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見えてきた中東の新秩序

2013年11月19日   田中 宇

この記事は「イラン核交渉の進展」の続きです。

 イスラエルを訪問しているフランスのオランド大統領が11月18日、イスラエル議会(クネセト)で演説し「ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地を撤収すべきだ」「和平交渉でエルサレムを東西に分割し、イスラエルとパレスチナ両方の首都にすべきだ」という趣旨の提案をおこなった。右派が席巻するクネセトでは、これまで外国要人がこの手の発言を行うことが許されなかった。入植地撤退や、東エルサレムをパレスチナの首都にすることを提案しそうな政治家は、イスラエルに入国できなかった。クネセトでのオランドの提案は驚きだ。 (Hollande: Jerusalem should be capital of Israel and Palestine

 とはいえクネセトではこの日、もっと驚くべき表明が行われた。オランドの前に演説したネタニヤフ首相が、パレスチナのアッバース議長(大統領)をクネセトに招待して演説してもらうとともに、自分もパレスチナ自治政府がある西岸のラマラを訪問するつもりだ、と表明した。首脳の相互訪問は、イスラエルとパレスチナが和平協定を結ぶための大事な一歩だが、これまで全く行われたことがなかった。イスラエルは、パレスチナ人がテロをやって敵対的だと言って和解的な言動を拒否する一方、西岸の違法入植地を拡大してパレスチナ人を怒らせてきた。入植地住宅の建設は、国連が禁じた違法行為だ。 (Netanyahu calls on Abbas to address Israeli parliament) (中東和平交渉の再開

 イスラエル政府は、今年8月に和平交渉を再開したものの、それ以来の3カ月で6千軒以上の入植地住宅の建設を許可した。11月12日には、新たに2万4千軒の建設を許可した。さすがに膨大な数の建設に米政府が反対し、ネタニヤフは許可を取り消した。だが、これまでの経緯から考えて取り消しは一時的措置と考えられ、イスラエルが和平する気がないと判断したパレスチナ側は、2人の和平交渉担当者が辞任し、交渉を頓挫させた。ところがその数日後、ネタニヤフが、首脳の相互訪問という和解姿勢を表明し、クネセトでのオランド演説を許した。これは、イスラエル外交の大転換、もしくは政界を席巻する右派に対するネタニヤフの外交クーデターである。 (Have Palestinian-Israeli talks collapsed?) (Israel Announces Then Halts Plan for 24,000 New Settlement Homes

 私の記事の読者にとっては驚きでないかもしれない。ネタニヤフは、国内右派とつながった米国でなく、代わりにフランスに頼ることで、政界の右派を蹴散らし、イスラエルを自滅から救うために、中東和平の実現に乗り出したと考えられる。オランドは今回、イスラエルだけでなくパレスチナも訪問し、アッバースらと会談しており、頓挫している中東和平交渉を蘇生しようと急いで動いている。和平交渉の再開が決まれば、余裕ができたイスラエルは、米欧がイランと和解することへの反対を弱め、米欧はイラン核問題を解決できる。フランスが11月8日の交渉でイランとの協約に反対したのは、イスラエルを追い詰めずにイランと協約する体制作りのための外交の時間を作るためだったと考えられる。おフランスは、伊達に格好つけているわけではなかった。 (Abbas to Hollande: Palestinian refugee problem must be solved to end conflict with Israel

 今後、イスラエル政界では右派の妨害が強まるだろう。しかし右派が頼みとする米国は、イスラエルとの関係を悪化させている。オランドが中東和平の新たな仲介役としてイスラエルを訪問したのと同時期に、米国のケリー国務長官は「イランとの交渉に専念したい」「イラン問題でネタニヤフと喧嘩したくない」と理由をつけ、11月22日から予定されていたイスラエル訪問を延期した。フランスがイスラエルの世話役を引き受けたと見るや、米国はイスラエルとの関係を希薄化することに精を出している。オバマ政権や共和党が隠れ多極主義者である疑いがまた強まった。 (Kerry rebuffs Netanyahu: Nothing the U.S. is doing on Iran will put Israel at risk

 イスラエルが国家存続に中東和平を必要とする理由は、中東和平(パレスチナ国家建設)を実現しない限り、米国に頼れない中で最も大事な外交相手となるサウジアラビアやエジプトなどアラブ諸国と和解できず、国家存亡の危機から脱却できないからだ。中東和平が実現できれば、イスラエルはアラブ諸国と和解し、アラブと連合を組んで、今より強い立場でイランと新たな関係を構築できる。中東和平は、サウジやエジプト、イラン、シリア、トルコなども絡んだ、中東全体の多角的な安定化策の一つだ。

 フランスは、一カ国でこの安定化策をやろうとしているわけでない。おそらくロシアと連携している。イスラエルもサウジも、プーチン大統領らロシアと頻繁に話し合いの場を持っている。フランスは、経済主導で中東に隠然とした影響力を持ち始めている中国とも相談しているだろう。米国(米英)の単独覇権でない、多極型の新世界秩序が、中東で顕在化し始めている。 (しだいに多極化する世界

 10月中旬、米国がエジプトに対する軍事援助の額を減らした。米政府は、民主的に選ばれたモルシー大統領を武力で追い落として政権をとったエジプトの軍部を、真正面からではないものの批判している。援助減額も批判の一環だ。エジプト軍政はサウジに支援を穴埋めしてもらっているが、サウジ単独でエジプトを傘下に入れるには、サウジが力不足だ。そんな国際政治の空白を埋めるように、ロシア外相が露財界や文化人を引き連れて11月14日にエジプトを訪問し、冷戦末期から冷えていた両国の関係を一気に近づけた。 (Russia returns to Egypt as U.S. backs away

 この件は以前の記事にも書いた。私が今回驚いたのは、その後の展開だ。露外相がエジプトを訪問し、軍事政権に対し、下野させたムスリム同胞団との和解を求めた翌日の11月15日、同胞団が、軍事政権との話し合いに応じる姿勢を、クーデター後初めて打ち出した。同胞団は、軍政との対話の条件だったモルシー復権要求を引っ込め、憲法に基づく民主的な手続きの遵守だけを軍政に求めた。同胞団の姿勢緩和によって、エジプトは、今年末に憲法についての国民投票、来夏までに大統領と議会の選挙を経て、内紛を乗り越えて民主的な政権を再建する道筋が見えてきた。 (For first time since Morsi's ouster, Muslim Brotherhood calls for dialogue with army

 これまで米国の傘下で独裁と混乱が続いたエジプトが、米国の傘下を離れ、ロシア外相が訪問したとたん、安定化に向けて動き出した。パレスチナ和平も、米国が何十年も前から仲介しても全くうまくいかなかったが、フランスが仲介しにきたとたん、ネタニヤフがこれまで考えられなかった首脳の相互訪問を提案した。ロシアやフランスが、特に外交上手なわけではない。米国が下手糞すぎたのだ。米国の中枢が、自国の覇権をこっそり自滅させたい隠れ多極主義であると思われるゆえんである。日本の官僚権力(と傘下のマスコミなど)は認めたくないだろうが、これまでの米国の覇権体制下より、きたるべき多極型の世界体制の方が、世界は安定すると予測できる。 (United States eyes a Shi'ite-led West Asia

 イランが米欧から制裁を解かれると、国際的な影響力を急拡大させようとして、中東やコーカサスを不安定化させそうな懸念がある。しかし実際のところ、イランのロハニ大統領は、大きな財力と諜報力、隠密行動の軍事力によって、イラン政府より強い外交力を持つ「革命防衛隊」(事実上の軍部)の影響力を削ごうとしている。防衛隊はイランの石油、貿易、通信などの利権を持ち、傘下の企業の利益を使って国際的に軍事諜報活動を展開し、レバノンのヒズボラやイラクのマリキ政権、ガザのハマスなどを動かしてきた。79年のイラン革命以来、イランの権力を握る聖職者群は国軍を有名無実化する代わりに革命防衛隊を育てた。しかし今、ハメネイ師を頂点とする聖職者群は、政府を無視して国際影響力を持つ防衛隊の力を、ロハニが削ぐことを許可している。防衛隊は当初、ロハニの当選に反対していたが、今では「軍隊としての機能に戻る」と表明している(口だけかもしれないが)。防衛隊の力が削がれることは、イランの政治の近代化や民主化を意味する。 (Iran: A changing of the Guards

 米国が覇権を後退した次の瞬間に、ロシアとフランスがさっと出てくる展開で思い出すのは、08年のリーマンショックの直後、ドルの基軸通貨制の終焉の準備として「ブレトンウッズ体制の再編」をフランスのサルコジ大統領とロシアのメドベージェフ大統領が提唱したことだ。このとき、世界的な経済政策の最高意志決定機関をG8から、中国などBRICSを加えたG20に移すことを仏露が提案し、米ブッシュ政権も了承して米国ワシントンDCで初のG20サミットが開かれた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)

 国際金融システムは米連銀の大増刷(QE)によって延命し、ドルは基軸通貨の地位を維持している。だが、QEはドルのバブルを拡大するばかりで出口がなく、このままだといずれドルは基軸通貨の地位を失う。今回は中東政治で露仏が連携したが、いずれまた通貨の多極化で露仏が提唱する日がくるかもしれない。



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