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米国を見限ったサウジアラビア

2013年10月24日   田中 宇

 これまで外交戦略を米国に頼り、米国製の武器を大量に買っていた対米従属のサウジアラビアが最近、公然と米国を批判し、武器も米国以外の国から買う方針を打ち出した。オバマ政権の米国が、サウジの仇敵であるイランと和解し、サウジが推進していたシリアの政権転覆もあきらめたり、サウジがエジプト軍部をそそのかして起こしたエジプトのクーデターに米国が批判的だったりしたことが、サウジ王政を怒らせているという。昨年から諜報長官としてサウジの外交戦略を担当しているバンダル王子が、国家戦略の米国離れの決定を主導した。「サウジの米国離れは大々的なものであり、一時的な気まぐれではない」と関係筋が語っていると報じられている。 (Saudi Arabia warns of shift away from U.S. over Syria, Iran

 バンダル王子は、85年から03年まで米国大使をつとめ、父子で大統領をやったブッシュ家(テキサスの石油富豪)と親しい関係を築き「バンダル・ブッシュ」と呼ばれていた。そんなバンダルが今回、米国離れを主導したのは皮肉だが、バンダルは単なる対米従属の人でなく、ロシアや中国の上層部とも関係を持っており、80年代に中国との武器購入の交渉をまとめたりした。昨年夏にバンダルが、シリア内戦への荷担などを行うサウジの対外戦略のまとめ役に任命された時には「中国から武器を買って、独自にイランと対抗する気でないか」と報じられた。昨年からバンダルは「米国離れ」と関連づけて語られていた。 (Is Saudi kingdom on the edge?

 今年7月には、バンダルがロシアを訪問してプーチンに会っている。バンダルがプーチンに「ロシアから武器を買ってやるからアサド失脚を容認しろ」と提案したが断られた、と報じられたが、会談はそんな底の浅いものでなく、バンダルが米国離れを検討する一環としてプーチンに戦略的な相談を持ちかけたのでないか。 (Bandar Bush, 'liberator' of Syria) (Saudis offer Russia secret oil deal if it drops Syria

 シリア内戦への介入(と、それ以前にサウジがアサド政権を許そうとした動き)、バーレーン王政に軍事支援して反政府運動を潰す策、エジプトのクーデター扇動、イランに対抗するためのイスラエルとの裏の関係強化など、いずれもバンダルが戦略の中心にいた可能性が高い。 ("Bandar ibn Israel"

 バンダルの国家戦略は最近まで、今回の動きと逆に、米国との戦略関係を強める方向だった。イラク撤退など、中東での米国の影響力が減退するのを、それまで外交的な米国依存が強かったサウジが外交的な積極性を強めることで穴埋めしようとしてきた。2011年に米国がシリアのアサドと和解しようとした時にはサウジも和解に動いた。その後米国がアサド敵視に転じたら、サウジもシリア反政府派を主導的に支援する策に転換した。米国がエジプトのムバラク大統領を見捨ててサウジの敵であるムスリム同胞団に政権を取らせたり、サウジ東部安定の生命線ともいえるバーレーン王政を倒そうとするイラン系の民主化運動を米国が容認したりしても、サウジは怒りを隠し、米国との関係を重視して我慢した。

 それまでサウジは、国連を舞台にした国際交渉でも表に出ず、米英の主導力に頼っていた。最有力な産油国であるサウジは、世界の国々に石油を輸出したりしなかったりすることによる隠然とした「石油外交力」を持っていたので、外交の表舞台に出る必要がなかった。サウジは、国連安保理の非常任理事国に立候補したこともなかった。しかし、中東戦略の失敗によって米国の影響力が落ち、国連での交渉を米英に頼り切りにできる状態でなくなったため、サウジは独自の国連外交に力を入れることを2011年に決め、安保理非常任理事国に初めて立候補し、2年間の選挙活動を経て先日、初めて理事国になることが決まった。 ('Our' weaponized Wahhabi bastards

 だが、サウジが初めて安保理の理事国になることが決まった今秋の国連総会の直前、オバマの米国は、シリアを空爆すると突然宣言した後、内外から猛反対されて空爆できなくなった挙げ句、ロシアに頼ってアサドと和解する方向に大転換した。オバマは、返す刀でイランとの和解も決めてしまった。この米国の方向転換は、サウジに対する決定的な裏切りだった。サウジは、米国の覇権低下を穴埋めしようと、国際的に批判されつつシリア反政府派を支援し、国連安保理の理事国にまでなったのに、その矢先にオバマは、サウジの敵であるアサドやイランとの和解に走り出した。サウジははしごを外され、面子を潰された。 (In a First, Saudis Cancel a Speech at the U.N.

 オバマがイランを許した直後の9月後半から開かれた国連総会に、イランのロハニ新大統領がやってきて演説し、ロハニは国連で英雄扱いされた。これを見たサウジは、10月7日の外相による国連演説を直前にキャンセルした。サウジは取りやめの理由を発表せず、国連で演説をキャンセルする時に通常配布される、演説するはずの要旨を書いたメモも配布しなかった。シリアやイランに関するオバマの裏切りが、サウジを怒らせたことは明白だった。 (Saudis brace for `nightmare' over US-Iran thaw

 この時はまだ、サウジは米国の方向転換に「当惑している。すねている。むくれている」「サウジ外相はイラン容認の発言をするわけにいかず、イランを許した米国と違う論調の演説を行うわけにいかないので、演説をドタキャンしたのだろう」といった見方が、国際問題の分析者の間に多かった。しかしその後、10月18日になってサウジは、国連安保理の非常任理事国に就任しないと発表した。2年間、サウジの外交官たちが世界の諸国を説得し、ようやく理事国になることが決まったのに、就任直前に辞退するという、異様な展開だった。 (Saudi Arabia declines UNSC seat, cites failure to tackle conflicts

サウジの就任拒否を受けて「国連を敵に回すのはマイナスだ」といった論調が国際的に広がった。しかし、もともとサウジが安保理に打って出ることにしたのは、かげりが出ている中東での米国の外交力の穴を埋めるためであり、米国がサウジを裏切ってイランやアサドとの和解に進んだ以上、サウジが安保理内にいる意味が失われていた。サウジは、隠然とした石油外交に戻った方が良かった。 (Saudi Arabia pique will not help it change UN policy

 サウジは以前から、国連の人権理事会などで、国内の反政府派弾圧、シーア派や女性に対する差別が問題にされており、安保理に入って責任ある立場になるとともに、国内の人権侵害に対する申し開きをせねばならない状況だった。サウジが国連を批判する姿勢を打ち出したとたん(ネオコン的ないかがわしい団体と見られる傾向が最近強まっている)国際アムネスティが、サウジ国内の人権侵害を問題視する報告書を、ここぞとばかりに出した。サウジがそのまま安保理に入っていたら、人権侵害に対する国際批判が強まっていただろう。戦略的な意味が低下した安保理入りをやめたのは正解だったともいえる。 (Amnesty International warns that Saudi Arabia has `ratcheted up the repression' and that human rights are getting worse

 今回のサウジの米国離れを考える際に重要なことは、サウジが米国から離れること自体でない。サウジは、ちょうど40年前の1973年にも、米国のイスラエル支援に怒って米国への石油輸出停止を挙行して「石油危機」を起こすという米国離れを決行した。石油危機は米国と世界経済に多大な悪影響を与えたが、その後のサウジは米国に対抗して他の大国と同盟関係を組むこともなく、ソ連崩壊と、債券金融システムによる米英覇権の蘇生の後、結局サウジは90年代に再び対米従属を強めた。サウジが米国から離反しても、米国以外に組む相手がいなければ、今回もいずれ米国頼みに戻らざるを得ない。

 しかしもし、米国以外の諸大国が台頭し、米国覇権に対抗できる新たな世界体制を組む流れがあり、サウジが米国を見捨ててその新世界秩序に便乗する新戦略を打ち出したのであれば、それは米国の覇権にとって大きな脅威になる。サウジは従来、米国のドルで原油を決済し、あふれる石油収入を米国債などドル建ての金融商品に投資してきた。その状況は「ペトロダラー」と呼ばれ、ドルの基軸通貨性を支える大黒柱の一本だった。バンダルが決めたサウジの米国離れが、真に「大々的」なものであるなら、サウジはドル以外の主要通貨による原油決済を増やし、石油収入を米国以外のところに投資する傾向を強めるだろう。これは、ドルや米国債の基軸性を喪失させ、米国の覇権低下に拍車をかける。 (What Ron Paul Told Me About the End of Dollar Hegemony

 こうした現象が現実化しうるのは、もし米国以外にサウジが頼る諸大国が存在し、ドル以外に国際基軸通貨になりそうな通貨が存在している場合に限られる。最近まで、世界はそんな状況でなかった。しかし08年のリーマンショック以降、米国の単独覇権体制が崩れ、中露などBRICSやEUが立ち並ぶ多極型の世界が少しずつ具現化し、ドル単独の代わりに多極型の通貨バスケット制度の基軸通貨体制が模索され、人民元などBRICSがドルを介在しない相互通貨の貿易決済の体制を強化している。この傾向は、先日の米国の財政危機後、さらに強まった。国際情勢の分析者の間ではペトロダラーの崩壊が語られ、ペトロダラーをもじった新語「ペトロユアン」が飛び交っている。ユアンは中国人民元のことだ。 (Rise of the PetroYuan) (Preparing for the Collapse of the Petrodollar System

 サウジは近年、中国へのは原油輸出の比率が高まっている。サウジは産油量は今年40年ぶりの多さだが、これは中国の旺盛な需要を反映している。人民元による石油決済は、すでに増加している。 (Record Saudi Oil output fills supply gap

 以前は、中東の諸問題を解決できる国が米英しかなかったが、9月のシリア空爆騒動の前後から、ロシアや中国が中東での解決力をつけている。以前の記事に書いたように、中国はバーレーン王政をテコ入れし、シーア派大衆の反政府運動を王政が弾圧することに中国が手を貸すことで、バーレーンを安定化しようとしている。バーレーンで王政が転覆されて親イラン政権ができたら、サウジの大油田地帯である東部(シーア派多数)に混乱が波及する。サウジは、中国がバーレーン王政を助けるのを大歓迎しているはずだ。この中国の動きも、バンダルが米国を見捨てた一因になっているかもしれない。 (米財政危機で進む多極化

 このように今まさに、石油危機の時にはなかった、米国覇権の代わりにサウジが頼れる多極型の新世界秩序が、立ち現れようとしている。その矢先に、サウジが「大々的な米国離れ」を決定した。サウジが本気で米国離れを挙行したら、米国覇権は崩れ、多極化が急進展するだろう。サウジが米国離れを挙行したら米国自身が潰れるという画期的なタイミングをわざわざ選んでサウジを怒らせ、米国離れを宣言するよう誘導したオバマ政権など米国中枢は、よっぽど間抜けか「隠れ多極主義者」であるか、どちらかだ。

 米政府は表向きサウジの離反を思いとどまらせようとしている。ケリー国務長官が、サウジのファイサル外相と緊急会談している。しかし、ケリーはたぶん単なる道化役だ。米国では「シェールの石油ガスが米国内で増産しているので、もはやサウジと組む必要はない。アルカイダを生んだサウジを大事にする必要などない。サウジは中国でもロシアでも、好きな相手と組めば良い」といった論調がばらまかれている。シェールの石油ガス田の大半が、巨額投資が必要なのに数年で枯渇することは無視されている。サウジからは今後「米国離れなんかしていない」「バンダルが勝手に言ったことだ」といったごまかし発言が出てくるかもしれないが、現実に覇権の多極化が進んでおり、サウジがそれに対応するのが自然な流れであり、ごまかし発言は目くらましだ。 (John Kerry seeks to close US rift with Saudis on Mideast

 サウジは今回、シリア戦争から手を引くことも表明している。シリア反政府派は総崩れになりそうだ。反政府派が崩れていると、アサドの交渉相手がいないので、ジュネーブでの内戦和解のための国際会議を開けず「シリア問題は膠着」などと報じられるだろう。しかし、国際会議など表舞台の動向と関係なく、シリア国内では、反政府派が弱まるとともにアサド政権の管轄地に戻る地域が増え、内戦が終結して安定していくだろう。

 米国に巨額資金を差し出しつつ、軍事も外交も米国頼みの対米従属だったサウジが、世界の覇権構造の転換(多極化)を受け、米国を見限る大転換をしたことは、日本にとって非常に重要な意味を持つ。日本は工業製品、サウジは石油という輸出品目や、政治経済の構造的な違いがあるものの、日本もサウジ同様、巨額資金を差し出しつつ軍事も外交も米国頼みの対米従属だからだ。最近までのサウジ同様、日本も、米国の覇権衰退を自国の積極性増加で穴埋めしようと、海外派兵を可能にする憲法改定を画策したりしている。その行く末が、サウジのように米国にはしごを外されることにはならないとは、誰も保証できない。

 前回の記事に書いたように、英国も、米国を見限るかのように、原子力や金融為替の分野で、中国との協調関係を急速に強めている。サウジや英国の動きからは、米国の覇権衰退が不可逆的であることが感じられる。上層部で危機感すら語られず、対米従属一辺倒を漫然と続けているのは、世界広しといえども日本ぐらいしかない状況になりつつある。



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