他の記事を読む

暴動が米国を自滅させる

2020年7月30日   田中 宇

今年5月末に黒人のジョージ・フロイドが白人警察官に殺されて以来、全米各地の大都市で警察敵視のデモや集会が焼き討ちなど暴動に発展し、現在まで続いている。暴動の多くは米民主党の左派(リベラル)勢力が主導しており、民主党支持が多い米マスコミは「暴動」でなく「平和裏な政治運動」と歪曲して報じている。西海岸のポートランドやシアトルなど、民主党が市長や州知事を握る地域では、暴動が黙認され、左翼の暴徒が市街地を占領して「解放区」の創設を宣言している。戦時中の中国共産党みたいだ。左翼勢力は、全米各地で「人種差別者」のレッテルを貼った南北戦争時の南軍の将軍の銅像などを引き倒す「文化大革命」も展開している。米国を「北米人民共和国」や「北米ソビエト連邦」にしたい感じだ。 (Violence Erupts Around Protests Across U.S.) (Barr to condemn rioting as disconnected from George Floyd’s death

今の暴動の継続拡大の背景には、新型コロナの(誇張された)感染拡大を理由とした都市閉鎖により、経済と社会の状況が悪化した状況がある。検査の急増などで「第2波」が扇動されるなか、それまでの小康状態が破れ、7月下旬に全米各地で暴動が再燃した。各地の警察(米国は自治体警察制を採用)は、主に民主党が与党の市や州の議会や政府によって権限を縮小され、暴動を鎮圧する能力が低下している。そのため連邦政府のトランプ政権(共和党)は、民主党を批判する意味もあり、連邦政府(国土安全省)の治安維持部隊を暴動鎮圧のためにポートランドなどに派遣(派兵)した。 (米国の暴動はコロナ愚策の都市閉鎖が主因) (Portland riots – it is Trump's constitutional duty to enforce federal law and he should

各地で暴動を仕切っている民主党左派と、トランプは(八百長プロレス風ドタバタ劇の)仇敵どうしだ。トランプが「派兵」してきた連邦部隊は「平和裏」にデモや破壊を続ける左派勢力を催涙ガスなどで攻撃した。左派は激高し、左派が牛耳る米マスコミはここぞとばかりにトランプ批判の報道を展開した。ポートランドなどで、暴動を鎮圧しようとするトランプの連邦政府と、暴動に許容的な地元の民主党の市長や州知事、左派の運動家たちが対立している。 (Federal Agents Push Into Portland Streets, Stretching Limits of Their Authority) (The Hijacking of Homeland Security

暴動激化の背景にあるのは米2大政党間の戦いなので、11月の米大統領選挙でバイデンが勝ってトランプが負けたら暴動が終わるとの見方がある。だが、それは間違いだとも指摘されている。党内では主流派(中道派、軍産エスタブ)vs左派の戦いが激化しており、主流派はしだいに左派を統制できなくなっている。バイデンは中道派なので、当選し大統領になっても左派の統制が困難で、来年の政権初期に左派が様子見をしていったん暴動が下火になっても、来年も続くことが必至なコロナ危機の再発などを機に、暴動が再燃する可能性が高い。選挙結果に関係なく暴動は止まらない。全米の大都市の暴動は断続的にずっと続く。これから2-5年続きそうなコロナ危機と同じぐらい続く。 (Portland protests: why Trump has sent in federal agents) (米民主党の自滅でトランプ再選へ

そもそも民主党は党内の分裂が激化して11月の選挙に勝てそうもない。バイデン優勢の報道は、16年のヒラリー優勢と同様、民主党系が多い米マスコミの勇み足だ。バイデンが負けてトランプが勝った場合、おそらく民主党内で主流派の権威が落ち、左派がますます主流派の言うことを聞かなくなって過激化し、2期目のトランプ政権の連邦政府と鋭く暴力的に対立する傾向を強める。コロナは米国で第2波、第3波が扇動され続け、人々の生活がさらに悪化する。悪化は、人々と公的財政に蓄えがあったこれまでより、蓄えが尽きるこれからの方がひどくなる。経済悪化と暴動悪化が悪循環になり、米国は統制不能になっていく。 (America's Major Cities Are Being Turned Into War Zones, And It's Not Going To End In November) (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻) (新型コロナ「第2波」の誇張

米国の左派リベラルは1960年代の反戦運動以来の流れをくんでいる。彼らは長く民主党内の少数派勢力だったが、トランプ政権になって民主党との対立が激化するとともに、煽られて民主党内で左派が強まった。トランプは、左派を仇敵とみなすことで強化した。イランや中国が、トランプに敵視されるほど国際社会で台頭しているのと同じ構図の策略だ。 (Police call Portland protest a riot as fires set, fences moved) (Political Climate Preventing 62 Percent of Americans From Sharing Their Views

すでに起きているドル崩壊・ドル安が進み、為替安から輸入品の物価が上がり、インフレが人々の生活をさらに悪くする。日本など他の諸国はそうでもない(検査増加で演出されたコロナ再燃や、7月30日の故意の誤報っぽい首都圏の緊急地震速報など、人々に恐怖を与えるための上からの脅しがずっと続くが)。米国だけが悪くなる。ドルが崩壊する中で、MMT(財政赤字増加の放置)やQEなど、ドルの過剰発行に拍車をかける事業を展開すると、ドル崩壊に拍車がかかり、米国の財政破綻・米国債金利の反騰(国債破綻)が起きる。これまで起きないと言われてきた超インフレや財政破綻が起きる。米国は覇権国としての当事者能力を失っていく。 (This is a critical point in US history. We’ve entered a dangerous, chilling period that could lead to a race or civil war) (ドル崩壊への準備を強める中国

米国が中国やEU、ロシアなど、諸大国と協調する姿勢(国際協調主義)をとれば、世界が米国を助けてくれて米国の覇権を維持できる。だがトランプは正反対に、世界との協調を断固拒否し、中国やロシアとの新冷戦を激化させ、EUとは貿易紛争を続ける、稚拙な単独覇権主義を突っ走っている。この稚拙な覇権主義は、米国の覇権を自滅させる隠れた目標のためにやっている。ブッシュ政権時代からの米共和党系の隠れ多極主義の策略だ。この策略は、ほとんど気づかれないまま成功し続けている。米国は自ら覇権を失っていく。世界は、気乗りしなくても非米化・多極化するしかない。 (加速するトランプの世界撤兵) (長期化し米国覇権を潰すウイルス危機

非米化や多極化に対して気乗りしないと思っているのは、日本や西欧、豪加など西側系の米同盟諸国だけだ。中露イランを筆頭に、西側系以外の諸国は、もう米覇権体制でない方が良いという考えを強めている。国連はすでに、トランプの米国に主導権をとってもらいたくないという非米的・多極主義的な姿勢をとっている。 (米国を中東から追い出すイラン中露

非米的な国連は最近、トランプと左派との米国内の暴動をめぐる対立に横から参戦してきている。7月24日、国連の人権高等弁務官事務所(UNHRC)がトランプの米政府に対し、左派系の米マスコミの報道を軽信する形で「平和裏に政治集会を行う人々(左派)に対して連邦部隊を派遣して鎮圧するのはやめなさい」と警告した。UNHRCと連携する国連人権理事会も同時期に、米国が体制的に人種差別の構造を持っている疑いを持って調査を開始した。いずれも国連が米国の左翼を応援し、トランプと喧嘩する姿勢で入ってきている。 (U.N. human rights office calls on U.S. police to limit use of force) (United Nations calls on US police to halt use of force against journalists covering protests

UNHRCは2006年に米国主導で作られた国連の人権組織だ。米国(米英)は冷戦後の世界支配の道具として、言うことを聞かない諸国に、往々にして濡れ衣や誇張的な「人権侵害」のレッテルを貼って経済制裁する「人権外交」を展開した。UNHRCはそのための組織の一つだった。米国が反米諸国に「人権侵害」のレッテルを貼って攻撃するための道具のはずだったUNHRCが、米国に「人権侵害」のレッテルを貼って攻撃している。ここまで露骨に皮肉的な状況は初めてだ。 (UN issues warning to US authorities as Black Lives Matter protesters continue to face off against police) (United Nations Orders Trump To Stand Down In Portland

国連ではもともと左翼が強い。冷戦時代から、ソ連や中国、非同盟諸国といった左派の国々が、国連総会などでの多数決の原理をテコに影響力を持っていた。冷戦後、米英が、反米的な左翼やイスラム主義の諸国における「人権侵害」を誇張して経済制裁や政権転覆に持ち込む「人権外交」を単独覇権主義の一環として強め、UNHRCを作った。覇権主義の米国と、左翼やイスラム主義の非米・反米の諸国との対立が国連で強まった。米国は冷戦後、最初は国連から左翼を追い出して米覇権の道具として使おうとしたが、911後は転換し、国連を捨てて米国だけで世界を運営する単独覇権主義を強めた。その挙句、米国はイラク戦争やリーマン危機、そしてトランプの覇権放棄策など、過激にやって失敗して覇権を自滅的に喪失する動き(隠れ多極主義)を続けている。米国に捨てられた国連は、中露など非米的な諸国が率いる傾向になっている。 (トランプが捨てた国連を拾って乗っ取る中国) (人権外交の終わり

人権外交の構図としてみると、米国の暴動は、ウクライナやシリアで起きた内戦の初期に似ている。暴動を「強圧的に」鎮圧しているトランプは、ウクライナに例えるとロシア寄りのヤヌコビッチ大統領だし、シリアに例えると反米的なアサド大統領だ。ヤヌコビッチもアサドも、米国(軍産)の人権外交によって転覆されるべき政権だった(ヤヌコビッチは転覆されたが、アサドは露イランに助けられ内戦に勝利した)。米国の左翼は、自分たちが続けている暴動を鎮圧してくるトランプも政権転覆させられるべきだと思っている。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平

11月の大統領選挙でトランプが勝ったら、左翼はその選挙結果を認めず、反トランプ暴動を展開するかもしれない。トランプは連邦政府の治安部隊を送り込んで暴動を鎮圧する。左翼と国連は、トランプはヤヌコビッチやアサドと同じだと言うだろう。人権外交は、米政府のものでなく、反米的な国連や米左翼のものになっていく。この展開においてトランプは「極悪」だが、軍産(米覇権勢力)が作った人権外交の構図が、半覇権・反軍産的な国連や米左翼のものになって軍産の無力化が進む点ではトランプの勝利である。「トランプvs軍産」と「トランプvs左翼」と「米覇権主義vs多極主義」の3つの対立が交錯している。 (トランプと米民主党) (多極型世界の始まり

最近の記事「中露イランと対決させられるイスラエル」に書いたように、国連の人権組織(人権理事会など)や国際司法組織(ICC=国際刑事裁判所)が、米国とイスラエルの中東支配の象徴であるイランやイラク、パレスチナに対する攻撃・人権侵害を、国際犯罪として捜査し裁き始めている。 (中露イランと対決させられるイスラエル) (トランプの覇権放棄としての中東和平の終わり

米国は911前後から、覇権主義を国際犯罪・戦争犯罪の域まで達する過激さでやり続けている。セルビア戦争、ソマリア内戦、イラク侵攻、アフガニスタン占領、シリア内戦、リビア内戦、イラン核兵器開発の濡れ衣、ウクライナ転覆、サウジにやらせたイエメン戦争、イスラエル占領容認など、冷戦後に米国が手がけた戦争犯罪や人権侵害は多数ある。これまでは米国の覇権が強かったので、米国自身が国際的に裁かれることはなかった。だが、米国の覇権が自滅的に低下し、覇権が非米側に移っていく今後は違う。戦後の新世界秩序(米覇権体制)が、覇権争奪戦に負けた日独の「戦争犯罪」を裁くところから始まったように、きたるべき多極型の新世界秩序も、米国の「戦争犯罪」を裁くところから始まるのかもしれない。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ