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トランプ流の新世界秩序を見せたG20サミット

2018年12月7日   田中 宇

南米ブエノスアイレスで12月1日まで開かれたG20サミットは、外交的なドタバタ・がちゃがちゃが、とてもトランプ風だった。特質の一つは、中国やロシアといった他の「極」の諸大国との敵対を強めることで、それらの国々の立場を強化してやったことだ。とくに、貿易戦争の相手である中国との間がそうだ。今回のG20の最大の焦点は、全体会合や共同声明でなく、トランプと習近平の米中首脳会談で、貿易戦争の回避策が見いだせるかどうかだった。トランプは、一連の米中貿易戦争のドタバタを通じて、中国が米国と世界の経済にとって最も重要な国であることを浮き彫りにした。 (U.S. stocks are battered in one of their worst days of 2018 as U.S.-China trade deal appears to sputter) (China Breaks Its Silence on 90-Day U.S. Tariff Truce

トランプの米中貿易戦争に対する私の分析(見立て)は最近、やや変化している。以前は「トランプは中国経済を対米輸出依存から乳離れさせ、米国のバブル大崩壊前に経済の多極化を進めるために、米中の貿易関係を断絶しようとしているのでないか」と考えてきた。その見立ては今も変わっていないが、最近、もうひとつの側面もあると気づいた。それは「米国のトランプ敵視のエスタブたちに、中国と本気で貿易戦争したら米経済が不況になってしまうとあわてさせ、本気で25%関税をかけるぞと息巻く演技をして、米国(同盟諸国)の中国敵視の構図を内側から破壊すること」である。 (U.S.-China Trade Truce Gives Both Sides Political Breathing Room) (The Trump Administration Debates a Cold War With China

この構図には既視感がある。それは「北朝鮮への先制攻撃」だ。トランプは昨夏来、北を先制攻撃するぞと息巻き、軍産エスタブ同盟諸国を慌てさせた。軍産は、北(や中国)を敵視する構図を恒久維持して、米国と世界の軍産支配を維持したいだけで、北を本気で先制攻撃して破壊・戦争したいと思っていない。トランプは軍産を十分にビビらせたあと、今年に入って、北からの和解提案をテコに対話策に大転換し、6月の米朝首脳会談を結実させた。その後は、韓国が勝手に北との和解をどんどん進め、今夏には米軍が反対して「不可能かも」と思われていた南北の鉄道結節の準備も、先日ついに開始された。次は金正恩のソウル訪問構想だ。 (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか) (South Korea train enters North for first time in a decade) (South Korea groups say they're ready to welcome Kim Jong Un

米中が相互に懲罰関税などを課して貿易関係を断絶したら、生産システムが国際化している米国企業はとても困る。GMやフォードが大量解雇に踏み切らざるを得ないなど、米経済は大不況のとば口にいる。中国との貿易戦争は、米国と中国、世界の経済を不況に陥れる。米中貿易戦争が始まりそうかどうかを(やらせの)「材料」として、株価が一喜一憂的に乱高下している。トランプは習近平との夕食会の首脳会談で、元旦に予定されていた懲罰関税の引き上げを2月末まで延期する「暫定和解」を結んだ。それで株価が急上昇。だがその後、米当局がカナダ当局に依頼して中国の華為(Huawei)の孟晩舟CFOを逮捕する「中国ハイテク企業敵視策」を挙行したため、再び株価は急落した。(孟晩舟の逮捕は、理由がイラン制裁違反で、中国とイランの結束を煽る方向) (Trade war truce may placate US, but changing China in 90 days is ‘wildly optimistic’) (Trump’s breakthrough China deal mired in confusion

トランプは今後も、こうした「中国と貿易戦争する、しない、する、しない」を繰り返す。エスタブ同盟諸国はビビり、それまでの「政冷経熱で、安保面の細かいこと(ごめんね台湾)で対中包囲網を続けたい」という姿勢をやめて、米国と世界の経済にとって米中の経済関係がとても大事だという本音を認めざるを得なくなる。中国や同盟諸国は、最終的にどっちに転んでもいいように、経済の対米自立や中国接近を進める。10月の安倍訪中が象徴的だ。トランプが経済面の中国敵視を過激にやる演技を続けるほど、世界は中国が大事だと認めていく。習近平がトランプと対等になっていく。トランプのせい(おかげ)で「国際社会」が、北朝鮮や中国を敵視しないかたちに(軍産的な米覇権型から多極型に)変質している。 (Henry M. Paulson, Jr.: The United States and China at a Crossroads

トランプは今回のG20で、ロシアのプーチンに会うと言っていたのにドタキャンした。会わない「理由」は、ウクライナとロシア・クリミアに囲まれたアゾフ海の入り口(ケルチ海峡)で11月25日に、ロシア軍がウクライナ軍の3隻を拿捕し、ウクライナへの制裁として海峡を閉鎖したことだ。報道の多くは、ロシアが悪いにように書いているが、ウクライナ軍の3隻は、ロシアが領海と主張してきた海域にわざわざ入り込んで拿捕されている。ウクライナ政府は、この事件に合わせて国内の非常事態宣言(戒厳令)を用意しており、事件の翌日にはウクライナ議会が非常事態を可決した。手回しの良さから見て、ウクライナ政府がロシアとの対立を激化させるために起こした事件だ。14年からロシア側と戦っているウクライナは、経済破綻し、金銭的・軍事的に、米国(NATO)のロシア敵視策に全面依存している。今回の事件は、米国側がウクライナと謀って挙行した可能性が高い。 (Escobar: Kerch Strait Chaos Looks "More Like A Cheap Ploy By Desperate Neocons"

ここで言う「米国側」は、ふつうに考えると「トランプ敵視の軍産(米諜報界、深奥国家)」になるが、最近はどうもトランプ自身が米諜報界を動かして、いくつもの謀略的な事件を起こしている感じだ。カショギ殺害、パリの暴動、そしてアゾフ海の拿捕事件がそうだ。これらの諜報がらみと思われる事件はいずれも、ロシアやサウジやフランスを「米国に報復したい」「対米自立せねば」と思わせるために起こされている。この事態が「世界大戦」につながるという分析もあるが、それは違う。今のロシアやサウジやフランスが米国に報復(または対米自立)する場合、起こすことは「戦争」でなく「ドル離れ」「ドル崩壊の誘発」である。石油の非ドル決済、ユーロの基軸通貨化、SWIFT代替物の開発、などだ。米国のドルや債券金融システムは最近、押し倒してほしいと言わんばかりにぐらぐらしている。世界大戦にはならない。今後、世界が多極化するほど、大国間の戦争が起こらなくなる(大国が近くの小国を戦争で制裁することは今後もある)。 (Brussels sets out plans for euro to challenge dollar dominance) (EU plans to do all oil transactions with other states in euros: Iran

ウクライナ危機は、民主党オバマ政権の時に起きた。米国の諜報界の深いところ(覇権運営組織、深奥国家、軍産複合体)は、伝統的に共和党の領域だ(たとえば先日亡くなったパパブッシュは公式なCIA要員だった)。民主党政権は諜報界の深部を握れないので、冷戦型体制を乗り越えようとしたケネディ(ピッグス湾)もカーター(テヘラン米大使館)もクリントン(ソマリアスーダン、モニカ)も、ヘマな役回りを演じさせられてきた。オバマはイラク撤退を強行し、テロ戦争や冷戦の構造を脱却しようとしたが、その一方で自分の手の届かない深奥国家にウクライナ危機を起こされ、何も対策できなかった(オバマは深奥国家に、シリア内戦も起こされたが、これはロシアへの丸投げという多極化策に転換して泥沼入りを避けた)。 (トランプと諜報機関の戦い) (シリアをロシアに任せる米国

トランプは、諜報界に喧嘩を売りつつ登場したが、今ではポンペオやハスペルなど、諜報機関のトップがトランプと信頼関係を持っている。どうやら、トランプは諜報界の指揮系統(の一部)を握っている。まだFBIなどが濡れ衣のロシアゲート捜査を続けているので、トランプは諜報界のすべてを握っている感じでない。だがこれとて、物語の展開をリアルっぽく見せるために、演出家のトランプが、わざと諜報界の一部を敵として残し、トランプ攻撃を自由にやらせている可能性がある。トランプは、軍産っぽい策を、時期や細部を意図的にずらして諜報界に挙行させることで、敵方(露中イランなど)を強化して覇権転換を進めている。諜報界は一枚岩でなく、昔から隠れ多極主義的な勢力がいた。トランプはそれの最新の代理人だ。 (Christopher Steele's Russia Intel Sucked, Contradicted CIA Assessment: Solomon) (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党

米国がウクライナに命じてロシアに噛みつかせ、それを口実にロシアを制裁するのは、かつて英国がポーランドに命じてナチスドイツに噛みつかせ、世界大戦を起こしたのと同じ構図だ。だがトランプの米国は、ロシアを勝たせて米覇権を押し倒させるために、ウクライナに好戦策をやらせている。ロシアは、世界大戦でなくドル引き倒しをやっている。何度も言うが、世界大戦にはならない。 (Putin: "We Aren't Aiming To Ditch The Dollar, The Dollar Is Ditching Us"

▼同盟諸国の若手首脳に喧嘩を売って反米非米側に追いやる

今回のG20やその前の時期にトランプは、カナダのトルドーや、フランスのマクロンといった、同盟諸国の気骨ある若い指導者たちに、あえて喧嘩を売り続けてきた。これも、トルドーやマクロンに、米国に物言いをつける対米自立した指導者になってもらおうとする策だろう。かつて米覇権の運営者(軍産、英国、同盟諸国)は、冷戦型の世界体制を維持するため、ちょい悪な独裁者に極悪の濡れ衣をかけて恒久制裁敵視する「人権外交」をやってきたが、今や人権外交の担い手として残っているのはカナダのトルドーぐらいになっている。米国は反軍産のトランプだし、英国はEU離脱騒動でそれどころでない。若いトルドーは、がんばって人権外交をしようとする。トルドーはG20でトランプと喧嘩し、改定NAFTAの署名を拒否しかけた。トランプはトルドーを罵倒・嘲笑し、なぶりものにして、政治リンチを加えている。他の諸国は、怖くて人権外交に手を出せなくなっている。人権外交は死んでいる。 (人権外交の終わり) (France’s Antigovernment Protesters Balk at Negotiations) (Trump on climate change: ‘People like myself, we have very high levels of intelligence but we’re not necessarily such believers.’

地球温暖化人為説も、軍産が捏造したインチキな茶番劇だ(軽信者が多くてかわいそう)。トランプは、この構造も壊そうとしている。フランスのマクロンは、温暖化対策としてガソリンなどに課税しようとしたが、自動車しか移動手段がない地方の人々を中心に怒りが広がり、パリの暴動が悪化している。トランプはマクロンを嘲笑するツイートを書いている。パリの暴動の裏方はおそらく、中東から欧州に難民移民として流れ込んだ米諜報界のエージェントたちだ。アルカイダやISは米諜報要員のかたまりであり、彼らは西欧に入り込んでテロや暴動、政治活動をやっている。米諜報界がこの手の嫌がらせをやるほど、マクロンらEUの上層部は、対米自立が必要だと考える。マクロンはEU軍事統合(=NATO離脱)の推進者だ。軍事の最重要部分は、兵器でなく諜報機構だ。中東などから欧州に入り込んだ悪意ある米諜報要員たちをどう始末するかが、マクロンらの任務になってくる。 (まだ続く地球温暖化の歪曲) (Macron’s Climate Plan B) (Global Cooling Is Real

トルドーやマクロンはトランプから嫌われているが、日本の安倍晋三は嫌われていない。トランプに好かれている。G20の集合写真で安倍は、トランプの隣に立たせてもらえた。なぜか。それは安倍が、表向き対米従属しつつも、中国やロシアに接近し、TPPを設立して、静かに多極化対応・対米自立しているからだろう。トランプが安倍を罵倒すると、得をするのは「在日軍産」である日本外務省など官僚独裁機構の連中だ。在日軍産が安倍を凌駕すると、日本は多極化対応をやめてしまう。トランプはそれを望まない。トランプは、安倍を称賛し、日本国内での権力を維持させている(安倍を敵視する日本の「善良な市民」は「うっかり軍産」ということになる)。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) (Shinzo Abe’s advice to Xi Jinping on talking tariffs with Donald Trump at their G20 trade war dinner

今回のG20での「見世物」としては、サウジアラビアの「殺人鬼」、ムハンマド・ビンサルマン皇太子(MbS)の出席もある。サウジの権力者本人のG20出席は初めてだ。アルゼンチン当局がMbSを人道上の罪で逮捕するかもと報じられたのに、あえてMbSが来たのは、トランプが勧めたからだろう(勧めておいて、アルゼン当局が逮捕検討と流したのもトランプ陣営だろう)。殺人鬼MbSが、人権外交の構図を正面から破壊し、堂々とG20サミットに出席する。同盟諸国の首脳たちは顔をそむけ、マクロンはテレビの前で格好つけてMbSを批判してみせた。対照的に、習近平はMbSを擁護し、プーチンは含み笑いしながらMbSと石油価格を談合した。トランプが演出する多極型の新世界秩序が、G20を舞台に表出している。 (Chinese President Xi Jinping offers support to Saudi Crown Prince Mohammed bin Salman despite outcry over Khashoggi killing) (The Saudi Crown Prince Gets a Pass on Khashoggi at the G20

米議会ではサウジ制裁が本気で検討され始めている。米国は国産のシェール石油がたくさん出るので、サウジはもう要らない。OPECも、もうお払い箱だ。シェールがすぐ枯渇することは、あえて忘れられている。米議会と同盟諸国がMbSを非難するほど、サウジは中露に接近していく。その裏で、同盟諸国の中でも石油が必要な諸国は、静かにサウジとの関係を保全する。米国のシェール石油の枯渇が顕在化するころ、サウジが米国側から「向こう側」に移転する過程が完了する。 (US Senators Say ‘Zero Doubt’ Crown Prince Ordered Khashoggi’s Murder) (The Saudi Economy Moves Closer to Russia and China

なぜトランプは多極化を推進するのか。ブッシュ政権時代から続く、米国上層部における多極化推進の理由については、これまでに何回も考察して書いている。根本的な理由は、国際政治が多極型の方が、世界が経済成長しやすいからだ。政治的にも、多極型の方が安定する。単独覇権体制は、内部崩壊を防ぐため、常に「架空の(もしくは誇張された)敵」を必要とし、敵とみなされた国々(今だと「一帯一路」の対象地域)の経済発展が阻害され、長期的な政治安定も得られにくい。多極型の均衡的な運営の方がやりやすい。冷戦型の思考に洗脳されている今の世界の人々は、単独覇権と多極型の、どちらがすぐれているかについての考察を、冷静に行えない。「最高権力者である米大統領が世界を多極化したいなら、今日から多極化すると宣言すれば良いだけだ」という「反論」も、軍産支配の現状を知らない人のものだ。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (多極化の本質を考える) (多極型世界の始まり

米国は、レーガンが冷戦を終わらせて、英国にとりつかれて維持させられてきた冷戦型の単独覇権体制をいったん壊した。だがその10年後、911テロ事件で今度はイスラム世界を「架空の敵」に見立てる「テロ戦争」が始まり、米国は再び軍産に支配された。隠れ多極主義者であるブッシュ政権のチェイニー副大統領やネオコンが、わざと過激な単独覇権戦略をやり、イラク戦争を大失敗させて、軍産支配を自滅させる動きが始まった。大したことができなかったオバマの8年の後、トランプが覇権放棄・軍産潰しを引き継いで進めている。こうした経緯を見ると、ネオコンのボルトンがトランプに重用されていることが納得できる。 (好戦策のふりした覇権放棄戦略

「G20サミット」は、冷戦(ビッグバン)後の米国覇権の基盤である債券金融システム(ドル基軸)をバブル崩壊で破壊した08年のリーマン危機の直後に、米国覇権衰退後の多極型の新世界秩序を作る試行錯誤の一つとして創設された。今回のG20のかたわらでも、ロシア・中国・インドの3極サミットがプーチン主導で行われている。リーマン後、米国(日欧)の中央銀行が通貨を大量発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)を続け、金融バブルを延命してきたので、G20はこれまで目立たない存在のままになっている。すでにIMFはG20の事務局として機能しているし、ドルの究極のライバルである金地金の価格も、ドルでなく、G20重鎮の中国の人民元と連動している。だが、軍産の一部である米欧日のマスコミは、G20や多極化を過小評価してきた。 (Putin Initiates Trilateral Summit With India And China) (米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる

しかし今、米連銀(FRB)がドル防衛のためQEをやめて利上げと債券放出を続け、QEを肩代わりした日欧中銀もQEをやめる方向だ(欧州中銀は今年末でやめる。日銀は不透明)。QEをやめると、世界は再び債券バブルの大崩壊に直面する。バブル大崩壊がいつ起きるか、まだわからない。トランプは先日「大崩壊するころ、オレはここ(大統領府)にいない」と発言した。トランプが2期8年やれると考えているなら、大崩壊は2025年以降ということだ。しかしすでに今、米金融はぐらぐらなのに、この先バブルがそんなに持つのか??。わからない。とりあえず言えるのは、米金融が大崩壊すると、G20が多極型世界の主導的な機構として使われるだろうということだ。 (Trump: "I Won't Be Here" When The Coming Debt Crisis Goes Nuclear



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