不況の闇はどこまで深いか98年4月10日 田中 宇 | |
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戦後最悪といわれる不況に突入し始めた日本経済を救うため、橋本政権は、大型の減税と公共事業という、2本の柱を合わせた景気対策を実施しようとしている。日本が大規模な景気対策を実施することは、欧米や東南アジア、中国などの政府からの、強い要求でもある。 昨年から続いているアジア金融危機によって、それまで高成長していた東南アジアや中国の経済は、急に勢いを失い、自動車やパソコンから石油化学製品、セメントにいたるまで、あらゆる商品が売れ残っている。これを誰かが買い取らないことには、今後ますます多くのアジア企業が倒産し、人々が失業や生活苦に陥ることになる、と予測されている。 今や世界で唯一、安定した経済成長を保っている大国であるアメリカに向けては、すでに昨年からアジア製品の輸出の波が押し寄せている。だが、アメリカはアジア諸国に対して巨額の貿易赤字を負っているため、クリントン政権は、アジアからの輸入が増えることを嫌っている。 そこでクリントン政権が目をつけたのが、もう一つの経済大国、日本であった。日本の経済規模は、その他のアジアをすべて合わせた金額の2倍もある。日本の人々がもう少しアジア製品を輸入してくれれば、アジア諸国の苦境を軽くすることができるはずだ、という考えが出てきたのは当然だった。 4月2日、ロンドンにアジアと欧米の首脳が集まって開かれたASEM(アジア欧州会合)に出席した橋本首相は、各国指導者から、強い景気対策を実施するよう、要求された。この流れを受けて打ち出されたのが、今回の減税と、公共事業の実施だった。 ●会社が潰れそうなのに金を使えるわけがない 減税は所得税、住民税など合わせて4兆円。公共投資は16兆円の規模だ。だが、これらの政策が功を奏する可能性は少ない。そのことは、日本に住んでいる読者の方々の多くが、すでに感じておられると思う。これから未曾有の不況になるかもしれない、という時に、能天気に財布のヒモをゆるめる人は、ほとんどいないだろうからだ。 しかも日本では、不動産価格の下落によって、人々が何十年ものローンを組んで買ったマイホームの価値が下がっている。「土地は必ず値上がりするから、借金しても買った方がいい」と信じて買った家が、今や売ったら巨額の損をする状態になっている人も多い。 また、昨年秋の相次ぐ大手金融機関の破綻以来、日本人にとって「失業」が身近なものになった。今年は準大手建設会社や大手メーカーの中にも行き詰まるところが出てくると予測されている。消費は冷え込んで当然の状態で、大型の景気対策でも、上向く可能性は少ない。 ●消費税をゼロにしたら? しかも公共事業は、実質的な「真水」は半分で、残りは土地取得費など、景気効果が少ないとされる出費。投資の内容も、人口密度が低い地方に交通量の少ない道路や橋をかけたり、お客があまり来ない地方都市の文化会館など、以前からの「箱もの」公共事業のマンネリズムで、景気効果が少ないと分かっているはず。 どうせなら、出生率の向上につながりそうな公共の託児所を、大都市を中心に多数開設し、そこに補助金を出すとか、ニュースを見ている国民に「日本の政府も変わったな」と思わせる内容の政策を打った方がいいのだが、体制自体が以前のままなので変化が望めない。 減税にしても、源泉徴収制度によって納税感覚が薄いサラリーマン中心の日本では、あまり消費者心理にプラスにならないだろう。しかも、これまた半分は、以前から決まっているもので、目新しさはない。 景気のことだけを考えるのであれば、消費税をいきなりゼロに戻せば、かなりの効果がはず。だが、高齢化社会に備え、大蔵省が10年以上かけて政治家を動かした苦心の消費税がなくなったり、税率を下げるとは思えない。 ●日本より台湾の方が頼れる? 実は、欧米やアジア各国政府は、日本の景気対策には、それほど期待していない。たとえば台湾の蕭万長首相(行政院長)は4月8日、マスコミのインタビューに対して、日本は自国の問題で手いっぱいで、アジアの経済危機を救う強い動きは期待できない、と明言している。そして蕭首相は、日本に代わり、台湾が中国と協力して、東南アジアや韓国を助けることができる、と提案した。 この動きは、外貨保有に余裕があり、経済危機の影響が比較的少ない台湾が、アジア経済支援を機に、外交発言力をつけて、国家として世界に認めさせよう、という目的のためになされたもの。北京の中国政府は、台湾を国家として認めさせることはできないため、この動きを批判した。 とはいえ、こういった政治的かけひきを抜きに考えると、東南アジアに対する支援では、日本より台湾の方がうまくやれそうな気さえする。日本には強いリーダーシップが欠けているが、台湾には李登輝総統(大統領)を始めとする、政治力のある強いリーダーがいるからだ。 ●アメリカの世界経済戦略にそもそもの間違い 一方アメリカでは、クリントン大統領が4月3日の記者会見で、日本政府に対して、もっと強い内需拡大策を実施するよう求める発言をした。だがアメリカは、橋本政権に対して、強い要求ができない立場にある。アメリカは昨年まで、今とは正反対の財政緊縮要求を、日本に対して求めていたからだ。 財政緊縮政策は、不振に陥った経済を立て直すためには、財政赤字を減らすことで、インフレをなくし、国家に対する外国の金融機関からの信頼を回復することが大切だ、という理屈だ。この理論に基づき、橋本政権は昨年、消費税率を上げ、公共投資を減らしたのだった。だが、その後アメリカは、この政策が逆効果であることに気づいた。 この政策はもともと、1994年に通貨危機に陥ったメキシコ経済を立て直すため、アメリカとその出先機関であるIMFが実施し、成功したといわれているやり方である。その前に起きた、中南米の経済危機の際も、同じような手法が使われた。その成功を引き継いで、昨年のアジア経済危機に対してIMFがとった政策も、財政緊縮だった。 だが、中南米では成功しても、昨年の東南アジアでは失敗しそうな兆候が、すぐに表れた。政府支出を急に切りつめたため、経済の活力が急激に失われてしまったのである。インドネシアでは、生活必需品に対する補助金をカットすることにした結果、小麦や石油製品が値上がりし、暴動につながった。日本でも昨年以来、消費が一層落ち込んだ。 このような時に必要なのは、財政引き締めではなく、逆に財政赤字を増やしても、政府が経済のテコ入れをすることであるはずだ、という考えが、昨年暮れあたりから、欧米の経済専門家の間で広がった。結局、アメリカから日本への要求は、赤字国債や減税によって、経済をテコ入れせよ、というものに変わった。インドネシアに対するIMFの要求も、何度も差し替えられた。 橋本首相としては、アメリカの命に従っただけなのだが、日本政府を代表する身としては「アメリカが方針を変えたので」などと言うわけにはいかない。結局、橋本さんは「朝令暮改」のそしりを受けることになった。 ●実は誰も望んでいない日本のイニシアチブ さらに言うなら、そもそもアメリカは、日本がアジア経済危機を立て直すためにイニシアチブをとることを望んでいない。もし日本に強いリーダーがいて、マハティールやスハルト、金大中と会い、アメリカを抜かして日本が直接アジアを支援しようとしたらどうなるか。間違いなく、クリントン政権はこれをつぶすだろう。 昨年9月、日本が中心となってアジア経済危機を救うIMFに似た機関を作る、という構想を、当時の三塚大蔵大臣が打ち出した。香港で開いたIMF総会でのことだった。この案は東南アジア諸国から賞賛されたが、英米の代表が「アジア人だけでやると、人間関係を重視しすぎるアジアの特性が弊害となり、うまくいかない。IMFは一つでなければならない」と主張し、打ち砕かれてしまった。 こうした例をみても、戦後50年たったものの、日本がアメリカの傘から出て、外交的なイニシアチブをとることを、アメリカは許していない、と筆者は考える。そして日本の政治家と官僚、財界人の多くも、外務省などを除けば、それでかまわない、と思っているようだ。 もう一つ、欧米にとっては、日本経済が破綻しても、それほど大きな影響はない、という現実もある。世界経済が「グローバル化」したとはいえ、欧米から日本への輸出は、欧米経済全体からみれば、GDPの0.5-1%という微々たるもの。しかも日本は過去数年間、あまり経済成長をしていないので、東南アジアや韓国と違い、日本経済が崩壊しても、欧米への影響は少ないと予測されている。影響が出るとしたら過熱しているニューヨークの株価に対するものぐらいだ。 それでは、日本経済はこのままでも仕方がないかといえば、そうではない。日本の危機は「景気対策」で何とかなるようなものではなく、もっと構造的なものだ。戦後の50年間の経済成長を達成した、日本の国家システムが機能しなくなっている。どうしてこんなことになったのか。それは、次回の記事で考えてみたい。(今のところ3部作を考えています)
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