他の記事を読む

北朝鮮に核保有を許す米中

2016年1月11日   田中 宇

 1月6日、北朝鮮がおこなった4度目の核実験が、北の発表通り「水爆」なのか、それとも従来の実験と同様の「原爆」なのか、米国や日本のマスコミや政府筋が騒いでいる。核実験に起因するとみられる地震の規模が前回の核実験と同規模だったので、水爆でなく原爆の爆発実験だったのでないかと私は考えているが、水爆か原爆かということよりも、核実験とともに北の政府が「核廃棄には絶対に応じない。核廃棄を前提とする限り6カ国協議には出ない。わが国を核保有国と認めるなら、米国と和解したい」と言い出したことの方が重要だ。 (North Korea's Claims of Hydrogen Bomb Test Doubted) (North Korea nuclear test claim unlikely to force fresh negotiations with U.S. and allies

 北朝鮮政府は今回の核実験後、自国民に対し、核兵器保有国としての誇りを持つことを求める扇動やプロパガンダを積極的に流布している。北は以前から、自国の核実験やミサイル試射を、自国民が「防衛力の強化」「科学の振興」などと祝賀するよう仕向けている。その傾向は強まる一方だ。北の政府が国民に「核兵器保有国としての誇り」を持たせることは、北が、核兵器を破棄するつもりが全くないことを示している。北の政府が、核兵器を米中韓との交渉材料と考え、核兵器を廃棄する代わりに米国から和解を引き出そうとしているのなら、自国民に核兵器保有国としての誇りを持たせるプロパガンダをやらないだろう。金正恩は昨年から、核兵器の開発を、経済の建設と並ぶ、最重要な国家目標に掲げている。 (North Korea Uses Bomb Test to Boost Dictatorship

 米国が提起し、03年から中国に主導させてきた北核6カ国協議は、北が核の開発施設と兵器を破棄したら6カ国が協議を開始し、朝鮮戦争の終結、南北や米朝の和平条約の締結を進める筋書きだった。6カ国協議における北の核廃棄は、当初の米国が北に「まだ持っているに違いない」と濡れ衣をかけやすい厳格なやり方(米国が03年にイラクのフセイン政権を潰したやり方)から、国際的に公開されている核施設のみを凍結する北に寛容なやり方に緩和されている。だが、北に核施設と核兵器の廃棄を交渉開始の前提としている点で、6カ国協議の本質は変わっておらず「核保有国として認めない限り交渉を拒否する」と言っている北と折り合いがつかない。 (転換前夜の東アジア

 北朝鮮側は、米国と和平条約を結び、60年以上「休戦」状態のままの朝鮮戦争を正式に終わらせることを望んでいると表明している。北は中国に対し、米朝が和平条約を結べるよう仲裁してくれ、と求めている。だが同時に北は、米国(や中国)が自国を「核兵器保有国」と認めることも要求している。北は、すでに開発した核兵器を保有したまま、米国と和解することを求め、米国がこの北の要求を了承して和平条約を結ぶまで、何度でも核実験を繰り返し、核兵器開発をどんどん進めていくと言っている。 (North Korea seeks China help on treaty with U.S., or more tests - source

 かつては「バンカーバスターで北の核兵器をピンポイント攻撃すればよい」という主張も存在したが、北が核兵器をどこに隠しているか米当局も知らないので、攻撃のしようがない。「対北経済制裁の強化」も、よく日米で語られるが、日米はすでに北との経済関係をすべて絶っており、これ以上北を制裁しようがない。北の核実験を受け、米日の政府は「対北制裁の強化」を決めたが、これはまさしく「口だけ」だ。北に原油や食料を供給している中国は、北の崩壊を恐れ、経済制裁したがらない。 (China 'firmly opposes' N. Korea's claimed H-bomb test

 米国のこれまでの10年以上の対北政策が失敗していることを、すでに米政府自身が認めている。ケリー国務長官は先日、中国の王毅外相に電話して「もう米国から北朝鮮に接近してもうまくいかない」と述べ、米国の方から北に接近するのはやめたので、中国主導でやってくれという趣旨を伝えた。ケリーは、中国が北にうまく圧力をかけられないので6カ国協議が再開できないと中国を批判したが、王毅は逆に、北が核兵器開発に走ったのは強硬な姿勢をとり続けた米国のせいだとやり返した。 (US pressures China over North Korea relationship

 中国は、北が核兵器を持つことよりも、北が米韓と敵対し続けて大きな戦争を起こしてしまうことや、逆に経済難から北の政権が崩壊して何百万人も難民が中朝国境を越えて中国に流入してくることの方が大きな脅威だと考えている。中国は、北に核の兵器と施設を廃棄させることの困難性を勘案し、北がこれ以上核開発を進めないなら、すでに作った核兵器を北が保有することを容認し、その上で6カ国協議を進めたいと考えている。 (China Dismisses US Criticism, Blames Them for North Korea Troubles

 米国は、このような中国の「弱腰」の姿勢に同調することを、これまで拒否してきた。北の核保有に関し、中国は容認してもいいと考えているが、米国は絶対拒否している点が、6カ国協議が頓挫している原因の一つだ。

 その一方で、昨年末に米国が日韓に働きかけて従軍慰安婦問題を解決させ、6カ国協議の再開に必要な日韓の協調関係を米国が復活させるなど、米オバマ政権は、6カ国協議を再開させようとしているふしがある。北は、協議の再開が近いので、自らの立場を強化するため「水爆」と誇張した核実験を挙行したと考えられる。だが、北が核廃棄を拒否し、中国も北の核保有を容認したがっている中で、オバマはどうやって6カ国協議を再開するつもりなのか。シナリオが見えなければ、正しい分析を描けない。 (日韓和解なぜ今?

 そう思っていろいろ調べていくと、オバマ政権に近い筋が、すごいシナリオを描いているのを見つけた。オバマと同じ民主党の、90年代のクリントン政権の国防長官だったウィリアム・ペリーが、1月10日に米国の政治分析サイトのポリティコに掲載した「北朝鮮をどのように封じ込めるか」という論文だ。ペリーは以下のように書いている。「北はすでに核兵器を持っており、廃棄させるのは不可能だ。現実的な新たな目標は、北に核を廃棄させるのでなく、北が開発した核を封じ込めることだ。(1)北にこれ以上の核兵器を作らせない(2)これ以上高性能な核兵器を作らせない(3)核技術を他国に輸出させないという『3つのノー』を新たな目標にすべきだ。この目標は中国とも協調できる内容で、米中で6カ国協議を再開できる」 (How to Contain North Korea - By WILLIAM J. PERRY

「3つのノー」はペリー自身の発案でなく、北朝鮮を訪問して寧辺核施設などを訪問したことがある米国政府の核専門家シグフィールド・ヘッカー(Siegfried Hecker)が考えたという。ペリーは「目標を達成可能な現実的なものに転換せず放置すると、北に対抗して日韓が核武装するだろう。北から買った技術でイスラム過激派が核兵器を作り、米国で爆発させかねない」とも書いている。 (How should the world respond to North Korea's bombshell claim?

 ペリーのこの案には、たぶん北朝鮮も中国も了承できる。オバマ政権がペリーの案を正式な戦略にすると、6カ国協議が再開され、北朝鮮が3つのノーを受け入れ、約束の履行を確認できる検証機構を北の核施設に設けるだけで、北の核問題が解決される。順調に進めば、来年初めのオバマ政権の任期末までに、核問題の解決と、南北の和解、米朝の和解、南北和解に不可欠な在韓米軍の撤退構想にまで進むことが可能だ。

 共和党が多数派の米議会の両院は、北朝鮮との和平条約の批准を拒否し、在韓米軍の撤退も拒みそうだ。在韓米軍の撤退は、韓国が米国に正式に要請すれば、米議会も進めざるを得ない。だが、韓国は対米従属派が強く、これまで米国から求められても、有事の指揮権を米軍から韓国軍に委譲することすら何度も延期してきた。韓国がすんなり在韓米軍の撤退を認めるかどうか疑問だ。在韓米軍が撤退しないと、南北の和解が進まない。これらの問題があるものの、6カ国協議の目標を、従来の「北の不可逆的な核廃絶」から「3つのノー」へと縮小することで、目標の達成を阻止している悪者が、北朝鮮から、米国(米議会)や韓国へと転換してしまう。

 オバマは昨年、イランにかけた核開発の濡れ衣を解くイランとの協約を締結した際、米議会の批准が必要な条約でなく、批准が要らない合意文の形式をとった。北朝鮮に関しても、同様の法的な抜け道がたどられることが予測される。

 3つのノー方式を見た後で、北の今回の核実験について再考すると、もしかすると北は、米中が3つのノーを提案してくることを見越し、水爆実験までやってしまったと言い張ることで「(2)これ以上高性能な核兵器を作らせない」に絡んで「水爆も、すでにわが国が持っている技術なので、今後禁止される技術に入らない」と主張できるようにしたとも考えられる。

 3つのノーを提案したペリーは、日本の安倍政権が自衛隊の海外派兵を拡大する有事立法を進めていることに関して、核武装によって強まった北朝鮮の脅威に対抗できる軍事力を日本がつけることを歓迎すると言っている。慰安婦問題の解決を皮切りに交渉が再開されている日韓の軍事協調も、北朝鮮の脅威に対抗するのが目的(口実)だが、これらはすべて、6カ国協議が達成された後の在韓(在日?)米軍の撤収を容易にするという効果(隠れた真の目的)がある。北の核が容認されるなら対抗して日本も核兵器を持とう、という話になったとたん、米国では「日本が核を持つなら在日米軍は要らないね」と言い出すだろう。 (Perry: More cooperation in interests of security

 オバマ政権がペリー案を正式採用する(した)のか、まだ明確でない。ペリー案が採用されたとしても、米国の軍産や、日韓の対米従属派からの妨害もありうる。しかし、事態が急展開しそうな感じだけは、どんどん強まっている。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ