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米サウジ戦争としての原油安の長期化

2015年5月19日   田中 宇

 5月13日、先進諸国でつくる「国際エネルギー機関(IEA)」が、サウジアラビアがOPEC(石油輸出国機構)を率いて大増産し、米国のシェール石油(タイト石油)の産業を潰そうとしていることについて、この戦いは始まったばかりであり、最近起きている原油相場の上昇は一時的なものにすぎないとの予測を月次報告書(Oil Market Report)で発表した。昨年からの原油安が、サウジによる米シェール潰しの策なのだとIEAが認知した点が目新しい。 (Oil glut worsens as OPEC market-share battle just beginning - IEA) (IEA Oil Market Report

 昨秋来のサウジなどによる大増産で、原油相場は今年初めにかけて、昨夏の高値の半値の1バレル45ドル前後まで落ち、米シェール産業は減益や油井の閉鎖、従業員解雇などの窮地に立たされた。しかし原油相場はその後、シェール産業が利益を出せる1バレル60ドル台まで再上昇し、同業界は一息ついている。 (Battle for oil market has only just started, says energy watchdog

 シェールの石油とガスは、化学薬品を含んだ水を、地下の地層に水平に注入し、その圧力で採掘するが、注入物に砂を混ぜることで増産を可能にするなどの新技術が開発され、以前よりシェール採掘の損益分岐点となる原油価格が下がっているという。シェール産業は延命する力をつけている(後述するように、延命のカギは技術力よりも金融力であり、技術力を強調するNYタイムスの記事は、まさにNYタイムスがやりそうなマスゴミ的な目くらましだと私は考えている)。 (Drillers Answer Low Oil Prices With Cost-Saving Innovations) (This May Just Be The Start Of The Oil Price War Says IEA

 サウジは、米シェール産業を潰そうとする姿勢を続けている。サウジは中国などアジア向けにさかんに安値で原油を輸出しており、4月の月間産油量が過去最大となった。サウジは、先月からのイエメン侵攻で軍事費が急増し、増産しているのに原油安なので石油収入で出費増をまかないきれず、外貨準備を取り崩している。サウジは、かなり困窮しながらも根強く原油安戦略を続けている。シェール潰しの努力を是が非でも続けねばならないとの意志が感じられる。 (Saudi Arabia burns through foreign reserves) (Saudi oil exports soar

 OPECは、5月12日に発表した報告書の中で、米シェール産業の拡大を阻むサウジ主導のOPECの策は成功していると自画自賛している。OPECは、2025年の原油相場は1バレル40ドルかもしれず、1バレル100ドルに戻ることは、少なくともあと10年間起こらないとも言っている。石油先物相場で儲けている米金融界の人々も、今の原油上昇は短命に終わると予測している。 (OPEC says you can forget about $100 oil for at least the next 10 years) (Hedge Funds Lose Faith in Oil Rally as OPEC Seen Boosting Supply) (Hoping for an OPEC supply cut? Forget it

 原油相場は昨年7月に1バレル115ドルの高値をつけた後、9月から下落傾向が顕著になった。原油安は当初、世界的な景気悪化の影響とされたが、原油安が続いてもサウジが減産せず、むしろ増産しているので、その理由が世界的に勘ぐられた。サウジが米国から頼まれ、原油産出コストが高いイランやロシアといった米国の敵を困らせるために増産し、原油安に導いているといった見方が、当時から最近まで根強く報じられてきた。 (◆サウジアラビア原油安の陰謀

 11月末のOPECの会議で、サウジのナイミ石油相が、米国のシェール石油の隆盛と戦わねばならない、と提案して多数の賛同を受け、増産して原油安に拍車をかけることがOPECの正式な戦略になった。 (Al-Naimi: OPEC `must combat US shale boom'

 この戦略の目的は、サウジのナイミが語ったとおり、米国内で石油を増産し、シェール石油採掘の技術を輸出して世界的に非OPECの産油量を増やそうと画策する米シェール産業を潰すことだった。しかし、年末年始にロシアで(米投機筋によって)金融危機が起こされたこともあり、OPEC会議後も、内外のマスコミや「専門家」の中には「米国とサウジが結託して原油を増産し、イランやロシアを潰そうとしている」などと「解説」のふりをしたプロパガンダをまき散らす者がけっこういた。 (◆米シェール革命を潰すOPECサウジ) (◆ロシアが意図的にデフォルトする?

 最近、サウジの匿名の高官がFTに対し「ここ数カ月間、原油相場を引き下げたせいで、米シェール産業やブラジルの海底油田など、高コストの産油事業に対し、投資家が資金を出さなくなっている。(サウジの原油安誘導の)戦略は成功している」と語っている。米シェール産業と並列されている「ブラジルの海底油田」は、米国との正面衝突を避けるための外交的配慮から言及されたものだろう(サウジが、ブラジルの海底油田ごときを標的に、何カ月も無理をして大増産するとは考えにくい)。サウジが米シェール産業を敵視していることは事実と考えるべきだ。 (Saudi claims oil price strategy success

(私がよく参考にする金融分析サイトのゼロヘッジは、サウジが米国の傀儡だという見方に固執し、サウジの原油安戦略の目的が、米シェール産業を潰すためだというFTの記事について、目くらましが目的のウソだと書いている。サウジよりもはるかに確固たる対米従属の国家戦略を持つ日本に住んでいる私は、サウジの対米戦略はゆれており、サウジが米シェール産業から受ける脅威をいやがって原油安戦略をやることが十分にあり得ると考えている。ゼロヘッジは、日銀のQEの危険性を早くから指摘してきたが、その一方で、日本が官僚独裁維持のため徹頭徹尾の対米従属だということに気づいていない) (Saudis Declare Victory Over Shale Just As US Oil Production Jumps, Bakken Wells Hit Record

 昨年末の金融危機のさなか、ロシアのプーチン大統領は、ロシアの経済難は最長でも2年だとの予測を国民に向かって発した。原油安は最長で2年続くという意味にとれる。サウジが米シェール産業に原油安の戦いを挑んで8か月ほど過ぎたが、戦いが2年間だとすると、まだ1年以上続くことになる。 (◆原油安で勃発した金融世界大戦) (Putin Defiant, Lashes Out At West, Tells Russians Economy May Stay Weak For Two Years

 先進諸国は、今回のIEA報告書を通じ、サウジが米シェール産業を潰そうとしていることが今の原油安の背景だと、正式に認めた。なぜサウジはシェール産業を目の敵にするのか。よく言われるのは「サウジが支配しているOPECの世界の産油市場におけるシェアが低下しているので、シェア低下の最大要因であるシェール産業の油井が米国内外が急増する前に、シェール革命を潰さねばならないから」という解説だ。たしかに、世界におけるOPECのシェアは、最盛時の50%超から、今の32%へと落ちている。 (OPEC Forecasts Oil As Low As $40 For Next Decade

 しかし、米国がサウジの友好国であるなら、サウジ(OPEC)と米国勢が談合し、共存共栄が可能な原油相場の水準を決め、それを維持していくことができたはずだ。談合でなく原油安の戦争になったのは、サウジが米国勢との談合を不可能と考えざるを得ない状況があったからだろう。 (Saudi Arabia continues oil market war

 米国では、シェール革命が喧伝され始めた2011年以来「シェール石油ガスの採掘を、米国だけでなく同盟諸国に広げることにより、米国と同盟諸国は、サウジなど、テロリストだらけのイスラム世界から石油ガスを輸入する必要がなくなり、サウジやイスラム世界と縁を切り、サウジを政権崩壊や弱体化に持ち込んで、テロ戦争を最終的に解決できる」といったような言説が、右派からたくさん出ている。こうした言説が、単なる右派の空想でなく、実際に米政府が試みてきた戦略であるとしたら、どうだろう。 (A Saudiless Arabia) (Oil at $60 or $120 Doesn't Prevent U.S. Supplanting Saudis) (Saudi oil well dries up

 サウジは以前から、米国の右派(軍産イスラエル複合体、ネオコン)から濡れ衣的に敵視され続けてきた。01年の911テロ事件では、19人の「実行犯」の大半がサウジ人とされたが、そのうちの何人かは本人(氏名と生年月日が同一の人)が当日サウジ国内にいたことが判明し、米当局も「人違い」であることを認めた(それなのに米政府は引き続き同じ19人を実行犯として名指し続けている)。サウジに、オサマ・ビンラディンの支持者や「アフガン帰り」などイスラム過激派が多かったのは事実だが、911が「サウジの犯行」であるというのは無根拠な濡れ衣だ。 (田中宇911事件関係の記事

 米国の右派は、濡れ衣に基づいて「サウジを政権転覆すべき」「サウジを数個の小国家に解体すべき」などと主張し続けている。軍人を「クーデターを起こしかねない」と考えて信用しないサウジ王室は、安全保障を米国に依存しており、米国の安保戦略を握る右派に濡れ衣をかけられていじめられても受容し、たえしのんできた。しかし、サウジが米シェール産業を潰そうとしていることは、シェールをめぐる件でサウジが米国からのいじめを容認していると本当にサウジ王政が倒されかねないという危機感を、サウジ側が抱いたことを意味している。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦

 サウジは、サウド王家による独裁国だ。国名が「サウド家のアラビア」であることが象徴するように、サウド家の政権維持が絶対の国是だ。サウド家の権力や権威は、石油収入が王室に入り、そのカネを王室が国民に分配することで維持されている。サウド家は王政維持のため、その源泉である国際石油価格を有利に推移させる必要があり、その目的でOPECがある。米国のシェール革命が進展し、米国と同盟諸国が、サウジやOPECの石油を必要としなくなると、サウジにおける王室の権威の低下を引き起こし、米右派が歓喜するサウド家の転覆につながりかねない。サウド家は、全力でそれを阻止する必要がある。 (米国を見限ったサウジアラビア

 シェールの石油ガス田の多くは、数年で枯渇する。シェール産業は、常に油井を掘り続けねばならず、巨額の投資を必要とする。低金利の金融環境と、原油価格の高止まりの両方の永続を必須とし、かなり基盤が脆弱だ。シエール革命は金融バブルの申し子だ。サウド家はおそらくこの点に着目し、サウジがOPECを率いて増産し原油相場の超安値を数カ月から2年ほど続ければシェール産業は赤字になり、投資がこなくなって潰れ、サウド家の脅威になるシェール革命も終わると考えたのだろう。これが、昨秋来のサウジ主導の原油安の本質だと私は考えている。 (シェールガスのバブル崩壊) (シェールガスの国際詐欺) (US Shale oil production may have maxed out - EIA

 米サウジ間では、サウジによる米シェール潰しに対抗するかのように、米側がサウジに脅威を与えている。その一つは、米オバマ政権が中東政治におけるサウジのライバルであるイランを制裁解除によって強化しようとする隠然策をやっていることだ。米軍顧問団がイエメンから無意味に撤退し、残置した武器が親イランのフーシ派にわたるように画策し、サウジがイエメンに侵攻せざるを得ない状況を作ったことも、米国がサウジに脅威を与えている。サウジは表向き親米の外交姿勢を保っているが、おそらくサウド家の実際の戦略は、もう米国を信用しないし頼らないようにする方向だろう。「サウジは親米の国です」と断言している中東専門家たちは、政府の宣伝を請け負っているだけだろうが、本心からそう考えているとしたら間抜けだ。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (米国依存脱却で揺れるサウジアラビア

 サウジ主導の原油安が始まった当初、数カ月後の今年の夏ごろには、ジャンク債を中心としたシェール産業の資金調達が困難になり、シェールの新規油井の採掘が急減するとか、シェール産業発行のジャンク債が債務不履行になり、金融危機の引き金を引くという予測が米国にあった。今でも「米国のシェール採掘(フラッキング)会社は昨年61社あったが、今は41社に減った。今年末までに20社になるだろう」との予測がある。今夏に全米の原油備蓄タンクがぜんぶ一杯になり、それ以降、石油がたたき売りされて相場が再急落する、との予測もある。 (Half Of US Frackers Will Be Dead By Year End, Weatherford Warns) (The U.S. Has Too Much Oil and Nowhere to Put It) (US May Run Out Of Oil Storage Space As Soon As June

 しかし、冒頭で紹介したIEAの報告書が示すところは、米シェール産業の底力が予想より強いということだ。それは技術力向上のおかげだと報じられていることもすでに書いたが、シェール産業の底力は、技術力よりも金融力だろう(シェール革命はもともと金融界の創案であり、技術力を喧伝するのは最初から目くらましの機能だった)。米金融界が、米国の債券金融再崩壊を防ぐため、シェール産業のジャンク債が破綻せず新たな起債で延命できるよう取りはからっているのが、シェールの最大の底力だろう。 (Oil markets need reform to reflect reality for producers and consumers

 原油安でシェールのジャンク債が破綻し、それが米金融界全体の再崩壊に拡大する可能性は当面、低そうだ。しかし、シェール業界は今後も薄利もしくは赤字気味の状態のままだ。その一方で、QEやゼロ金利など長期化した不健全な金融緩和策がそろそろ縮小されていくとの見通しが意図せぬ債券金利の急騰を引き起こす「金融緩和策縮小時の市場の癇癪」「テーパー・タントラム(taper tantrum)」の発生が懸念されている。最近、グリーンスパン元連銀議長が「テーパー・タントラムが起こりかねない」と発言し、関係者を驚かせている。シェール債券が米金融の再危機を起こすのでなく、他の要因から起きた再危機がシェール債券に波及し、金融からシェール産業が崩れ、サウジの勝利になる可能性はある。 (Greenspan: Get ready for another taper tantrum) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米

 先日、米ジャーナリストのセイモア・ハーシュが「2011年の米軍特殊部隊によるパキスタンでのオサマ・ビンラディン殺害は、米国がパキスタン政府に何も言わず挙行し、パキスタン政府はそこにビンラディンが住んでいることすら知らなかったことになっているが、それはウソで、実はビンラディンは、母国のサウジ王政から依頼されたパキスタン当局によって06年から幽閉されていた。パキスタンの諜報員がそれを米当局に漏らし、殺害劇になった。サウジは、ビンラディンが米国に捕まってサウジ王政に支援されていたことを自白することを恐れ、幽閉していた」という趣旨の暴露記事を書き、話題になった。 (The Killing of Osama bin Laden - Seymour M. Hersh

 米政府は当時、ビンラディンを殺害したと発表したが、その証拠となるビンラディンの遺体の写真などを全く発表していない。米政府が襲撃した先に本当にビンラディンがいたかどうか怪しい。証拠を発表していないことから考えて、米軍はあの時ビンラディンを殺していない。ハーシュの記事は、真実の暴露でなく、新たに米当局筋が漏洩したプロパガンダを記事にしただけでないか。私だけでなく、米元国務次官補のポール・クレイグロバーツも、そのように疑っている。 (Seymour Hersh Succumbs To Disinformation - Paul Craig Roberts) (ビンラディン殺害の意味

 ハーシュの記事は、サウジがパキスタンに命じ、米国に隠れてビンラディンを幽閉させていたことを書いている。これはサウジとパキスタンにとって、米国との関係を悪化させる不名誉な話だ。米当局がハーシュに情報を漏洩して記事を書かせたのは、サウジとパキスタンに新たな意地悪をして、両国を米国からますます遠ざけるためでないかと私は勘ぐっている。パキスタンには最近、中国の習近平主席が訪れ、巨額のインフラ整備事業を約束している。サウジを反米の方に、パキスタンを親中国の方に押しやる、米当局の隠れ多極主義の策略が、ハーシュの記事の騒動の裏に透けて見える。 (パキスタンを中露の方に押しやる米国



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