他の記事を読む

ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも

2017年4月11日   田中 宇

この記事は「軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃」の続きです。

 シリアで内戦状態が残っている最大の地域は、ISの「首都」ラッカ周辺のユーフラテス川流域の東部地域だ。ISを退治したい米トランプ政権は、シリア北東部で自治を広げ、強い民兵団を持つクルド人勢力を加勢して、ラッカ周辺のISを退治し、シリア内戦を終わらせる計画を、1月末の就任以来進めている。米国は、クルド民兵団YPG(約5万人)への武器支援を急増するとともに、数百人の米軍特殊部隊を軍事顧問団としてYPGと一緒に行動させている。3月29日に、北イラクのクルド軍も、米国からもらった武器を満載した車両部隊でシリアに合流し、本格的なIS退治のラッカ攻略が始まった。 (With Turks out, Raqqa operation is short of tanks) (US-backed Syrian forces launch new offensive on Raqqa

 ISはもともと、米国の覇権戦略を牛耳る軍産複合体が、アルカイダに代わる「恒久テロ戦争」の敵として、トルコやサウジの支援も受けつつ育てたものだ。軍産を潰したいトランプは、ISを本気で退治しようとしている。NATOなど軍産から敵視されているプーチンのロシアも、クルド民兵団を使ってISを退治するトランプの戦略を支持している。ロシアはすでに昨年初め、クルド人組織がモスクワに代表事務所(実質的な大使館)を持つことを許し、トランプの当選前からクルドとの連絡を密にしている。 (Syrian Kurdistan mission opens in Moscow) (Russian officials meet Syrian Kurdish blocs in Moscow after improvement of relations with Turkey

 クルドの自治拡大に猛反対で、最近までISやアルカイダを支援してクルドやアサド軍と戦わせていたトルコは、米露がクルドを使ってISを倒すことに強く反対した。だが、3月7日に行われた米露トルコの軍事実務者会議で、トルコは逆に、米露から強く説得され、それまでISカイダをこっそり支援する目的でトルコ軍がシリアに越境支援していた「ユーフラテスの盾作戦」をやめることに同意させられた。米露の圧力を受け、トルコはクルド軍によるラッカ攻略を黙認した。米露に支持されたクルド軍が本格的なラッカ攻略戦を開始した翌日の3月30日、トルコは「ユーフラテスの盾作戦」の終了を(形だけ)発表した(トルコはISカイダの兵士にトルコ国籍を与え、トルコ傘下の民兵団として偽装再編しており、実はテロ支援をやめていない)。 (Top U.S. General Discusses Syria With Counterparts From Russia and Turkey) (Turkey 'ends' Euphrates Shield campaign in Syria) (Turkey Planning to Form More Terrorist Groups in Syria

 そのさらに翌日の3月31日、米国のティラーソン国務長官と、ヘイリー国連大使が、別々に、もはやアサド政権を倒すことは米国の目標でなく、アサドが権力に残るかどうかはシリア国民が選挙で決めることだと表明した。それまで米国は、11年のシリア内戦開始以来、一貫してアサドに辞任を求めていた。トランプは、アサドを打倒するとその後のシリアの国家再建が、イラク侵攻後のように米国の責任になるのでいやだと言っていたが、アサド続投の明確な容認までは表明してこなかった。3月31日のアサド続投の容認は、米国の大転換だった。 (In Major US Shift, Tillerson Says Assad’s Future Up to Syrian People) (McCain Furious At Rex Tillerson For Saying Assad Can Stay

 米露に支持されたクルド軍がISのシリア最後の大拠点であるラッカを奪還すると、シリア内戦が終結していき、その後のシリアの政治構造を再建する段階になる。シリアのまっとうな反政府勢力(ムスリム同胞団など)は、テロ組織のISカイダに併合され、ほぼ消滅した。シリアでは、アサド政権が圧倒的な政治力を持ち、シリアに軍事的な影響力を持つロシアとイランは、いずれもアサドを支持している。米国(欧米)がこの事態に反対しても、内戦後のシリアでのアサド続投を阻止できない。トランプ政権のアサド容認は、現実策として非常にまっとうだった。 (Trump, Reshaping Syria Policy, Sets Aside Demand for Assad’s Ouster) (White House: US Must Accept ‘Political Reality’ in Syria

 この3月31日のアサド容認の新事態と、4月6日に米国がシリアに内戦開始以来初めてミサイルを撃ち込み、急にアサドや露イランを敵視し始めたことは、正反対の状況だ。しかも、ミサイル攻撃の理由となった4月4日のイドリブの化学兵器事件は、事実が確定していない。軍産マスコミは「アサド政権の犯行」と断定しているが、これは濡れ衣だ。トランプ自身、軍産マスコミから「ロシアのスパイ」などとさんざん濡れ衣をかけられ、軍産マスコミの濡れ衣攻撃のインチキさを熟知している。それなのにトランプは、軍産が騒ぐイドリブ化学兵器事件の濡れ衣にやすやすと乗り、シリアをミサイル攻撃し、アサドを倒すと息巻いた。トランプは、濡れ衣とわかっていて、あえてこの話に乗り、ミサイル発射を命じた疑いがある。トランプはどういうつもりなのか。 (Is Trump Going to Commit the Next Great American Catastrophe in Syria?) (Trump Expands Pentagon’s War Authority

▼IS退治をめぐる露アサドとトランプの隠然協調はミサイル発射後も変わってない

 その疑問に直接当たる前に、ミサイル攻撃後、事態がどうなったかを見る必要がある。4月4日のイドリブ化学兵器事件の後、トランプ政権は、3月末の「アサド続投容認」を急に引っ込め、代わりに「アサド打倒」を叫び出し、ミサイルを発射した。だが、ミサイル発射から2日後の4月8日、ティラーソン国務長官は米CBSテレビに出演し「米国の最優先の目標が、アサド政権の打倒でなくIS退治であることは、ミサイル発射後も変わっていない。アサドの運命はシリア人が民主的に決めるべきだというトランプ政権の方針は不変だ。民主主義・国家の自決は、米国の建国以来の国是だ」という趣旨を述べた。 (Full Transcript: Rex Tillerson on "Face the Nation") (Syrian people should decide Assad’s fate, Tillerson tells US media

(ティラーソンは、シリアだけでなく、北朝鮮に関しても、トランプ政権の目標は金正恩政権の転覆でなく、核兵器の脅威を除去することだと述べた。これについては改めて書きたい) (Tillerson Dismisses North Korea `Regime Change' as Warships Move

 ティラーソンと異なり、ヘイリー国連大使や、マクマスター安保担当大統領補佐官は、ミサイル発射後、IS退治だけでなく、アサド政権打倒もトランプ政権の目標だと言っているが、マクマスターは、アサド打倒よりIS退治の方が優先だとFOXテレビで言っている。4月6日に米国はシリア空軍のシャイラト基地に59発のミサイルを撃ち込んだが、そのうちの1発も滑走路を狙っておらず、ミサイルは基地の滑走路以外の格納庫や倉庫、訓練施設などだけを破壊した。その理由は、この基地から飛び立つシリア空軍機が、ISやアルカイダの拠点を空爆し続けており、それはIS退治というトランプ政権の最優先目標に貢献しているからだと、WSJ紙が書いている。 (U.S. Says Syria Goal Is to Defeat Islamic State, not to Push Out Assad) (General H.R. McMaster on decision to strike Syria) (McMaster: Bashar Assad's removal now part of Donald Trump's Syria policy

 トランプ政権は、シリア政府軍がシャイラト空軍基地の倉庫に化学兵器を保管し、空軍機に搭載してイドリブ近郊に飛び、村に向けて化学兵器を発射したと主張し、シャイラト基地の倉庫や格納庫だけを空爆した。軍産傀儡の好戦派の上院議員であるマケインやグラハムは、滑走路も空爆すべきだったと言っているが、トランプの命令で空爆先を決めたマクマスターは、滑走路やシリア空軍機の大半を空爆対象にしなかった。滑走路と空軍機が残っているので、シャイラト基地のシリア空軍は、米国から攻撃を受けた2日後には、ISカイダへの空爆を再開している。要するに、シリア軍やアサド政権は、ISと戦い続けている限り、トランプが最優先課題にしているIS退治に協力していることになり、米国から徹底破壊や政権転覆の攻撃を受けない。 (McCain: Trump Missile Strike Not Enough, Syrian Jets Flying Again ‘Not a Good Signal’) (Syria: US warns Assad over using chemical weapons again

 ISカイダの退治が完了すると、内戦が終結し、その後はシリア政府が国際的な正統性を回復し、外国軍がシリアで勝手な軍事行動をやれなくなる。露イランの軍勢は、シリア政府の許可を得て動いており、内戦後もシリアに駐留できるが、米国やNATO諸国は許可を得ていないので、駐留を続けると完全に違法な存在になる。ISカイダ退治が終わるまで、トランプ政権はIS退治に協力するアサド軍を壊滅させない。ISカイダ退治が終わると、シリア政府が国際正統性を回復するので、米国はアサド軍を攻撃できない。つまり、もう米国は、たとえアサドを武力で転覆する目標を掲げていても、それを実行できない。マクマスターは、アサドを武力で転覆しないと言っているティラーソンと、転覆すべきと言っているヘイリーが、同じことを言っているとFOXテレビで述べているが、それは上記のような意味だと考えられる。 (General H.R. McMaster on decision to strike Syria

 これで、米国がミサイル攻撃で破壊したシャイラト基地の倉庫や格納庫に、本当に化学兵器が保管されていたのなら、トランプの今回のミサイル攻撃は一応の正当性を得る(ミサイル攻撃という手段への疑問は残る)。だが攻撃後、シリア政府やロシア軍の当局者がシャイラト基地の破壊された場所を視察した時、化学兵器の痕跡が全くなかった。本来、防護服なしで現場訪問すると危険なはずだが、当局者たちはマスクすらつけず現場を闊歩し、何ともなかった。米政府は、シャイラト基地に化学兵器が保管されていたことを示す根拠を何も示しておらず、ロシアに批判されている。同基地に化学兵器が保管されておらず、トランプのミサイル攻撃は濡れ衣に基づくお門違いだった可能性が高い。シリア軍は、14年にすべての化学兵器を国連(米軍)に引き渡した後、国際監視を受けている。化学兵器の所有者は、シリア軍でなくアルカイダだった観が強い。 (No traces of chemical weapons seen Shayrat - Russia's Defense Ministry) (Russia Responds: Show us the Evidence

 トランプの与党である共和党内からも、茶会派のマクロ・ルビオ上院議員が「今回のシリア攻撃は正しくない憶測に基づいている」と、正当かつ暴露的に批判し始めている。米マスコミは、まだこのルビオ発言を黙殺する感じだが、今後、同様の批判が広がると、今回の攻撃が濡れ衣だったことが露呈していく。今の米国は、親トランプと反トランプが激しく分裂・対立しているため、これまで暴露されにくかった濡れ衣戦争の構図が、暴露しやすくなっている。 (Trump’s Syria strategy 'based on assumptions': Sen. Rubio) (Former DIA Colonel: “US strikes on Syria based on a lie”

 アサドやロシアは、米国による攻撃が、濡れ衣に基づく国際法違反であると非難している。トランプは露アサドへの批判を強め、事態は一触即発と報じられている。だが実のところ、アサドやロシアは、その後も米国に対し、かなり寛容な姿勢をとっている。シリアにおける、米国と露アサドの関係は、米国による攻撃の前後で、ほとんど変わっていない。米国による攻撃直後、ロシア軍は、米軍と連絡をとるのをやめると表明したが、その後態度を和らげた。米露は軍事面の連絡をとり続けている。 (Tillerson Meeting Hangs Over Russia’s Criticism of U.S. Strike in Syria

 クルド軍を使ったIS退治のラッカ攻略にトルコが反対なので、クルド軍を空爆支援する米軍は、これまで出撃していたトルコのインジルリク基地の使用をやめて、新たにシリア国内に巨大な米軍基地を作り、そこから出撃する計画を進めている。米国はシリアの現政権を敵視し始めたのだから、勝手に基地を作るのは難しくなったはずだが、どうやらアサドは米国が自国内に基地を作ることを黙認し続けている。米国がISを退治してくれるのは、アサドにとって好都合だからだろう。米側がシャイラト基地の滑走路を破壊しなかったことと合わせ、IS退治をめぐる米国とアサドの関係は変わっていない。 (US Air Force to quit Incirlik, move to Syria base

▼バノンとクシュナーの対立も演技かも

 トランプはミサイルを発射したが、全体として、トランプと露アサドが隠然と協力し、トランプ露アサドの「共通の敵」である軍産が作ったISを退治する構図は不変だ。むしろ、国際政治における米国(軍産)の影響力低下と、露イランの影響力増大に拍車をかけている。そして、すでに書いたように、トランプは濡れ衣とわかっていてミサイルを発射した疑いがある。 (Here are 45 times Trump said attacking Syria was a bad idea and might

 今回のミサイル攻撃は、トランプ政権上層部で、ナショナリスト(反覇権主義、バノン)が軍産複合体(覇権主義、クシュナーやマクマスター)との戦いに負けたから起きたというシナリオが報じられている。私も前回そのように書いた。トランプはミサイル発射後、バノンとクシュナーに命じて、仲直りの会議を開かせている。トランプが両勢力間を仲直りさせられるのなら、ミサイル発射に至る前に、早めに仲直りさせればよかったのだ。もしかするとこのシナリオは、バノンやクシュナー、トランプたち自身が描いて自作自演している「やらせ」かもしれない。クシュナーやマクマスターは、軍産のふりをする演技をしている疑いがある。 (Steve Bannon ‘Ain’t Going Anywhere’ Despite Negative Press: Sources) (Trump has no concern for Syrian gas victims’

 これらの全体から導き出せる仮説は、トランプ政権が、軍産の傀儡と化している米議会が、米政府の予算案や税制改革案、健康保険制度(オバマケア)改定案、インフラ整備事業案など、トランプの経済政策の多くの法制化を妨害している事態を緩和しようとして、あえてトランプが軍産に騙されたふりをしてシリアにミサイルを撃ち込んだのでないかという筋書きだ。トランプは、テレビで喧嘩や和解の演技をする業界にいた人だ。 (Why Washington Politics Make Trump's Tax Cuts All But Impossible) (Bannon, Kushner Agree To Stop Fighting, "Bury The Hatchet"

 米政府の今年度予算は4月28日分までしか用意されていない。米国では近年、議会の2大政党間の対立がひどく、政府予算案をまともに可決できないので、数カ月分の暫定予算を可決してつないでいる状態だ。昨秋の選挙で共和党は、米議会上下院の両方の過半数と大統領職という、米国の執行機関のすべての支配権を獲得したが、その後、共和党の「小さな政府主義」の茶会派(下院の自由会派など)が、トランプの財政政策への反対を強めている。このままの事態が続くと、4月29日以降、米政府は公的支出の支払いができなくなり、役所の閉鎖などを余儀なくされ、経済に悪影響が出る(オバマ政権下で起きている)。米政府は、財政赤字の発行上限にも達しつつあり、最悪の場合、5月に入ってデフォルト(米国債の利払い不能)になりうる。 (Government Shutdown Odds Are Rising, Goldman Warns) (米国債がデフォルトしそう

 こうした財政面の難題を解くには、議会にトランプ敵視を和らげてもらう必要がある。茶会派が反対し続けても、ミサイル発射により、民主党の好戦派がトランプに少し協力してくれるようになれば、トランプの経済政策が議会で通りやすくなる。それをやるために、トランプ政権は、内部抗争で軍産が勝ってバノンがNSCから外され、ミサイルを発射して露アサド敵視の好戦策を開始したかのような演技をしたのでないか、というのが私の推測だ。トランプは、民主党に秋波を送っている。バノンは、ミサイル発射に反対したといったん報じられたが、その後、反対していないという情報が、バノンの側近から流されている。バノンは、今後もトランプの側近(首席戦略管)から外されない可能性が高まっている。バノンのポピュリズムは、トランプの2020年の再選のために不可欠だ。 (Democrats’ Conditions for Tax Overhaul Make Bipartisan Deal Unlikely) (Decoding Steve Bannon's ouster from the NSC) (Exclusive: Bannon Offered No Opposition to Syria Bombing

 トランプのミサイル発射が、米議会など軍産に向けた演技だったとしても、それが成功するとは限らない。米マスコミや連邦議員たちは、ミサイル発射したトランプを絶賛し「すばらしい。最高だ」と連呼したりしている(彼らが軍産の傀儡であることが改めて示された)。だが、軍産のトランプ称賛は、短期間しか持ちそうもない。トランプの財政政策は、依然として、議会で拒絶される傾向が強い。 (The media loved Trump’s show of military might. Are we really doing this again?) (The Spoils of War: Trump Lavished With Media and Bipartisan Praise For Bombing Syria



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ