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多極化の目的は世界の安定化と経済成長

2019年4月29日   田中 宇

イラク戦争やリーマン危機など、この20年ほどの間に米国がやらかした大きな出来事の中には、米国の覇権を自滅的に低下させ、ロシアや中国など非米諸国が国際政治経済を動かす新体制に世界を転換させようとする「多極化」「隠れ多極主義」の意図が感じられるものが多い。米政権がトランプになって、その傾向がぐんと強まった。中露の覇権力(国際政治力)がどんどん上がっている。米国がこっそり世界を多極型に転換させていることはほぼ間違いないと感じられるところまできた。同時に「なぜ世界を多極化する必要があるのか」という根本的な問いに完全な答えが出ていないことが気になりだしている。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ

多極化の歴史は、2度の世界大戦までさかのぼる。英国が覇権を持つそれまでの世界体制を、国際連盟や国際連合といった「世界政府」が覇権を持つ多極型の体制に転換(多極化、覇権の機関化)させることが、2度の大戦の隠れた意図だった観がある。この多極化の誘導役は、米国の資本家層(NYの資本家が牛耳っている米国)だった。米国の資本家たちはドイツをこっそり支援し、大戦を誘発して英国を負けそうな状態に追い込んだ上で「参戦してやるから英国が持っている世界覇権を差し出し、機関化に協力しろ」と持ちかけて了承させた。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

世界帝国を築いていた英国は20世紀初頭、すでに頂点を過ぎており、自国の覇権を維持するため、新興諸国の経済成長や台頭を妨害する傾向が強くなっていた。覇権が特定の国家に握られていると、その覇権国が衰退した時に世界全体が混乱したり、巻き添えで世界ごと衰退させられたりする。覇権国の統治者や民意の考え方の変化に世界が振り回される。資本家層は、覇権を英国から剥奪して機関化(国際連合などへの覇権付与)することで、英国がもたらしていた世界経済の発展への妨害要因をなくそうとしたと考えられる。これは、英国の政治家でなく、米英などの国際資本家が覇権を握る試みでもあった。

だが奸佞な英国は、国際機関を作った後で国際対立を扇動して機関を機能不全に陥らせ、大戦が繰り返された後に米ソが対立する冷戦構造を作り、国連を機能不全に陥らせると共に、国連でなく米国が覇権国にならざるを得ない状態に追い込んだ。同時に英国は、諜報技能(=世界支配技能)を米国に伝授する口実で、諜報ネットワークを通じて英国が米国の世界戦略の決定権を隠然と握る体制を作った。冷戦期の米国覇権は、英国の間接覇権体制だった。英国は、米国の軍部や軍事産業を巻き込んで「軍産複合体」を隠然と形成し、米国の覇権運営権を握った。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク

軍産による冷戦体制は40年続いた。軍産に楯突いたケネディは殺された。冷戦中、米国の成長や日独の復興、西側の新興市場諸国(東南アジアや韓国など)の成長で世界経済の成長は維持されたが、それも1970-80年代に限界が見えてきた。そのため米上層部では、冷戦を維持したい軍産より、冷戦を終わらせようとする勢力(多極派)が優勢になり、70年代のニクソン訪中、80年代のレーガンの米ソ和解が行われ、冷戦構造が解体された。ニクソン訪中や冷戦終結を演出したキッシンジャーが、国連を作ったロックフェラー家の系統の人だったことに象徴されるように、米国で70年代以来優勢になった多極派は、戦前に英国覇権を機関化しようとした国際資本家たちの一派である。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

軍産英の冷戦構造はいったん壊されたが、その後も覇権は米国が握ったままだった。ソ連崩壊後のロシアは破綻していたし、中国は天安門事件を口実に米国(軍産英)から制裁敵視されていた。冷戦終結とともに、東西分断され西側が対米従属させられていた欧州は、国家統合と対米自立という、世界を多極化する方向に歩み出したが、軍産英側は旧ユーゴの紛争を悪化させ、セルビアを支持するロシアと、コソボを支持する米欧が対立する冷戦構造を欧州に再生した。さらにその後、露中・左翼の代わりにアルカイダ(軍産英イスラエルの創造物)を敵とする第2冷戦的な「テロ戦争」の構造が、自作自演的な911事件とともに作られた。(イスラエルは70年代以降、軍産を牛耳る傾向が強くなった)

軍産英イスラエルが米国を牛耳って覇権運営する米単独覇権の構図がある限り、世界は再び無理やり分断され、世界の何割かの地域が米国の敵とされて経済成長を阻害され、政治を不安定化させられる構図が続いてしまう。世界を安定化し経済成長を拡大させるには、軍産による単独覇権体制を解体して多極型に転換するしかなかった。こうした動機のもと、ネオコンがイラク戦争をわざと失敗させて米国の外交信用を失墜させたり、リーマン危機で冷戦後の米国の経済的な大黒柱である債券金融システムのバブルを意図的に膨張させたあと崩壊させたりして、米国の覇権を意図的に弱体化する試みが繰り返された。

1985年(プラザ合意、金融ビッグバン)以来の冷戦終結への流れの中で、冷戦を終わらせるとともにロシアや中国をG7に入れ、米国がG9(G7+露中)を率いて米国主導のまま多極型っぽい覇権体制を作る道も(おそらく軍産英によって)模索された。だがこのやり方は、ロシアや中国に失敗する政治経済改革をやらせて弱いままにしておく軍産英の策略と一体になっているため、資本家側(多極派)が受け入れなかった。ロシアは00年のプーチン台頭後、中国は13年の習近平台頭後、自滅的な政治経済改革を放棄し、米国が手放した覇権を露中が拾って自分たちのものにして多極化を進める展開が始まっている。 (G8からG20への交代

08年のリーマン危機後、債券金融システムの凍結とともに基軸通貨としてドルが使い物にならなくなり、IMFのSDR(特別引出権)を代わりの基軸通貨にするしかないとか、それまで米国(G7、米英)が単独的に決めてきた世界経済に関する最高意思決定の権限を、米中露BRICSなどが立ち並ぶ多極型のG20に移すしかないといった主張が出まわった。その後、米日欧の中銀群によるQEで米中心の債券金融システムが延命したため、SDRやG20の話は下火になっていた。だが最近、再びSDRやG20の話が出てくるようになっている。これは、日欧に肩代わりさせたQEが限界になり、米連銀がいったんやめていたQEを再開せざるを得ない状態になって、QEによる延命策に行き詰まり感が強まってきたためだ。数年内にQEの行き詰まりからリーマン危機より巨大な金融危機が再来し、この35年間、米国の覇権を支えてきたドルと債券の金融の力が一気に失われる。 (It Begins: Former UN Under-Secretary-General Calls For One World Currency

この金融崩壊により、世界経済はしばらく非常に悪い状態になる。だが世界経済は長期的に、この35年間のような金融バブルの膨張でなく、実体経済の拡大による成長に戻る。金融バブルはいずれ破綻する不健全・不安定な成長体制だ。人類はこの35年間、金融バブル膨張を、実体経済の成長と見間違ってきた。軍産英傘下のマスコミや金融専門家たちが、米国覇権を維持するため、意図的に間違った「解説」を流し続けてきた。人々は35年間、騙されてきた。そのような時代は終わる。 (米英金融革命の終わり

実体経済の分野を見ると、世界でこれから発展しそうなのは、中国主導の「一帯一路」の地域だ。先日、北京で一帯一路のサミットが開かれ、ロシアのプーチンや英独仏の閣僚もやってきて、中国圏とロシア圏を経て欧州までのユーラシア内陸の経済発展を進めていくとぶち上げた。トランプの米国は表向き、一帯一路を批判中傷しているが、その裏で今回のサミットと同期して、アフガニスタンから米NATO軍を撤退させる方向について中露と基本合意している。米軍が撤退すれば、アフガニスタンはタリバン主導・中露支援の態勢で安定化していく。 (US Agrees With Russia, China on Framework for Afghanistan Pullout

米英が介入しなくなると、もともと英国が作った印パの対立も、中露の仲裁で解決しうる。今後はイラン、イラク、シリア、レバノン方面、中央アジアやコーカサスも、露中イラン主導で非米的に安定していく。アフリカや中南米も、米英・軍産によって不安定化されてきた。米英覇権が崩れると、世界中が安定化していく。業界ごと軍産傘下にいるマスコミは従来、中露が台頭すると世界が不安定化すると言ってきたが、これは実態と真逆のプロパガンダだ。自分らの覇権体制を維持するため、各地に長期の戦場を作って世界を不安定化し、経済成長を阻害してきたのは米英軍産の側だ。軍産支配がなくなれば、世界は安定する。中露も影響下にある国々を抑圧するが、多極型支配なので中露間の相互牽制も残り、中露は軍産のような巨悪になれない。

今後しばらく、軍産による最後っ屁的な混乱策(キリスト教会とモスクが相互に焼かれ、2大宗教間の世界的な対立が扇動されていることとか、軍産が涵養したISISなどイスラムテロ組織が何度潰されても蘇生して虐殺をするとか)が続き、きたるべき米金融界のバブル崩壊で世界経済もしばらく混乱するが、長期的に見ると、世界は多極化によって安定に向かう。非米諸国の成長が世界経済を牽引するようになる。

諜報界自体も、米英軍産の支配が崩れて多極型に転換していく。5G携帯通信とAI人工知能の技術において、米国より中国が優勢になっているが、これは今後の世界の経済成長の主要部分を中国が握ることだけでなく、5GとAIを駆使して行われる諜報の分野も、米国(ファイブアイズ)より中国が強くなることを意味する。これは、米国の隠れ多極主義者たちの意図的な覇権自滅策の一つだったのかもしれない。 (How US went from telecoms leader to 5G also-ran without challenger to China’s Huawei

中国やロシアの傘下になる国々は、中国側のAI顔認識などの大衆監視機構が入れられ、米英の諜報網が立入禁止にされる。中国は、5Gを支配するホアウェイが設けたバックドアを使って米英諜報界が集めた情報を盗み出せる。逆はできなくなる。英国自身、ファイブアイズの結束を破って中国にすり寄り、ホアウェイの製品を導入することにした。諜報を制するものが世界を制する。

これからの覇権の機関化は、国民国家(民主主義)体制を終わらせていくことをも意味するかもしれない。国民国家は、その前の封建国家よりも住民のやる気・経済効率を上昇させるので資本家好みの体制だった。世界中を国民国家(擬似国民国家である社会主義国を含む)で埋め尽くし、世界中で産業革命をやることが、この200年の国際資本家の計画だった。だが今や、世界的な国民国家化と産業革命が始まってから百年がすぎ、事態は成熟化しつつある。

これまで覇権運営勢力は、資本家と軍産の両側が、経済成長の原動力である国民国家の民主主義体制を建前的に支持しつつ、プロパガンダで民意を操作し、自分らの利益になる政策を国家に採らせてきた。その構図のもとで、多極と単独覇権、資本と帝国の暗闘が続いてきた。だが今後、民主主義や国民国家のシステムが成熟化し、それらが世界経済の成長にとって必須でなくなると、覇権運営勢力が民主主義や国民国家制をやめたいと考えても不思議でない。EUの国家統合は国民国家システムの否定だし、中国の成功は民主主義を必須としない新世界秩序の象徴だ。G20とか国連P5といった世界政府は、民主主義の機構と無縁だ。世界政府の政治体制は「資本家独裁」である。 (国民国家制の超越としての一帯一路やEU

現代の人類は「民主主義こそ正義。独裁は極悪」という価値観で洗脳されてきたが、その洗脳は、民主主義が経済成長につながるから続けられてきた。こんご民主主義が成熟し、経済成長の原動力でなくなるとしたら、この手の洗脳もいつの間にか行われなくなるかもしれない。独仏が国家統合したように、日韓も国家統合するのかと言えば、今のところそれは全く想像すらつかない。だが、今のように日韓の人々が相互にけなし合うのは、この20年ほどのことにすぎない。覇権の歴史スケールから見ると、20年は一瞬だ。アフリカや中南米の国家統合も、語られるだけで全く進んでこなかったが、長期的にはそれらもどうなるかわからない。 (アフリカの統合

200年前から、英国の覇権運営者(帝国側)は、すべての国民国家をできるだけ英国と同じぐらいの大きさに分割して独立させることで、英国をはるかにしのぐ巨大な国の出現を防ぎ、英国の覇権を恒久化しようとした。世界で、英国よりはるかに大きな国々は、英国を敵視して独立した米国、米国の妨害で分割できなかった中国、一つだけポルトガル領だったため分割できなかったブラジル、最重要植民地だったので分割しなかったインド、英資本家が地政学的に英国に対抗させるためにシベリア鉄道を作らせて内陸帝国にしたロシアなど、いずれも英国の世界支配上の経緯から分割できなかったものだ。きたるべき多極型の世界で、極(地域覇権国、大国)となりそうな国々の多くは、英国が分割に失敗した国々でもある。英国製の国民国家システムと、反英的な多極型システムが対極的な存在である感じは、そういう点にもあらわれている。 (覇権の起源:ロシアと英米



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