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都市閉鎖 vs 集団免疫

2020年4月28日   田中 宇

新型コロナウイルスの発祥地である中国の武漢で、コロナで入院していたすべての患者が退院したと報じられた。中国は、武漢を含む全国で感染者が減り続けている。経済の再開も進んでいる。浙江省の衣料品などの工場では、コロナ危機前(春節前)の6割ぐらいしか従業員が戻ってきていないが、それでも工場をフル回転して春物の製品を作り、日本などに輸出している。中国では国内旅行も解禁され始めた。中国は、コロナ問題を解決した、コロナに勝利したかのようだ。新型ウイルスは武漢のウイルス研究所から漏洩した疑いが強いのは確かだ。だが、もうコロナは中国に関係なく、欧米や日本など他国の問題になっている感じだ。 (Coronavirus and the Laboratories in Wuhan

しかし、ここで疑問が湧く。中国は、コロナに対する集団免疫を獲得したのか??。獲得していない場合、それでも中国はコロナ危機を解決したと言えるのか??。実のところ、中国は集団免疫に至っていない。武漢の病院が最近、院内の病院関係者と通院者、退院者らを対象に抗体検査を実施したところ、過去にコロナに感染しことがある(コロナの免疫を持っている)人は約3%しかいなかった。これが武漢全体の状況を象徴しているのなら、武漢は集団免疫にほど遠い。 (Wuhan Tests Show Coronavirus ‘Herd Immunity’ Is a Long Way Off

武漢は中国で最初にコロナに感染した地域なので、武漢がこんな感じなら、中国の他の地域も、免疫保持者は3%かそれ以下であり、中国全体が集団免疫にほど遠い。中国は1月末以降、全国的に強烈な都市閉鎖を2か月以上にわたって行い、感染拡大を全力で止めた。その結果、感染拡大が止められ、新たな感染者が少なくなった。しかし、都市閉鎖が強烈だったため、無発症の感染者が増加して集団免疫が形成されていく過程が進まず、免疫保有者が少ない状態のままだ。 (Infection rate is too low to establish herd immunity to coronavirus

免疫保有者が少ないところに外から新たな感染者が入ってくると、再び感染が広がってしまう。免疫保有者が60%以上ぐらいになると、感染者が外から入ってきても感染が広がりにくい集団免疫の状態になる。中国は、国内の感染が落ち着いて国内の人の移動や交流が再開できても、国外からの人の流入と、中国人の海外渡航を、今後もずっと大きく制限し続けねばならない。中国は、他の世界の国々がすべて集団免疫を獲得するまで、外の世界と人的な交流ができず、国を閉ざし続けることが必要になる。世界が集団免疫を獲得するまで、どのくらいかかるのか。コロナ危機が中国で発祥したのは昨年末で、すでにそれから120日ぐらい経った。今後その2倍の240日たって今年末になれば、世界的に集団免疫が獲得できるのか??。その場合でも、年内は国際的な人的交流ができなくなる。日本に中国人旅行者が来ないままだし、世界の航空会社の多くが潰れるか国有化される。 (Coronavirus: lockdown, vaccine, herd immunity. Can there be a winning exit strategy?

4月27日にはニュージーランドでの新規感染者が1人になり、NZ政府はコロナ問題を解決したと勝利宣言した。NZは3月下旬日から続けてきた都市閉鎖を解除した。NZは集団免疫を獲得したのか??。全く違う。NZでは抗体検査が行われていない。NZ政府は「抗体検査はあてにならない」と言って、検査キットの輸入すら禁止しようとしている(実際には、中国製で誤判断する検査キットがあり問題になったが、それら以外の抗体検査キットは95%以上の確度だ)。NZの隣の豪州には、集団免疫など神話だと断言する「専門家」すらいる。NZの上層部は集団免疫の概念自体を嫌っている。これまでの経緯から見て、NZの免疫保有率も3-5%ぐらいで集団免疫にほど遠いだろう。となると、NZも中国同様、今後もずっと外国との人的交流を大幅に制限し続ける必要がある。 (Herd immunity is a myth, infectious disease experts warn) (NZ Wary of Covid-19 antibody testing kits, Government considers importation ban) (New Zealand Claims a Victory Over Coronavirus, But Doubts Persist

中国とNZは、コロナに勝利した「戦勝国」どうしだが、両国間の人的交流は再開できるのか??。難しいだろう。相互に、相手国のコロナ感染の状況を完全に信頼できる状態ではなさそうなので、交流を再開できない。北欧のスウェーデン政府筋は、まもなく集団免疫を獲得できると言っている。スウェーデンが集団免疫を獲得したら、中国やNZはスェーデンからの渡航を認めるか??。無理だろう。信用できないからだ。集団免疫の形成を高い確度で確定する方法もまだない。 (The architect of Sweden's controversially lax coronavirus response says he thinks it's working and that the capital city is already benefiting from herd immunity) (UW starts testing people with COVID antibody test that boasts nearly 100% accuracy) (Swedish scientist says parts of country could achieve herd immunity in a month

世界的にコロナ危機が完全に終息したと信じられるまで、中国もNZも世界との人的交流を再開できない。コロナ危機の世界的な完全な解決・・・それはいつか??。今年末ではない。来年末か??。わからない。ワクチン完成時か??。それなら2025-30年ぐらいになる。ワクチンも完璧かどうか不明だ。新型ウイルスの特性自体が不確定なので、何も確定できず、信用できない。途方もない長期間、国際的な人的交流や国際化が停止され続ける。世界中の旅客機を作るボーイング社は、経営の立て直しに何年もかかると発表した。当然だ。立て直せるかどうかも不明だ。国際化・グローバリゼーションの状態は完全に終わる。金融バブル漬けだった米国が金融破綻し、米国の覇権体制が崩壊する。 (Boeing investors could wait ‘years’ for dividend to return) (Pandemic Exposes Liberalism's Free Trade, Open Borders Road To National Suicide

免疫保有者が3%しかいない武漢と対照的に、米国のニューヨーク市は免疫保有者が21%いる。NY州が最近、広範な抗体検査を実施した。武漢は1月末から都市閉鎖に入ったが、NYは都市閉鎖が3月末からだ。武漢で最初のコロナ発症者が出た昨年末以来、武漢など中国からNYに渡航した人からNY市内に感染者が広がり、都市閉鎖を開始する前にかなりの感染者(多くは無発症)がいたことになる。都市閉鎖に入るのが遅いほど、免疫保有者が多くなると推測できる。 (1 in 5 New Yorkers May Have Had Covid-19, Antibody Tests Suggest

NY市以外のNY州では、人口密度が低い地域ほど免疫保有者の割合が少ない。少ない地域だと5%ぐらいの交代保有率だった。都会の方が、都市閉鎖(外出禁止)前の人々の濃厚接触の頻度が高く、それが免疫保有率の高さにつながったのだろう。NY市の免疫保有率が21%なら、東京の免疫保有率は30%以上かもしれない。中国に近い東京の方が、NYよりもコロナ危機発生直後の中国からの渡航者が多く、感染拡大の度合いも大きかったと考えられるからだ。NYの都市閉鎖は3月末からだが、東京の非常事態(準都市閉鎖)は4月上旬からで、東京の方があとだ。日本は、欧米や中国よりゆるい自粛にとどめて経済を生かしつつ、隠然と集団免疫の形成を目指そうとしたが、トランプからダメだと言われて経済を自滅させる非常事態宣言をやらされ、集団免疫の形成を遅延させられている。 (コロナ危機はまだ序の口

日本や英国は、集団免疫に近づこうとして米国から妨害されて都市閉鎖っぽい方向に強制転換させられたが、日英のしかばねを乗り越え、国際的な誹謗中傷を乗り越えて集団免疫をやり続けているのがスウェーデンだ。スウェーデンでは広範な抗体検査がまだ行われていないようだが、政策決定にたずさわる医師によると、首都のストックホルムの状況は集団免疫まで数週間のところまできている。人口の60%が免疫を持つと集団免疫だと言われているので、ストックホルムの免疫率は40-50%ぐらいか。東京より1段高い程度だ。 (Sweden resisted a lockdown, and its capital Stockholm is expected to reach ‘herd immunity’ in weeks

先進諸国や、中国ロシアなど新興諸国は都市閉鎖をやっているが、発展途上諸国の多くはゆるい都市閉鎖しかやっていないか、何もやっていない。カンボジアやベラルーシなどは、権力者が「うちではコロナが発症していない」と豪語して無策を貫いている。こういった国が、最も早く、ワイルドな形で集団免疫を獲得していくと考えられる。無策型のワイルドな集団免疫策は死者が増えるので「悪いやり方」だ。悪いやり方をした国々は国際的に信用してもらえない。そもそも世界的に集団免疫の形成を確認する方法もないので、これらの国々も他の諸国との人的交流を絶たれたままだ。 (‘There Are no Viruses Here’: Leader of Belarus Scoffs at Lockdowns

WHOは、抗体検査の陽性者である既感染者が免疫保有者であるとは限らないと言っている。中国の研究によると、コロナの感染者のうち5-10%は体内に十分な量の抗体ができないまま治癒してしまうので再感染のおそれがある。しかし、この「治癒」の状態が、本当の治癒なのか、それともPCR検査の確度の低さからくる偽陰性だったのかわからない。偽陰性だったなら、コロナの特性でなくPCR検査の特性の話になる。相方を不確定だと攻撃する人の根拠自体が不確定だったりする。体内にできた抗体が何か月・何年もつのかも不明だ。これらは実際に抗体を持っている人に定期的に検査し続けることによってしか判明しない。コロナと抗体の特性が確定的にわかるまで、集団免疫の形成を確定的に定義できない。それには何年もかかる。確定的にやろうとすると、集団免疫策はかなり難しいものになる。 ('Immunity passport, please': Should antibody testing be the ticket out of lockdown?

欧米では、抗体検査によって免疫保有者と判明した人に「免疫旅券」や「免疫バッジ」をわたし、それらを持っている人から先に職場復帰させることで、都市閉鎖を解いていく免疫旅券政策が、集団免疫の具体策として提案されている。だが、抗体がある人が絶対に再感染しないのか、他人に感染をうつさないのか、といったあたりのことが不確定だ。抗体保有者の0.1%でも感染する/させるのなら、それは感染を再拡大させるシステムになってしまう。そのためWHOは免疫旅券のやり方に反対している。 (WHO warns against coronavirus ‘immunity passports’

このように集団免疫策は不完全だ。集団免疫策は「人殺し」扱いされている。とくに軍産リベラル系のマスコミは、コロナの危険性を誇張して伝えると同時に、集団免疫策を異様に非難中傷してきた。なぜ軍産がそのような傾向になるのかという理由は改めて分析したい。集団免疫策が不完全なのは事実だ。しかし同時にいえるのは、いま多くの諸国がやっている都市閉鎖や外出自粛(準都市閉鎖)が、確定的に「良い」政策であるとも全く言えないことだ。中国の例でわかるように、閉鎖や自粛は強硬にやるほど、免疫保有者の増加を抑止し、短期的にはコロナに「勝利」しうるが、この勝利は近視眼的で、逆にそれによって都市や国家の閉鎖を長く続けねばならなくなる。経済破綻、財政破綻、金融破綻、生活困窮者の増加など、閉鎖によるマイナス面の方がはるかに大きくなる。 ('No Evidence' Yet That Recovered COVID-19 Patients Are Immune, WHO Says

閉鎖や自粛を長く続けた後、最終的に感染者が増えなくなる時、それは集団免疫が形成された時でもある。感染によって人々獲得した免疫が短期間しか続かない場合、再感染が増えて再閉鎖が必要になる。だが、免疫切れは全員がいっぺんになるものでなく、少しずつ切れていくだろうし、再感染しても80-96%は無発症か軽症だ。このような世界的な感染状態が長引くほど、持病持ちや高齢者が減り、残った人類の重篤な発症者が減る。人類の平均寿命が短くなるだろうが、人類は新型ウイルスと共存していく。これが最悪の場合の解決状態だ。どっちにしても集団免疫の形成が解決になる。集団免疫を政策として実行しなくても、何年後かのコロナが終息する状態は、集団免疫の自然な形成になる。そのうちにワクチンもできる。 (In 4 U.S. state prisons, nearly 3,300 inmates test positive for coronavirus -- 96% without symptoms

都市や国家の閉鎖はものすごく長引くだろう。それなら、閉鎖をゆるくして事態を集団免疫に近づけた方が得策だ。高齢の家族と同居していない若者の職場復帰を容認しようとした英国の専門家集団の案は合理的だった。だが、マスコミなどにボロクソに言われて実現していない。軍産マスコミは本来、米国の覇権を永続させたいはずなのだが、コロナに関しては米国の覇権を自滅させる方向のプロパガンダを発しまくっている。誰かが軍産マスコミを騙して自滅方向に走らせている。日本も、非常事態宣言の前は、隠然集団免疫策っぽくて今から思うと良かったのだが、おそらくトランプ政権からの横やりが入り、集団免疫に近づかせず事態を長引かせる今の強い自粛と経済停止の体制に変わった。

トランプ政権は隠れ多極主義で、コロナ危機を使って米国の覇権やドル・金融バブルの崩壊を引き起こしたいので、日銀がドル支援でなく、日本国内経済の支援に専念せざるをえなくなるよう、日本に厳しい経済停止をやらせているのだと思われる。私のこの推論が正しいなら、日本経済を停止させる状態はまだしばらく続く。もし5月上旬に非常事態宣言が解除されても、経済活動の再開はとても限定的になる。 (ウイルス危機が世界経済をリセットする

コロナ関連の分析はなかなかすっきりしたものが書けない。試行錯誤だ。軍産や隠れ多極主義とコロナ危機の関係まで踏み込んで書きたいのだが、その前に感染そのものをめぐる政策や歪曲の分析でまだ手一杯だ。今回はもう一本、一昨日完成しかけたが満足せずボツにした記事がある。新たに書いたものの方が良いという感じもしないので、ボツにした前の記事「集団免疫を遅らせる今のコロナ対策」も以下に掲載しておく。 (集団免疫を遅らせる今のコロナ対策



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