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シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ

2018年4月14日   田中 宇

 4月7日にシリアの首都ダマスカスの近郊にある東グータ地区の町ドゥーマで、化学兵器(塩素ガス弾)を使った攻撃が行われ、数十人以上が死んだと、シリア反政府勢力(ISアルカイダ系のテロ組織)の傘下の「民間の救急・人道支援団体」である「白ヘルメット」が発表した。米政府から資金援助されているシリア系米国人のアサド敵視の医療関係者の団体SAMS(Syrian American Medical Society)も、シリア政府軍が化学兵器攻撃をやったようだと発表した。 (How the Syrian American Medical Society Is Selling Regime Change and Driving the U.S. to War) (Trump Threatens Putin, "Animal Assad" Over Syrian "Chemical Attack"; Russia Warns Of "Grave" Response If US Launches Strike

 事件は、ロシア軍に支援されたシリア政府軍が、東グータ地区をISカイダから完全に奪還する3日前に起きた。事件後、化学兵器が使われたとされるドゥーマの現場にロシア軍が入り、化学兵器の専門家が現場を調べたが、化学兵器が使われた痕跡がなかった。ドゥーマで唯一機能している病院に、事件後に化学兵器の被害を受けたとおぼしき人々が診察に来た事実もなかった。白ヘルメットは、化学兵器の被害を受けて死んだ市民の遺体が多数あったと喧伝したが、市内にも、病院の霊安室にも、その手の遺体が全くなかった。ロシア政府はそのような調査結果を出している。 (Doctors in Syria's Douma refute reports of patients suffering from chemical poisoning) ("There Wasn't A Single Corpse": Russia Claims 'White Helmets' Staged Syria Chemical Attack

 白ヘルメットとSAMSは、米政府から資金援助され、反政府勢力(ISカイダ)と行動をともにしており、アサド政権を敵視するISカイダの一部といえる。彼らがアサドを不利にするために「政府軍が化学兵器を使った」とウソを言ったとしても不思議でない。白ヘルメットはこれまでも、シリア政府軍がISカイダから占領地を奪還するための戦闘で通常兵器を使うと、その直後に現場で塩素ガスなどの化学兵器を散布して、もしくは実際に散布せず、市民が化学兵器の被害に遭っているかのような光景の動画を事前に作成しておいてユーチューブにアップし「政府軍が塩素ガスを使った」と喧伝する「偽ニュース戦略」をやってきた。欧米など米同盟諸国のマスコミは、その偽ニュースを「事実」として報じ続けてしまっている。 (Taking the World to the Brink of Annihilation

 今回も、欧米など米同盟諸国の政府やマスコミは、白ヘルメットが喧伝を始めた直後から、それを鵜呑みにして、シリア政府軍が化学兵器を使ったと、決め打ち的に発表・報道している。ロシアやシリア政府の指摘は無視されている。米英仏は、無根拠なシリア政府犯人説を前提に、4月14日にシリア政府の拠点への空爆を開始した。 (Syria chemical attack was false flag operation by US, allies: Analyst

 ドゥーマなど東グータ地区は、露イランに支援されたシリア政府軍が勝った内戦のシリアで、最後に残っていた反政府勢力(ISカイダ)が立てこもる拠点の一つだった(ほかにイスラエル・ヨルダン国境沿いのシリア南西部が残っている)。2月から、シリア政府軍が東グータを奪還するための戦闘を行い、3月末には東グータのほとんどの地域を政府軍が奪還した。 (いまだにシリアでテロ組織を支援する米欧や国連

 ロシア軍当局が、反政府勢力各派とシリア政府の間を仲裁してきた。戦闘をあきらめた反政府勢力の派閥は、ロシアの仲裁を受諾してシリア政府に投降して武装解除され、反政府勢力の兵士とその家族らは、シリア政府が用意したバスの隊列に乗り、シリア北部のイドリブ周辺に次々と移動した。トルコ国境に接するイドリブは、シリア領内だがトルコ軍が管理しており、シリア各地で政府軍に負けて投降した反政府勢力とその家族たちが移動する先として指定されている。イドリブに移住した反政府勢力は、トルコ軍が供給する仮設住宅(テント)や食料に依存して生活している。 (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平) (欧米からロシアに寝返るトルコ) (シリアをロシアに任せる米国

 シリア内戦の途中まで、トルコは米サウジと組んでシリアのISカイダを支援していた。ロシアがオバマに頼まれて15年末にアサドを支援してシリアに参戦し、ISカイダが掃討されていく中で、トルコは2016年夏、ISカイダを見捨ててロシアの側に転じた(トルコはNATO加盟国なので、その後も形だけアサドを敵視している)。ロシアはトルコに「ISカイダはもともと貴国が支援していたのだから、シリアで敗北したISカイダの面倒も帰国が見ろ」と言われ、2016年末のアレッポ奪還後、政府軍に投降した反政府勢力とその家族をイドリブに集めてトルコが面倒見る現体制が組まれた。内戦が終わり、シリアの国家再建が始まったら、反政府勢力の社会復帰の事業を始めることを、先日の露トルコイランのサミットで決めている。 (Turkey says will hand over Afrin to new Syrian govt. following elections) (Russia sees benefit of nudging Turkey on to Manbij in Syria) (Iran wants Idlib freed, occupying US troops out of E Syria: Senior official

 話を東グータに戻す。4月5日、東グータで最後まで政府軍と戦っていたドゥーマの反政府勢力であるアルカイダ(Jaish al-Islam)が、仲裁役のロシアと交渉し、政府軍に投降することが決まった。これで東グータが完全に奪還されるかと思いきや、翌日、アルカイダの現場司令官が(上部=米英諜報界からの命令で?)交代し、やっぱり投降しないと言い出して政府軍との戦闘を再開した。そして戦闘再開の翌日の4月7日、アルカイダの一部である白ヘルメットが、政府軍が化学兵器で住民を攻撃したと言い出した。白ヘルメットが化学兵器騒動を起こした翌日の4月8日、ドゥーマのアルカイダは最終的に政府軍に投降し、バスでイドリブに移動した。 (Trump’s Rush to Judgment on Syria Chemical Attack) (Negotiators: Syrian Rebels Agree to Leave Douma) ("There Wasn't A Single Corpse": Russia Claims 'White Helmets' Staged Syria Chemical Attack

 この経緯から言えるのは、最後の反政府勢力が投降しそうな時に、シリア政府軍が国際非難を引き起こす化学兵器をわざわざ使うはずがないことだ。むしろ、東グータの最後の反政府勢力が投降しようとしているのを見て、アルカイダの上部の勢力(=米英諜報界、米英軍、軍産複合体)が、アサドを非難する濡れ衣作戦を行う最後の機会だと気づき、アルカイダの現場司令官を交代させ、投降をいったん撤回した上で、でっち上げの化学兵器騒動を白ヘルメットにやらせたと考えられる。事件後、奪還したドゥーマに調査に入ったロシア軍は、病院で働く医学生(Halil Ajij)らから、濡れ衣喧伝用の動画がどのように作られたかを聞き取ることができた。 (Syrian Rebels Agree to Leave Douma) (We Have Evidence of UK's Role in Staging Douma Provocation - Russian MoD) (Russia Has "Irrefutable Evidence" UK Staged Syrian Chemical Attack

 ロシアとイランの政府によると、シリア政府軍が4月11日、完全奪還した直後の東グータ地区で掃討中に、何人かの英国軍の特殊部隊がいるのを発見し、拘束した。イランのファルス通信社(シリア政府を支援する革命防衛隊の系列)によると、英国のほか、米国トルコ、イスラエル、ヨルダンが、3月より前に、東グータに特殊部隊や傭兵団を派遣してISアルカイダを支援し、東グータが露シリア軍に奪還されるのを防ごうとしていた。米英トルコ側の動きに気づいた露シリア軍は東グータの奪還戦の展開を急ぎ、米英トルコ側がISカイダに十分な支援を与える前に東グータを奪還することに成功した。東グータに取り残された米英トルコ側の特殊部隊や傭兵団は、アルタンフ(東グータから砂漠を隔てたヨルダン国境沿いのまた)の米軍基地と連絡を取りつつ、イドリブに避難するISカイダの勢力に混じって東グータから脱出したが、脱出しきれなかった英軍特殊部隊がシリア軍に見つかって拘束された。 (Syrian Army Captures British Military Men in Eastern Ghouta

 つまり、露イランによると、東グータのISカイダは米英トルコ側の特殊部隊に支援されており、その司令塔がアルタンフに勝手に基地を作って居座っている米軍だった。ロシア防衛省は「ドゥーマの化学兵器攻撃のでっち上げに英国も参加していた。そう言える証拠がある」と言っているが、その証拠とは、シリア軍が東グータで逃げ遅れた英軍特殊部隊を捕まえたことを指していると考えられる。 (Russia says Britain helped fake Syria chemical attack

「シリア軍が化学兵器を使った」という結論を出しているOPCWの報告書は、現場の住民の証言と物証をもとに作成されており、シリア政府軍が通常兵器でISカイダの占領地を空爆した直後にISカイダ側が塩素ガスを散布して「政府軍がやった」と騒ぐやり口を見破るのが困難だ。政府軍の攻撃と、塩素ガスの被害の日時や場所がずれている場合、OPCWの報告書は、誰がやったのかわからないと結論づけている。ISカイダがやった可能性があるとは決して書かない。ISカイダが塩素ガスを撒いた時間と場所が、政府軍の通常兵器による攻撃の直後で同じ場所だった場合(ISカイダによる濡れ衣攻撃がうまく成功した場合)、OPCWは、シリア政府軍がやったと考えられると結論づけている。この件は、改めて詳しく書くつもりだ。今は、現在進行中の事態を追うので精一杯だ。 (OPCW Fact-Finding Mission in Syria) (OPCW: Letter dated 24 November 2015 from the Secretary-General addressed to the President of the Security Council) (Third Report of the OPCW Fact-Finding Mission in Syria

 露シリアの軍は、ISカイダから奪還した地域で、ISカイダが設置した複数の化学兵器(塩素ガス)の貯蔵庫を見つけている。合計40トンの化学兵器が貯蔵されていたという。これらの件はおそらく今後、さらに具体的な証拠とともに、事実として明らかになっていくだろう。米欧日など米同盟諸国の政府やマスコミが「シリアのISアルカイダは米英などに支援されていた」という事実を、いつまで無視し続けられるのかが今後の焦点の一つだ。 (Militants left over 40 tons of chemical weapons in Syria: Russia

 昨年来、シリア内戦でISカイダが露アサドに負けて縮小する中で、今回のような、米英諜報界(軍産)が傘下のISカイダにやらせてきたシリアでの濡れ衣の化学兵器攻撃劇は、しだいに露骨でひどいものになっている。シリアの新たな覇権国であるロシアは、それまでの黙認傾向だったが、昨秋来、堪忍袋の緒が切れ、濡れ衣化学攻撃劇を許さず非難するようになっている。米露世界大戦につながりかねない今回のドゥーマでの濡れ衣化学攻撃劇を機に、ロシアは今後、シリアでの濡れ衣化学攻撃を許さない傾向を強め、予防策と真相究明を徹底するだろう。

 英国のソールズベリーでは、元ロシア政府諜報員のスクリパリの父娘が化学兵器で攻撃されたと喧伝されている事件で、英政府が「ロシア政府が犯人だ」と無根拠な主張をしてしまい、後になって無根拠さが露呈して引っ込みがつかなくなっている。このスクリパリ事件と、今回のシリアのドゥーマでの化学兵器使用のでっち上げは、いずれも、英国が無根拠に「ロシアのせいだ」と言って英露対立を引き起こし、しだいに英国によるでっち上げと、ロシアの対応の正しさが示される事態になっている点で、同期している。背後にトランプの影がちらついている点も連動している。 (英国の超お粗末な神経ガス攻撃ロシア犯人説

▼トランプは軍産を引っ掛けるため3月末に「シリア撤退」を宣言した?

 シリアのISカイダが米英などに支援されていたことは、私の読者にとって、目新しいことでない。今回のドゥーマの濡れ衣の化学攻撃劇が画期的な点は、トランプが軍産複合体との果し合いで勝つために誘発したものだということだ。トランプは3月末、シリアから米軍を撤退すると突然に宣言したが、これは、軍産がトランプによるシリア撤退を妨害する目的でISカイダに濡れ衣の化学攻撃劇をやらせるように仕向けるための、トランプから軍産への「引っかけ」だった可能性がある。 (Four-Star US General Warns "War Is On The Horizon" As Syria Situation Escalates) (US Isn’t Leaving Syria—but Media Lost It When Possibility Was Raised) (Syria Isn’t Just About Syria

 昨年(17年)にも、3月末にトランプがヘイリー国連大使らに「もはやアサドは敵でない」と言わせ、シリア撤退を志向し始めたところ、4月初めにシリア北西部のカーンシェイクンで「シリア政府軍が化学兵器で住民を攻撃した」というでっち上げ事件が起こり、トランプはシリア撤退できなくなり、逆に、シリアの空軍基地に向けて60発のトマホークミサイルを発射する事態になった。その後しばらくして、ティラーソン国務長官やマティス国防長官が「4月に化学兵器を使ったのが誰か確定できない(シリア政府軍だとは言い切れない)」と言い出し、濡れ衣事案だったことを認めている。今年は、去年とほとんど同じ日程で、トランプのシリア撤退の宣言、濡れ衣の化学兵器攻撃劇、そして米英仏によるシリアへのミサイル撃ち込みが起きている。 (Syria - Timelines Of 'Gas Attacks' Follow A Similar Scheme) (Taking the World to the Brink of Annihilation) (Mattis Tries to Put Brakes on Possible Syria Strike, to ‘Keep This From Escalating’

 トランプは、選挙戦中からシリア撤退を言っていた。就任2か月後の昨年3月末、トランプは本気でシリアから米軍を撤退するつもりだったのだろう。だが今年は違う。昨年と同じ日程で、シリアから米軍を撤退するぞと宣言したら、何が起きるかわかっていたはずだ。今年のトランプのシリア撤退宣言は、軍産の化学兵器攻撃劇を誘発し、それを受けてトランプが「アサドもロシアも許せない。シリアを攻撃する。ロシアとの戦争も辞さない」と宣言し、ちょうど4月9日に安保補佐官に就任したばかりの「ミスター政権転覆」のボルトンもここぞとばかり好戦性を発揮し、マティス国防長官ら軍産側が「ロシアと戦争するのはまずいです。ドゥーマで誰が化学兵器を使ったかを精査するのを先にやった方が良い」と慎重論に走るように仕向ける策だったと考えられる。 (Bolton And Mattis Feud Over Syria Strike As Assad Evacuates Weapons) (Tensions Are Flaring between Washington and Moscow

 軍産は、ロシアとの恒久対立する構図を維持するのが目標だ。ロシアと戦争するのは真っ平だ。米露が戦争したら人類破滅の核戦争になる。見かけだけ一触即発っぽい米露の対立劇を何十年も維持するのが軍産の目標だ。それによって軍産は米国の世界戦略を牛耳り続けられる。トランプはこの構図を逆手に取り、テレビドラマ演出の経験を生かし、本気でロシアと戦争しそうな感じで突っ走って軍産をビビらせ、軍産がトランプの好戦論に反対してロシアと戦争しないでくれと言わせ、軍産の「戦争反対」の姿勢に押される形で、米軍のシリア撤退もしくは米露協調を実現しようとしている。トランプは北朝鮮に関しても「先制攻撃」を言い続けて軍産をビビらせ、米朝会談の開催につなげている。トランプは今回、シリアで「北朝鮮方式」を試みているわけだ。 (Secretary Mattis: U.S. Government Not Sure Who Carried Out Chemical Attack in Syria) (Trump Backing Away From Attack on Syria) (米朝会談で北の核廃棄と在韓米軍撤退に向かう

 こうしたトランプの「好戦策を過激に軍産の策を無力化し、米国覇権の放棄・瓦解や多極化につなげる」という隠れ多極主義を、トランプ以前にやっていたのはブッシュ政権の「ネオコン・タカ派」だ。その生き残り(今でも米政界にいる人)が、今回政権に招き入れられたジョン・ボルトン(チェイニーの弟子)である。トランプの覇権放棄・隠れ多極主義の師匠は、バノンからボルトンに交代している(バノンもチェイニーの隠れファン)。トランプは、ブッシュ政権内の暗闘でスキャンダルを塗られて失脚・訴追されたチェイニー副大統領の元首席補佐官でネオコンのルイス・スクーター・リビーを恩赦した。米政界に戻れるリビーは、ボルトンのネオコン(=覇権放棄)策に磨きをかけてくれそうだ。 (Scooter Libby: Trump pardons former Cheney aide convicted of lying to FBI) (中東大戦争を演じるボルトン) (Bannon: Darkness is good. Dick Cheney. Darth Vader. Satan. That’s power.

 シリアの新たな展開は、まだ発展途上だ。今回はとりあえずという感じで書いた。情報の読み込みが追いつかない。トランプの策が成功し、シリア情勢は「米露の世界大戦になりそう」と「外交で解決しそう」の間を毎日往復している。今後も話はまだまだ続く。



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