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トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に

2016年11月6日   田中 宇

 最近、イスラエルの諜報機関モサド系の情報サイトと言われる「デブカファイル」を定期的に見るようにしている(イスラエルのサイトっぽく、ウェブサイトのセキュリティに問題があるとブラウザが表示する時があるが)。米国とその同盟諸国のマスコミやシンクタンクが発信する情報は、ロシアや中国などの非米諸国を敵視する方向で、国際情勢に対する解説を歪曲する傾向が増している。歪曲はだいたい画一的なので、米欧日のマスコミの解説を読むと、その多くが歪曲されているとわかるが、歪曲なしの解説がどんなものかはわからない。大勢と異なる論調の解説を探して読み、自分なりに納得できる解説を構築するのが私の作業だ。デブカファイルは、大勢と異なる論調の解説がわりとよく載る。 (Russian-Syrian Aleppo tactics await the South

 イスラエルは米国の同盟国ということになっているが、911以来の米国の過激な中東戦略の(未必の故意的な)大失敗で窮地に陥らされ、米国の裏の意図を探る必要に迫られてきた。最近のイスラエルはロシアに擦り寄る傾向を強めており、それが、デブカや他のイスラエルのサイトに異説(独自の歪曲?)が載りやすい一因かもしれない。 (中東和平に着手するロシア) (イスラエルがロシアに頼る?

 最近、デブカの記事で私が注目したのは「トランプが米大統領になると、ロシアのプーチン、中国の習近平との間で、これからの世界秩序に関するサミットを行い、米露中の影響圏の再配置が行われるだろう」という予測だ。これは、米国が次期政権になったら中東を中心とする国際政治がどう変わるかを予測した記事のひとこまだが、この予測が正しいとしたら、11月8日の大統領選でトランプが勝つと、世界は「新ヤルタ体制」と呼ぶべき新たな状況に転換することになる。米国が「非米側」に転向してしまうことでもある。 (Clinton and Trump offer diverse ME scenarios

 第2次大戦でドイツ(日独)の負けが見えてきた1945年2月、米英とソ連の首脳がクリミアのヤルタで会談し、ドイツを倒したら東欧をソ連の影響下に入れることや、5大国(米英仏ソ中)が対等に協調する国連安保理の体制決定、ソ連の対日参戦など、米英ソの影響圏の再配置を決めた。英国はソ連を敵視していたが、米国はソ連(や中国)と協力してユーラシアを安定化することをめざした。ヤルタ会談や、その前後のカイロ会談、ポツダム会談などで、米国主導で描かれた、米欧とソ中が協調する戦後の多極型の世界体制がヤルタ体制だ。 (ヤルタ体制の復活

 この体制はその後、英国が、米国の軍事産業や議会、マスコミ(これらを総称して「軍産複合体」)を巻き込んでソ連敵視を煽る策が成功し、米ソが協調関係から敵対関係に転換したため短命に終わり、冷戦体制に取って代わられた。アジアでも1950年の朝鮮戦争後、米国(日韓)が中ソと恒久対立する冷戦体制が確定した。(多極主義者は経済まで手が回らなかったようで、経済面は米単独覇権主義のみが先行し、英国の主導でドルを単独の基軸通貨にするブレトンウッズ体制が1944年に確立した) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序

 ヤルタ体制から冷戦体制への転換の歴史から透けて見えるのは、米国(米英)の上層部に、ソ連(露中)と協調したい多極主義と、ソ連との敵対によって米英覇権を強化したい米単独覇権主義の勢力が対立・騙し合い・潰し合いしていることだ。冷戦時代を通じて米単独覇権主義の方が勝っていたが、1972年のニクソン訪中・米中協調開始以降、多極派が単独覇権派を凌駕する場面が目立つようになり、1990年後の冷戦終結・ソ連崩壊によって、ソ連(ロシア)との敵対構造自体がいったん崩壊・喪失した。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 ソ連崩壊は米単独覇権体制の恒久化・全面勝利なのだという「歴史の終わり」的な見方が90年代に出たが、強力な敵国との対立構造の喪失により、米単独覇権を維持してきた軍産複合体の役割自体が低下した。代わりに、90年代から急拡大した米英債券金融システムの「カネのちから」で世界を支配する金融覇権体制(IMFのワシントンコンセンサス、アジア通貨危機など)が強化された。00年のIT株バブル崩壊後、金融覇権が揺らぎ出したのに呼応して、軍産複合体が01年の自作自演的な911テロ事件で劇的に復権し、ソ連の代わりにアルカイダ(イスラム世界)と「第2冷戦」的な恒久対立をする「テロ戦争」が、米単独覇権主義として再台頭した(911は覇権中枢のクーデターだった)。 (覇権転換の起点911事件を再考する) (911事件関係の記事) (激化する金融世界大戦

 だが「(冷戦と同じ長さの)40年続く」と予言されたテロ戦争は、15年しか持たなかった。イラク戦争の開戦事由の捏造の露呈、イラクやアフガニスタンの軍事占領のひどい失敗、リビア、シリアの内戦での戦略失敗、ブローバック的な欧州でのテロ頻発や難民流入危機など、あまりにひどい「未必の故意」的な失策の連続の末に、15年後の今、米欧の人々の多くが、テロ戦争にうんざりする事態を生んでいる。この有権者のうんざり感の中から、今回の米大統領選挙でのトランプの意外な優勢が出てきた。 (得体が知れないトランプ) (テロ戦争の終わり) (中露を強化し続ける米国の反中露策

 私は、テロ戦争の失敗を、偶然の産物でなく、米覇権中枢における米単独覇権主義者と多極主義者の対立の一環としての、テロ戦争という単独覇権戦略を意図的に下手くそにやって失敗させる多極主義者の策略の結果であると考えている。ブッシュ政権の、チェイニー副大統領やネオコンの面々(ウォルフォウィッツ国防副長官ら)の中に、単独覇権主義者のふりをした多極主義のエージェント(隠れ多極主義者)が多数混じっていた疑いがある。彼らは、外交や戦争戦略のプロのくせに、イラク大量破壊兵器の不存在など、すぐばれるウソを繰り返し、やり方が異様に下手だった。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) (ネオコンと多極化の本質

 オバマ大統領も、13年にシリア空爆を直前で撤回して米国の信用を引き下げた挙句、ロシアにシリア問題の解決を丸投げし、ロシアの中東覇権の拡大を引き起こしており、隠れ多極主義の疑いが濃い。ヒラリー・クリントンも、大統領に就任するまでは軍産複合体に極力迎合し、就任したら態度を微妙に変える隠れ多極主義なのかもしれないが、トランプはもっと直裁的で「隠れ」の部分がほとんどすっ飛んでおり「シリアにおいてロシアのテロリスト退治は成功しているのだから、米国はこれまでの馬鹿げたロシア敵視をやめて、ロシアと協調してテロ退治をやるのが良い」と明言している。 (プーチンを敵視して強化してやる米国) (米選挙不正と米露戦争の可能性) (シリアをロシアに任せる米国

 単独覇権派と多極派の戦い(暗闘)は、未必の故意的な失策で単独派を潰す多極派の911以来の策が奏功し、「隠れ」の演技が必要ないところまで来たようだ。だから「隠れ」の演技にこだわるクリントンは、軍産の圧倒的な支持支援を受けているのに優勢を伸ばせず、「隠れ」の仮面を外して露骨な多極主義を見せるトランプの方が有力になっている。機密メール問題の捜査再開を表明し、土壇場でクリントンを不利に陥れたFBIの策は、隠れ多極主義のオバマがやらせたものと推測できる。投票3日前の現時点で、私は、大統領選挙はトランプが勝つと予測している。 (土壇場のクリントン潰し

▼米国の軍事力を中東で浪費させ効率よく多極化に誘導したネオコンやチェイニー

 1945年のヤルタ会談から、2017年にトランプが大統領になった場合に起こりそうな「新ヤルタ会談」的な米露中サミットまでの約70年間の、多極主義と米単独覇権主義の長い暗闘について書いたが、ヤルタ会談は、欧日中など全世界で何千万人もの死者を出した第2次大戦に付随する出来事だ。米国が、ヤルタ体制を作って世界を多極化しようとしたのは、それまでの英国覇権体制を壊し、多極化によって世界経済の長期的な成長力を引き出すためだった。 (覇権の起源<3>ロシアと英米) (覇権の起源

 単独覇権体制は、英米などどこの単独であっても、覇権体制を維持するために敵視・抑圧される国々(途上諸国、新興諸国)の経済成長を長期に阻害する。多極型の方が、世界経済の発展を引き出せる(90年代以降、単独覇権体制下で米欧が経済発展したのは、実体経済でなく債券金融バブルが拡大したからだ。近いうちにリーマン危機以上のバブル崩壊が起きる)。2度の世界大戦の時期は、世界大戦を起こして多大な殺戮や破壊をやることで、世界を多極型へと転換・再起動しようとした。 (資本の論理と帝国の論理) (多極化の本質を考える

 対照的に現在は、覇権の転換に関わる戦争が、ほとんど中東だけに限定されている(他はウクライナ東部ぐらいしかない)。中東では何百万人もの人々が犠牲になっているが、米国の軍事力が中東で浪費されているため、戦争は中東以外に広がらず、世界大戦にならない。中東の人々の犠牲のもとに、他の地域の人々の安穏とした生活が保たれつつ、多極化が進行している。覇権転換のやり方として、覇権運営者たちは、70年前よりも効率的・人道的な手法をとっている。イラク戦争で(わざと)大失敗をやらかしたネオコンやチェイニーの「功績」といえる。 (せめて帝国になってほしいアメリカ

 70年前のヤルタ体制で、英国は、ヤルタ体制を壊して冷戦体制に転換させる役回りだった。しかし今回は対照的に、英国自らが多極化を推進し、他の欧州諸国より早く多極化の波に乗ることで、自国の発展を維持する戦略をとっている。英国はキャメロン政権の時から、中国が作る国際銀行AIIBに、米国の反対を押し切って加盟表明するなど、多極主義的な動きをしていたが、メイ政権になってロシアと和解すると表明し、多極主義を加速したい感じだ(英上層部は最近、暗闘感が強いが)。 (多極派に転換する英国

 FBIのクリントン捜査再開表明後、メイの英首相官邸が、トランプ陣営に接触し、会合の場を持ったという。英政府は、トランプの勝ちを予測して接近してきたのかもしれない。トランプが勝った場合に進みそうな新ヤルタ体制において、英国は破壊者でなく協力者だ。新ヤルタ体制になったら、独仏(EU)は米国覇権下からの離脱傾向を強め、EU軍事統合を進めて対露和解し、NATOを有名無実化していきそうだ。豪州や韓国は中国に吸い寄せられる傾向を強める。日本は、何が起きているのか把握できず、茫然自失的な無策が続く。 (Is Downing Street Bracing For A Donald Trump Win?

 70年前も今回も、タナボタ的に優遇されているのが中国だ。70年前の中国は、日本によって山奥に追い詰められていた弱小の国民党政権だったが、米国は蒋介石をカイロ会談に招待し、世界5大国の一つとして厚遇した。数年後に蒋介石は内戦で毛沢東に敗れ、朝鮮戦争後は共産中国と米国が対立に入り、中国のタナボタ状態は長続きしなかった。だが今回また米国は、南シナ海問題などで中国を国際政治のお芝居として敵視する演技を続けているが、本質的に米国は中国の台頭を抑止せず放置している。カイロ会談からニクソン訪中を経て現在までの70年の米中関係を眺めると、中国を多極型世界の地域覇権国の一つに仕立てるのが米国の長期戦略だとわかる。 (多極化の進展と中国) (加速する中国の優勢



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