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英国をEU離脱で弱めて世界を多極化する

2019年4月21日   田中 宇

英国のEU離脱の期限が10月末まで延長された。従来、5月末の欧州議会選挙より前に英国がEUから離脱する予定だったので、3月末とか4月12日とかの期限が設定されていたが、メイ首相がEUと交渉して決めた離脱後の英国とEUの関係に関する協定案が英議会を通らず何度も否決され、決定不能な状態が膠着してしまい、EUと協定を結ばずに「無協定離脱」すると大混乱になるので、離脱期限を半年延ばし、英政界内の議論を続けることにした。新たな期限は、11-12月にEUの2つの大統領職(欧州委員会委員長と欧州理事会議長)を決定する直前にあたり、英国がその後のEUの高官人事に関与しないで離脱する日程になっている。 (Theresa May Is Never Going To Deliver Brexit... But That Doesn't Mean It Can't Happen

EU離脱の期限が半年延長されたことは、英国の政治の混乱がまだまだ続くことを意味する。英国の国益に沿って考えると、EUを離脱せず、内側からEU中枢の意思決定に介入し続けた方が得策だ。それは1970年代に英国が欧州統合に本格的に参加することを決めた時点から変わっていない。英国は、70年代以来50年近く続けてきた、欧州統合に参加してEUを内側から牛耳るという国益に沿った策を、2016年の1回の国民投票の結果に馬鹿正直に従うことにしたために、むざむざと放棄し、自滅的な離脱策に固執し続けている。英政界は今後半年かけて、どんな形でEUを離脱すべきか(もしくは、離脱を撤回するか)を検討していくが、それは自滅の度合いが大きいか小さいかを決めていくだけだ。どのような形であれ、EUからの離脱は英国にとって自滅的だ。 (Brexit: Theresa May defends 31 October delay to MPs) (英国のEU離脱という国家自滅

「英国の政府や議会が国民投票という民意の発露に従うのは正しいことだ。さすが民主主義の元祖である英国だ。田中宇の方が民主主義を軽視する悪人だ」と考える読者がいるかもしれないが、これは「民主主義」にまつわるプロパガンダを鵜呑みにする洗脳された思考だ。民主主義は開始以来、人々(有権者、納税者、被徴兵者)を軽信させ、政府や国家上層部が人々を「国家の主人」と誤信させて格安でこき使うためために存在している。英米の2大政党制や日本式官僚隠然独裁などのもとでは、選挙と関係なく国策が決まり、選挙は政策決定方法の一部でしかない。民主主義(国民国家制度)を創設した狡猾な英国の上層部は、EU離脱の国民投票をもっとうまくやれたし、予期せぬ結果が出た後に国民投票に対する解釈を微妙に変化させてEUに残るようにすることもできたはずだ。英国の上層部はそのようにせず、EUからの離脱に固執する形で自滅的な混乱を長引かせている。英上層部の意図的な策として、このような自滅的な状態が引き起こされていると考えるべきだ。 (The Brexit Desperation Rises As The Betrayal Deepens) (Britain and EU wrestle with Boris Johnson question

英国の上層部はなぜ自滅的なEU離脱騒動を延々と意図的に続けているのか。この問いについて考えるには、情勢や歴史の一段深い本質を洞察せねばならない。まず、英国とは何であるかという見立てが必要だ。英国は、現在の世界体制を作った国だ。英国(王侯貴族)は、古来の全欧的な諜報網(地下情報網)を運営してきたユダヤ人(ロスチャイルド家など)と結託した「アングロユダヤ」として、政治経済力をつけて世界を握る覇権国(大英帝国、パックス・ブリタニカ=英覇権体制)となり、産業革命(市場経済化)と国民国家化(民主主義)を組み合わせて世界経済を成長させる近現代の世界体制を作った。国際的な英国の強さの源泉は、他国をスパイする諜報力であり、英国の上層部とは諜報を操作運営する「諜報界」のことでもある。諜報界が、覇権を運営してきた。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク

私のいつもの見立てになるが、諜報界の内部(=英上層部)では、「帝国の論理」と「資本の論理」が相克・暗闘し続けてきた。帝国の論理は、英国の国家としての優位や利益を最優先し、ライバル諸国の台頭を許さない、のちの軍産複合体につながる考え方だ。資本の論理は、英国の国益より世界経済全体の成長率の向上を優先する考え方だ。資本の論理を追求する勢力(隠れ多極主義者)は、ときに英国に自滅的な政策を意図的にやらせて英国の覇権力を低下させることでライバル諸国の台頭を誘発し、世界経済の発展を加速させることをやる。今回の英国のEU離脱も、そうした策略の一つだ。 (資本の論理と帝国の論理) (世界のデザインをめぐる200年の暗闘

英国と、その後継の覇権国である米国の中枢では、遅くとも第1次世界大戦以降、百年にわたって、この「帝国と資本の暗闘」が続き、今に至るも決着がついていない(リーマン危機やトランプの登場により近年、資本の側が優勢になっているが)。2度の大戦は、ドイツをけしかけて英国を潰させ、帝国側を壊そうとする資本の側の策略だったと見ることができる。もしくは、ドイツと英国を戦争させて当時の先進諸国だった欧州を自滅させ、そのすきに植民地の独立や新興諸国の台頭を誘発して覇権を多極化し、英国の覇権を潰そうとした。 (隠れ多極主義の歴史

2度の世界大戦は、英国など欧州の先進諸国(列強)を共食いさせ自滅させることで、植民地を独立させて産業革命と国民革命による経済成長に導くことで、世界経済の長期の成長を実現しようとする資本の論理に沿っていた。第2次大戦で帝国の側は、米国に覇権を譲渡する代わりに参戦してもらって大戦に勝ち、米国は国際連合(世界政府)を作って覇権を機関化・多極化することで、特定の国が覇権を持って帝国の論理をふりまわす可能性を永久に潰そうとした。国連本部の土地を寄贈したロックフェラー家などNYの資本家たちが主導していた当時の米国は、資本の論理に基づく戦略を持っていた。英国は、米国に覇権を渡すと同時に、国際諜報のノウハウを米国に伝授するという口実で英国が自由に操れる諜報界(権力・覇権中枢、CIAなど)を米国に作ってしまった。それ以来、米国の世界戦略は英国に牛耳られ、米国が作った国連(P5)の多極型体制を、米国自らが中ソ敵視の冷戦を起こして分断して機能不全に陥らせて破壊する展開になった。資本の側(多極主義)は、帝国の側(米英覇権主義)にしてやられた。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

だが資本の側は、2度の大戦を誘発して大英帝国を自滅させたように、戦後、米国に移った覇権を英国(帝国側=軍産)が牛耳って英国好みの冷戦体制を強要されたことに対し、ベトナム戦争を自滅的な展開に陥れた挙句にニクソン訪中で冷戦体制に風穴を開ける報復戦略をやり、その流れはレーガンによる米ソ和解・冷戦終結につながった。資本の側は、帝国の側が作った冷戦構造を40年かけて終わらせた。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

レーガンは、冷戦終結と同時に、欧州を国家統合によって強化して対米自立に導くEUの創設をドイツ主導の欧州にやらせた。英国は、冷戦終結や欧州統合に同意する見返りに、拡大していく債券金融市場のNYと並ぶ世界的な中心をロンドンに置くことを認められ、金融立国として経済を蘇生する道を与えられた。英国は表向き、米国の多極化路線に賛成しつつも、EUの戦略に介入することで内側からEUを壊そうとし続けた。英国は、東欧諸国をなるべく早くEUに取り込む戦略を提唱し、EUを肥大化させて失敗させようとした。EUの対米自立にも反対し、EUを冷戦時代のような対米従属・NATO重視・ロシア敵視の構図の中に押し込め続けてきた。 (英国がEUを離脱するとどうなる?

16年の国民投票以来の英国のEU離脱騒動は、英国がEUを牛耳れない状態を作っている。離脱騒動が長引くほど、EUは英国に介入されない状況を得て、対米自立・NATO軽視・ロシアとの関係改善へと方向転換していく。今のところ、方向転換に関して顕著な動きがなく、英国が離脱騒動で自滅していることを埋める、EUの対米自立を阻害する他の要因(各国でEU統合に反対するナショナリズムの勃興など??)があるのかもしれないが、何なのか今ひとつ見えてこない。 (The EU Is Tearing The UK Apart Over Brexit

16年の英国民投票の当時から、英国の投票で離脱派が勝ったら、米国の選挙でトランプが勝つと言われており、事実そのとおりになった。英のEU離脱と米のトランプ台頭は、双子の出来事である感じが醸成されている。何が双子的かというと、いずれの現象も、米英覇権の喪失と多極化(諸国の対米自立)につながる点だ。ロシアゲートのカギが英MI6謹製のスティール報告書だったことに象徴されるように、英国(の帝国側)は、資本側のエージェントであるトランプを潰そうとする策略にも深く関与してきた。英離脱もトランプ現象も、英米が相互乗り入れ(相互スパイ)している諜報界で、資本の側が帝国の側と戦って勝っている状況を示している。 (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党

英国では、メイ首相が何度も離脱協定案を議会に提案して否決されており、メイは今にも辞任に追い込まれそうに見える。だがよく見ると、メイはまだまだ辞めさせられそうもない。メイが辞めたら次の首相は、離脱をメイより過激に推進してきたボリス・ジョンソン元外相になる公算が強い。離脱をソフト化ないし撤回させたいと考えている残留派は、メイを辞めさせてもっと嫌なジョンソンが首相になるより、メイのままの方がましだと考えている。ボリスら保守党の離脱過激派たち自身、メイの続投を認めている。過激派は、離脱が撤回やソフトな方向に行った場合に騒ぎだし、騒動の長期化をはかるつもりだろう。彼らは資本の側・隠れ多極主義者なのだろう。 (Hunt: Tory leadership contest must wait until Brexit deal agreed) (Boris Johnson will wait until Brexit before pushing for Theresa May to resign as prime minister

最終的には、英国がEUからの離脱を撤回するか、今よりソフトな離脱(関税同盟と単一市場に部分的に残るなど)で終わる可能性が高いが、そこに至るまでにはまだ時間がかかり、その間に米国ではトランプによる覇権放棄が進み、ロシアや中国、イランなどの台頭が進展して覇権の多極化も進む。英国が離脱騒動を卒業できるころ、世界は今よりずっと多極化が進んでいるだろう。



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