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英離脱で走り出すEU軍事統合

2016年7月20日   田中 宇

 英国が国民投票でEUからの離脱を決めた3日後の週明けの6月27日、EU各国では、右派や左派の政党が、英国と同様の国民投票をやってEUから離脱しようと相次いで提案し、EUは解体が不可避だという予測が語られていた。私もその手の記事を書き、トルコのエルドアン大統領がEUに見切りをつけてロシアとの和解に踏み切ったりした。 (英国が火をつけた「欧米の春」) (英国の投票とEUの解体) (欧米からロシアに寝返るトルコ

 だがこの日、私も最近まで気づかなかったのだが、EUの上層部は、EU解体と正反対に、それまで英国に邪魔されて進められなかった「軍事統合」を一気に進める計画を、マスコミにリークし始めていた。EUのモゲリーニ外相(外務安保上級代表)が中心になって立案してきたEUの新たな世界戦略(EU Global Strategy on Foreign and Security Policy - Shared Vision, Common Action:A Stronger Europe)が完成し、6月28日のEUサミットで各国首脳に正式提案された。 (A Global Strategy for the European Union) (EU Pushes Broader Security, Defense Cooperation After U.K. Vote

 EUが世界戦略を作るのは03年以来13年ぶりだ。前回の世界戦略の当時は冷戦後の安定が続いていた時で、楽観的な内容だったが、その後リーマン危機で世界経済が混乱期に入り、ギリシャや南欧の金融危機でユーロが危なくなり、ISISの勃興で欧州はテロが頻発、難民危機に襲われ、ウクライナ問題で欧米とロシアの対立も激化した。今回の世界戦略では、これらの混乱を乗り越えるため、EUは中央アジアからロシア、中東、北アフリカまでを自分たちの安定に関わる周辺地域とみなし、EU自身とこれらの周辺地域の安定や蘇生を実現するため、EUの軍事統合を加速する必要があると提唱している。 (Shared Vision, Common Action:A Stronger Europe) (How the EU views global security

▼EU軍事統合を阻止してきた英国

 EUはこれまで、防衛安保面の戦略を、米英主導のNATOに依存してきた。これまでEUの重要な加盟国だった英国は、EUがNATOの傘下から出て行くことを強く嫌っていた。英国以外のEUの加盟国やEU本部の高官の中には、EUが軍事統合してNATOから自立した存在になることを望む声が多かったが、そのような声が出るたびに英国が猛反対し、EUがNATOの傘下から出ないよう軟禁してきた。だが、今回のEUの世界戦略は、NATOとの協調関係を打ち出しつつも「必要に応じて(EUの軍隊が)NATOから独立して動けるようにする」と明言し、そのためにEUの軍事的な強化や政策統合が必要だと書いている。 (EU army? New security strategy says bloc should `go beyond NATO') (EU security strategy to push for closer defence co-operation

 EUの新世界戦略の立案は、英国に知られぬよう進められてきた。それは、英国の国民投票に影響を与えないようにする必要があったからというのがEUの名目的な理由だが、それ以上に、NATOから自立する新戦略を英国に潰されないようにする狙いがあったと考えられる。EU本部では昨年、ユンケル大統領(欧州委員会委員長)が軍事統合を提唱したが、英国に潰され、実現していない。 (EU global strategy: `We must be ready to go beyond NATO'

 EUの軍事統合が英国によって阻止されてきたことについては、英離脱投票の直後、ドイツの防衛相もそれを認める発言をしている。英国は外交力が強いので、英離脱まで、そのような発言をすることすらタブーだった。英EU離脱は、欧州諸国にとって、ベルリンの壁崩壊に匹敵する歴史的大事件である。 (Germany Sees Brexit Opening for EU Defense Union With France

 EUはこれまで、軍事力の拡大に消極的だった。地域紛争や国際対立は、軍事(ハードパワー)でなく外交(ソフトパワー)で解決すべき、とEUは主張してきた。その理由は、一般的な戦争反対の考え方もあるが、同時に、冷戦中はソ連、冷戦後はイスラム勢力を過剰に敵視して不必要な軍事対立を扇動する米国の好戦策に追随したくなかったからでもある。 (EU to unveil 1st security strategy since 2003 - media

 今回の世界戦略でEUは「世界の混乱がひどくなり、ソフトパワーだけで解決できなくなった」と宣言し、一転して軍事力の強化を目指し始めた。EU諸国の軍事産業の統合強化策や、難民の流入を防げるEUと外部との境界線の警備体制の統合、EU諸国の諜報部門の統合などもうたっている。いずれも、これまで英国の反対で進めることができなかった政策だ。これまでEU諸国の諜報部門はバラバラにNATOに参加し、NATOを支配する米英軍産から諜報的に入り込まれ、実質的に軍産傘下の組織であるISISやアルカイダがEU諸国でテロをやりやすい環境が作られていた。英国がEUから抜け、EUがNATOから自立しつつ諜報を統合すると、長期的にEUのテロは減る。 (露呈するISISのインチキさ) (アルカイダは諜報機関の作りもの) (イスラム国はアルカイダのブランド再編

 EUがNATOから自立するのは、表向き、NATOの軍事費の大半を出してきた米国に頼りすぎて申し訳ないのでEUも軍事費を増やすことにしたという話になっているが、同時にEUは「必要ならNATOから独立した軍事戦略を持つ」と言い始めている。EUの世界戦略は「米国と健全な関係を保つためにも、EUの軍事力の統合と強化が必要だ」と書いているが、これは要するに、米国(NATO)の傘下にいると、過激な好戦策を突っ走る米国に追随する不健全な状態が続くので、NATOから自立することにした、と読める。 (EU Army on way? EU cannot rely on NATO and needs new defence policy says Brussels chief

▼すばらしい政治演技

 モゲリニのEU世界戦略は、EUの各国軍を統合する計画に踏み込んでいない。軍事戦略の統合だけでなく、軍隊を統合してEU軍司令部を作ることは、EUの憲法であるリスボン協定を逸脱しており、それを実現するにはEU協定の改定が必要だ。しかし、すでにEUの議会(欧州議会)のブロック外交委員長(Elmar Brok)は、英国がEU離脱を決めた直後の6月26日、EUの協定を改定し、1989年からドイツとフランスで作っている独仏合同旅団をモデルに、EU軍の司令部(統合参謀本部)を新設する必要があると宣言している。 (Europe needs united army, EU parliament committee head urges after Brexit

 独仏合同旅団(5千人)は、冷戦終結・EU統合開始と同時期に作られ、それを拡大したEU全体の欧州合同軍(Eurocorps、独仏以外が千人)も93年から存在している。だが、英国を筆頭に欧米内の軍産派が「NATOで十分だ。EU独自の軍事統合など必要ない」と主張し続け、独仏旅団も欧州軍も実質的な活動の場を与えられなかった。EU各国の対外軍事活動は、各国がバラバラにNATOや多国籍軍に参加する形で行われてきた。独仏旅団としての海外派兵は、14年にアフリカのマリの内戦終結監視に行ったのが初めてで唯一だ。 (ドイツの軍事再台頭

 そのような、これまで全く日陰の存在、軍産的なプロパガンダ「解説」で「不要な存在」と酷評されてきたEUの軍事統合が、英国のEU離脱決定後、目立たないような形をとりつつ急に生き返り、具体的な政策として始まっている。そして、すでに書いたEUの世界戦略よりも、さらに驚くべき新戦略が7月13日に出てきた。それはドイツが、軍事拡大してEU軍事統合の中心に位置することを「白書」のかたちで宣言したことだ。 (White Paper 2016) (Germany to set out central role in EU defence plans

 ドイツ政府が安全保障について白書を発表したのは10年ぶりだが、前回06年の白書は国家戦略について言及していない。戦後ドイツが自国の国益を明確にしつつ、それに沿った独自の安全保障の行動計画をまとまった形で発表したのは、これが初めてだ。白書は、すでに書いた6月28日にEUが発表した世界戦略に連動し、EUの軍事統合をEU最大の経済大国であるドイツが主導していくことを明確にうたっている。白書は、ドイツがNATOや米国といった同盟諸国から自立して海外派兵できることを明記し、国益を守るためにドイツ軍が遠くの海上のシーレーンを防衛しに行けることも盛り込まれている。ドイツ国内が有事の際、政府が軍を国内に派兵できることも打ち出された。 (Federal Ministry of defence) (White Paper 2016: Another step in the revival of German militarism

 ドイツの再台頭を最も嫌ってきたのは英国だ。ドイツの白書は、EUの世界戦略と同様、昨年から立案されており、英国がEU離脱決定によってEUでの影響力を失うのを待って発表されたと考えられる。だが表向き、独政府は「英国の離脱とは関係ありません」とうそぶいている。 (Germany adopts new security strategy

 しかも、さらにタヌキおやじ(メルケルもモゲリニも女性なので「タヌキばばあ」か。失礼。「タヌキ娘」が政治的に正しい言い方)なことに、ドイツもEUも「ロシアの脅威が強まっているので、EUが軍事を統合強化する必要がある」という説明を盛んに発している。ドイツの白書は、NATOや米国との連携の重要さを、140ページにもわたって延々と詳述している。米英軍産NATOとともにロシアをやっつけるためにドイツ主導のEU軍事統合が行われるかのようだ。 (German Military Said to Take More Assertive Role in Shift) (Germany eyes EU defence union without Britain to fight terrorism, confront Russia

 だが、もし本当にそうなら、これまで英国がEU軍事統合に強く反対して潰し続けてきたのは説明がつかない。英国の影響力が失われたとたん、EUとドイツが全力で、しかも米国のタカ派や軍産傘下の国際マスコミからの批判を避けるため目立たないようにしつつ、軍事統合に疾走し始めたのも不可解だ。ドイツ主導でEUが軍事統合していくと、長期的に欧州が米国の覇権から自立し、ロシアとの関係を改善し、きたるべき多極型世界の「極」の一つになっていく。そうした展開を阻止するため、軍産英はEUの軍事統合を阻止し、EUをNATOに軟禁してきた。 (New EU global security strategy sees low-key release during Brexit mania) (Europe's New Model Army in the Making?

 それに対しメルケルは表向き、英国のEU離脱決定後も英国を思いやるかのように親英的な発言を繰り返し、プーチンを批判して軍産の傀儡みたいなふりをしながら、裏でEUを軍産英から自立させNATOを無力化する軍事統合の「白書」を書いていた。すばらしい。私は最近の記事でメルケルを「米英軍産の傀儡っぽい」と書いてしまったが、彼女には一本とられました。ごめんなさい。日本あたりの浅薄で幼稚な米国傀儡とは深さが全然違う。欧州人は大人だ。 (Britain, Germany and U.S. to lead new NATO force to deter Russia) (英国が火をつけた「欧米の春」) (欧米からロシアに寝返るトルコ

 タヌキおやじといえば、ドイツのシュタインマイヤー外相も、独自の演技を展開する「二重のタヌキ」だ。彼はメルケルのもとで、ドイツの軍事拡大やEU軍事統合の主導役の一人だ。彼は「ロシアが脅威なのでEUが軍事統合する」と言っている独政府のタヌキ戦略を実行しているが、彼は英EU離脱の直前、ドイツの大手新聞の取材に答えて「NATOはロシアに対して好戦的すぎる」と表明し、軍産系の勢力から逆切れの大バッシングを受けている。私から見ると、彼のNATO非難もタヌキである。 (Huge Scandal Erupts Inside NATO: Alliance Member Germany Slams NATO "Warmongering" Against Russia

 シュタインマイヤーは左派の社会民主党の人だ。党内には、ロシアに濡れ衣をかけて敵視するNATOの好戦策に対する怒りが充満している。NATOを無力化するには、EUが軍事統合するしかないが、ドイツの左翼は自国主導のEUの軍事統合も「軍拡」「戦前のドイツ帝国の復活」とみなして反対している。シュタインマイヤーは、NATO批判を強める自分の党内に対し「EUの軍事統合を進めてNATOを潰そう」と言えない(理解してもらえない)。それで、党内の左翼の怒りを代弁して「NATOは好戦的だ」と怒ってみせつつ、その一方で「NATOと一緒にロシアに対抗するためのEU軍事統合を進める」と宣言するメルケル政権の一翼を担い、最終的にEUの軍事的自立によるNATOの無力化を狙うという、複雑な二枚舌を演じている。 (Germany's Foreign Minister Accuses NATO Of 'Warmongering'

 EUの軍事統合の一つの基盤は、軍産英に実働を阻止されてきた前出の独仏の合同旅団だ。フランスのオランド大統領は、昨年11月にパリでテロが起きた際、全欧的な治安維持の強化を提唱し、それはNATOでなくEUに提起され、今回のEU軍事統合につながる動きとなったが、その際にオランドは「欧州は、米国の劣位のパートナーではない(だから、欧州が米国より劣位にあるNATOに提起しなかった)。EU自身が大国(地域覇権国)であり、EU独自の国益や戦略目標を持っている(だからEUの軍事統合が必要だ)」と宣言している。 (Is Europe Finally Ready for an Army?

 今後、EU軍事統合はどんな風に進んでいくのか。実のところ、すでにEUの軍事統合はかなり進んでいる。たとえば、ほとんど報じられていないが、すでにオランダ陸軍の大半はドイツ陸軍に統合され、ドイツ海軍の一部はオランダ海軍に統合されている。ドイツとポーランドの軍事統合も進んでおり、チェコもドイツとの軍事統合を希望している。 (I. German/Dutch Corps From Wikipedia) (German and Polish Armies Agree to Closer Cooperation) (Germany Is Taking Over the Dutch Army

 これについて書き出すと、今日中に配信できなくなる。トルコのクーデターや、英国で「ピエロ」ボリス・ジョンソンが新外相になったことも、今回の話と連携している。長くなるので、今日はここまでで配信し、続きはまた書くことにする。 (Turkey May Be Expelled From NATO) (Erdogan: Turkey ready to restore regional peace together with Iran and Russia) (`Boris Johnson could break UK attachment to Washington's neocon foreign policy') (Will Boris Johnson end the special U.S.-U.K. relationship?



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