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韓国と北朝鮮が仲良く米国に和平を求める新事態

2018年9月23日   田中 宇

北朝鮮の核問題は従来「同盟国である米国と韓国(や日本)が、団結して北朝鮮に核廃絶しろと圧力をかける」という構図だった。だが、9月18-20日に北朝鮮の平壌で行われた今年3度目の南北首脳会談では「南北統合を望む韓国と北朝鮮が、団結して米国に、北朝鮮との恒久和平(朝鮮戦争の終結)を確立してくださいとお願いする」という、史上初の新しい事態が生まれた。 (We doubted the showy Korea summits. But now we’re seeing the seeds of a deal.) (North and South Korea Push to End Korean War, but U.S. Opposes

朝鮮半島問題の解決は(1)北朝鮮が核兵器を放棄する、(2)米韓は北敵視をやめて在韓米軍を撤退する、(3)米朝と南北が和解する。という3つの目標からなっている。従来の構図は、米韓が北に圧力をかけて(1)をやらせ、それが成就してから(2)と(3)をやる予定だった。米国は北の政権転覆を目標にしてきたため、北から見ると、北が(1)をやった時点で、(2)(3)が進むどころか逆に、抑止力を放棄した北が米国から先制攻撃されて政権転覆されかねない。だから北は(1)をやらず、米韓の北敵視と在韓米軍の駐留が恒久化するのが従来の構図だった。米国の権力を握ってきた軍産複合体は、在韓米軍の恒久駐留が目標なので、米朝と南北の敵対の恒久化が望ましかった。軍産の目標は、北の政権転覆(軍事による敵対終結)でなく、敵対の恒久化だ。 (U.S. Perversity on Peace in Korea

この構図は、在韓米軍の撤退を目指すトランプ大統領の登場後、崩れ出した。トランプは軍産支配を壊すため、まず北の政権転覆を本気でやるそぶりを見せて軍産をひるませた後、北との和解策に大転換し、史上初の米朝首脳会談を6月に実現した。トランプは、首脳会談で北の金正恩と和解し「いずれ在韓米軍を撤退させたい」と宣言までしたものの、その後、議会や政権周辺の軍産勢力の反対に阻まれ、北が核廃絶するまで朝鮮戦争を終結しない姿勢をとらされている。トランプと正恩の和解は維持されているが、それが朝鮮戦争の終結や在韓米軍の撤退に発展しない。米国は、トランプと軍産の暗闘で動けなくなっている。 (意外にしぶとい米朝和解

そんな中で開かれたのが平壌での南北会談だった。韓国の文在寅大統領は、今年初めに金正恩が(おそらくトランプの戦略の真意に気づいて)米韓と和解したいと表明して以来、米朝をつなぐ連絡役・兼トランプの対北和平の別働隊として動いている。文在寅は、米国が動けなくなっているのをしり目に、米韓同盟を維持したまま、南北和解を進め、北緯38度の南北分界線における軍事対立を低下している。米朝は止まっているが、南北は和解が進んでいる。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ

前出の(1)-(3)のうち、(1)北の核廃棄はあまり進んでいない(古い実験場の閉鎖などのみ)が、(2)米韓の北敵視中止と在韓米軍撤退、のうち韓国の北敵視は中止された。(3)米朝と南北の和解も、南北の部分が急速に進んでいる。そして、和解した南北が共同し、米国の軍産に敵対中止を求めたのが今回の平壌会談による進展の一つだ。今年初めに正恩が米韓と和解する姿勢を見せ始めて以来、正恩と在寅とトランプは、敵対解消を共通の目標とする「同志」だ。正恩と在寅が、同志であるトランプを応援する意味で、トランプの敵である軍産に「もう南北は和解しました。北は21年までに核廃棄します。だから、北敵視をやめて朝鮮戦争の終結を認めてください」と要請している。 (4 Big Revelations from the Kim-Moon Summit

私はこれまで何度か「韓国が米国との対立を辞さずに北と和解し、在韓米軍に撤退を求めるのでないか」と予測してきたが、これは間違い(私がよくやる、早すぎる予測)だったようだ。文在寅は今のところ、そのやり方をとっていない。在寅は、廬武鉉政権の韓国が、米国の反対を押し切って北と和解して失敗した教訓を踏まえている。韓国の和平派が米国(軍産)と対立すると、米国は北との対立を意図的に激化し、韓国の和平派の対北和解策を潰してしまう。韓国はいずれ、もっと米国の覇権が低下してから米国の圧力に反発するようになる。 (グレイトになって戻ってきた米朝首脳会談

正恩は、在寅から頼まれたらしく「在韓米軍は、米国と韓国の問題なので、北朝鮮の方から在韓米軍の撤退を求めることはしない」という姿勢をとっている。正恩が平壌会談でこの姿勢を表明したと、在寅が言っている。米国が朝鮮戦争の終結を認めたら、その時点で米軍が韓国に駐留する法的根拠も失われる。北は、朝鮮戦争の終結だけ求めていれば良い。米国の軍産と、韓国の対米従属派が固執する在韓米軍の駐留に、直接北が切り込む必要はない。在寅だけでなく正恩も、軍産との対立を避ける姿勢をとっている。北が9月9日の建国70周年の軍事パレードに弾道ミサイルを出さなかったのも、この姿勢の一つだ。 (South Korea's Moon: Further progress with North Korea will depend on the US) (North Korea's Nuclear Disappearing Act

最近の記事で、南北で列車の相互乗り入れをする構想が、在韓米軍の反対で頓挫していることを書いた。列車乗り入れ構想は、平壌会談で米国の反対を押し切って進むかとも思われたが、そうならなかった。先に軍事緊張の緩和を進め、北の脅威の低下を在韓米軍に認めさせてから、相互乗り入れを実現することにしたようだ。これも、米国と喧嘩しないことにした文在寅の姿勢を思わせる。 (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか

▼金正恩と文在寅とトランプが政権にいる限り和平が続く

朝鮮半島の今年の動きは、金正恩にとって、国際社会から普通の国として認知されて経済成長していく好機だ。文在寅にとっては、南北和解と対米自立を実現する好機だ。トランプにとっては、軍産支配を壊す好機だ。3人とも、今の流れを崩さずに続けたい。だから米朝も南北も、良い関係を今後も維持する。3人が政権を持っている限り、緊張緩和が続く。国内の反対派が関係を破壊しようとする動きを阻止するメカニズムも、米朝首脳間のホットラインや、南北が新設する連絡事務所や軍事対話の委員会によって強化されている。南北が和解し、それにトランプが「いいね」する流れが、今後も続く。朝鮮半島の緊張緩和状態が、しだいに長期化する。 (North, South Korea to Form Joint Military Committee

中国は9月初旬、北からの石炭の輸入を認めるなど、北に対する経済制裁を緩和した。中国企業が請け負っていた北での建設工事や、中国人観光客の平壌訪問も再開した。米国(軍産)は「北が完全核廃絶するまで制裁緩和はない」と言うが、他の国々はすでに米国を軽視している。 (China Loosens Trade Restrictions on North Korea

今回、北は21年までに核廃絶すると表明したが、そのとおりに進むかどうかわからない。米国の軍産や、韓国(や日本)の対米従属派は今後も「北は信用できない」と言い続け、不信感や敵対を扇動するだろう。だが、現実の軍事的な緊張は低下し、南北間の信頼関係が醸成されていく。朝鮮半島が戦争になるとしたら、それは米朝間の長距離ミサイル攻撃でなく、南北間の分界線での戦闘によって始まる。南北は今回の平壌会談で、分界線で戦闘しないことを約束し合った。不戦体制を恒久化する信頼醸成措置の構築も進んでいる。 (North and South Korea Take Important Steps to Demilitarize the Korean Peninsula

平壌会談では、今年中に金正恩がソウルを初めて訪問することも決まった。ソウル訪問は、韓国人の正恩に対する好感を引き上げ、北敵視の対米従属派を弱め、文在寅の人気を高める効果がある。北が最近敵視しているのは、和平に関係している韓国でも米国でもなく、今の和平の流れから外れている日本だ。日本は孤立しているので、北がいくら敵視しても、北にとって損失がない。安倍は正恩に会いたいのに、なかなか会わせてもらえない。南北が和解して事態が安定すると、朝鮮の経済規模が拡大し、地政学的な地位も上がる。相対的に、東アジアにおける日本の優勢がさらに失われる。 (‘The Era of no war has started:’ Koreas reach new agreements

今はまだ可逆性が高い南北の和平体制が、今後定着し、不可逆的になっていくと、韓国にとって脅威がなくなったのに、なんで米軍が韓国に駐留し続けるのか、撤退した方が良い、という話が強まる。トランプが、議会と共和党内の軍産と無理に戦って自分から在韓米軍の撤退を強行しなくても、南北の和解が、世界と米国の世論を在韓米軍撤退の方向に押してくれる。平壌南北会談の前、金正恩がトランプに書簡を送り、2度目の米朝会談を要請した。そこで、トランプの1期目の終わりである21年までに北が核廃絶することが決まりそうだと、ポンペオ国務長官が示唆している。2度目の米朝会談で、朝鮮戦争の終戦が宣言ないし調印されるかどうか不明だ。だが今後、朝鮮半島の緊張緩和が続くほど、朝鮮戦争の終戦、在韓米軍の撤退が実現する可能性が高まる。 (North Korea to Allow Outside Inspectors to Visit Missile Test Site

北はおそらく、21年までに核兵器を廃棄してみせるだろう。それが北の保有核のすべてかどうかわからない。米国でさえ、北が合計何発の核兵器を持っているか、確証持って言うことができない。北が、核の一部を隠し持つ可能性は十分にある。だが、それがどこに隠されているか、米国も知らない。イラク戦争の時は「まだ持っているはずだ」と米国が無根拠に言い放つだけで、それが大きな国際圧力(CVID地獄)になったが、今の米国には、もうそんな政治力(国際信用、覇権)がない。軍産の強硬姿勢と裏腹に、覇権放棄屋のトランプは、早く北を許してしまいたい。米国(軍産)が「まだ持っているはずだ」と言い続けても、中国とロシアが「もうこのくらいにしておきましょう」と言うと、それが北核問題の終了・解決になる。 (朝鮮戦争が終わる) (US Secretary of State Mike Pompeo says North Korea denuclearisation to be completed by early 2021



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