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中国の米国債ドル離れの行方

2014年12月10日   田中 宇

 12月9日、中国の株価が暴落した。上海市場の平均株価は5・4%下落し、5年ぶりの大きな下げ幅だった。債券や人民元の相場も急落した。中国経済崩壊必至論を多くの人が軽信させられている(中国に勝ちたいのでなく嫌いたいだけの)日本では、やっぱり中国経済は崩壊するんだと感じた人が多いかもしれない。しかし実のところ、この暴落は中国当局が意図的に誘発したものだ。 (China's Great Muppet Caper) (PBOC Tries To Pop Equity Bubble, Tightens FX & Slashes Collateral/Margin Availability; Yuan Crashes Most Since 2008

 中国経済は今年10月に成長が鈍化したため、中国人民銀行が11月21日に2年ぶりの利下げを行った。しかし利下げによって、それまでバブルを恐れる当局によって引き締められていた金融市場がゆるみ出し、投機的な資金調達が増加し、金融が緩和局面に転じたと考える投資家が株式市場に殺到し、11月21日から株が急上昇した。暴落前日の12月8日には、平均株価が1日で2%高騰し、上昇しすぎだとか、いずれバブル崩壊が必至だとか言われていた。 (China's growth in danger of slowing more sharply) (China Growth Seen Slowing Sharply Over Decade) (Fear Of "Surge In Debt Defaults, Business Failures And Job Losses" Means Many More Chinese Rate Cuts

 利下げによって発生した株式や債券の市場の過熱を止めるため、中国当局は12月8日、金融機関が短期の資金調達に使うレポ市場で担保として使える債券の規制を強化し、トリプルAとダブルAの債券しか担保に使えないとする新規制を即日実施した。それまで格付けの低い債券を担保に資金調達して投機をしていた投資家は資金に詰まった。債券市場は急落し、翌日の午後に株価が暴落した。中国当局は、利下げによって引き起こされた株や債券のバブル化を防ぐという目的を達成しつつある。 (China bond yields spike after corporate debt market crackdown) (China Crashes: Shanghai Composite Plunges 5.4% Amid Record Trading, Biggest Tumble Since 2009) (上海総合指数(SSEC)日足チャート

 中国は、世界経済の減速を受けて輸出がかげり、経済成長が鈍化しそうなので利下げしたとたん、株や債券が急騰し、再び金融を引き締めせざるを得なくなった。中国当局は、経済の減速と、投機熱の抑制との間で板挟みになっている。その意味で中国経済は難局にある。 (China trade data well below expectations) (China stocks dash towards bubble territory

 しかし中国は、引き締めや緩和を行う経済的な余地を持っているだけ、日本や米国より恵まれている。日米は、金融緩和策(QE)による金あまり現象の誘発によって金融市場を意図的にバブル化することで、債券市場の崩壊を防ぎ、経済を見かけだけ良くみせる策を続けざるを得ない(経済だけ見ると日本はQEをやらない方が良いが、政治的に対米従属なので、ドルや米国債を救うQEを米連銀に代わってやっている)。中国は、緩和と引き締めの両方をやれる余地を持っているが、日米は引き締めをやれず、緩和を続けるしかない。日米は、引き締めをやると債券市場が崩壊(金利高騰)しかねない。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (崩れゆく日本経済

 中国の株が暴落した日、ギリシャでも株や債券が暴落した。ブラジルや東欧でも経済成長が鈍化し、新興市場の高成長期が終わったとする記事も出ている。日銀の緩和策とEUの成長鈍化でドル高が維持されている。新興市場諸国の通貨の対ドル為替が下落し、ドル建てで資金調達していた新興市場の企業が金融危機に陥ると、BIS(中央銀行界の中央銀行)が警告している。新興市場に対する懸念が広がるなか、資金逃避先として米国債が買われ、米国債の金利がさらに低下しそう(米国債の価値がさらに上がりそう)だと予測されている。これらの傾向を見ると、当面はドルも米国債も安泰と考えられる。 (Emerging markets enter slow growth era) (Surging US dollar threatens emerging markets' carry trades) (Bank for International Settlements sounds alarm over dollar) (Do Not Underestimate How Low Treasury Yields Can Fall

 しかし中長期的に見ると、ドルや米国債の見通しは非常に暗い。その大きな理由は、これまで決済や外貨備蓄用にドルや米国債を積極的に保有してきた中国を筆頭とする新興市場諸国が、ドルや米国債に対する需要を低下する傾向にあるからだ。中国は世界最大の米国債保有国で、4兆ドルの外貨準備の大半を米国債で保有してきた。中国などの新興市場が米国債を買ってくれるので、米政府は安心して財政赤字を増やせた。

 しかし中国政府は今年10月、巨額の外貨準備を米国債投資に回さず、国内経済を発展させるための投資や、アジアを中心とする発展途上諸国のインフラ整備に投資に回すことに転換する新政策を発表した。中国は近年、ロシアや中央アジア、西アジア、東南アジアなどの地域と自国をつなぐ、陸と海の「シルクロード」に沿って高速鉄道や高速道路、港湾、パイプラインなどのインフラを整備する構想を進めている。中国の新政策は、外貨準備を米国債でなく、国内やシルクロードのインフラ整備に投資するものだ。 (China: Turning away from the dollar

 外貨準備の源泉は貿易黒字だが、最近の中国は中産階級が増えて消費が旺盛になり、輸入が増えて貿易黒字が減っている。外貨準備をシルクロードへの投資に回すと、中国は米国債を買わなくなる。中国が米国債を売ると相場を急落させるので売れないはずだという見方もあるが、米国では連銀や金融界が米国債を買い支えるQE以来の仕掛けが続いており、中国がこっそり売っている限り、米金融界が買ってくれるので米国債は急落しない。中国は貿易決済をドルから人民元に代えており、その点でも中国はドルや米国債から離れつつある。

 中国はシルクロード投資を、今年新設した国際金融機関であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)を通じて行う。同種の既存の国際金融機関としてアジア開発銀行(ADB)がある。ADBは日米主導で、AIIBは中国主導だ。日米は、対米従属系の豪州や韓国にも圧力をかけ、日米韓豪がAIIBに不参加だ。しかし、米国の外交戦略を立案する奥の院である外交問題評議会(CFR)の日本支部ともいうべき船橋洋一(元朝日新聞)は最近、FT紙に「日米はAIIBや中国を敵視せず、AIIBとADBが協調してアジアの開発に投資すべきだ」と主張する論文を掲載した。CFRが、ほぼ唯一の日本人メンバーである船橋にこの論文を書かせた点が重要だ。このままだと、中国が開発投資の急増を通じてアジアへの影響力を日米から奪うという、すでに起きている流れが強まるばかりだ。 (A futile boycott of China's bank will not push Xi out of his back yard Yoichi Funabashi

 外貨準備として米国債を持つ国々は、米国債の金利が上がり、金利収入が増えることを望んでいる。しかし米国債の金利が上がると、財政難の米政府は利払いできず財政破綻に瀕するし、ジャンク債までのすべての債券の金利が上昇(債券価格が下落)して金融危機になりかねない。だから米連銀がQEでドルを過剰発行して米国債を買い支え、金利を永久に低く誘導し続けねばならない。世界の諸国は、米国債を保有する利点を感じられず、QEによる過剰発行によってドルの魅力も低下している。 (What a Reserve Currency Should Look Like

 中国が米国の覇権を衰退させるのは中長期的な動きだ。もっと短期的な動きとして最近勃興しているのは、原油安で米国のシェールの石油ガス開発業界の中で経営難が広がり、石油ガス業界が発行したジャンク債が破綻し、それが米金融界の危機に発展する可能性だ。米国債の利回りが下落傾向なのと対照的に、ジャンク債はシェール業界を皮切りに利回りが上昇し、優良格(米国債)とジャンク格との利回り差(リスクプレミアム)が急速に広がっている。リスクプレミアムの急拡大は、リーマン危機の前兆として起きた07年のサブプライム住宅ローン債券危機の直前にも発生している。 (High-Yield Credit Crash Accelerates) (Oil and Gas Bloodbath Spreads to Junk Bonds, Leveraged Loans. Defaults Next

 米国の「シェール革命」は、最初から金融バブルの再膨張策として企画されていた観がある。米政府は昨年、米国のシェールガスが少なくとも30年間は採算的に採掘可能だとする報告書を発表し、それをもとに「シェール革命により米国は今後百年間、石油ガスの輸出国になる。さよならサウジ」といった標語が喧伝された。しかし米政府の調査は石油ガス業界と金融界の肝いりで、埋蔵量が比較的大きいガス井だけを集めて集計した調査だった。シェールの石油ガスは、一つの地域(プレイ)の中に無数の採掘井を掘って開発するもので、多くの石油ガス井は数年で枯渇する。採掘可能期間が長い井戸だけを集めた米政府の調査に疑問を持ったテキサス大学が調査対象を広げて再調査したところ、米国の主なシェールガス田は平均して開発開始から10年後が採掘量のピークで、その後は急速に枯渇に向かうことが判明した。テキサス大学の調査は、権威ある科学雑誌ネイチャーに掲載されている。 (New Study Claims US Shale Gas Quantities Grossly Exaggerated

 シェール革命は、採算性が誇張されていただけでなく、金融界の入れ知恵でシェール業界が発行した債券の多くも、担保が通常より少ない「コブライト」型で、信用力が誇張されている。最近の数か月間に発行されたシェール業界の債券は、以前よりさらに担保が薄くなっている。コブライトの債券は高リスクだが利回りも高く、米連銀のQEでゼロ金利が続く中、リスクより利回りを優先する投資家に良く売れてきた。コブライト債券は担保が少ないので、今後シェール業界の債券が破綻し始めると、破綻が急速に連鎖拡大する。コブライトの債券は、サブプライム危機の発生前に米国でさかんに発行され、危機発生とともに連鎖破綻し、危機が悪化してリーマンショックに発展する元凶になった。リーマン後に発行されているのは「改良型」であり、以前のコブライトと異なると金融界は説明しているが、今回のネズミ講は前回と違いまっせと言っているにすぎない感じだ。 (Oil fall exposes `cov-lite' energy bonds

 世界的な原油安が始まってから、米国のシェール油田を代表するノースダコタ州バッケンとテキサス州イーグルフォードという2つの油田地帯では、新たな油井の採掘申請が3割減った。サウジアラビアが主導する原油安は今後さらに進みそうで、シェール業界が経営難に陥り、債券が破綻する可能性が強まっている。米国のシェール油田の経営者たちは「これはサウジからの宣戦布告だ」と言っているという。「さよならサウジ」などと豪語したので反撃されている。 (US shale industry faces endurance test after Opec rejects cuts

 シェール業界は、株価が5月の高値から55%も下がった。経営者たちは、債券を発行できる間に資金調達して自社株を買い、株価の下落を防ごうとしている。金融の錬金術を使ってシェールのネズミ講を維持しようとしているが、まだまだ続く原油安とどこまで戦えるのか疑問だ。サウジ主導の原油安には、プーチンのロシアも賛成している。米国を金融崩壊させて覇権を潰したいプーチンは、シェール業界から債券破綻が広がることを願っている。採算性や資金調達(コブライト)の面で目いっぱい誇張してバブル的なシェール業界の脆弱性は、プーチンにとって飛んで火に入る夏の虫だ。プーチンは、来年半ばまでに勝負をつけて米国のシェール業界を潰し、再び原油を80ドル以上に戻せると言っている。 (Energy Insiders See `Fire Sale,' Buy Most Shares Since 2012

 米連銀は、シェール債券の危険性について無視している。日本でも原油安が景気回復につながるとして歓迎されているが、その考えはシェールの債券危機に気づいておらず浅薄だ。シェールから債券危機が始まったら、米連銀は10月にやめたQEを再開せざるを得なくなるかもしれない。連銀は必ずやQEを再開すると言っている米分析者は何人かいる。QEの再開は短期的に米金融界を救済するが、中長期的には米連銀の勘定を肥大化させて弱体化し、米国覇権の衰退を早める。米国が債券危機を再発したら、中国など新興市場諸国のドル離れも加速するだろう。 (The Fed Is Ignoring The Shale Bubble In Plain Sight) (Global Deflationary Implosion Will Start Money Printing



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