ワールドカップのテレビ放映を無料にすべきか:ドイツで論争

11月5日  田中 宇


 衛星放送やケーブルテレビなど、見たい人が金を払って見るという有料テレビが、世界中で増えている。有料テレビの番組として、最も人気があって稼げそうなものの一つがスポーツ、特にワールドカップのサッカーだろう。

 とはいえ、ワールドカップの試合が、有料テレビでしか見られなくなったとしたら、どうだろう。「サッカーはみんなのものだ。金持ちだけに見せるな」などと、反発を感じる人も多いはず。そして、ドイツの政治家たちも、同じ反発を感じ、「ワールドカップやオリンピックなど、大きなスポーツイベントの大事な試合のテレビ放映は、無料でなければならない」という規則をこのほど作った。

 この立法措置は、日本と韓国で共同開催が決まっている2002年と、ヨーロッパで開催されるであろう2006年のワールドカップの放映権を、ドイツで有料テレビなどを運営するメディア会社、キルヒ社が昨年、高額で落札したことに始まる、一連の放映権騒動の結果、なされたものだ。

●国際サッカー連盟内の権力闘争がきっかけ

 それまで、ワールドカップの放映権は1970年代以来、ヨーロッパの公共放送の連合体であるEBUが取得していた。だが、国際サッカー連盟(FIFA)内部で、アベランジェ会長ら南米派と、ヨーロッパサッカー連盟のヨハンソン会長ら欧州派との間で権力闘争が発生。これまでサッカーの普及を掲げてEBUにほぼ自動的に与えていた放映権を、入札価格の高い会社に与える方法に変えるよう、欧州派が強く求めた。

 結局、それが通り、従来価格の10倍以上の19億ドル(約2000億円)を入札したキルヒが落札した。1996年7月のことである。

 その後、ドイツを中心に、ワールドカップが有料テレビでしか見られなくなってもいいのかどうか、という議論が続いた。キルヒ社は、サッカーが国民的なスポーツであるということを認識して、ドイツの代表チームが戦う緒戦とセミファイナル、ファイナルの3試合は、無料で放映することを決めた。

 だが、政治家たちはそれでも納得しなかった。ドイツ連邦の各州首相から成る政府機関は、ドイツチームが出場する試合はすべて無料とするよう、キルヒに求めた。また、EU(欧州連合)の議決機関、欧州議会も、スポーツや文化の大きなイベントの放映は、無料としなければならない、ということを決めている。

 一方キルヒは、そんなことをしたら高額の放映権取得費用が回収できないとして拒否。その結果、10月下旬、ドイツ政府は、ワールドカップなどの大事な試合の放映は無料でなければならない、との規則を決めた。ただし、これを法律とするとキルヒ社が裁判に訴え、裁判所は必ずしも政府勝訴に導くとは限らないため、法律とはせず、テレビ局が自主的に守るべきガイドラインとした。

 キルヒ社は納得していないため、今後は、どこまでの試合が「大事な試合」に当たるのか、ということが、ドイツの当局とキルヒ社との間で駆け引きされることになるとみられる。

 この紛争が主に対象としてきたのは、2006年のヨーロッパ大会である。2002年の大会は、会場がヨーロッパから遠く離れた日本と韓国であり、時差の関係から、試合の実況は未明になる予定。そのため、実況は無料で放映し、一般の人々が起きている翌朝以降に放映する録画分だけを有料とすることで、折り合いがつきそうな状況だ。一方、2006年の大会は、ドイツで開かれる可能性もあるため、やっかいな問題になっている。

 最終的にこの紛争がどのような結論で終わるか、まだ確定はしていないものの、スポーツのテレビ放映権を使ってビジネスをしようと考えてきたテレビ局や大手広告代理店にとっては、思わぬ計算違いとなることは間違いない。

 
田中 宇

 


関連サイト

FIFA
国際サッカー連盟のホームページ(英語)

朝日新聞
2002年ワールドカップ誘致関連記事集

The Soccer Server
インターネット通信社Nando net のサッカー専門ニュースサイト(英語)





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