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中露と米覇権の逆転

2021年6月13日  田中 宇 

バイデン政権の米国は、今週行われている英国でのG7サミットに向けて、欧日など同盟諸国を引き連れて中国とロシアに対する敵視や経済制裁を強める戦略を展開してきた。太平洋側では、日豪インドを誘って中国包囲網的な「インド太平洋(クワッド)」の軍事演習を繰り返したり、米議員団を台湾に差し向けて中共を怒らせたりしている。欧州側で米国は、ロシアの近くでNATOの軍事演習をやったり、ウクライナ内戦をけしかけてロシアとの緊張を高めたり(バイデンは息子経由でウクライナから賄賂をもらってきた)、ロシアからドイツへの完成間近の天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設をやめろとドイツに圧力をかけてきた。 (A Critical Shift In The War For Oil) (Europe Without Neutrals: NATO and Austria

2008年のリーマン危機後、世界の主要国の首脳たちが集まって政治経済の策を決める最重要の機関が、先進国だけのG7(G8。米単独覇権型)から、中国など新興諸国も含めたG20(多極型)に交代した。G7は、テーマを環境や人権問題などに限定する縮小をして何とか延命することになった。英国や、米国の軍産マスコミなど、米単独覇権体制にこだわる勢力はG7の機能喪失を認めたがらなかった。軍産の敵として現れたトランプはG7を軽視・誹謗した。中露など新興諸国も、世界的な意思決定を公的な場であるG20で行うと、国際会議での歪曲がうまい英国や軍産に騙されて損するので、公的なG20よりも、非公式な2国間の積み重ね的な意思決定を好み、G20を軽視した。このためG20は重責を持たないままだ。 (G8からG20への交代) (世界経済のリセットを準備する

昨秋の大統領選で軍産がトランプを不正選挙で蹴落とし、大統領になったバイデンは、G7を、米国が同盟諸国を巻き込んで中露敵視を強めるための国際組織として復活させる方向に動き出した。ロシアはクリミア併合や野党活動家(と言いつつ実は詐欺的な)ナワリヌイの逮捕など、中国はウイグルや香港への弾圧などが、G7諸国から「人権侵害・違法行為」として非難され、それを理由に経済制裁されている。G7は、世界の人権侵害を取り締まる名目で中露敵視を強めている。コロナの最中の昨年、中国は世界の経済諸大国の中で唯一プラスの経済成長をした。EUは、中国との経済関係を強めたいと考えて投資協定の交渉をしていた。だが、G7サミット前に米国がEUに圧力をかけて中国との交渉を凍結させた。EUは米国主導の対中経済制裁に参加している。 (European Parliament Freezes Ratification Of China Investment Treaty) (Lithuania's withdrawal from '17+1' shows it is snared in Cold War web

以前なら、経済大国となった中国にすり寄りたい欧州や日本は米国に加圧されてあきらめざるを得ず、中国も日欧との経済関係を強められなくて怒りつつ落胆する、という話で終わる。しかし今回は違った。米国がG7で欧州を引き連れて中国への経済制裁を強めようとするのに対抗して、中国は、自国に対する不当な経済制裁に参加する外国企業を中国市場から閉め出したり参入禁止にする逆制裁の法律を、G7サミットの開催に合わせて施行していくことにした。これまで中国は、米国側から経済制裁され、欧米企業が中国制裁に参加しても、その企業を中国から締め出す報復的な制裁をやってこなかった。中国は、欧米企業を制裁して中国自身の経済利得が失われることを懸念して報復を控えてきた。 (Western Companies "Shocked" After China Rushes Through Anti-Sanctions Law) (Anti-foreign sanctions draft law proposed to top legislature

しかしここ数年で中国経済は、中国自身の「一帯一路」のユーラシア経済重視策(逆に言うと欧米経済への軽視策)の進展や、トランプ以来の米国による米中経済分離策によって、欧米企業と縁を切っても経済が回るようになってきた。経済成長する中国は、欧米企業にとってぜひとも参入し続けたい市場である一方、中国にとっては欧米企業が自国の経済発展に必須のものでなくなっている。中国と欧米企業の関係は、中国が優勢に、欧米企業が劣勢になっている。そんな中で、米国やG7が欧米企業に「中国制裁に参加しろ。中国と縁を切れ」と圧力を強め、その一方で中国は「わが国を不当に制裁する欧米企業は締め出す」と言い出した。欧米企業は今や、米国と中国の両方から挟まれ、決定不能な状態になっている。 (ブレトンウッズ、一帯一路、金本位制) (US Army Raises Europe Threat Level To 'Potential Imminent Crisis' On Ukraine-Russia Fears

経済的に見ると、今後ますます中国とその傘下の一帯一路などの新興諸国が成長して魅力ある市場になっていく半面、欧米など先進諸国は社会成熟化とコロナ危機で経済が縮小し、市場としての魅力が減っていく。欧米など世界中の国際企業は、先進国市場でなく中国や非米側の市場で儲ける必要が増している。国際企業は、米政府に対して中国制裁に参加するふりをしつつ、中国政府に対しては制裁に参加してないふりをせねばならない。下手をすると米中両方の政府から制裁される。欧州企業は、中国制裁に参加しているはずなのに、中国に参入している欧州企業の数は増え続けている。政府レベルでも、英国が「米英同盟の仇敵」であるはずの中国に兵器転用できる航空機や部品を売り続けてきたことが最近暴露されている。 (More European Firms Onshoring In China Than Offshoring, Complicates Biden's Decoupling Plan) (UK Hypes China ‘Threat’ While Selling Country Billions in Military-Related Equipment

米国企業は、米政府の命令に従わねばならないが、欧州企業は、欧州の政府に対米従属をやめさせれば、経済的に害が大きい中国制裁に参加する必要がなくなり、引き続き中国側で儲けられる。だから欧州企業はEUや自国政府に「米国に従属して中国敵視するのをやめてくれ」と非公式にロビー活動している。バイデンの米国がG7で中国敵視を強めるほど、G7の欧州側の政府や企業は迷惑し、米国から離れたいと思う傾向を強める。中国敵視策によってG7の内部を結束させてG7を復活しようとする米国の策は最初から失敗がわかっている(隠れ多極主義的な)愚策である。G7だけでなくNATOも同様の中国敵視の強化によって欧米間の結束を強めて延命しようとしているが、これも愚策だ。(バイデン政権を動かしているのはトランプの敵である軍産のように見えるが、実のところ隠れ多極の側に牛耳られて失敗させられ、米国の覇権を浪費して崩壊させていく道を歩まされているのだろう) (China's 'artificial sun' nuclear fusion reactor sets a new world record) (“The EU in its current form is a tragic mistake of the European history”

現時点ですでに、AIやスマホや新OSやバッテリーや電気自動車や高速鉄道や自然エネルギー利用や原子力発電、核融合までの各種の最先端技術において、10-20年後に中国が世界の最先端になっていることが、ほぼ確定している。日本がやりたかった世界的な新技術の開発の多くが、日本でなく中国によって実現しつつある。半面、日本人の能力は、理系でも文系でも地頭でも(上からの意図的に)低下している。技術面だけでなく市場規模でも中国は世界最大だ。インドより先に中産階級の国になる。国際的な企業はほとんどの分野で、中国で活動することが必須もしくは得策になっている。覇権の背後にいる米英出身の国際資本家層は、米国や日英などでなく中国で最先端の技術を開花させる策を以前から採ってきた。米国の自滅と、覇権の多極化が必須だ。G7やNATOを再強化しようとするバイデンの策は、同盟諸国が米国を見放し、米国に敵視された中露が結束してさらに強くなって米覇権を押し倒す流れを作るための、意図的な失策として進められている。ダボス会議のWEFなど覇権的資本家層が提唱する「大リセット」の隠れた真髄が多分これである。 (世界資本家とコラボする習近平の中国) (「大リセット=新常態=新しい生活様式」のからくり

今後は新型コロナが「中国が作った生物兵器」として中国敵視の材料になっていく。だがこれも、前回の記事で述べたように、副産物としてコロナ危機自体の歪曲誇張の構造を露呈させ、欧米の市民がコロナ危機を捏造した政府を非難して欧米を弱めていく流れにつながる(日本は隠然対中従属なので中国製生物兵器説が公式化せず、中国敵視の流れが起きないかも。世界中の人々が同じ幻想を持たされていた以前の状態=米英が幻想の発生権を牛耳る体制を世界分断によって壊したのもコロナだ)。 (コロナ独裁談合を離脱する米国) (地政学の逆転と日本

ロシアと中国は、原子力発電の国際業界における2大巨頭だが、中露は最近、協力して原子力発電所を世界中に売り込んでいくことにした。かつて原発業界の巨頭は日米仏だったが、いずれも反原発運動を受けて業界ごと潰れている。中露は、欧米流の反原発運動を無視して非米諸国に原発をどんどん作っていく。どうせ世界に原発が作られるなら日本が受注した方が良かったのだが自業自得だ。非米化した中国は台頭し、日本は対米従属に固執して自分の頭で考えることを放棄した日本は失敗し、劣化していく。日本人は、自国が失敗しても気づかないほど劣化し、米国が崩壊して従属できなくなると恥ずかしげもなく中国への従属をこっそり強めている。日本政府の中国敵視は「ふりだけ」だ(日本だけでなく欧州などの中国敵視も同様だが)。マスコミは幻影を描いて見せ、軽信者たちが「中国はけしからん」と空論を吐く。「けしからん」以上の具体的な対策は出てこないし、出てきたように見えても、それもまた空論だ。 (China, Russia amp up nuclear power cooperation) (中国覇権下に移る日韓

中国は新技術と巨大市場で世界を握りつつあるが、ロシアはエネルギー分野の漁夫の利によって世界を握りつつある。バイデンの米国は、ロシアからドイツに天然ガスを送るノルドストリーム2のパイプラインの開通に猛反対してドイツをあきらめさせようとしたが、ドイツは従わず、結局バイデンは開通を了承した。これは同盟諸国に対する米国の圧力の限界を示し、ロシアとドイツが米国を恐れずに関係を改善していくことに道を開いてしまった。かつてトランプはドイツに対し「ロシアの天然ガスでなく、米国のシェールのガスを買え」と押し売りして断られたが、今や米国のシェールの石油ガスも大赤字が限界となり、未来のない産業と化している。欧州はロシアへのエネルギー依存を強めるばかりだ。 (Germany's Political Crisis And The Future Of Nord Stream 2) (Biden Administration Not Willing to Compromise Its Relationship With Germany Over Nord Stream 2

欧米は、無根拠な地球温暖化人為説をでっち上げて自縛し、世界中の石油ガス利権を自滅的に手放している。欧米が手放した石油ガス利権は、中国やロシアなど非米諸国のものになっている。石油ガスの世界の利権と相場はかつて米国が、サウジアラビアなどOPCEを通じて握っていた。だが今では、中東支配の(意図的な)失敗と温暖化人為説の自己欺瞞により、米国は世界の石油ガス利権を手放し、OPECは米国の傘下から脱し、ロシアとサウジが共同支配するOPEC+に変身している。温暖化人為説は、地球の環境と無関係な、ロシアに漁夫の利を与える「隠れ多極化戦略」になっている。世界的な石油ガス利権の非米化は、2007年ごろから預言的に予測されていた。ネタ元はFTだ。当時はまだ米英マスコミが今よりまともだった。当時の私の多極化分析は多くの人から妄想として否定された。見えてない人々には今後もずっと見えないのかもしれない。 (反米諸国に移る石油利権) (Saudi And Russian Oil Producers Benefit From "Climate Activism" Lobbed At Western Producers

欧米は、石油ガスだけでなく石炭もロシア依存だ。米国の製鉄業界が使う石炭(無煙炭)の90%はロシアからの輸入だ。米国内ではペンシルバニア州で無煙炭を産出するが、生産量はこの5年で20%減り、その穴埋めも含め、ロシアからの輸入が5年で12倍になっている。米国の製鉄業がロシアからの石炭輸入に依存していることは米国の安全保障問題だと言って米議会の共和党が騒ぎ出し、ブリンケン米国務長官が石炭のロシア依存を知らないままロシア敵視策を展開してきたことを認めた。ロシア製は安いので使われている。国産品に切り替えると米国製の鉄鋼製品は値上げを余儀なくされ、ますます競争力を失って中国製などに取って代わられる。急に騒いでもマイナスだけ大きくなる。 (Blinken Says Unaware US Steel Industry Almost Entirely Dependent on Russian Coal) (OPEC, Russia seen gaining from climate activist wins

今回の件で、まだ大事なことを書いていない。中露がドルの基軸性を破壊しそうなそぶりを強めていることとか。それは次回にする。



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