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国家の威信に必要なくなった原子力産業のたたき売り

1997年2月22日   田中 宇

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 冷戦中は、核兵器を作ることは覇権への潜在的な欲求だった。だから、平和利用と銘打っていても、実は、短期間で原子力発電所から核兵器の材料を取り出すことができるようになっていた。

 たとえば日本の場合、私の記憶に間違いがなければ、何年か前にIAEAの研究者が、日本は3カ月で電力用の原子力発電所から核兵器の材料を取り出すプラントを完成させることができるから、潜在的に日本は核兵器を持っているのと変わらない、とのレポートを発表している。ノーモアヒロシマ的な意識から、核兵器に反対する国民が多い日本でさえ、そうだった。

 ところが今や、状況は変わったようだ。核兵器自体が無力化されたわけではないものの、世界の国々の多くは、もう核兵器は必要ない、と考えているように見受けられる。

 原子力技術が発達して小国でも扱えるようになり、大国が核兵器を誇示するのはむしろ世界情勢を悪化させ、世界の警察官を自認する米国にとってもマイナスだと判断され出しているのかも知れない。そして、政治家の関心が核兵器から遠ざかるとともに、金のかかる原子力産業自体が、国家のお荷物になりだしている。

 たとえば、96年7月5日のフィナンシャル・タイムスによると、1950年から大量の国家財政を投入して原子力技術を持つことに力を入れてきたアルゼンチンは昨年、一転して、建設中1カ所と稼働中の2カ所を含む、すべての原子力産業を、丸ごと売りに出した。

 買い手として想定しているのは、米国や欧州、カナダなどの電力会社や投資銀行である。アルゼンチンが自国の原子力技術を核兵器に使うつもりがあったかどうか、軽々に推測できないが、少なくとも、国家の威信をかけて進めてきた原子力プロジェクトが、外国人に売り渡してもいいようなものになってしまったことは確実だ。

 これはアルゼンチンが進めている「民営化」の一環らしいが、特に1970年代から稼働している最も古いアトウーチャ(Atucha)第1原発は、あと15年で廃炉にしなければならないので、買い手を探すのは難しいと思われている。



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