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金融市場はメルトアップの後にメルトダウン

2017年10月25日   田中 宇

 米連銀(FRB)は、10月1日から、バランスシート(勘定。資産)の縮小を開始したことになっている。連銀は、9月20日の会議で、10月から毎月100億ドルずつ手持ちの債券を売却していき、リーマン危機後の金融救済策(表向きはデフレ解消、景気回復策)として15年まで続けていたQE(通貨発行による債券買い支え)によって5倍に肥大化した連銀の保有資産を縮小する健全化に着手することを決めた。今年10-12月は毎月100億ドルずつ、来年1-3月は200億ドルずつと、売却(資産縮小)の額を月額500憶ドルまで増やしていく計画だ。 (米連銀の健全化計画にひそむ危険性

 ところが、10月の第3週まですぎた今、連銀は、保有する債券を売却していくどころか、逆に買い増している。連銀は毎週水曜日の時点の資産総額を発表しており、資産縮小開始直後の10月4日の時点で4兆4600億ドルだった。次の10月11日には、10億ドル減って4兆4590億ドルになった。だが、その次の10月18日には、110億ドル分を買い増して4兆4700億ドルに増えてしまった。増加の理由については、何も発表されていない。 (Is the Fed Getting Cold Feet about the QE Unwind?

 連銀が債券を運用する上での技術的・一時的な操作であり、あと2-3週間すれば予定通り債券の売却が進むのかもしれない。だが、そうでなく、連銀が債券を放出すると債券相場が急落(金利が急騰)してバブル崩壊する可能性があるので売却に踏み切れないのかもしれない。連銀がリーマン危機後にQEを開始したときは、開始直後から計画通り旺盛に巨額の債券を買い続けている。債券を買うほど金利が下がり、巨額債務を抱える金融界が楽になった。 (Federal Reserve Watch: When Is Balance Sheet Reduction Starting?

 だが今回の終了時は、大盤振る舞いな開始時と全く異なる。連銀は、債券を売ったら当然起きる金利の上昇をできるだけ引き起こさぬようにしつつ、売っていかねばならない。長年のQEによって、金融相場は高騰し、株も債券も巨大なバブル状態になっている。ジャンク債の担保の掛け目は史上最低まで落ちている。ジャンク債の金利をさらに下げると投資家の利ざやがなくなるので、金利を下げる代わりに担保の掛け目を甘くしている。リーマン危機の前に起きていた現象が復活している。明らかにバブル状態だ。 (Junk Bond Debt Covenant Quality Drops To All Time Lows

 連銀の債券放出は、金利の急騰=バブル崩壊を引き起こしかねない。買う時より売る時の方がはるかに難しい。QEは「出口がない」と、開始時から指摘されていた。売却を始めることになったものの、連銀は、危なくて売れない状況に直面している可能性がある。不気味な事態だ。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米

▼トランプの減税政策が議会を通らないと株価急落になる

 株価は先週、米国も日本も、最高値を更新した。米国の平均株価は先週の5日間、毎日史上最高値を更新する「かんぺきな一週間」だった。米国の株価が、企業の利益との比較で今より高い状態だったのは、歴史上、1929年の大恐慌の前と、99年のドットコムバブルの時の2回だけだ。歴史から考えると、株価はバブル崩壊に瀕している。 (Why The Next Stock Market Crash Will Be Faster And Bigger Than Ever Before

 これまでの何回かの米国での株式のバブル崩壊は、暴落(メルトダウン)の前に「メルトアップ」と呼ばれる現象が起きている。株価の下落を引き起こす出来事が発生すると、その後、株が下がるどころか逆に上がる現象だ。これは、株価が何か月も上がり続けてマスコミが喧伝し、上がっているのなら自分も株に投資して儲けようと考える一般市民が次々と株式口座を開設して個人投資家になり、株価が下落したところでいっせいに買いを入れるために起きるとされている。 (A melt-up is likely gripping the market, and its ultimate demise could resemble the 1987 bust, Wall Street's Ed Yardeni predicts) (When the “Melt-up” Melts Down

 メルトアップがしばらく続くと、投資家の間に、上がりすぎて危険だから売り逃げた方が良いと思う傾向が強まり、高値を更新し続けた直後にバブル崩壊の暴落となる。30年前のブラックマンデーはそうやって起きた。メルトアップは、メルトダウンの前兆と考えられている。昨今は、株価が下落すると買い支える日欧中央銀行のQEの資金もあり、9月以降、メルトアップが起きるようになっている。 (24000 By Christmas? Don’t Be Surprised If It Happens. Just Remember, All Market Melt-ups End Just When Things Look Their Brightest) (In The Shadows Of Black Monday - "Volatility Isn't Broken... The Market Is"

「金融専門家」の間からも、バブル崩壊が近いという警告が、しだいに強く発せられるようになっている。先日ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーは「今の金融市場は、我々の人生の期間中で最も危険な状態にある」と述べている。2013年にノーベル経済学賞ととったロバート・シラーも、以前から、金融がひどいバブル状態で、いずれ崩壊すると警告を発している。 (Nobel Laureate Richard Thaler: "We Seem To Be Living In The Riskiest Market Of Our Lives") (Bill Gross: "We Have Fake Markets Because Of The Fed"

 ドイツのショイブレ財務相(今は議会議長)も「世界的に負債と流動資金が大きすぎる状態で、新たなバブルが形膨張しており、危機になりかねない」と10月初めに述べている。IMFも、国際金融システムが崩壊寸前だと指摘している。崩壊がいつ起きるか予測しにくいが、バブルがひどくなり、危険が異様に高まっていることは間違いない。 (Wolfgang Schäuble warns of another global financial crisis) (Here Is The IMF's Global Financial Crash Scenario

 バブルが膨張しており、暴落前に起きるとされるメルトアップも起きている。それでも今回は、ドットコムバブルやリーマン危機前の住宅金融債券バブルの時には存在しなかったバブル延命のメカニズムとして、日欧中銀のQEが続けられている。欧州中銀はQEの残額が減ってきており、来年から減額しそうだが、日銀の黒田総裁は、まだまだQEを続けると表明している。年内は、メルトアップを続けながらもバブル崩壊しないというバブリーな予測も飛び交っている。 (The Melt Up Continues) (Kuroda Says Bank of Japan Will Keep Pursuing Aggressive Monetary Easing

 現在の金融バブルの膨張は、世界経済の「回復」、日欧中銀によるQE継続、トランプの減税政策への期待という3つの要素に支えられている。このうち経済の「回復」は、かなり誇張されており幻影だ。日本人の多くは経済回復を全く実感できないし、米国カナダの国民の4割は月々の決まった支払いにも苦労する状態だ。 (4 In 10 Canadians Can Not Cover Basic Expenses Without Going Deeper In Debt

 トランプの減税政策は、10月19日に第一弾の減税法案が議会上院で賛成51・反対49で可決されるなど、先日まで、順調に進みそうな感じが続いてきた。だが、10月24日に、共和党のジョン・マケイン、ボブ・コーカー、ランド・ポールという3人の有力な上院議員たちが、減税案に賛成しないそぶりを見せ始め、急に雲行きが怪しくなってきた。マケインとコーカーは、昨年の選挙戦で「ネバートランプ」運動に参加し、基本的に反トランプだ。2人が反対に回ると賛成49で否決されてしまう。 (Tax Reform Suddenly In Jeopardy: Corker, McCain And Paul May Not Back Tax Cuts

 11月にかけて、トランプの減税案が議会上院を通らない可能性が高まると、株価を急落させる要因になる。ムニューシン財務長官が、そのように指摘している。ムニューシンは、議会共和党に減税案を通させるために「議会が否決したら株価が暴落する。そうなったら議会のせいだぞ」と、議会に圧力をかけている。日本も総選挙で安倍を勝たせるために行われていた株価つり上げの効果が、選挙後の今、いつまで続くか怪しいし、中国も、相場を党大会のために安定させていたのが、今日の党大会の終了後、また下がるかもしれない。中国の習近平の台頭については、次回に書く。 (Mnuchin warns of fall in equities without Trump’s tax reforms



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