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米国に愛想をつかせない世界

2017年2月7日   田中 宇

 まずは要約。トランプは、国際社会の外交規範(プロトコル)を破り続けている。米欧などのリベラル派の政府マスコミ市民団体は、移民や貿易や環境などのトランプの政策への非難を続けている。だが世界は、トランプを批判するばかりで、トランプ(=米国)を除外した世界の新体制を構築する決意が見えない。トランプは確信犯だ。批判されても反省せず、むしろ報復する。トランプは、立候補前から選挙期間を経て就任後の現在まで、やり方や姿勢を変えていない。現職大統領として規範破りのツイッターもやめる気配がない。プロトコルに従うのでなく、プロトコルの方を変えようとしている。 (Trump's Rhetorical Reality Show

 リベラル国際社会を愛するドイツやオーストラリア、中国(経済面のみのリベラル)は、米国抜きの世界の構築に向けた動きをしているが、本気でやってない。踏み出せない。豪州はNZと一緒に、米国の代わりに中国を入れるTPPが成り立つか検討している。豪NZが貿易圏で中国と組むなら世界的な大転換になるが、その可能性は今のところ低い。中東アラブ諸国は、トランプの入国禁止策を批判する一方で、指導者たちが列をなしてトランプに会いたがっている。彼らは、対米従属に固執している。日本も、国際社会の規範など二の次で、対米従属に対する固執のみが目立っている。 (Abe says Japan to show 'unwavering alliance' with U.S. under Trump) (Trump’s Top Diplomat Soothes Frayed Nerves of Foreign Allies

 外交専門家(=軍産)の「トランプは未経験なだけ。経験が増えれば規範を守るようになる」という予測は間違いだ。世界は、リベラル体制をあきらめてトランプに迎合するか、米国抜きの国際体制の構築を決意するか、選択を迫られている。トランプは迎合者の足をすくう傾向があるので、世界は中長期的に、米国抜きの国際体制を用意していかざるを得ない。ここまで要約。 (World Leaders "Stunned" By Trump's Bluntness

▼豪州NZは対米自立して中国に近づくのか??。なさそう。

 米国のトランプ大統領が、国連への関与を減らす大統領令を出すことを検討している。オバマ政権の末期に、米国が国連安保理のイスラエル非難決議を棄権したため、これまで米国の反対(拒否権)で通らなかった非難決議が可決された。これは画期的なことだったが、その後大統領になった「親イスラエル」のトランプは、この決議を理由に「国連は不当に反イスラエルなので、もうカネを出さない」という大統領令を出そうとしている。米国(オバマ)が国連でやったことを理由に、米国(トランプ)が国連を非難して離脱する無茶苦茶だ。米国が国連への関与・支配を減らすことは米国覇権の放棄につながり、イスラエルにとってもマイナスだ。 (Trump Prepares Orders Aiming at Global Funding and Treaties) (Trump Team Drafts Orders to Strip U.S. Funding to International Institutions

 米国は、国連の諸経費の2割にあたる年間80億ドルを出している。トランプは、その約4割を削ろうとしている。これが挙行されると、国連は財政難に陥る。経費の穴埋めは、中国を筆頭とする新興諸国に期待され、国連における米国の発言力が低下し、中国の発言力が上がる。トランプは、国益に反しているという理由で、地球温暖化パリ条約など、いくつかの重要な国際条約体制からの離脱も予定している。パリ条約も、中国が主導して進めた。毎回書いているが、トランプは(隠れ)多極主義者で、大統領就任以来、覇権放棄の策を全速力で進めている。トランプ政権の国連大使になったニッキー・ヘイリーは「米国を支持しない国は、同盟国であっても制裁する(taking names)」と発言している。 (Trump order to target UN, other global organizations: report) (Trump preparing executive orders to drastically reduce U.S. role in U.N.) (UN Braces as Trump’s Detente With Russia Upsets Balance of Power

 トランプが発した中東7カ国からの移民難民入国禁止令には、世界中のリベラルとムスリムが怒っている。しかし、そんな中でも、アラブ諸国の首脳たちは、トランプに会いたくて連絡をとり続けている。皆が米国に対する覇権国扱いをやめないので、トランプは無茶苦茶をやる。だがトランプがいくら無茶苦茶しても、世界は米国に対する覇権国扱いをやめず、むしろトランプと会って説得しようとか、気分屋といわれるトランプにすりよって特別扱いしてもらおうとか、そんな首脳たちが列をなしている。安倍もその一人だ。 (Despite travel ban, Arab leaders line up to talk to Trump

 大統領就任から2週間たったトランプの外交姿勢で画期的な点は、もともと米国と敵対していた国々(中国やイランなど)との関係でなく、米国の同盟国に対して、同盟関係が壊れてもかまわない、友好関係を無視した条約破棄や厳しい要求、喧嘩腰の非難を繰り返していることだ。就任直後のメキシコとの国境問題では、トランプがメキシコのペニャニエト大統領との電話会談で、メキシコが悪い奴ら(違法移民)を取り締まれないので能力が低いと非難し、メキシコ政府がやれないなら米軍を越境侵攻して米国がやるぞと発言し、険悪な雰囲気になった。大統領どうしの会談はキャンセルされた。 (Trump's telephone un-diplomacy) (Trump’s Bluntness Unsettles World Leaders

 オーストラリアのターンブル首相との電話会談は、難民問題で喧嘩になった。オバマ前大統領は、豪州にいる1万人強の難民(主にイラン、イラク人)を米国が引き受ける協定を豪州と結んでいた。ターンブルがトランプとの電話でこの協定に言及したところ、トランプは怒って拒否し、60分の予定だった電話会談は25分で終了した。この後、米国側の国務長官や国防長官が、豪州との同盟関係はゆるぎませんと釈明したが、トランプは自分の厳しい態度を正当化する書き込みをツイッターで発信している。 (Donald Trump 'blasted' Australian PM Malcolm Turnbull over 'dumb' refugee deal in heated phone call - Thursday morning briefing) (Donald Trump's defence secretary James Mattis says US 'won't forget debt' to Australia

 豪州は以前から、安保面で対米従属だが、経済面で最大の輸出先である中国に依存する状況を続け、米国の口だけな中国敵視策に迷惑し、米国との同盟関係を見直していかざるを得ないという議論が豪上層部で出ていた。豪州は、TPPによって米国が経済面の対中従属を低下させてくれると期待していたが、トランプはTPPを離脱した。豪州はニュージーランドと一緒に、米国の代わりに中国をTPPに招待できないか、検討を開始している。 (米国を覇権国からふつうの国に戻すトランプ

 しかし、TPPの主要加盟国だった日本は、米国のTPP離脱後、トランプから提案された、米国との2国間の貿易協定を結ぶ方向に動いている。日本は同時に、トランプの(表向きの)中国敵視策の尖兵になる覚悟もさせられており、中国をTPPに入れる豪州案に乗らないだろう。日本も米国も入らないTPPは無意味であり、このまま消える可能性が高い。豪NZは、中国との貿易関係を、TPPの拡大でなくRCEP(中国中心の貿易圏)で強化するしかない。 (Trade ministers on TPP rescue mission) (Is America Abandoning Japan?

 豪NZにとって、経済関係は対中協調でいいが、安保面はどうか。米国と疎遠になることを覚悟し、米日の中国敵視につきあうのをやめて、中国との政治面の協調関係を強めるのかどうか。豪NZが米国の覇権下から出て中国に接近すると、覇権体制の大転換になる。トランプが暗殺されない限り、米国は今の姿勢を転換しないだろうから、今後4-8年間、この選択肢が問われ続けることになる。今のところ、日本の対米従属一辺倒は変わりそうもないし、北朝鮮問題でトランプが動いて成果が出るまで韓国の対米従属も変わらない。東南アジアはすでに中国圏だ。次の東アジアの覇権転換は、日韓などでなく、豪NZが注目点になる。 (A TPP without America: A viable idea, if political will exists

▼世界のことを考えず、知らず、身勝手な対米従属、いずれ対価を払わされる

 トランプがNAFTAやTPPを壊した後、豪州NZがTPPを引き取って中国を入れて再生することを検討しているほか、中国の習近平はダボス会議で自由貿易体制の守護役になると演説した。ドイツのメルケル首相も、自由貿易やリベラル主義(難民受け入れなど)の政策を堅持すると宣言した。メルケルの中道右派CDUと並ぶ、ドイツの中道左派政党SPDは、先日党首が交代し、新党首のシュルツは、移民歓迎・多文化性維持・極右反対・EU統合推進など、メルケルとほとんど同じ姿勢をとっている。ドイツは、今年9月末の総選挙でどちらが勝っても、あるいは拮抗して今のように連立しても、国家の姿勢が変わらないことになった。ドイツと米国との齟齬は深まるばかりだろう。 (Germany: Angela Merkel Faces Challenge for Chancellorship

 しかし、それではドイツと豪州と中国で、トランプの米国が放棄した自由貿易など既存のリベラルな国際体制を拾って自分らが主導して再建していくかというと、今のところそのような動きは見えない。中国はロシアなどと組んでBRICSや上海協力機構を運営している。トランプの親露姿勢は、中国とロシアの仲を割くためのものだという説があるが、これは間違いだ。中露は隠然同盟関係で、見かけよりも結束が強い。中国はロシアの経済を支え、ロシアは中国の利益になる西アジアの政治安定を実現している。中露結束、上海機構、BRICSは今後も続く。 (Specter of Global Trade War Rises as Trump Puts ‘America First’

 で、ドイツ(EU)や豪州が、トランプに愛想を尽かし、中露や上海機構やBRICSとの連携を強めると、ドイツや豪州が米国覇権を見捨てて多極化を引き起こすことになるが、それは今のところ起こりそうもない。ドイツからは先日ガブリエル新外相(副首相)が訪米した。ガブリエルは先週外相になる前、トランプ批判を繰り返しており、当然ながら訪米してもトランプに会えず、無意味な国務長官や副大統領との会談だけして帰国した。ドイツはトランプと対立する姿勢を崩していないが、だからといってドイツは対米従属をやめるわけでもなく、米国より先にドイツがNATOから抜けたり、米国より先にドイツがロシアと仲良くする、などという非米化の展開にならない。 (Germany's anti-Trump foreign minister headed to Washington

 欧州では、英国のメイ政権が、トランプにすりより、トランプが展開するロシア主導のシリア安定化策の容認や、イスラエルに任せたイラン敵視策の推進などに、英国が乗る動きを見せている。メイは訪米してトランプに会った後、ロンドンに帰る前にトルコに飛び、エルドアン大統領と会ってシリア問題を話している。英国はこれまでネタニヤフ敵視の傾向だったが、メイのトランプすりより後、さっそく新たなイラン敵視策を提案するため訪英したネタニヤフを歓迎せざるを得なくなっている。英国民の多くは、トランプもネタニヤフも嫌いだ。トランプにすりよるメイは、英国内で困難に直面している。 (Netanyahu urges May to follow Trump's lead on Iran sanctions) (Israel’s manipulation of UK politics: time for zero tolerance

 先日、地中海のマルタで開かれたEUサミットで、英国のメイは、独メルケルらEUの首脳陣に対し、英国はトランプとEUとの橋渡しができると提案した。だがEU各国の首脳は、口々にトランプ批判を展開した。リトアニア首相は「橋渡しは要らない。米国との連絡はツイッターで十分だ」と言い放った。メルケルとメイの会談はドタキャンされた。マルタの首相は「各国首脳は、EUを(米国をしのぐ)世界の主導役にすることで合意した」と述べたが、これは具体策のない空論で、実際にはユーロの弱体化や中道派と左右両極の政治対立など、EUの力がどんどん落ちている。EUは、いくらトランプを嫌っても、対米従属から出ていくことすら進めていない。トランプは、いくら無茶苦茶をやっても覇権を放棄させてもらえない。 (Theresa May takes the heat as EU leaders line up to swipe at Donald Trump in dangerous fit of pique) (Theresa May looks increasingly isolated as she arrives in Malta for EU summit

 英国は、まだトランプ登場後の世界での調整役という国際的な役割を志向しているが、そこまで行かず、湾岸アラブのオバQたちと同水準で、自分たちのことしか考えずにトランプにすりよっているのが、わが日本だ。先日、マチス米国防長官が日韓を訪問し、日韓を米国の安保の傘下に置き続けてやることを約束し、日韓を安堵させた。マチスは、尖閣諸島が日米安保の枠内だという言質も日本に与えた。これで日米安保(日本の対米従属、官僚独裁)は安泰だ喧伝されている。しかし、トランプのこれまでやり方から考えて、日本は、米国から安堵させてもらうサービスの対価を、安倍訪米時などに請求される。 (Mattis: US will defend contested Senkaku Islands on Japan’s behalf

 トランプはすでに日本や中国ドイツに対し、対ドル為替を引き上げろと要求している。中国やドイツは反トランプなので、この要求を無視できるが、トランプにぶら下がる日本は、無茶な要求でも飲まねばならない。トランプが提案している日米2国間の貿易協定にも、日本にとって高い代償が盛り込まれるだろう。従来の米国は、覇権維持の観点から、従属する諸国に対し、一定以上の無茶な要求をあまりしなかった。対照的に、覇権放棄を策とするトランプには、そのような自制装置がついていない。米国から日本(など従属諸国)に対する経済的な要求は、従来より厳しくなるだろう。そして、要求に応えられなくなったり言い返したりする国から順番に、対米自立を迫られる。 (Trump's First Trade Deal Should Be With Japan) (Japan considers buying more U.S. energy as Abe prepares to meet Trump

 欧州は、リベラル民主主義への政治的なこだわりがあり、トランプからそこをないがしろにされると、対米従属をやめることを検討していかざるを得ない。だが日本など東アジア、アラブなど西アジアは、リベラル民主主義を重要と思っていない。アジア人がリベラル民主を重視(するふりを)してきたのは、世界を支配する欧米がそれを重視し、アジア人にも重視を求めていたからだ。覇権国の米国がリベラル民主を捨てるなら、日韓やアラブも捨てていくことになる。トランプから欧州への嫌がらせは、リベラル民主の政治分野で行われるが、アジアへの嫌がらせはそこでなく、巨額のカネを出させる経済面で行われる。身代金を払える間は、対米従属できる。払えなくなった国には財政破綻が待っている。中国に救ってもらうしかない。 (Trump ‘beheads’ Lady Liberty in controversial Der Spiegel magazine cover

 日本の年金基金は、トランプの米国インフラ投資策に巨額の投資をする方針を決めた。これからの投資は米国のインフラだと、民間金融界も喧伝している。これらは、トランプを満足させるための日本政府のすりより策だ。トランプのインフラ投資は、何年間か効果を持つだろう。だが長期的に、米経済は金融崩壊が再来する。 (Japan Will Invest Its Pensions In US Infrastructure To Create "Hundreds Of Thousands Of US Jobs"

 オバマ政権下の米国では、フルタイム雇用を減らしてパートを増やし、見かけの雇用人数を水増しすることで雇用統計が粉飾されてきたが、今年1月は、パートが減ってフルタイムが増えるかたちでの雇用回復の傾向になっている。だが、インフラ投資など実体経済よりも、金融システムの方がはるかに巨額で、金融システムはいつバブル崩壊してもおかしくない状況だ。中央銀行のバブルを指摘してきたロンポール元下院議員は最近「18-24カ月以内に米国で金融危機が再燃しそうだ」という予測を発している。トランプのインフラ整備に便乗する対米投資は、いずれきたる金融危機の中で大損する危険を抱えている。 (Full-Time Jobs Soar By 457K To Record High; Part-Time Jobs Tumble By 490K



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