他の記事を読む

ロシア・トルコ・イラン同盟の形成

2016年8月15日   田中 宇

 8月9日、トルコのエルドアン大統領がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談した。トルコとロシアは、昨年11月にシリアでテロリスト(アルカイダのヌスラ戦線)にトルコから物資を補給するトラック部隊を空爆中のロシア軍機を、トルコ軍機が撃墜して以来、関係が非常に悪かった。エルドアンは6月末、英国のEU離脱の可決によって自国周辺の国際政治が大きく転換していきそうなことを見てとり、昨秋来のロシア敵視をやめてプーチンに詫び状を送り、プーチンは関係改善を大歓迎した。7月15日のトルコでのクーデター未遂事件をはさんで、露土関係は劇的に好転していき、今回のエルドアン訪露につながった。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (欧米からロシアに寝返るトルコ) (中東を反米親露に引っ張るトルコ) (Russian trip a milestone: Erdoğan

(昨秋の露軍機撃墜は、トルコによる単独の戦闘行為でなく、米国などNATOとサウジアラビアがそれぞれAWACSをトルコ上空に飛ばして露軍機の位置を逐次詳細に確認してトルコ軍機に教え、撃墜に協力していたことが、ドイツの元国会議員ウィリー・ウィルマー Willy Wimmer の証言で最近明らかになった。ウィルマーはメルケルと同じ右派のキリスト教民主同盟CDUに属して33年国会議員をやり、主に安全保障を担当していた。ウィルマーは、戦後ドイツの対米従属に強く反対する「反米右翼」で、親ロシアでもある。彼によると、露軍機撃墜の日、米国がキプロスから、サウジが自国内からAWACSを飛ばし、トルコ軍機に情報提供していた。露軍機撃墜は、米国がトルコにやらせた露敵視の挑発行為だった可能性が高まった。ウィルマーは、情報源を明かしておらず事実性に疑問があるが、半面、AWACSによる上空からの詳細な情報収集がないと高速で飛ぶ露軍機の撃墜が不可能だったのも事実だ) (US & Saudi Arabia 'Involved in Turkey's Downing of Russian Su-24' in Syria) (Who Is Willy Wimmer?

 エルドアンとプーチンは会談で、経済から軍事までさまざまなことを決めたが、最重要の事項は、これまでロシア軍が空爆などによって続けてきたシリアでのテロリスト(ISISとヌスラ)退治に、トルコが参加すると決めたことだ。トルコがロシアに、戦闘参加をお願いして了承された。これは、トルコの国際戦略の大転換を示している。シリアでのテロリストとの戦いは従来、トルコと米国などNATO、サウジアラビア(GCC)が、テロリストをこっそり支援し、アサド政権を倒すことを目標にしてきた。対照的に「反米側」のロシアとイラン、レバノン(ヒズボラ)は、アサドのシリア政府軍を支援し、テロリストを本気で退治しようとしてきた。トルコが、ロシアと一緒にシリアでテロリスト退治に乗り出すことは、親米側から反米側への転向、米国(軍産)への裏切りを意味する。 (Turkey to resume airstrikes on ISIS in Syria, asks Russia to fight 'common enemy') (Putin and Erdogan Talks: Will Russia-Turkey Reset Spell the End of NATO, EU?

(米国の上層部では、オバマ政権はISやヌスラを本気で倒したいが、軍産複合体はISやヌスラを支援してアサドを倒したいと考えており、暗闘状態だ。軍産に頼って大統領選を戦うクリントンは、当選したら「ISやヌスラとの戦いを後回しにしてアサドをまず倒す」戦略を掲げるフロノイ元国防次官 Michele Flournoy を国防長官に据える予定だ。対照的に、軍産を潰したいトランプは「シリアのテロリストを本気で退治する」と強調している) (Why a Hillary Clinton presidency could end up letting Isis and al-Qaida off the hook) (Hillary Clinton and Her Hawks

 トルコはこれまで、ISが国境まで持ってきた石油を買い上げてISに資金供給したり、露軍の空爆をかいくぐってヌスラに支援物資のトラック部隊を出したりしてきた(ISとの石油取引での儲けがエルドアン個人の政治資金になったと、トルコの野党が言っている)。ISやヌスラの義勇兵や傭兵になるため、世界からシリアに向かった無数のイスラム過激派のほとんどは、トルコを経由してシリアに出入りしてきた。ISやヌスラの負傷兵はトルコに出国して治療を受けてきた(エルドアンの娘が、負傷したテロリストを治療する国境沿いの野戦病院の運用に関与していたと言われている)。トルコやエルドアンはISやヌスラを大々的に支援してきた。それを本気でやめるつもりなのか?。やめられるのか?。 (露呈したトルコのテロ支援

 少なくとも言えるのは、トルコが本気でISヌスラへの戦略を「支援」から「退治」、味方から敵に大転換するのでなければ、プーチンのロシアが、トルコと一緒に戦う気にならない点だ。エルドアンは、本気でISヌスラへの態度を味方から敵に転換することをプーチンに伝え、プーチンはエルドアンの転向を信用できる(もしくはエルドアンが本気でないことがわかった時点でまた疎遠にできる)と考えたのだろう。露土が一緒にISヌスラ退治に乗り出す以上、トルコの翻心は本物ということだ。 (The Realignment of Turkish and Russian Relations

▼またもや棄てられるクルド人

 トルコがISヌスラの味方から敵に転じてロシアと一緒に戦うことは同時に、トルコがアサドの敵から味方に転じたことをも意味する。トルコ政府は、アサドとの関係をどうするか明言を避け続けている。エルドアンがロシアから帰国してすぐ、8月11日に、イランのザリフ外相が急いでトルコを訪問し、エルドアンに会った。ザリフは事前にロシア外相と電話会談した上でトルコに来た。イランはアサド政権と最も親しい。イランの仲介で、エルドアンとアサドが和解交渉に入ることが報じられている。 (Iran FM to visit Turkey for talks after foiled coup) (Iran, Russia FMs discuss regional, international issues on phone

 エルドアンにとって、アサドとの交渉の最重要点は「シリア国内にクルド自治区を作らないでくれ。できるだけクルドに自治を与えないでくれ。トルコとシリアで、シリアのクルド人を再度弾圧しよう。アサドがそれに了承するなら、トルコはアサド政権と和解したい」ということだ。シリアのクルド人勢力(YPG)は、12年からのシリア内戦において、ISヌスラと戦う、シリア政府軍(アサドの軍)に次いで強い勢力である。アサドは、ISヌスラと有効に戦うため、12年夏にクルド人に自治の付与を約束し、YPGと政府軍がISやヌスラをはさみ撃ちにしてきた。すでにクルド人はシリア北部で自治を開始しており、内戦に紛れてアラブ人市民の土地を奪ってクルド人家族に与える地域の「クルド化」を進めるなど、えげつないことをやり出している。(かつてイラクのアラブ政権がクルド人の土地を奪ってアラブ人に与えた「アラブ化」政策の仕返しだ) (What the Restored Turkey-Russia Relationship Means for the Middle East

 シリアの戦闘は、クルド人地域に近い北部の大都市アレッポを除き、ISヌスラの敗北で、ほぼ終結している。このままアレッポでISヌスラが負けてシリア内戦が終結すると、その時点で、アレッポ以北の対トルコ国境地域で、クルド人が自治区(ロジャバ。西クルド国)の樹立を宣言するだろう。「ロジャバ Rojava」はクルド語で「西」という意味だ。クルド人にとって「東」はイランのクルド地区、「北」はトルコのクルド地区、「南」はイラクのクルド地区である。シリアの自治区に「西」という名前をつけるのは、クルド人が、東西南北4カ国に分散したクルド自治区をいずれ合体し、大きな「クルド人国家」を作るのを目標としているからだ。 (シリアをロシアに任せる米国) (Rojava From Wikipedia

 すでにイラクでは、米軍侵攻後、中央政府から完全に自立した準国家的なクルド自治区が隆々と存在している。イランのクルド人は独立傾向が相対的に低く、分離独立しそうにないが、トルコのクルド人は、イラクとシリアでの自立に触発され、やる気満々だ。つまりトルコ国家の統合維持が必須なエルドアンにとって、シリアでのクルド人自治区の樹立を阻止するか、換骨奪胎させることが必要になっている。そのためには、アレッポの戦いがまだ続いている今が最後のチャンスである。 (Turkey's Kurds excluded from post-coup national unity) (Kurds Skeptical About Erdogan's 'Change of Heart' After Talks With Putin

 シリアの独裁アサド家は、1960年以来、国内のクルド人の市民権を剥奪するなどして徹底弾圧してきた。12年来の内戦で、ISヌスラに負けるのを避けるための現実策として、しかたなくクルドに自治を与えることにしただけだ。エルドアンの悪だくみに、アサドはもちろん賛成だ。仲裁者のイランも、国内のクルド人の独立心を煽りたくないので、エルドアン・アサドのクルド潰しの結託に賛成だ。こうして、またもや、クルド人の国家建設の夢は破られることになる。 (Analysts expect Russian policy shift on PYD) (Can Syria's Kurds realise territorial ambitions?

▼アレッポを陥落させずエルドアンの翻意を誘発

 そもそもアレッポだけ戦闘が維持されたのは、ロシア軍が3月末に突然、内戦が終わっていないのにシリア駐留の戦闘機部隊を総撤退した結果である。当時、なぜロシアが空軍部隊を撤退したのか、不可解だと考える軍事専門家が欧米にも多かった。あの時点で露軍が撤退せず、アレッポのシリア政府軍やクルド軍が露空軍の空爆支援を受けつつ順調にISヌスラを倒していたら、すでにシリア内戦は終結し、ロジャバのクルド人自治区が「建国」されていただろう。トルコは激怒し、地上軍をシリアに越境侵攻させてロジャバを潰そうとし、ロシアとトルコがシリアで戦争する展開になっていたかもしれない。 (The New Middle East: Exit America Enter Russia

 プーチンはリアリストである。彼はアレッポの戦闘が終わる前に、空軍をいったん撤退した。そしておそらくエルドアンに「クルド人に自治をあげちゃうけど、いいの?」「仲直りできなくもないよ」などやんわり秋波を送ったのだろう。エルドアンは、プーチンの誘いに乗ることにしたが、トルコは近代国家になって100年近くずっと親欧米の国家戦略なので、国家の上層部が親欧米派や軍産に席巻され、何か突拍子もない策を使わない限り、米国が敵視するロシアと急に仲良くすることに、内部から猛烈な反対が起きる。(日本で鳩山小沢が対米従属からの離脱を試みてひどい目にあったように) (NATO and Turkey: Allies, not friends) (Turkish diplomats slam NATO for `trying to dictate terms' of Ankara's foreign policy

 そこでエルドアンがやったことは、自らの独裁権力を異様に全力で強化し、欧米との対立をガンガン扇動し「欧米の味方をする奴はギュレンの手先だ。売国奴だ」とマスコミに大騒ぎさせて、国家上層部の親欧米派を無力化することだった。5月に親欧米派のダウトオール首相を辞任に追い込み、内閣をイエスマンばかりにした。ロシアとの和解が始まった後の7月には「米国が黒幕」のクーデター騒ぎまでやって、エルドアンはトルコを欧米側から引きはがし、ロシア側に急接近させている。トルコがロシアと仲直りし、エルドアンとアサドによるクルド人外しの陰謀談合も開始される。アレッポは今後、ISヌスラから奪還され、ISはシリアの本拠地ラッカからも追い出され、イラクの大都市モスルもISから奪還されていくのでないか。 (Erdogan to US Intel Chief: Know Your Place) (中東を反米親露に引っ張るトルコ

 プーチンは、クルドをえさにエルドアンを引っ張り込むことで、トルコという、NATOにとって大事な「南の守り」を、欧米側からロシア側に転向させることに成功した。トルコの協力により、シリアの戦後の再建、イラクのテロ排除、非米化、安定化もやりやすくなった。ロシアはイスラエルとも良い関係で、トルコも6月末にイスラエルと仲直りしたので、今後はロシアとトルコが、イスラエルとイラン、イスラエルとアサド、イスラエルとヒズボラの関係修復(もしくは冷たい和平関係の構築)を仲裁できる。 (Turkey Is No Longer a Reliable Ally) (イスラエルがロシアに頼る?

▼コーカサスも多極型地域に

 トルコの仲間入りを機に、ロシア、トルコ、イランの3カ国の同盟関係が一気に強化されようとしている。3カ国の協調地域はシリア周辺だけでない。3カ国の間にあるコーカサス(アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア)に関しても、3カ国による安定化策が開始されている。先日、ロシアのプーチン、イランのロハニ大統領、アゼリのアリエフ大統領という3首脳がアゼリのバクーでサミットを開き、3か国間(コーカサス南北回廊)の交通電力など経済インフラの整備や、アゼリがアルメニアに負けているナゴルノカラバフ紛争について話しあった。アゼリ人はトルコ系である一方、アルメニアはオスマン帝国末期の「虐殺」問題でトルコと敵対してきた。アルメニアは親露的な国なので、ロシアが仲裁してトルコとアルメニアが和解したり、カラバフ紛争をロシアやイランが仲裁することが可能になる。 (Russia's Big Gamble for the Black Sea) (ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン) (トルコ・ロシア同盟の出現

 第一次大戦まで3カ国は、ロシア帝国、オスマン帝国、ペルシャ帝国という、地域大国だった。それから100年、欧米中心の世界体制が終わろうとする時に、3つの大国は、欧米覇権から完全に自立した国々として、協調体制・同盟体制を組もうとしている。3大国の間にあるコーカサス地域は、中露の間にある中央アジア5カ国に次いで、米国の覇権がほとんど及ばない「多極型」の地域になっていくだろう。コーカサスで計画されている「南北回廊」は、中国から中央アジア、ロシア、欧州に向かって伸びる東西方向の中国の「シルクロード計画」「一帯一路」と交差しており、経済的には中国も関係してくる。 (Azerbaijan, Georgia, Russia to join power lines) (Georgia asks to deploy Russian troops) (Russia Keeping Georgia within Its Sphere of Influence

 トルコが急速にロシア側に転向していることに対し、米国は、腫れ物にさわるような感じで見ている。米国務省は、トルコがロシアと組んでISヌスラ退治をすることについて「テロリストを退治する良いこと」と賛意を表明している。トルコ政府は「米国がギュレンをかくまっている」「米国はクーデターの黒幕だ」と、大して根拠を示さず言い放題で、米国に喧嘩を売っているが、米政府は「トルコと米国の良い関係は変わらない」と、売られた喧嘩を買わないようにしている。 (UN, US welcome Turkey-Russia cooperation against Daesh) (NATO without Turkey? Cool story, bro

 それを見てトルコ側は「米国を絶対に許さないぞ」とますます息巻いている。トルコは、もうNATOなんかどうでもいい感じだ。だがNATOからすると、トルコを怒らせて脱退されると非常に困るのだろう。トルコのNATO脱退は長期的に不可避だとの見方が、欧米の軍事関係者の間で強くなっている。トルコが抜けてNATOに風穴が開くと、プーチンは大喜びだ。 (Russia jumps for joy over wedge between Turkey, NATO

 今後、トルコがNATOを脱退してBRICSに入るといった予測も出ている。私から見ると、BRICSがトルコを入れるかどうか疑問だ。トルコを入れるなら、国家の格から考えて、イランも入れねばならない。BRICSの話の前に、トルコ、イラン、サウジ、イスラエルという中東の4大国が、相互の敵対をすべて終わらせ、安定した相互の関係を持てるようにすることが必要だ。 (Turkey May Soon Join BRICS Powers After Putin-Erdogan Meeting in St. Petersburg

 パレスチナ問題がある限り、イランとサウジはイスラエルと和解できない。和解の前に、まず相互に戦争の可能性をゼロにする「冷たい和平」の構築が必要だ。それによって生まれた安定をテコに、イスラエルの内政の権力が好戦的な極右に牛耳られている現状を、イスラエル国民が民主主義で変えねばならない。イスラエル内政で極右が排除され中道派が蘇生すると、パレスチナ和平を進めやすくなる。イスラエルの権力を握る極右は、西岸のパレスチナ人を全部ヨルダンに追い出す力づくの「問題解決」を考えているが、これだとイランやサウジがイスラエルを許すことができない。 (West Bank Home Demolitions Hit 10-year High

 トルコが欧米側からロシア側に転じたことは、米国でクリントンら軍産を不利にし、オバマやトランプといった、軍産と戦う側を有利にする。ウィキリークスのアサンジが得た機密情報によると、クリントンは国務長官時代からギュレンと親しかったという。トランプ・エルドアン・プーチン連合としては「それみたことか」という感じだ。 (Assange: US & Saudi Arabia orchestrated the failed coup in Turkey) (Could The Deep State Be Sabotaging Hillary?

 中東で、親IS・反アサドのまま方向転換していないのはサウジなどGCC(ペルシャ湾岸産油国)だけになった。サウジはすでにロシアと親しいが、イランと敵対し続けている。プーチンはサウジに秋波を送っている。エルドアンもサウジと親しいので何らかの誘いをするだろう。今年は、この方向でまだまだ動きがありそうだ。 (How Russia Is Courting the Gulf



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ