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混乱と転換が激しくなる世界<2>

2017年5月15日   田中 宇

 一か月近く前に書いた記事「混乱と転換が激しくなる世界」で、3つの大事件が起きるかもしれないと書いた。今回は、この記事に対する「事後分析」をする。一か月前の3つの可能性は(1)5月7日のフランス大統領選の決選投票でマリーヌ・ルペンが勝つかもしれないこと、(2)北朝鮮が核実験を挙行するかもしれないこと、(3)米議会が4月末以降の米政府の暫定予算を可決できず、米政府の機能の一部が閉鎖されるかもしれないこと、だった。結論から書くと、この3つとも、現実にならなかった。 (混乱と転換が激しくなる世界

(1)仏大統領の決選は、マクロンが6割を得票して楽勝した。(2)北朝鮮は、ミサイル試射は続けているものの核実験を控えている。そのため米国も中国も、北に対する非難・制裁・攻撃を、一線を越える形で強めていない。韓国での親北的な文在寅大統領の誕生により、北と他の諸国との対立はむしろ緩和される趨勢だ。(3)米議会の財政審議は、トランプが、米墨国境の壁の建設費と、オバマケア関連経費の計上拒否という、議会の反対派と対立する2点を引っ込めたため審議が進展して予算が可決され、政府閉鎖は回避された。3つの大事件が起きなかったため、世界はとりあえず現状維持だ。しかし、少し長い目で見ると、3つの懸念をめぐる本質的な危険性(もしくは大転換への流れ)は去っていない。 (Flipper-In-Chief: Trump Caves On Obamacare Subsidies To Avoid Government Shutdown

▼(1)EUは独仏でエスタブ政治体制が続くが・・・

 仏大統領選は、グローバル勢力・エスタブ支配・EU統合保持・NATO軍産の象徴であるマクロンが、ポピュリズム・ナショナリズム・反エスタブ・EU離脱・反軍産の象徴であるルペンを破ったことであり、英国のEU離脱や、米国のトランプなど、昨年来の反グローバルなポピュリズム拡大の国際的な流れを食い止めたとする見方が流布している。ドイツでは、5月7日の地方選挙でメルケルの中道右派CDUが勝ち、9月24日の総選挙でもCDUが第一党となり、支持を減らした中道左派と連立してメルケルが政権を維持する可能性が高まっている。独仏ともにエスタブ政治体制が維持されそうなため、EUが、主導役の独仏から内部崩壊していく懸念は、とりあえず低くなっている。 (When is the German Federal Election 2017 and will Angela Merkel and the CDU win again? All you need to know) (Germany's SPD goes back to drawing board after state poll drubbing

 だが、金融界や政界の分析者たちの中からは、EUなど世界的なポピュリズム台頭の傾向が今後も続き、EUが崩壊していく傾向は変わらないという予測が出ている。最近、ブッシュ政権の国務長官だったコンドリーザ・ライスや、投資銀行のUBSが、そのような警告を発している。英国がEUを離脱していく今春来の2年の過程がこれから進むにつれ、EUの側で、ポピュリズムの反乱が再度強まり、現状のEUの体制が崩壊し、独仏の主導性を残したままEUが縮小再編する展開がありうる。 ("Brexit Is A Time Bomb..." UBS Chairman Warns "Europe's Not Out Of The Woods With Macron Win") (Populists changing character of politics, Rice says, warning of ‘rise of nativism’

 EU内のオーストリアでは、昨年の選挙で第一党となった「極右」自由党(反移民、反EU、反エスタブ政治)の台頭をはばむため、中道右派(人民党)と中道左派(社民党)の中道2党が組んできた連立政権が、政策をめぐる対立から副首相(人民党)が辞任して出直し選挙を要求し、政権崩壊、極右再台頭の政治危機になっている。イタリアでは、直接民主制やユーロ離脱を提唱する反エスタブな5つ星運動が支持を拡大し、来春の選挙で与党になるかもしれない勢いだ。もし5つ星が与党になると、イタリアでユーロ離脱の国民投票が行われる。 (Austria on the edge: Government set to COLLAPSE - and it could cause an EU nightmare) (French Election Victor Emmanuel Macron’s ‘New Deal’ for Europe Faces Old German Doubts

 英国では、昨年来エスタブ支配のイメージを捨ててポピュリズムっぽい感じに転換した保守党メイ首相の権限が強化されている。おそらくメイは、6月の前倒しした選挙で、労働党に大勝し、今より大きな権力を手にして、EUに対して非妥協な態度をとって離脱を進める。EUと英国は、すでに経済的に緊密に結びついており、EUが本気で英国を切り離すと、EUも大打撃を受ける。EUは、離脱する英国に厳しいことを言っているが、それは口だけで、実際はかなり甘い条件になる。離脱交渉は、英国優位のまま進む。 (The EU's Draft Brexit Guidelines Look Anything But Punitive) (Labour warns of consequences of Conservatives landslide election win) (Theresa May Stands Defiant on Brexit Talks, Exposing Rift With EU

 英国が、EU離脱によって何をしたかったのか、離脱交渉が終わった後に見えてくるだろう。それは多分、世界の覇権構造が、米単独支配から多極型に転換しつつあることに呼応した、英国の世界戦略の変更になる。EUは、しつこく反軍産・親露なトランプや、離脱した英国による政治的な破壊行為を受け続け、いったん統合を崩されていくが、この崩壊はおそらく創造的破壊になる。独仏のエスタブどうしの結束が維持されている限り、加盟国を減らして再出発する流れになる。 (多極派に転換する英国

▼(2)韓国中国の主導になっていく北朝鮮問題

 北朝鮮をめぐる国際情勢は、5月9日に韓国の大統領選挙で文在寅政権が誕生したことにより、トランプが北との敵視を意図的に扇動して中国が北に厳しい態度をとらざるを得ない状態にした今年3-4月の新事態を超える、新たな転換を始めようとしている。そのことは、すでに5月1日の記事「北朝鮮問題の解決に本腰を入れる韓国」で予測的に分析した。 (北朝鮮問題の解決に本腰を入れる韓国

 大統領に就任した文在寅は、北朝鮮を批判しつつ、北との緊張関係を急いで緩和したいと表明し、同様に北を批判しつつ緊張緩和をめざしている中国と協調して動き出している。文は、米国に対し、北への制裁を弱めてくれと要請するなど、北に対してかなり宥和的な姿勢をとっており、平壌を訪問する用意があるとも言っている。文は、韓国諜報界の幹部を長くつとめ、00年と07年の南北首脳会談のお膳立てをした徐薫(ソ・フン)を、自政権の諜報長官(国家情報院長)に据えることを決めており、再び南北首脳会談が行われる可能性が高くなっている。 (New South Korea President Vows to Urgently Defuse North Korea Tensions) (South Korea new spy chief Suh Hoon credited with inter-Korean summits

 北はいつものように、反抗的な感じでとりあえず一発ミサイルを試射した。同時に、北の外務省の米国担当の幹部(Choe Son-hui)が北京で「米国との対話を開始しても良いと考えている」という発言を放っている。これは、トランプの米国が、北の面倒を韓国と中国に見させようとしている新事態に抵抗し「交渉するなら韓国や中国とでなく、米国とやりたい」というメッセージだ。単独覇権国である米国と交渉して対等な関係に持っていき、米国より劣位にある韓国や中国に大きな顔をするのが、以前からの北の希望だ。単独覇権体制を潰して多極化するために登場したトランプは、こうした北のやり方に乗らない(北と軍産は呉越同舟だ)。 (N Korea ready for dialog with US under right conditions: Senior diplomat

 トランプが、韓国の文在寅とどんな関係を結ぶか、まだ見えてこない。最初は文在寅を「北に甘い」と批判敵視し、韓国人の反米感情に乗って当選した文を隠然支援するかもしれない。だがトランプは早晩、北と対話する文を支持し、北が米国とでなく韓国と対話し、中国の言うことを聞かざるを得ない状態にするだろう。トランプは当選直後の文に電話して訪米を要請しており、最初から協調する可能性も大きい(韓国や中国に、北との外交を急がせることを優先し、直裁的にやることにしたとか)。 (Donald Trump calls Moon Jae-in, pledges to work with South Korea

 韓国は文在寅政権になって、中国と一緒に北の問題を解決し、南北の敵対を終わらせて在韓米軍を撤退させることで、対米従属から中国覇権下に移動していこうとしている。米国の東アジア覇権が退潮していくと、韓国は中国覇権下、日本は米中の間の「海洋アジア圏=日豪亜」の国になっていく。米国と中国の影響圏の境界が、38度線から対馬海峡に移動する。日本と韓国は、これまでのように、両方が米国の同盟国なので仲良くせざるを得ない状態から解放され、双方が思う存分、相手を嫌悪中傷罵倒できるようになる(嫌韓屋さんたちおめでとう)。 (トランプの東アジア新秩序と日本

 文在寅は、こうした新事態を象徴するかのように、就任早々、従軍慰安婦問題で日本をあらためて批判する姿勢をとった。韓国民の反日と反米の感情を扇動しつつ、人気を保持する策だろう。韓国の対米従属は必要なくなるのだから、反米も反日も思い切りやれる。だが、長期的に見ると、日韓の相互の嫌悪は、今後むしろ低下していくだろう。日韓の相互嫌悪は、米国から「日韓が組んで安保体制を強化せよ。その分米国が抜けていくから」と言われて対米従属できなくなる事態を避けるために扇動されてきた。南北が和解し在韓米軍がいなくなると、韓国は対米従属から脱し、日韓の相互嫌悪の必要性も低下する。嫌韓屋や反日屋は、双方の国内プロパガンダに踊らされている軽信者たちだから、上からの扇動がなくなると、本人たちも気づかぬうちに、いつの間にか心情や態度が変わるだろう。 (New South Korean Leader Casts Doubt on ‘Comfort Women’ Deal With Japan

 トランプは、中国が韓国と組んで北に言うことをきかせる体制が立ち上がってきたところで、中国との貿易協定を締結した。中国は13年ぶりに、狂牛病問題で輸入禁止にしてきた米国製牛肉の輸入を再開する。債券の格付けや発行下請けなど、中国の金融分野への米国企業の進出も加速する。トランプは、もう貿易面で中国を敵視しなくなるかもしれない。中国は、習近平が国際経済戦略として大きな力を入れているユーラシア経済開発策「一帯一路」のサミットを北京で開いた。中国は、この分野への欧米からの投資増加を望んでいる。トランプは、それに合わせて中国との経済紛争を解決してやり、中国の覇権拡大を支援している。米国の、南シナ海における中国敵視策も雲散霧消している。 (Beijing Trumpets U.S.-China Trade Plan as Summit Nears) (Trump’s Mixed Signals on South China Sea Worry Asian Allies) (China says has 'positive' talks with Vietnam on South China Sea

▼既存の世界体制と新体制とのせめぎ合いが続く

 今回の3つのテーマのうち、2つ書いただけで、またもや長くなってしまった。3つ目の米国の財政問題は短く書く。米政府の予算は9月まで延長されたが、10月以降の来年度予算については、夏に再び議論になる。トランプの経済政策は、まだほとんど議会を通っていない。大幅減税案(=財政赤字急増)も、議会を通るメドがない。戦いは序盤にすぎない。トランプは、自分がやりたいと考えている財政、税制、経済、貿易などの政策を、強硬に反対している議会に通すためには、むしろ政府閉鎖を辞さないぐらいの姿勢の強さで臨んだ方がいいんだという趣旨の発言を発している。事態は好転しない。トランプがもがくほど、米国の財政混乱はひどくなる。デトロイトやプエルトリコなど、地方財政の破綻も広がっている。 (Trump Says Government Shutdown Could Be Needed ‘to Fix Mess’

 米国は政府財政だけでなく、年金の危機も拡大している。米国だけでなく、日本を含む先進国全体の問題だが、これから起きる年金の崩壊は、高齢者の生活を破綻させていく。賃金の伸び悩み(実は賃下げ)による中産階級の貧困層への転落と合わせ、世界的な貧富格差の増大が今後も続く。金融バブルの拡大もひどくなっている。 (Your Pension Will Be At The Center Of America's Next Financial Crisis

 今回の3つのテーマ(欧州政治、北朝鮮、米国の財政)に共通しているのは、既存の世界体制(米国覇権、軍産エスタブ支配)と、新たに立ち上がってきた世界体制(多極化、ポピュリズム的ナショナリズム)との間のせめぎ合いだ。このほか、最近書いた、露イラン主導のシリア内戦の終結への流れ、トランプがアラブやロシアと組んで進め出したパレスチナ問題、ロシアによるウクライナ東部の事実上の併合によるウクライナ内戦の解決、日本が米国抜きのTPP11を推進している話など、いずれも新たな世界体制の立ち上がりを意味する動きになっている。 (露イランのシリア安全地帯策) (よみがえる中東和平) (ウクライナ東部を事実上併合するロシア) (The Donetsk People’s Republic seeks to join the Russian Federation) (日豪亜同盟としてのTPP1:対米従属より対中競争の安倍政権



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