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スコットランド独立投票の意味

2014年9月17日   田中 宇

 9月18日に英国スコットランドで行われる、英連合王国からの分離独立を問う住民投票は、最近まで、英国に残りたい独立反対派が楽勝すると予測されていた。しかし、投票2週間前の9月2日に発表された世論調査で、独立支持が1カ月半に18ポイントも増えて47%に達し、独立反対の53%と拮抗していることが判明し、英政界やマスコミは急にパニック状態になった。 (Scots to vote for independence as no vote collapses?) (UK In "Full Panic Mode", Rains Brimstone, Bribes On Scotland As "Yes" To Independence Poll Crosses 50%

 スコットランドの分離独立運動の背景にはEUの統合がある。EUはドイツ(独仏)中心の超国家体制を欧州に作ろうとしている。英国はそれとは別の、米英同盟を中心とする世界戦略を持っており、本質的にEU統合に対して脅威を感じている。英国はEUの一員だが、これはむしろEUの統合を阻止・抑止するために入っている。英国がEUを嫌うのと対照的に、スコットランドはEUを好み、EUに入ってアイルランドやノルウェーなどとの連携を強めたいと考えている。EUが政治統合を進めると、EU内の諸国の国家主権がEUに移り、スコットランドが英国に属したり、カタロニアがスペインに属していることの利益が減り、EU中で分離独立運動がさかんになる。スコットランドの住民投票は、こうしたEUの長期の流れの皮切りである。 (スコットランド独立めぐる駆け引き

 マスコミはどこの国でも中立を装っているが、本質的にどこでも「国家」の味方である。特に01年の911後、米国のマスコミが米政府の戦略を宣伝するプロパガンダ機関の色彩を強めて以来、多くの先進国のマスコミが同様の傾向になっている。英国も例外でない。むしろ英国は、事実や中立性を報じるふりをして隠然と国家のためのプロパガンダ機関として機能するマスコミを、100年以上前に世界で最初に確立した伝統を持つ。当然ながら、英国のマスコミは全体として、スコットランドの独立を食い止める方向の報道を強めた。 (This is a very bad time to break up Britain) (Scottish independence campaigner claims MI5 is leading dirty tricks campaign

 英国の政府やマスコミは、いくつもの方面からスコットランド独立の不利益を説き、独立するなと圧力をかけている。その一つは通貨だ。英国は、スコットランドが独立しても英通貨のポンドを使うことを許さない(通貨同盟を結ぶことを拒否する)と表明している。スコットランドは英ポンドを非公式に使い続けることはできるが、公式通貨でない以上、スコットランドは独立しても独自通貨を持てず、中央銀行もなく、独自通貨からユーロへの切り替えが前提であるユーロに加盟できない。 (Scotland Independence Risk Sees British Pound Dive

 英ポンドは、英国の国際政治力に支えられて為替市場で強い。スコットランドが独立してポンドを使わなくなると、ポンド高の恩恵を受けられなくなり、経済難になるぞという報道も出ている。対抗してスコットランド側は、英ポンドを使わせないなら、独立後に英国の財政赤字をまったく引き受けないぞと反論している。両者の経済関係の先行きが不透明なので、スコットランドでは最近、企業間の契約の条項の中に、住民投票で独立が決まったら契約を見直せるという一項を入れることが多いという。 (George Soros Warns "This Is The Worst Possible Time" For Scottish Independence) (Scots warn London over currency union) (Billions Withdrawn From Scotland's Banks Ahead Of Independence Vote

 1727年からスコにいたロイヤル・スコットランド銀行や、ロイズ銀行といった、スコットランドに本社を置いている銀行は、住民投票で独立派が勝つならイングランドへの移転を検討すると発表した。投票を前に、スコットランドの預金者が、預金をイングランドに移す流れが起きており、独立派が勝って銀行で取り付け騒ぎが起きることを懸念して、スコ当局は大量の紙幣をイングランドから運び込んでいるという。 (RBS will leave Scotland if voters back independence) (Millions of banknotes sent to Scotland in case Yes vote sparks run on ATMs

 独立派は、独立すれば北海油田の産油収入をスコットランドのものにできるので、それで豊かな国になれると言っている。英国側は、油田の権利をぜんぶやるわけにはいかないとか、北海油田の枯渇を止める技術は英国にしかないぞなどと言っている。 (Scottish Independence Camps Battle Over North Sea Oil

 英国が持つ唯一の核兵器であるトライデントミサイルを乗せた潜水艦の基地がスコットランドのファスレーンにあり、独立派が勝つとこの件も問題になる。スコットランドは非核化を希望しており、英国に核兵器の引き取りを求めるだろう。英国自身も核保有を望んでいないので、スコ独立後の核兵器の置き場がないことを理由に、核兵器を米国に返して非核化しようとするだろう。 (Scottish 'yes' vote 'will force Britain to abandon nuclear weapons') (日本の核武装と世界の多極化

 全体として、スコットランドが独立したら、スコ自身も英国も10年以上、先行き不透明な状態に陥り、経済難や国力低下が必至だから独立すべきでない、というのが英国側の主張だ。しかし人間は、脅されるほど、その脅威に屈せず独立したいと思う傾向を強める。英国側からの脅しは逆効果になっている。スコットランド人は「EU傘下で独立国を持つ」という選択肢を得てしまったので、今回の住民投票がぎりぎりで否決されても、自分たちの国を持ちたいという政治的要求がずっと残り、長く独立運動が続くだろう。 (Something incredible is happening in Scotland. And if the result is a yes vote the shock to the UK will be extreme) (Scots warned over decade of doubt) (What do we threaten the Scots with next? Exploding haggises?

(スコットランドでは、独立の夢が熱っぽく語られており、独立せず英国の残った方が良いと理性的に言い返しても弱い。独立反対の人々は自分の意見を言いたがらず、静かに投票しようとしている。独立反対派は静かに存在している。声の大きさで見ると独立派が多いが、実際の投票でどうなるかわからない) (Vibrant nationalism fights shy unionism in Scotland

 今回の住民投票に際しては、9月2日に世論調査で独立派が反対派と拮抗するまで伸びてきたと発表されるまで、英国の政府もマスコミも、独立派が勝つわけがないと高をくくっていたと、あちこちで報じられている。 (In "Full Panic Mode", Rains Brimstone, Bribes On Scotland As "Yes" To Independence Poll Crosses 50%) (The Black Swan Of Scotland) (This is a very bad time to break up Britain

 しかしさかのぼって考えると、2カ月前の7月初めの時点で、すでに「住民投票は投票日が近づくと有権者の判断が保守的(スコ独立への躊躇が増す)になるものだが、今回は独立支持が減っていない。スコ人の意志はかなり強い」「(英国側の)独立反対の宣伝は、スコ人を威圧するネガティブなことばかり言ったので失敗している」「スコ人の多くは労働党支持なので、保守党のキャメロン政権に説得されても信じない」といった当を得た指摘が、英マスコミのFT紙に出ている。 (A British identity crisis has hobbled the No campaign

 FTは、もっと前の今年4月にも「独立反対派は、スコ人の心に訴える宣伝ができていない。独立賛成が増えて当然だ」「多くの人はまだ、スコットランドが英国から分離することの意味の深さを把握していない」と書いている。これらのまっとうな指摘から考えて、英国の政府やマスコミが、投票日の2週間前まで独立反対派が勝つと思い込んでいたというのは全くの茶番である。 (Salmond has put Britain on the low road to break-up

 スコットランドは英国の人口の8%を占めるだけだが、その307年ぶりの独立は、英国に10年以上の混乱をもたらす。9月18日の投票で独立が否定されても独立運動は根強く続き、数年内に再び投票を行う気運が強まる。いったん独立の夢を持った人々は容易に引き下がらない。今後の10年は、EUが政治統合を強める一方で、英国の同盟相手である米国の世界関与が低下し、中露などBRICSがさらに台頭する可能性が強い。そんな覇権転換の重要な時期に、英国がスコットランドとの内紛に陥り、国力が低下して国際政治力を十分に発揮できないことは、既存の米英覇権(米欧日の影響力)のさらなる低下と、多極化に拍車をかける。 (Should Scotland Secede from the United Kingdom?

 国際政治(世界運営)の分野で、米国は911以来常軌を逸している。独仏はEUを政治統合して米国覇権の傘下から抜け出そうとしている。日本はずっといないふりだ。英国は、米国主導の世界体制を維持する政治力を発揮できる唯一の国だ。今後の10年間に英国が混乱したままだと、多極化をきちんと食い止める勢力がいなくなる。BRICSの力が強くなると、国連安の保理常任理事国には英仏独の代わりにEUが入り、インドやブラジル、南アなども入れてBRICS+EU+米国の態勢に移行するだろう。英国は安保理から外される。 (スコットランド独立で英国解体?

 このようにスコットランド独立投票は、英国と世界にとって非常に重要な問題だ(1980年代にケベック州で行われたカナダからの分離独立を問う住民投票と比較して論じる向きがあるが、カナダは覇権国でなく、世界的な意味はスコ独立投票よりずっと小さい)。最近まで事実上の覇権国だった英国では、外交官や政治家の質が(日本など非覇権国の同業者に比べて)高い。それなのに、英政府は投票の2週間前まで初歩的な誤算をしていた。これは「過失」というより「未必の故意」もしくは「意図的な失敗」の領域である。 (Is Scotland Big Enough To Go It Alone?

 英国では昔から、自国の覇権を維持したい勢力と、自滅させたい勢力が暗闘してきた観がある。覇権を維持しようとする勢力はナショナリズム(もしくは帝国主義)に立脚しており、覇権を自滅(英以外の新興国に移転)させようとする勢力は世界経済の発展願望(国際資本家の目標。覇権ころがし)に立脚している。これは「資本と帝国の対立」である。欧州で2度の大戦が起こり、英国が新興国ドイツに負けて覇権を奪われそうになったが米国を引っぱり込んで勝利した歴史は、両派の暗闘の結果、英覇権維持派が米国に覇権を移譲する条件で辛勝したことを示している。 (資本の論理と帝国の論理

 スコットランド独立投票に際し、英政府が未必の故意的に大誤算していたことは、英国を自滅させようとする資本の論理の勢力の策略だった可能性がある。スコ人の多くは労働党支持で、もしスコが独立すると、英議会における労働党の議席が40減ってしまう。保守党は1議席しか減らない。18日の投票で独立派が勝っても、今の与党の保守党の中に「労働党が弱くなるのだから良いじゃないか」という声が出てくるかもしれない。こうした視野の狭い考え方も、英国の自滅につながる。 (What happens after a Yes vote will shock the Scots

 英国ではスコットランド独立投票の後、EUから脱退すべきかどうかを問う国民投票を2017年までに行う予定になっている。スコ独立と英EU脱退の投票は、英国がEUとの関係性を問う意味で一対のものだ。EUが好きなスコットランドが独立して英国から抜けることが決まった場合、残った英国が今よりさらにEUが嫌いになり、国民投票でEU脱退派が勝つ可能性が強まる。6月の世論調査では、EU離脱支持が47%、EU残留支持が39%で、離脱派がしだいに増えている。 (Britons increasingly support EU exit: Poll) (British Pound Collapses To 10-Month Lows

 英国から見ると、EUとは、ドイツが欧州大陸を支配する体制であり「ドイツ帝国」の生まれ変わりだ。EUでは今後、統合が進み、政治統合に参加しない国(外交軍事、財政など主要な国家主権をEUに移譲しない国)、ユーロを使わない国(経済政策をEUに移譲しない国)の発言力がしだいに低下する。政治統合やユーロに参加することは、ドイツ帝国の傘下に入ることを意味する。ドイツの傘下に入ることは英国にとって、苦労して2度の大戦に勝った甲斐がなくなる。今後はドイツの覇権がしだいに顕在化し、英国がEU内にとどまってEU統合を抑止するスパイ戦略も効かなくなる。英国はEUから出ていくしかない。英国がEUから出ていこうとする限り、スコットランドは英国から出てEUに入りたがる。 (What do we threaten the Scots with next? Exploding haggises?

 スコットランドの独立投票を機に、スペインのカタロニアや北イタリアなども分離独立を問う住民投票をやりたいと言いだしている。EUは大混乱になると報じられている。しかしEUという超国家組織が確立すると、スペインやイタリアといった既存の国家は、主権の多くをEUに吸い取られ、国家の体制は「中二階」となり、重要性が低下する。国家が人類にとって最重要で至高な組織であるという、近現代世界の基礎にあった「国民国家システム」は、欧州において終わりになる。 (Scottish separatism fuels movements in Spain and Italy

 覇権国だった英国が創設を企図した国民国家システムは、横並びの均衡戦略であり、全ての国民国家が英仏程度の大きさに収斂することを目指していた。だからカタロニアだけで独立するのでなく、スペインの規模の大きさの国にまとめることが望ましかった。そんな国家規模均一化の仕掛けは、EUが確立すると不必要になる。EUの確立を前提とすると、カタロニアやチロルの独立は、それほど大したことでない。EUの創設にともなう必然的な動きの一つであり、EUを短期的に混乱させるが、長期的なEUの安定に必要な動きだ。 (Europe goes back to the Middle Ages: Map shows how patchwork continent would look if every separatist movement got their wish

 EU以外の世界は、まだ国民国家体制下にあるので、地域の分離独立がなかなか起こらない。たとえば日本では、ヤマト(本土)がいくら沖縄に米軍基地の押しつけと放置というひどいことを延々とやっても、沖縄の多くの人々がヤマトからの分離独立を求めたりしない。歴史的に見て、沖縄は日本から独立する選択肢があるが、現時点で沖縄独立は現実論になっていない。対照的に、EUにおける地域の独立は、さして大変なことでないので、いくつもの場所で独立を求める百万人集会が開かれたりする。

 とはいえ長期的(数十年内?)に見ると、いずれEU型の超国家化が世界的に広がるかもしれず、その場合、日本は中国の傘下に入らされる。そうなると、スコットランドが英国からEUに移るように、いずれ沖縄が日本領から「両属」または中国傘下に移る(戻る)可能性も出てくる。



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