのハマスの兄貴分だ。今回サウジの名代としてカタール首長がガザを訪問した。トルコのエルドアン首相もハマスへの支持を表明し、11月下旬のエジプト訪問時にガザを訪問する予定だったが、イスラエル軍のガザ空爆で延期されている。米欧が圧倒的な力を持っていた従来の国際社会では、ハマスがテロ組織として非難されていたが、多極化して地元の4大国が中東を動かすようになる今後の国際社会では、ハマスがガザの正当な統治者になる。 (Turkey's Erdogan plans to visit Gaza Strip

 パレスチナは07年以来、ハマスが統治するガザと、パレスチナ自治政府(PA)が統治する西岸に分裂している。パレスチナ人の分裂は、和平を嫌う米イスラエルの右派にとって好都合だった。米イスラエルの傀儡色が強いPAのアッバース大統領は、09年に任期が切れたまま選挙もせず留任している。今後、中東諸国など国際社会がハマスをガザの正式な代表として認知するとともに、ハマスと和解するようPAにも圧力がかかり、和解した後で総選挙が行われ、ガザと西岸を統合的に統治するアッバースの後任者が選ばれるとともに、イスラエルに対し再統合したパレスチナ自治政府と和平交渉をせよと迫る国際圧力がかかるだろう。米国は、この流れを是認しつつ、米国自身は和平交渉の仲裁をせず、仲裁役は中東の4大国に委ねられるだろう。 (Dennis Ross: Two-state solution is not dead, only way to Mideast peace

 米政府はこれまで、パレスチナ和平交渉を仲裁するといいつつ、パレスチナ側をテロリスト扱いして交渉を拒否するイスラエルの言いなりで、米国が仲裁する限り和平交渉は進まなかった。しかしオバマ政権は、エジプトの政権が米イスラエル傀儡でなくなることを黙認し、中東の地元4大国がパレスチナ和平に取り組むことを是認している。オバマの再選とともに、多極化する国際社会がイスラエルに和平の圧力をかける流れが定まった。このためイスラエルでは、和平を阻止しようとする右派が牛耳っている住宅省などが、オバマ当選の直後、西岸での入植地の急拡大を決定し、パレスチナ人の土地にユダヤ人入植地を拡大することで和平を阻止しようとしている。 (Israel plans `dramatic' settlement expansion in West Bank) (Israel to Rush Expansion of East Jerusalem Settlements

 パレスチナ自治政府のアッバース大統領は最近、イスラエル本体へのパレスチナ難民の帰還の権利を放棄することを示唆した。英国の信託統治領だったもともとのパレスチナは、イスラエル本体と、西岸とガザのパレスチナ人地区から成り立っている。イスラエル建国前、現在のイスラエル本体に住んでいたのはパレスチナ人(ユダヤ人はいなかった)だったが、彼らはイスラエル建国時の戦争で追い出され、パレスチナ難民になっている。パレスチナ難民のうち、西岸とガザの出身者は、パレスチナ国家の建設後、もといた場所に戻ることが可能だが、現在のイスラエル本体に住んでいた難民は、イスラエル国家を潰してパレスチナ国家にしない限り、パレスチナ国民としてもといた場所に帰還できない。 (Peres praises Abbas for `brave' new statements on peace, Netanyahu dismisses them

 パレスチナ運動の強硬派は、イスラエルを潰して全難民の帰還を求めているが、これは現実的とみなされていない。イスラエル本体に住んでいたパレスチナ人を、イスラエル本体に戻すのでなく、代わりに西岸やガザに移住することで難民問題の解決にすることを示唆したアッバースの発言は、和平交渉を前提として現実的な提案として注目されている。

 同時にアッバースは、国連総会でパレスチナを国連非加盟の国家として承認してもらうことを計画している。アッバースは昨年、パレスチナを国連に加盟させようと申請したが、国連への加盟は安全保障理事会の同意が必要で、米国が拒否権を発動したため同意が得られなかった。国連に対し、加盟でなく、非加盟の国家として認知してほしいと申請すること(バチカン市国などが先例)は、安保理でなく総会の多数決で決まる。国連加盟国の大半はパレスチナを国家承認しており、国連総会への申請は可決されるだろう。国家として承認されると国際刑事裁判所への提訴権が得られるので、パレスチナ自治政府はイスラエルによる不法行為を提訴する予定だ。米政府が「大統領選挙後まで待て」とアッバースに圧力をかけたが、11月後半に国連総会がパレスチナを国家承認する予定になっている。 (Palestinian push for UN status upgrade likely to succeed, says GA president

 イスラエルを不利にするパレスチナでの動きはまだある。パレスチナ自治政府の前大統領だったアラファトが04年に死亡した時、フランスの病院に入院する直前まで元気だったのに、数日後に死亡し、死後解剖しないまま葬儀・埋葬された。イスラエルの諜報機関が毒殺したのでないかと疑われてきた。この疑惑を解くため、フランスとスイスの当局が捜査に乗り出し、11月中に西岸にあるアラファトの墓を掘り起こすなど、遺体や遺品への再調査が始まっている。 (French investigators to exhume Arafat's body next month

 イスラエル国内では、パレスチナ和平交渉に協力し、イランとも和解することで、自国を絶滅から救おうとする中道派の動きもある。この動きは従来、米共和党のネオコンなど、米イスラエルの右派によって阻止されてきたが、米国の中東支配力が弱まる中、パレスチナやイランと和解すべきだという声が、イスラエル内部から断続的に出てくるようになっている。 (Former Israeli Spymaster: We Need To Talk to Iran

 中東での米国の影響力が弱まるほど、イスラエル政界では、これまで支配的だった右派が弱まり、パレスチナ和平を好む中道派(左派)が再台頭する。右派政権であるイスラエルのネタニヤフ首相は、そうなる前に連立政権を再強化しようと考え、10月初旬に議会を解散し、来年1月22日に総選挙が行われる。当初はネタニヤフの圧勝が予測されていたが、ネタニヤフが支援したロムニーが米大統領選挙で負け、ネタニヤフが嫌ったオバマが再選されたため、事態は流動的になっている。イスラエル政界の中道派(カディマなど)は、リブニ元外相とオルメルト元首相が組み、パレスチナ和平推進の方針を掲げ、米大統領選後に不利になったネタニヤフを逆転しようとしている。 (ユダヤロビーの敗北) (Livni mulls running as head of new party in Israeli elections, sources say

 こうした不利な状態を再逆転するためにネタニヤフが起こした行動が、11月14日からのガザ侵攻だった。ハマスやイスラム聖戦機構などガザの勢力は、イランなどからの支援で短距離ミサイルを持ち、時折イスラエルを攻撃してくるため、イスラエル側は数カ月前から大規模な反撃を計画してきた。ネタニヤフは、今のタイミングでガザを攻撃し、ガザからイスラエルに反撃のミサイルが飛んでくることを誘発し、これまでに何度も起きたことがあるガザをめぐる戦闘を再発することで、イスラエルの世論を右傾化させることに成功した。 (Straight Talk on Gaza) (Erdogan: Israeli strikes a pre-election stunt

 ガザからイスラエルに飛んでくるミサイルは精度が低く、イスラエル国内の重要施設が破壊されるわけではない。だが、イスラエル国内にあるパレスチナ和平を求める中道的な世論を消し飛ばす効果は十分にある。和平ムードを潰して選挙に勝ちたいネタニヤフにとっては、実害がなく世論だけ右傾化するので好都合だ。ネタニヤフのガザ攻撃に対する国民の支持は90%以上になった。左派で和平派のペレス大統領なども、ネタニヤフのガザ攻撃を強く支持した。 (More than 90 percent of Israeli Jews support Gaza war) (Left to Right, Israeli Politicians Jump on Gaza War Bandwagon

 今回のガザ戦争をめぐっては、イスラエル上層部(軍や諜報機関内)の、和平派(中道派)と交戦派(右派)の暗闘の可能性もある。11月14日にイスラエル軍が、ガザでハマスの司令官(Ahmed Jabari)を空爆して殺したことが今回の戦争の発端だが、この司令官は殺される数時間前にイスラエル側から恒久和平の提案書を受け取り、これから和平交渉に入るところだったとの指摘がある。司令官殺害によって、イスラエル中枢でハマスと恒久的に停戦しようとする和平派の動きは阻止された。 (The Invasion of Gaza: Part of a Broader US-NATO-Israel Military Agenda. Towards a Scenario of Military Escalation?

 イスラエルの右派政権はこれまでも、支持率が低下しそうになるたびにガザを攻撃して世論を右傾化させ、しばらくガザを攻撃した後、ハマスとの停戦を再開することを繰り返してきた。今回も、エジプトが仲裁に入って停戦が模索されており、ネタニヤフが支持を回復したところで停戦に入るのかもしれない。 (Morsi: Israel and Hamas "could soon" agree a truce

 しかしその半面、すでに述べたようにハマスは、以前のような「テロ組織」でなく、中東の4大国からガザの正式な政権とみなされ、イスラエルからの攻撃に反攻することを正当化できるようになっている。ハマスは政治的な力をつけており、イスラエルとの停戦に簡単に応じないかもしれない。イスラエル軍はこれまでの空爆だけの攻撃から、地上軍侵攻へと拡大せざるを得なくなるかもしれない。その場合、ガザ市民の被害が急増し、すでに世界から非難される傾向が強まっているイスラエルは、国際政治上さらに不利になる。 (William Hague warns that ground invasion would damage Israel) (Israeli Offensive in Gaza Netanyahu's Extremely Risky Gamble

 イスラエルが戦争しうる敵は南隣にあるガザの勢力だけではない。イスラエルの北隣にあるレバノンのヒズボラや、シリアの勢力とも戦争になりうる。南方戦線で戦争が起きると、北方戦線の敵も色めき立つのがこれまでの流れだった。今回は特に、これまでずっとイスラエルと戦争してこなかったシリアとの戦争になるかもしれない状況になっている。イスラエルとシリアの国境地帯にある2つの町(Be'er Ajam と Bariqa)が最近、シリア政府軍との戦闘を経て、シリア反政府勢力(アルカイダ)の手に落ちた。彼らがイスラエル側を連続的に砲撃すると、イスラエル軍も反撃せざるを得ず、イスラエルとシリアのアルカイダの戦いという新展開になる。そうなると、誘発されて南レバノンのヒズボラとも戦闘になるかもしれない。事態が変化したら続報を書くつもりだ。 (`Rebels Seize Villages in Israel-Syria Buffer Zone'



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