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イスラエルは中東4極体制で満足なのか?

2026年1月18日  田中 宇 


この記事は「イランは転覆されるのか?」の続きです。

トランプ米大統領がイランに対し、ベネズエラでやったような「ソフト転覆」をやりそうな感じが強まっている。ソフト転覆とは、米国(トランプ)が敵性諸国に対し、表向きガチな政権転覆をやったように見せかけて、実は権力者を交代させるだけで政権党や政体を変えず、その国をあまり混乱、不安定化せずに反米から親米に転換させるトランプの「偽悪戦略」の一つだ(私の見立てと造語)。イランがソフト転覆される可能性は1月15日の記事でも書いたが、その後、この可能性がさらに強くなった。
'It's time to look for new leadership in Iran': Trump calls for regime change

トランプは、ベネズエラでマドゥロ大統領を逮捕したが、マドゥロの副大統領だったロドリゲスによる政権の継承を認めた。トランプはイランでも、最高指導者のハメネイ師がロシアに亡命することを条件に、今のイスラム共和国体制(聖職者群による集団指導体制)が継続し、既存の聖職者群の中から互選で次の最高指導者を出すことを認める。
Why a US strike on Iran remains a real threat

トランプがイランでソフト転覆をやることは決定的でない。まだ不確定だ。しかし、イランの反政府運動は下火になってきている。反政府運動はイランを政権転覆できそうもない。今の政体を倒した後、次に誰がどのような政権を作り得るのか不明確だ。
シャーの復権は非現実的な笑い話だ。米軍がイランを空爆しても、政権転覆はできない。ピンポイント空爆などでハメネイを殺しても、他の聖職者が選出されて現政体を引き継ぐ。トランプは空爆の限界を認めて延期した。
Trump 'greatly respects' Iran's cancellation of scheduled hangings, gives thanks

それならむしろトランプは、ハメネイと交渉し、ハメネイ自身の亡命と引き換えに政体の維持を認め、米国のイラン敵視も終わり、トランプがイスラエルを説得してイランと和解させてやると提案してハメネイに認めさせるソフト転覆策の方が良い。
ハメネイは、後継者を決めてから亡命する。ネタニヤフは、昨年末に訪米してトランプと会った時に説明を受け、条件を出したりしたのでないか。
Iran, Gaza and Turkey tensions top agenda as Netanyahu meets Trump in pivotal US summit

トランプはプーチンの協力も得ているはずだ。イランは親露国であり、ソフト転覆による米イスラエルとイランの和解はロシアの利益にもなる。
先日プーチン露大統領がイランとイスラエルに電話して両国間を「仲裁」したと報じられた。プーチンはトランプから頼まれて、ハメネイにソフト転覆策を説得して何らかの回答を得(おそらく、すでに策の推進をイラン側と打ち合わせ)た後、ネタニヤフに電話して進捗状況を説明したのでないか。
Putin offers to mediate Iran issue in phone call with Netanyahu

トランプはイラン空爆を延期したが、同時に空母など米軍をイラン近海に派遣している。イラン側が準備している間、米軍はイラン沖に展開して加圧する。
ハメネイ自身は多分すでにトランプの案を受け入れ、亡命するつもりでいる。プーチンも受け入れの準備をしている。条件交渉などイランやイスラエルの事情により、準備が終わるまでにまだ何週間かかかるかもしれない。
ベネズエラの場合も、準備に1-2か月かかっている。事後的な分析になるが、マドゥロはおそらくトランプと交渉して政権維持と引き換えに自分の拘束を認め、後継者をロドリゲスにすることも決めてから拘束されている。
ベネズエラ支配 成功への道

イランがソフト転覆によって米イスラエルから敵視を取り下げてもらうと「イラン問題」が解決し、中東が安定する。
パレスチナ問題はまだ残っており、ガザは瓦礫の山になったままだ。しかし、イラン問題が解決していきそうな今のタイミングで、トランプは1月16日に「ガザ再建」のための「ガザ平和評議会(トランプが主催し、米国人が中心)」や、パレスチナ人の行政実務者の機関(イスラエル傀儡のパレスチナ自治政府が担当)などの組織を創設し、ガザ戦争の解決が第2段階に入ったと発表した。
これらは全くの茶番劇ではある。イスラエルはハマスの残存を理由に、ガザへの支援物資の搬入すら渋っている。再建は行われない。ガザは瓦礫と死者の山として放置され続ける。
White House unveils members of Gaza ‘Board of Peace’

イスラエルは、ガザに続いて西岸でのパレスチナ抹消を進める。その流れは変わらない。イスラエルは、ホロコースト(の公式論、正史)を超える巨大な人道犯罪を意図して犯しているが、米国(トランプ)を傀儡化して世界最強なので、世界から断罪されない(それを誇示することで、人道主義を覇権維持に使ってきた英国系を無効化している)。イスラエルを非難する者は無視されるか、黙らされている。
トランプは、自分の策が成功し、イランとパレスチナの問題が解決して中東が安定したことを演出するため「ガザ再建」の茶番な組織を新設した。
Why Palestine Action hunger strikers are nearing death in UK prisons (and why British media have barely noticed)

イランが米国の敵視を解かれ、パレスチナ問題が「抹消」によって「解決」されると、今後の多極型世界において中東は、イスラエル・サウジアラビア・トルコ・イランという4極体制の地域になっていく。4極が均衡して安定する。そう予測されている。私もそう考えてきた。
しかし、本当にそうなのか??。4極のうち、イスラエルだけがどんとん強くなっている。イランはシリアとレバノンを影響圏として持っていたが、2024年末に両方ともイスラエルに奪われて失っている。イスラエルは、傀儡のアルカイダ(HTS)にシリアのアサド政権を転覆させ、レバノンを支配していたヒズボラも軍事攻撃で潰した。
イランは、イスラエルにへこまされた挙句、トランプにソフト転覆され、かなり弱くなった状態で、ようやく許される。これで解決だ。しかし、そうなのか??。弱くなったイランを、イスラエルはもう攻撃しないのか??。多極型世界は弱肉強食なのに。
The axis era: West Asia's new map after the `Flood'

イスラエル(リクード系)は911以来の四半世紀をかけて、世界最強の米諜報界から英国系を追い出して居抜きで乗っ取った。イスラエルは、米国のちからをそっくり自分のものにしている。
だから今のイスラエルは、中東の他の極であるサウジやトルコやイランよりもはるかに強い。イスラエルは、中東内のライバル諸国を簡単に政権転覆できる。
もともとのシナリオはこうでなかった。世界が多極化したら、米国はドル崩壊してそれまでの単独覇権を喪失するはずだった。
しかし、イスラエルは傀儡のトランプを動かして米連銀(FRB)を加圧し、ドル(債券金融システム)の巨大なバブルを延命させるためのQE(造幣による債券買い支え)や利下げをやらせている。
ドルと米覇権は、今後しばらく崩壊しない。米覇権は、イスラエルに乗っ取られたかたちで存続する。
リクード系の覇権拡大

イスラエルは、米国に昔からいたロックフェラーなど「隠れ多極派」に招かれて米諜報界に入り込んで乗っ取った。
米国の上層部は戦後ずっと、英国系と多極派の暗闘だった。英国系は諜報界を独占し、冷戦体制を構築して多極派を封じ込めていた。多極派は、諜報界にベトナム戦争など自滅策をやらせて覇権を浪費して冷戦終結に持ち込んだが、その後も暗闘は続いた。
多極派は、イスラエルを招き入れて米諜報界を英国系もろとも潰す策を展開し、これが成功して英国系は消滅しつつある。英国系が潰れたら米諜報界も潰れ、債券金融システムやドル基軸もバブル崩壊して米国のちからが大幅に低下し、世界は多極化するはずだった。イスラエルは、このシナリオをねじ曲げている。
ガザ停戦で拡大するイスラエルの中東覇権

イスラエルは、多極化の起爆剤として米諜報界に招き入れられた。米諜報界が自滅し、世界が多極化したらイスラエルは中東の4大国の一つになり、それで満足するはずだった。
しかし、現実はそうならない可能性が増している。イスラエルは、英国系を追い出した後の米諜報界を自滅させず乗っ取っている。トランプは多極派が擁立した大統領だが、しだいにイスラエルが押し出してきて、今では多極派でなくイスラエルの傀儡だ。
トランプは、多極型の世界運営の一環として米州主義を展開し、プーチンや習近平とこっそり仲良くするなど、多極派として機能している。しかし同時にトランプは、中東の運営で全くのイスラエル傀儡だ。
世界を敵に回すイスラエルの策

今後の多極型世界において、南北米州は米国の傘下、旧ソ連はロシアの傘下、中国と東南アジア(と朝鮮半島)は中共の傘下、南アジアは印度の傘下、欧州はEUの傘下に入る。中東は域内で4極の体制、アフリカも域内の多極体制になる(日本は「孤立文明」なので1国で一つの極になりそう。高市化はその始まり)。
イスラエルは既存のシナリオだと、米露中印日EUと肩を並べるのでなく、4極な中東の一部でしかなくなる。だが現状のイスラエルは米英の世界覇権を継承しており、中露よりも強い。イスラエルは「中東の4分の1でなく、中東を全部よこせ」と要求しているはずだ。
日本に台湾支援を肩代わりさせる

イスラエルはすでに、ロシアの影響圏だった旧ソ連のコーカサスでアルメニアやアゼルバイジャンを動かしてナゴルノカラバフ紛争を勝手に解決し、プーチンを譲歩させてコーカサスをイスラエルの覇権領域に組み入れている(表向きトルコがやったことになっているが、トルコにそんなちからはない)。
プーチンは、イスラエルが牛耳る米諜報界が起こしたウクライナ戦争で、最初から勝ち組にしてもらっている。イスラエルはロシアを強化し、英欧を自滅させた。その見返りに、プーチンはコーカサスをイスラエルにあげた。
アルメニアを捨てアゼルバイジャンと組んだイスラエル
イスラエル中東覇権の隠然性

イスラエルは、コーカサスだけでなく、もともと中露の覇権下だったカザフスタンなど中央アジアも自国の覇権下に入れ始めている。プーチンや習近平はそれを黙認している。
イスラエルはアフリカでも、ソマリランドをテコ入れするなど、覇権的な介入の動きを始めている。イスラエルは、中東の4分の1で甘んじるどころか逆に、中東に隣接する他の極であるコーカサスや中央アジアやアフリカにまで手を広げ、勝手に版図を拡大している。
ユーラシアの真ん中で世界の流れをとらえる
多極化後の中東の覇権争い

中東においてイスラエルは今のところ、トランプに仲介してもらってサウジやイランと和解する方向に表向き動いており、中東の4分の1で甘んじるかのような演技をしている。
イスラエルは、独立時の国土を越えて、1980年代からパレスチナ、ヨルダン、エジプトを傀儡化し、2024年には大英帝国が敷いた「サイクスピコ体制」をぶち壊してシリアとレバノンを影響圏に入れ、さらにはサウジの子分だったはずのUAEを引き込んで傘下に入れている。
ここまでの拡大は、米露中など世界も認めている。これでイスラエルは満足して中東4極の一つになるだろうと思われている。だが、米覇権を乗っ取ったイスラエルの拡大の野心が、そこで止まるとは思えない。
シリア新政権はイスラエルの傀儡

昨秋以来、イスラエルはトルコへの批判を強めている。批判は表向きだけで実は仲良しだと私は考えてきたが、今後は違うかもしれない。
イスラエルはまたイエメン内戦において、UAEをけしかけてサウジを苦戦させている。最終的にイスラエルは、トルコやサウジの政権を転覆して弱体化させるつもりかもしれない。
Netanyahu in rare rebuke of Trump: Gaza board makeup ‘contradicts Israeli policy’

そう考えるとイランも、ハメネイが亡命してトランプのソフト転覆で問題解決してイスラエルと和解する流れになるように見せかけて、実際はその後も延々とイラン国内が混乱し続ける可能性がある。
イランは、主力のペルシャ人のほか、アゼリ人やクルド人などを抱える多民族国家であり、中央政府が弱体化すると分裂しかねない。
アゼリ人は、北方のアゼルバイジャンと同じ系統で、アゼルバイジャンはイスラエルの傘下だ。クルド人も以前からイスラエルに支援・操作されてきた。弱体化したイランを、イスラエルがやさしく和解してやるとは思えない。
偽悪戦略で世界秩序を創造的に破壊するトランプ

イランを解体すれば、4極のうちの一つがいなくなる。イランのアゼリ人やクルド人はイスラエルの傘下に入る。クルド人は、トルコにもイラクにもシリアにもいる。シリアはすでに丸ごとイスラエルの傘下だ。
トルコのクルド人は、いったんトルコ政府との敵対をやめたが、イランが解体に向かうと状況が変わる。トルコも、イスラエルによって解体されうる。
サウジも、ムスリム同胞団(アルカイダ)をけしかけて内戦化するとMbS皇太子の王政が崩れる。サウジ王政はトランプが頼りだが、トランプはイスラエルの傀儡だ。いざという時に助けてくれなくなる。
Trump's Board of Peace announcement contradicts Israeli policy, PMO says

中東が仲良く4極の均衡になって安定すれば楽しいだろうが、現実はそんなに甘くない。イスラエルが握る米諜報界は、世界と米国内の政情を自由に操作歪曲できる。トランプや、後継者になりそうなJDバンスは、イスラエル依存から抜け出せない。
多極型の世界が安定するとしたら、それはイスラエルが望む拡張策がすべて世界(米中露欧など他の極たち)に黙認されて具現化した後になる。しかし、それは意外と早いかもしれない。
コーカサスや中央アジアへの拡張を中露が認めたことから今後を推測すると、世界はイスラエルの拡張を黙認する。イランやトルコやサウジは、イスラエルの傘下に入る。もしくは国家が解体され、バラバラにされた状態で個別にイスラエルに支配される。
日本を多極型世界に引き入れるトランプ

高市化した日本も、イスラエル(トランプ)にテコ入れされて中共に対抗しつつ極にのし上がっていきそうだから、すでにイスラエル傘下であり、イスラエルの拡張を喜んで認める。
これは「悪い」ことなのか。いやいや、国際政治における善悪観自体が、英国系の消滅とともに無意味化している。



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