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キッシンジャーが米中均衡を宣言

2019年12月4日   田中 宇

11月14日、米元国務長官のヘンリー・キッシンジャーが米国の「米中関係全国委員会」の年次会合で講演し「中国の台頭により、米国はもう中国を倒せない状態になっている。米国は世界的な単独覇権を維持できなくなった。米国と中国は競争しつつ共存していかざるを得ない。米中の完全な和解はないだろうが、決定的な対立もできない。米国が覇権維持のため中国を倒そうとすると、米中間が第二次大戦よりもひどい戦争になる。米国は単独覇権体制をあきらめねばならない。これは恒久的な状態だ」という趣旨を発言した。 (Henry Kissinger: A permanent U.S.-China conflict will be 'catastrophic'

キッシンジャーの指摘の要点は「米中の国力がすでに均衡しており、それが今後ずっと続く」と予言したことだ。キッシンジャーは「均衡」という言葉を使っていないが「中国が台頭し、米国に倒せないほどの大国になった。この状態はずっと続く」という言い方は「米中の均衡状態」を意味する。ここでいう「均衡」は、軍事力で相手を倒せない状態を指す「地政学的な均衡」だ。GDPの大小などの経済面ではない。世界において、諸大国が地政学的に均衡すると、多極型の世界体制になる。 (Henry Kissinger Gets It... US "Exceptionalism" Is Over

米中の恒久均衡は、多極化でなく、米中が組んで世界を支配する「米中2極化」の宣言にも聞こえる。だが同時にキッシンジャーは、米中の完全な和解も難しいと言っている。ブッシュやオバマの時代に一時画策された、米中が和解談合して顕然もしくは隠然とした同盟関係(G2)になり、G2が世界を支配する体制は無理だ。米国はトランプになって、貿易戦争や香港民主化のなど分野で中国を怒らせ続け、米中協調が必須なG2の可能性を壊している。米国はまだ単独覇権にこだわっているが、中国は米国を押しのけて単独覇権国になりたいと全く思っていない。中国は、米国、ロシアやインド、EUなど、他の諸大国と対等な関係を維持し、諸大国が均衡する多極型の覇権体制を好んでいる。米国に愛想をつかした中国は、ロシアやイランなど非米反米諸国と協調し、そこにインドやEU、日豪なども取り込んで米国抜きの非米的な多極型世界を構築しようとしている。いずれ米国もそこに入らねばならなくなる。キッシンジャーは今回、米中関係だけを語ったが、彼が今回語らなかった米中以外の世界の状況を見ると、向かう先はG2でなく多極型だ。 (米国と肩を並べていく中国) (アメリカが中国を覇権国に仕立てる

ニクソンの大統領補佐官だったキッシンジャーは1971年のニクソン訪中を演出し、今に続く中国の台頭を誘発した張本人の一人だ。キッシンジャーが今回講演した米中関係全国委員会は、まさにキッシンジャーとその背後のCFR(米国の世界戦略立案の奥の院)が米中和解と中国の成長開始を画策し始めた1966年に創設された(そのころキッシンジャーはCFRの研究員として米中和解を挙行できる大統領が出てくるのを待っていた)。キッシンジャーは今回の講演で、自分が50年前から手がけてきた中国を台頭させて米中の均衡状態と世界の多極化を実現する事業がようやく完成しつつあることを宣言したわけだ。 (米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる) (Will America's Trade Policy End Up Destroying The Dollar?

中国の台頭や米中均衡は目新しい話でない。中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になる前後の2005年から、米中協調のG2の必要性が提唱されていた。当時は、米国が金融(債券発行)と消費を担当し、中国が製造と債券購入を担当する米中の相互依存があった。だが17年にトランプが米大統領になって米中が相互の貿易に懲罰的な関税をかける米中貿易戦争が起こり、経済の相互依存が解除される「デカップリング(分離)」が起きている。米国が発行し続ける債券は、中国でなく中央銀行群のQE(造幣バブル)が買っている。トランプは、中国を怒らせて米国依存をやめさせ、中国が対米自立的な国際経済システム(一帯一路など)を作るようけしかけ、デカップリングを扇動している。米中の均衡は、協調的でなく対立的な形で定着しつつある。 (やはり世界経済はデカップリングする?) (US commerce secretary to vet imports of sensitive technology

トランプは中国大手企業のホアウェイへの制裁を強めているが、ホアウェイの最新のスマートフォン(メイト30)には、米国製のチップが全く使われていない。以前はスマホに必須だった米国製のチップ類は、今や中国製のチップに取って代わられている。トランプが中国勢を制裁するほど、米中のデカップリングが進み、中国は米国抜きで経済を回せるようになり、非米化した中国のシステムが世界を席巻していく。 (China No Longer Needs US Parts In Its Phones) (Tech War: Trump Admin Considered Nuclear Option In Banning Huawei From US Banking System

キッシンジャーの宣言は、こうした現状を追認するものだ。彼は米中の対立的均衡を懸念しているが、これは私から見ると「演技」だ。トランプは、ニクソンやレーガンの隠れ多極主義や軍産との暗闘を継承しているが、元々その方向性を作ったのはキッシンジャーだ。トランプはキッシンジャーの弟子だ。米中が今のような対立的な均衡を続けても、キッシンジャーが言うような戦争にはならない。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (Consciously decoupling the US economy

「米国が中国を敵視し続けると世界大戦になる」というキッシンジャーの指摘は、軍産複合体への警告でもある。しかし実のところ、軍産の目標は米国覇権を維持することであり、中国と戦争して世界を潰すのは軍産の戦略でない。軍産は、同盟諸国を対米従属させておくために中国敵視の演技をしたいだけだ。しかも軍産はトランプとの権力闘争に負けて弱くなっている。トランプは就任以来、一度も新たな戦争をしていない。彼は演技として中東などへの「米軍増派」をたびたび宣言するが、それは数百人とか千人という小さな規模だ。今のようなデカップリングの状況下では、米国が中国を敵視するほど、中国は一帯一路など「米国抜きの世界経済システム」や「非ドル決済体制」を強化し、米国と付き合わなくて良いように多極化を推進する。米中は戦争にならない。それどころか逆に、たとえばトランプが10月に起こしたシリア撤兵騒動は、シリアやイラク、レバノンの経済復興利権をごっそり中国に持って行かれる事態を引き起こしている。 (中国が好む多極・多重型覇権

中国はすでにAIや電気自動車(バッテリー)、5G通信などの次世代の先端技術の多くを世界的に主導している。ホアウェイはその一例だ。米国は、これらの中国の先端技術が「米国に対するスパイ活動」に使われると言って制裁対象にしつつある。EUなど米同盟諸国が中国の先端技術を使おうとすると、米国は「中国の先端技術を使う国は、たとえ同盟国であっても、米国に脅威を与える存在とみなし、制裁対象にする」と言い始めている。米国との同盟か、中国の先端技術の利用かの二者択一を迫られる同盟諸国は、しだいに「中国」を選ぶようになっていく。中国を捨てて対米同盟を維持しても、トランプは同盟国に意地悪なので、他のイチャモンをつけて同盟を切っていく。EUも日豪も、しだいに米国を離れて中国に寄っていく。 (世界資本家とコラボする習近平の中国

最近では国連が、今後の「監視システム」の世界標準として中国の技術を選ぼうとしている。中国は、米国に比べてはるかに少ない金額しか国連に上納していないが、米国が国連を敵視する穴埋めを中国が進めた結果、米国よりはるかに強い影響力を、中国が国連に対して持つようになっている。 (Chinese tech groups shaping UN facial recognition standards

米国は、中露イランと同盟諸国とのドル決済を監視して制裁する姿勢をとっている。世界の諸国は、米国に睨まれたくないので貿易でドル決済を使いたくなくなっている。中露イランやEUは、非ドル的な国際決済システムの整備を急いでおり、先日はEUとイランとの決済システムINSTEXへの加盟国が急増した。こうしたドルに代わる決済機構が整備されていく流れが続くと、米国の経済覇権の根幹であるドルの基軸性が失墜していき、米国の覇権喪失、ドルや米国債の最終的な価値の下落につながる。米中の対立的な均衡が続くと、戦争ではなく、米国の覇権低下と多極化が起きる。 (US Enraged After 6 More EU Nations Join INSTEX To Bypass Iran Sanctions

キッシンジャーやトランプは、それを意図的に引き起こそうとしている。彼らの背後にいるCFRは、ロックフェラーやJPモルガンなど資本家の集まりで、軍産が世界的な経済成長を阻害して米国覇権に固執してきたのをやめさせたい。米国覇権下では、金融バブルが膨張するものの、世界の実体経済の長期的な成長が少ない。バブルはいずれ収縮する幻影だ。米国覇権を解体し、多極型に転換した方が、新興市場諸国が伸び伸びと発展でき、世界経済が長期で成長する。戦後の米国の実体経済が行き詰まった1970年代から続いている「隠れ多極主義」は、世界大戦を起こさずに覇権の型を転換する絶妙な戦略である。(それに対抗して、軍産が金融界と結託して80年代以降の債券金融バブルの30年間の拡大をやってきた) ("US Is The Biggest Source Of Instability In The World," Says Senior Chinese Diplomat) (Don’t Fuel China's Paranoia in Hong Kong

キッシンジャーが米中の恒久均衡を宣言した後、中国の香港では11月24日、区議会レベルの選挙で中共敵視の民主派が圧勝し、中共の傀儡勢力が急減した。その直後、米議会で、香港の民主化を支援する中国敵視の法案が圧倒的多数で可決され、トランプの署名で発効した。米国(国務省、諜報界)は、中国敵視策の一環として香港民主派の運動を支持してきた。香港の民主派は、米国の代理勢力である。一連の動きは、香港における中国と米国の代理戦争における、米国の勝利、中国の敗北を意味している。「中国が負けたぞ、ざまあみろ」という論調が日本でも広がった。 (Time for Beijing to rethink Hong Kong script after pan-democrat landslide, Chinese analysts say) (Furious China Warns "The US Plot Is Doomed", Threatens Retaliation After Trump Signs Hong Kong Democracy Bill

しかし中長期的に見ると、香港の選挙で民主派が圧勝して中共が屈辱を受けたことは、香港にとって大きなマイナスになる。中共は仕返しとして、深センなど近隣の他の地域を重視して、香港の経済的な重要性を低下させていくだろう。香港の民主化運動は、米国旗(英国や台湾の旗も)を掲げ、自ら米国の傀儡であることを表示しており、中国大陸の人々の支持を得られない構造にされている(黒幕の米諜報界がそうさせたのだろう)。中共が最も懸念するのは香港の運動が大陸に波及することだが、その可能性は低い。中共としては、香港の運動を勝手に続けさせ、時間をかけて香港経済を衰退させていく方向だろう。米国は、中共が香港民主派の要求を容れないことを理由に中国への経済制裁を強めているが、すでに米中貿易戦争で米国から経済制裁(懲罰課税)されている中国としては打撃でない。最終的に米国の覇権低下につながる米中デカップリングを強めるだけだ。 (Hong Kong act complicates world’s most important relationship) (US’ Hong Kong democracy act slanders China to a level close to madness, Foreign Minister Wang Yi says

米議会では、香港支援法に続き、台湾支援の新法も共和党主導で審議されている。米国の役所が台湾(中華民国)の国旗を掲げることを認める(奨励する?)法律だ。これは、国旗という象徴的な意味で「台湾を国家として認める」ことだ。中国は「ニクソン訪中時に米国が約束した『一つの中国の原則』に違反している」と怒っている。これも、中国を怒らせて世界の非米化・多極化に拍車をかけようとするトランプとCFRの一味が進めていることだろう。この流れは最終的に中国を強化するので、長期的に台湾にとってマイナスだ。台湾は、トランプの隠れ多極主義の道具に使われている。 (US to introduce bill allowing display of Taiwan flag at government agencies) (China Slams Ted Cruz's "Bare Provocation" In Taiwan Act, Threatens Disastrous War

米国はこれまで、中ソとの冷戦やテロ戦争、中国包囲網など「敵視」によって単独覇権を維持してきたが、中国は対照的に「協調」によって多極型覇権を維持したい。たとえば中国は、今の非米世界の多極型体制の始まりとなった2000年のロシアとの協調強化の時に、アムール川など中露の国境紛争をすべて解決し、まず最初にロシアとの紛争の火種を消した。その後、中国人がロシア極東の経済利権を買い占める迷惑行為の頻発など、中露関係は齟齬もあるが、根本的な対立になっていない。米中の均衡が続くほど、世界は、米国の敵対式より中国の協調式の方がましだと思うようになる。中国人は、買い占めや高利貸しの迷惑行為を世界中でやるが、侵略戦争や濡れ衣的な経済制裁、やらせのテロ(軍産によるISアルカイダの育成)などを世界中でやってきた米国よりはましだ。今はまだ軍産マスコミのプロパガンダの効果で、米国=善、中国=悪の構図が席巻しているが、それもしだいに下火になる。 (結束して国際問題の解決に乗り出す中露) (American Exceptionalism Driving World to War – John Pilger

中国で中小銀行の破綻が相次いでおり、米国より先に中国が金融破綻しそうだという話がでている。中国はたしかに金融がバブル状態だ。しかし中共は何年も前から金融バブル潰しを進めており、バブルの膨張をあおっている米国(や日本)と逆方向だ。長期的には、先にバブル崩壊している中国の方が先に復活する。 (A $20 Trillion Problem: More Than Half Of China's Banks Fail Central Bank Stress Test) (中国の意図的なバブル崩壊

これを書いている間に、トランプが米中貿易交渉の妥結を来秋の選挙後まで延期し、12月15日に中国への懲罰関税を実施するかもしれないという話が出てきた。懲罰関税が実施されると、米国発の世界的な株の急落が起きるとも予測され、12月3日から世界の株価が下落している。米中のデカップリングは米国の巨大なバブルを崩壊させる。それを防ぐために、米連銀や日銀が自滅的なQEを加速せざるを得なくなる。 ("It Would Be A Huge Shock To The Market" - What Happens If The Dec 15 Tariffs Kick In



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