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国連を再生するプーチン

2020年1月27日   田中 宇

ロシアのプーチン大統領が1月23日、ソ連軍によるアウシュビッツ解放75周年のホロコースト記念会合のためイスラエルを訪問した際の演説の中で、今年じゅうに国連安保理常任理事国の5か国(P5。米露中英仏)で首脳会談(サミット)を開こうと提案した。プーチンは「第2次大戦を終わらせて国連を創設した5か国は、人類の文明を守ること(=世界の安全保障)に対して特別な責任を持っている。5か国の首脳が集まって話し合うことは(安保的に)大きな意味がある」と述べ、サミットの場所はどこでも良いと言った。その後、中国とフランスが開催に賛成した。 (Putin Repeats Call for Summit of Five UN Founding Members at 75th Anniversary of Auschwitz Liberation) (Putin calls for summit of key UN Security Council members

英国のジョンソン首相は1月19日にベルリンでのリビア問題会議のかたわらでプーチンと首脳会談しており、そこでP5サミットを内諾した可能性がある。P5サミットは今年5月のモスクワでの第2次大戦の戦勝75周年式典と同時に行われる可能性があるが、ジョンソンは式典に出そうだからだ。プーチンは昨年末、トランプに送ったクリスマス書簡でも、5月の戦勝式典に来てくれと招待しており、その招待の理由が「米露は歴史的に世界の安全保障や安定に対して責任があるので会いたい」となっている。このプーチンの言い方は、今回エルサレムでP5サミットを提案した理由と同じだ。今年P5サミットが開かれるなら、それは5月のモスクワになりそうだ。 (Boris Johnson faces diplomatic dilemma over Vladimir Putin’s invitation to Russia) (Vladimir Putin again invites Donald Trump to visit Moscow in Christmas and New Year message

トランプ以外の4人は、P5サミットの開催を了承している。トランプも、隠れ多極主義なので内心はやりたいはず。米上層部で軍産がかなり弱まっている。民主党の大統領候補がサンダースになり、バイデンら軍産系が米政界で完全に下野させられたら、それは軍産の弱体化を示すものとなり、5月のP5サミットの可能性が高まる。軍産が強かった従来は、安保理も米英仏vs露中の対立構造で、世界を安全・安定化するための建設的な話し合いが無理だった。だが、米国で軍産が弱まり、英国もEU離脱騒動で機能不全である今後、とくに今秋のトランプの再選後は、露中が主導し、米英仏も反対しないかたちで、安保理で世界の安全・安定に関して建設的な話し合いができる状況になる。 (Beware Trump’s admiration for Putin, Xi and Erdogan) (87% Of Participants At Goldman Conference Say Trump Will Get Re-elected

プーチンは、1月15日の年頭教書演説でも「P5が人類の発展と安定に対して特別な責任を持っているので、今こそP5で安定的な世界秩序について議論すべきだ」という趣旨のことを述べている。前回の記事に書いた、憲法改定を提案したのと同じ演説だ。プーチンは以前から、国連の機能をうまく利用することが世界の安定や発展につながると言い続けており、その姿勢は一貫している。 (Presidential Address to the Federal Assembly) (バルダイ会議におけるプーチン大統領の質疑応答 2016年10月27日) (プーチンの新世界秩序

(1月15日の年頭教書演説でプーチンは同時に、史上初めて、米国も真似できない強い兵器をロシアが持つようになったことも、さらりと述べている。それはおそらく、ロシアが世界で初めて超音速で飛ぶ弾道ミサイルの開発に成功したことや、S400やS500といった新型の迎撃ミサイルのことを指している。毎年巨額の軍事費を計上している米国より、大してカネをかけていないロシアの方が軍事力で進んでしまったのは驚きだ。米軍はF35がポンコツだし、核兵器も近代化しておらず保管が危険な状態だ。米国の軍事費は実のところあまり兵器開発に使われず、諜報活動に使われている観がある)。

For the first time ever – I want to emphasise this – for the first time in the history of nuclear missile weapons, including the Soviet period and modern times, we are not catching up with anyone, but, on the contrary, other leading states have yet to create the weapons that Russia already possesses. (Presidential Address to the Federal Assembly) (Hypersonic Missiles Are a Game Changer) (米軍の裏金と永遠のテロ戦争

P5のサミットは近年開かれていない。いつが最後かわからないが、ウィキペディアには2000年のP5サミットの写真が貼ってある。P5よりもっと参加者が多いG20のサミットが毎年開かれており、G20にはP5の5か国も含まれている。P5の5人の首脳たちは、毎年G20で顔を合わせている。だが、G20サミットは議題が経済だ。P5サミットは、安全保障や核兵器廃絶、国連改革などの安保・国際政治が議題になる。 (Permanent members of the United Nations Security Council - Wikipedia

軍産複合体による事実上のクーデターだった01年の911事件以来、米国は「軍産独裁」になり、軍産は安保面で「テロ戦争」の単独覇権主義をとった。もともとの国連のP5体制は、大国間の国力の均衡状態を重視し、均衡がうまくいかないときは弱い側を隠然とテコ入れしつつ、多極型の覇権体制を維持するシステムだ。たとえば戦後、米国がこっそり核兵器の製造技術をソ連や中国に流して核抑止力を均衡させていた。911後の軍産による米国の単独覇権体制は、P5の多極体制を全否定するものだった。だから00年以降、世界の安全保障を議論するためのP5サミットは開かれた形跡がない。 (核の新世界秩序

911後「国連はもう時代遅れだ」といった言説が席巻した。だがその後、米国のイラク占領の(ネオコンによる未必の故意的な)大失敗、シリア、リビアなどでの米覇権戦略の失敗の繰り返し、08年のリーマン危機によるドル覇権体制の終わりの始まり(このとき世界経済の国際的な主導機能が、先進諸国のG7から、新興諸国を含めた多極型のG20に移転した)などを経て、米国の単独覇権戦略が劇的に失敗した。そしてトランプの登場。世界からの撤兵と、ネオコン的な過激で稚拙な好戦論との間を行ったり来たりしながら、トランプは米国の覇権の自滅を加速した。 (トランプのシリア撤兵の「戦略的右往左往」

P5など国連のシステムが作られたのは、今から75年も前だ。しかも、作られてすぐに英国や軍産から冷戦を起こされてシステムを破壊された。40年かけて冷戦を終わらせたと思ったら、その後また第2冷戦的なテロ戦争を起こされ、国連の多極型の安保システムは実現を妨害され続けた。ネオコンやトランプのおかげでテロ戦争が失敗させられたからといって、いまさら75年前のシステムに戻る必要はない、という考え方もできる。だが、ロシアや中国はそう考えない。なぜなら国連のシステムは、ロシアや中国に対して身の丈以上の大きな国際地位を与えてきたからだ。 (Russia at the United Nations: Law, Sovereignty, and Legitimacy

戦後の国際政治システムの根幹として国連のシステムを作ったのはロックフェラーやFDRなど米国の上層部だったが、彼らは、英国主導の欧州諸国の単独覇権的な戦略を嫌い、P5の中に戦前の新興国・中進国でしかなかったソ連や中国を引っ張りこんで米国の仲間にすることで、英国など欧州勢の力を弱めた米国好みの多極型の戦後の国際システムを作ろうとした。終戦時の米国は、ソ連や中国と組んで、戦前までの英国の覇権体制を崩して多極型に転換しようとした。これがヤルタ体制やP5の本質だった。その後、この米国の試みは、英国や軍産による冷戦やテロ戦争で延々と妨害され続けたが、最終的にネオコンとトランプの自滅的な功績によって、再びロックフェラーやFDRの多極主義が復活できる状態になっている。トランプらによって隠然と強化されたロシアや中国は、全く新しい国際システムを作って再び英国や軍産に乗っ取られたり邪魔されたりするより、既存の国連のシステムを再活性化して使いたい。だからプーチンは国連安保理や国連憲章にこだわり続けている。 (Putin Calls For A New System Guided By UN Charter... But Is It Possible?) (覇権の起源(3)ロシアと英米

プーチンの主導で今年5月またそれ以降に久々の国連P5のサミットが開かれたら、そこで議題になりそうなのは、中東問題(米イラン対立、内戦後のシリア再建、パレスチナ問題、リビア内戦など)、それから北朝鮮問題(と、北問題が解決した後の在韓・在日米軍の先行き)、アフガニスタン・印パ問題、NATOと米露対立の問題、核兵器の削減問題などだ。これらのすべてについて、トランプと軍産という米国の内部対立がカギとなっている。 (The End Of US Military Dominance: Unintended Consequences Forge A Multipolar World Order

トランプは中東から撤兵したいが軍産は撤兵を妨害したい。トランプは北問題を解決したいが軍産はしたくない。トランプはアフガン撤兵したいが軍産はしたくない。トランプはNATOを解散したいが軍産はしたくない。トランプはたぶん世界同時の核廃絶をしたいだろうが、軍産はしたくない。プーチンと習近平は、すべての問題についてトランプの味方だ。マクロンのフランスも、トランプ露中のやり方で良いと考える傾向だ。英国のジョンソンは本心を隠しているが、彼が強く推進している英国のEU離脱は英国の国際力を弱める反軍産・反帝国的な策であり、たぶん親トランプだ。つまり今のP5首脳陣の中には、軍産傀儡が一人もいないことになる。P5のサミットは、いったん開かれたら、定期開催しようということになりそうだ。 (トランプ式の核廃絶

(このほか、テロ対策とかサイバー攻撃、地球温暖化人為説なども問題になるかもしれないが、これらはいずれも軍産が自作自演で扇動してきた問題であり、軍産潰しを隠れた目的とする今後の多極型のP5は、これらに対して「取り組むふり」をするだけだ。軍産が弱まると、これらの問題も消えていく)

プーチンがP5サミットの開催提案をイスラエルで行ったことは大きな意味がある。911前から最近まで軍産の主力として米国の戦略立案を牛耳っていたイスラエルは、03年以後の米軍イラク占領が劇的(意図的)に失敗した後、米国に頼れない状況が強まり、15年にオバマがシリア内戦をロシアに丸投げしたあたりから、米国よりロシアに頼らざるを得なくなった。米国がトランプになって、その傾向が加速している。米国はネオコン的な好戦策をやるあまり、イスラエルをイランやヒズボラと戦争させようとして危険な目にあわせている。トランプは、親イスラエルの姿勢を掲げる一方で、シリアから撤兵してイラン系の軍勢がシリアのイスラエル国境の近くに展開することを容認している。 (イスラエルが対立構造から解放される日) (イランとイスラエルを戦争させる

シリアにいるイラン系軍勢を何とかしたいと考えるイスラエルはプーチンに頼むしかない。イランは露中によって強化されており、イスラエルはイランと戦争できなくなっている。イスラエルは本音のところ、プーチンの仲裁でイランと和解したい。イスラエルは、プーチンが国連安保理を率いてイランとイスラエルの対立を解消していくことを支持歓迎している。米国の軍産やマスコミへの支配力が強いイスラエルがプーチンの安保理再生戦略を支持し始めているのだから、軍産側はプーチンの動きを妨害できない。 (米国に頼れずロシアと組むイスラエル

トランプは3月のイスラエル選挙でネタニヤフを優勢にすべく、1月28日にパレスチナ和平案を発表するとともに、ネタニヤフとガンツをイスラエルから呼んでホワイトハウスで別々に面会する。そこにサウジのMbS皇太子あたりが呼ばれていて、劇的なイスラエル・サウジの和解劇をトランプがやるかもしれないと、イスラエルのデブカファイルなどが示唆している(これが事実かどうか明日わかる)。 (Washington on tenterhooks for “dramatic event” re Arabs and Israel during Netanyahu visit

トランプは、イスラエルとサウジを和解させてイランに敵対させるシナリオを前から好んでいた。しかし実のところ、これらのトランプのイラン敵視策は逆効果の目くらましで、やればやるほどイランは露中と結束して強くなり、サウジもイスラエルも、表向きのイラン敵視の演技の裏でイランとの和解を模索している。トランプはイラン敵視の演技しかしないから、イランと和解したければプーチンに頼むしかない。トランプがイランを敵視するほど、プーチンが強くなる。 (米国を中東から追い出すイラン中露

トランプは、露中イランによるユーラシアの非米化・多極化の、隠れた強力な支援者である。トランプによって強化されたプーチンが、P5サミットをやって国連安保理を再生し、中東を安定化し、イスラエルの国家存続を可能にする。安定化した中東の経済利権を中国がごっそり持っていく。欧州や日本が中東やユーラシアの経済利権を欲するなら、プーチンの安保理再生に賛成するしかない。アフガニスタンからの米軍撤退も具体化していく。タリバンが政権に戻る。トランプの2期目に入ったら、新生安保理は北朝鮮問題の解決を視野に入れるだろう。在韓・在日の米軍の撤退も俎上にのぼる。トランプはINF条約から離脱し、ロシアだけでなく中国も入れた新たな核兵器削減の条約を結ぼうと言っているが、こういう話も今後の安保理サミットで話すことになる。 (US Urges China to Join Nuclear Arms Talks With Russia) (Trump may reduce troops in Afghanistan without Taliban deal

日本の外務省は911以来、米国の単独覇権主義(の詐欺)に酔いしれ、国連を馬鹿にしてきた。イラク侵攻の直後、日本外務省の元高官(故人)は「これからは米国が、サダムフセインを潰したように、ロシアも中国も潰してくれるんだよ。日本は米国に従っているだけでよい。違うかね?」と言って「文明の衝突」的な単独覇権主義のシナリオを滔々と語っていた。そのとき私は、米国がイラク占領に失敗しそうなのでしばらく待ってから判断した方が良いと返答したが、何を言っているんだね君は、みたいな反応をされた。

あれから15年あまりがすぎた今、米国の単独覇権が崩れ、代わりに国連がプーチンによって世界の中心として再生しようとしている。日本外務省は、世界の変化を全く予測・察知できなかった。自分たちの頭で分析せず、情報源と考え方を米国の軍産に依存しすぎたせいだ。安倍首相は外務省を冷遇し、経産省に事務方をやらせている。当然の結果だ(経産省にも、米国のシェール革命を信じ込んでいるような軍産傀儡の糞キャリアがいるが)。安倍の日本は、軍産に邪魔されてロシアと和解できないでいるが、早く和解した方が良い。日露和解がもたらす世界的な利権の大きさと比べ、北方領土はあまりにちっぽけだ。2島返還でじゅうぶんだ。 (多極化と日本(2)北方領土と対米従属) (U.S. Shale Patch Sees Huge Jump In Bankruptcies

私は16年秋のトランプ当選の3日前に「トランプが勝ち『新ヤルタ体制』に」と題する記事を配信した。イスラエルのデブカファイルが「トランプが米大統領になると、ロシアのプーチン、中国の習近平との間で、これからの世界秩序に関するサミットを行い、米露中の影響圏の再配置が行われる」と予測したので、それを「新ヤルタ体制」と呼び、米国が「非米側」に転向してしまう、と書いた。トランプは就任後、ロシアゲートなど軍産との戦いに追われ、ネオコン的な「露中を稚拙に過激に敵視して露中を強化する」という策に転換せざるを得ず、自分から米露中サミットや新ヤルタ体制を提唱することができないでいる。その代わりに今回プーチンがP5サミットを提案し、それがようやく新ヤルタ体制につながることになった。 (トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に



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