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すべてのツケはQEに

2020年5月11日   田中 宇

先進諸国の株価は、今年2月にコロナ危機による経済停止を機に暴落したが、その後、2月の下落分の半分近い値幅が反騰した。この反騰の唯一の原因は、米連銀など中央銀行群の造兵による資金注入(QE)だ。経済マスコミは「各国がコロナ危機への経済対策を発動したことを好感して株が買われた」などと報じているがウソっぱちだ。多くの国の事業者や経済人が、自国政府のコロナ危機対策は焼け石に水で全く足りない」と言っている。各国政府のコロナ危機対策は株価下落の勢いをいくらか減速するぐらいの効果しかないはずだ。株価の反発は、金融バブルの維持・破裂防止をねらう中銀群のQE資金が唯一の原因だ。 (QE Defender - Stop The QE Insanity: Helicopter Money And The Risk Of Hyperinflation) (David Stockman On The Fed's Destruction Of Financial Markets & What It Means For You

今後、6月末の第2四半期(Q2)の決算期にかけて、米国など多くの国で企業の業績の大幅な悪化が表面化する。Q1末の3月末の時点では、まだコロナ危機がそれほどひどくなかった。だがQ2はがっつりコロナ危機の経済全停止だ。6月にかけて株価が再暴落し、社債の格下げや債務不履行・倒産、今はまだ様子見なので先送りされている企業による大量解雇などが起きるという予測が出回り始めている。 (52% Of Small Businesses "Expect To Be Out Of Business Within Six Months"; Shocking New Survey) (How to escape the trap of excessive debt

私の予測では、世界的な大量解雇は起きるが、株の再暴落や社債市場の崩壊・企業倒産の急増はとうぶん起こらない。それらは中銀群のQE増額によって防げるからだ。コロナ危機発生後、米連銀の毎月のQEの額は、株や債券の暴落が起きた月は2兆ドル、株や債券がわりと安定している月は1兆ドル以下だ。米連銀は、株や債券の暴落を容認するほどQEのコストが増える。QEを低コストで効率的にやるには、大きく売られたら10秒以内に反発させて相場を元に戻すやり方で暴落の発生を防ぐことが大事だ。数時間でも暴落を容認すると、中銀群はそれを元に戻すために巨額のQEの出費が必要になる。 (Yields Hit Session High After Fed Cuts Treasury QE To Just $7 Billion Per Day

下落傾向の大きなショックが発生して売りが膨大だと、このやり方をしてもとりあえず暴落を許容するしかない状態になる。その場合はいったん暴落する。ゴールドマンサックスは、(1)コロナの感染再拡大による経済再閉鎖で株が暴落、(2)QE急増が超インフレを引き起こして株が暴落、(3)経済閉鎖による需要減退でデフレになり暴落、などのシナリオを出している。しかし(1)は現在の経済閉鎖がQEの急増で株の反騰につながっているので再閉鎖もQEで乗り越えられるとしか思えない。(2)はリーマン後10年以上QEやったがデフレになるばかりだったので今のところ正しくない。(3)も、QEやTARPなど官製バブル資金のせいで実体経済と株価が切り離されて久しいのでお門違いに思える。やはり私から見ると、中銀群がQEを続けられる限り暴落は起こりにくい。 (6 Reasons Why Goldman Sees The S&P Sliding Back To 2,400 By August

中銀群は無限のQE資金を持っているのだから、暴落の発生を看過する必要はない。突発事案など、やむを得ない理由で相場が暴落した時でも、下落をできるだけ小幅にするように資金注入し続ければ、数日で上昇に転換できる。株価が少しずつ上がり、債券金利が一定している状態だと、中銀群のQEの出費額が最も小さくなる。だから暴落後、中銀群は株価を少しずつ反発させていく流れを作っている。

3月の暴落は、米連銀など中銀群が無限のQEの開始を決意する前に起きた。あの暴落を機に、米連銀と日銀は無限のQEを無期限にやる意志を固めた(欧州中銀はドイツの反対でまだ揺れている)。今の米連銀は、QE自体が行き詰まらない限り、無限の資金力を持っている。どんなに大きく売られても、次の瞬間に同額を注入して下落を防止できる。中銀群は暴落の発生を容認しない。そのような理由で、米連銀が今のような無限大・無期限のQEを続けている限り、株や債券は暴落しにくいと私は考えている。

金融経済の(見かけ上の)状況の良し悪しは株や債券などの相場で表される。米連銀など中銀群が無限のQEを続けている限り、先進諸国の株や債券は下がらず、金融経済の状況は悪くない、というプロパガンダがまかり通る。金融はQEへの依存が強まっており不健全だという警告は時々しか発せられず、ほとんど無視され続ける。無限のQEに、それ以上やれない(やると金融崩壊するとかの)「上限」が存在しているのかどうかわからない。QEの上限について(思い込みや呪詛的でなく)具体的に書いた分析を見たことがない。米連銀が今の調子で2-3年QEを続けても「ドル崩壊」が起きないと感じられる。都市閉鎖やそれを緩和した社会距離状態、世界的な鎖国体制の長期化により、失業率30%とかの史上最大の大恐慌がこれから3年かそれ以上続きうるが、その間、株や債券が上がり続けるという「トンデモ」な現実がありうる。 (Peter Schiff: The Fed Can Never Take The Easy Money Drug Away

QEの資金は、実体経済の分野にも注入される。国民や事業者への現金バラマキの政策の原資である赤字国債を中銀群がQEで買い支える。QEが無限なので、国債増発や現金バラマキも無限にやれる。QEによる実体経済のテコ入れは、金融経済のテコ入れより非効率だ。QEの資金を入れると株や債券の相場がすぐ上がるので、金融面は簡単に粉飾できる。だが、実体経済はもっと複雑な心理戦だ。国民にばらまいた現金の多くが貯蓄され消費に回らない場合、先進諸国の経済の70%は消費であるだけに、現金をばらまいても実体経済のテコ入れが進まない。その代わり、経済システム全体の規模で見ると、実体経済より金融経済の方がはるかに大きい(世界のGDP総額は90兆ドル。世界の金融システム総額は250兆ドル)。

実効性のある実体経済のテコ入れをやるにはカネがかかり、必要なQEの総額が増大する。実体経済のテコ入れは、議員らの利権が絡んでますます非効率になる。QEへの負担が増大する。今回の危機により世界的に都会の人々の在宅勤務の増加が固定化すると、雇用と消費の両面で経済規模が縮小し、世界経済のこれまでの目標だった「完全雇用」の達成が無理になる。これまでの完全雇用神話も雇用統計の粉飾などによるインチキだったが、それでも神話の維持は可能だった。これまで先進諸国では、できるだけ多くの企業を上場させて金回りを良くする代わりに大人数を雇用させ、完全雇用神話を維持してきた。金融バブルが完全雇用を維持していた。だが、20%以上の失業率が固定化するコロナ危機後は、これらの方法での完全雇用神話の維持が不可能になる。そして、完全雇用神話の代わりの案として出てきているのがUBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)やMMT(現代貨幣理論)など、政府による資金のバラマキによる国民生活の維持の構想だ。 (人類の暗い未来への諸対策

すでに書いたように、資金のバラマキで実体経済をテコ入れする策は非効率だ。金持ちから税金をとって貧困層に配るのも、捕捉の漏洩や人々のやる気の低下などがあり効率が悪い。そして結局のところ、UBIやMMTの資金源は中銀群のQEしかない。金持ちや大企業の大きな資金源はQEで膨張した金融商品だ。コロナ危機は、既存のいろいろな経済と金融の(多くはインチキな)メカニズムを潰し、それを(もっとインチキな)QEに集約する役割を果たしている。これまでは曲がりなりにも、需給で動く市場原理が、金融市場を動かす原理として存在していた。コロナ危機対策としてのQE急増により、需給や市場原理はほとんど重要でなくなって単なる「見かけだけの演技」に成り下がり、QEがすべてになった。QEだけに頼る今後の金融システムは、なにがしかの市場原理が存在していた以前の金融システムよりはるかに脆弱だ。それでも、QEに上限がないのであれば、何百兆ドルもQEをやっても中銀群が潰れることはなく、今は見えていない限界がいずれ見えてくるまで続けられる。

コロナ危機は、先進諸国の経済をすべてQEで賄う新体制を作った。この新体制は自滅しないが、外からの国際政治的な挑戦を受けると話が違ってくる。具体的には、トランプが中国敵視策を先導して米中対立が激しくなり、喧嘩を売られた中国が基軸通貨としてのドルを崩壊させようとした場合だ。コロナ危機は、中国にドルを潰したいと思わせる新たな国際環境を生み出している。コロナ危機前の世界は、中国が製造して儲け、米国側(米欧日など)が中国製品を消費し、米国が中国の製造業やインフラ整備に資金を投資して儲けるという米中ウィンウィンな体制があった。米中の経済関係が、世界の経済関係の象徴・中心であり、そこで使われる通貨はドルだった。

だが今、各国がコロナ危機対策で(不必要に多くの犠牲と時間がかかる)都市閉鎖の政策に入り込んでしまい、これから世界各国が長期の鎖国を強いられることが決まった。世界が単一のまとまりだったグローバリゼーションは消え去り、今後の国際的な新たな経済活動(既存の経済活動の延長でなく、新たに作られる部分)は、世界単一市場とかドルの基軸通貨性を大前提にする必要がなくなった。米国が、中国など世界の諸国と仲良くし続けるなら、世界の側はドルを国際決済通貨として使い続けても良いと思うが、米国が中国など世界に対して傲慢な態度をとり続けるなら、もうドルや米国の経済覇権も要らないか、という話になる。トランプはまさに後者だ。

前回の記事に書いたように、今はコロナ対策でバラバラに鎖国している世界の諸国が今後、国際社会を再構成していく時、従来型の米国中心の米国覇権体制を復活するのでなく、多極型や部分的水平型の新体制・新世界秩序を作っていく可能性が高い。トランプの米国は米国覇権を維持したくない(レーガン、クリントン、ブッシュ、オバマもその傾向で、覇権放棄や多極化容認は四半世紀にわたる米国の隠れた国是だ)。米国は、世界のコロナ危機を奇貨として覇権放棄や多極化の進行を容認する。これを起こすために米国の上層部は、コロナ危機の長期化、QE依存の激化、世界の鎖国化と覇権構造の再編を引き起こす都市閉鎖の戦略を世界にとらせ、都市閉鎖策を不要にする集団免疫策をマスコミや権威筋に中傷させて潰しまくったともいえる。 (コロナ対策の国民監視システムを国際的につなぐ

今後、コロナ危機からの立ち直りを機に、世界の多くの国が対米自立の傾向を強める。とくに中国は今後、トランプから敵視されるほど、ロシアなど非米系の新興諸国を誘って多極型覇権を目指し、ドルを基軸通貨の座から引き降ろしていくだろう。米連銀など中銀群は、コロナ危機へのすべての経済対策を背負わされて脆弱になっている。日本と欧州の中央銀行は、QEで造幣した自国通貨を自国のコロナ対策に回さざるを得ず、そのぶん米連銀の負担が大きくなっている。全体的に見て、中国などがドルを基軸通貨の座から引き降ろすのであれば、いまほどの好機はない。トランプは米国の覇権を中国に引き倒させるために中国敵視策をやっている。しかもトランプは中国を敵視・非難するほど秋の大統領選での再選の可能性が高まる。 ('Blame China, Save The Economy' - Trump Campaign Embraces New 2020 Messaging

そのうちに石油ガスの輸出入でも人民元などドル以外の通貨による決済がもっと増える。石油輸出国を率いるサウジアラビアは、米国のシェール石油産業を潰そうとこんな不況下に大増産して原油相場を暴落させた。激怒したトランプは、サウジから米国のミサイルなどを撤去している。以前はゴリゴリの対米従属国だったサウジは今や米国に楯突く国になり、そのぶん、中国やロシアへの接近を強めている。サウジは中露と組み、自国とOPCE全体の石油輸出の人民元決済など非ドル化に力を入れているはずだ。トランプは、サウジに喧嘩を売ることで、サウジを中露の側に押しやり、サウジと世界を非米化している。 (Gulf states should consider U.S. ties when dealing with China -official) (US Pulling Patriot Missiles, Warplanes Out of Saudi Arabia Amid Dispute

これらの国際政治的な動きは、世界的な決済通貨の非ドル化、米国覇権の引き倒しと多極化につながる。ドルを引き倒しつつ、代わりの国際基軸通貨としてIMFのSDRを持ち出すといった、リーマン危機後に構想された展開の続きもありうる。コロナ以前の世界は民間主導・市場原理主義であり、国家主導のSDRなど使い物にならないと一笑されていた。だがコロナ以後の世界は各国とも国家の役割が急拡大し、国際的な人の移動が厳しく管理され、貿易も国家管理に逆戻りしていく。SDRにふさわしい国際環境が急速に立ち上がっている。ドルに代わる基軸通貨の話は今後どんどん現実味を帯びる。実現するかどうかは別だが。 (Shanghai gold boss wants super-sovereign currency for post-crisis times

中銀群とくに米連銀のQEの急拡大は、米連銀の不健全化・脆弱化を生み、先進諸国の金融市場を機能不全の腐ったものに変えている。中国など非米諸国が米国覇権を引き倒しやすい状況ができている。実際の米覇権の引き倒しやドル崩壊、覇権のリセットには何年もかかる。トランプら米国の隠れ多極主義者たちは、コロナ危機を無駄に長引かせる必要がある。世界中が都市閉鎖をやらされ、いったん感染拡大が沈静化してもそのあと小規模な感染再拡大が延々と続く事態に陥らされているのは、多分そういう理由からだ。都市閉鎖策は、人類を集団免疫に至らせず、コロナ危機による鎖国状態、経済全停止を無駄に長引かせ、経済全停止の長期化がQE依存の肥大化・米連銀の弱体化を生み、中国など非米諸国による米覇権の引き倒しを誘発する。 (Get Ready For World Money

2-5年かけて米国覇権が引き倒され、ドルの基軸性が低下してSDRなどに取って代わられ、多極型体制へと世界がリセットする過程が不可逆的なところまで進んだころに、コロナ危機が終わり、ある程度のグローバリゼーションが戻ってくる。その時の世界は、米国中心でなく多極型になっている。新型コロナウイルスは、世界をリセットするためにばらまかれたとも言える。



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