沈みゆくロシアとどうつきあうか

98年11月24日  田中 宇


 サングラスをかけたり、目出し帽をかぶって覆面したロシア連邦保安局(ロシアの公安警察、旧KGB)の職員が、内外のマスコミを集めて内部告発の記者会見をする、という出来事が、最近モスクワであった。

 彼らによると、連邦保安局はいまや、金持ち実業家や政治家が敵を倒そうとする際の、暗殺や誘拐、盗聴、密輸、爆破テロなどを請け負って実行する犯罪組織に成り下がっているという。

 ソ連崩壊後、KGB職員たちは、国家からの豊富な資金供給を断たれ、「民営化」せざるを得なくなったが、その結果がこれであった。社会主義時代には「国家テロリズム」の実行機関だった組織が、不用意に「民営化」され、単なるテロリスト集団になってしまったのは当然ともいえる。

 最近のロシアは、国家の崩壊を象徴するような、この手の話が多い。ロシアから核物質や核兵器の技術が持ち出されるのを防ぐため、アメリカがロシアの税関職員をトレーニングするための金を出す、というのもその一つだ。またロシアではこの冬、極北や極東の地方で、食料や燃料が不足し、大量の死者が出るかもしれない、と予測されていることもある。

 筆者は半年ほど前、すでに「国家破産の危機に陥るロシア」という記事を書いているので、むしろ、その後6ヶ月たっても、何とか持ちこたえている方が、驚きなのかもしれないが。

●アメリカ農民のためのロシア食糧支援

 崩壊して行くロシアに対して、アメリカを始めとする欧米諸国は、改革を支援し、最近では食糧支援も実施した。だが、これらの「支援」の中には、イメージだけは良いものの、実はほとんどロシア人のためになっていないものが多いことが、最近になって分かってきた。

 ロシアの混乱が大きくなり、ロシアに投資していた欧米の金融機関が大損をして撤退した結果、もうロシアに支援しても無駄だ、という見解が、欧米諸国の要人たちの間に広がっている。それとともに「今までの支援だって、けっこうおかしな結果になっていたのだ」という、いまさらながらの暴露が、欧米メディアに載るようになっている。

 たとえば、アメリカからロシアに対する食糧支援について。ロシアは食糧不足だ、とする分析がある一方で、かんじんのロシア政府は「食糧は不足していない。欧米が余った食糧をロシアに押し付けたいだけなのではないか」などと発言している。(プリマコフ首相の側近がニューヨークタイムスに語ったコメント)

 ロシアの今年の収穫は、45年ぶりの不作だというが、南部の穀倉地帯では、最近まで穀物の輸出が続けられていた。ロシア農業省によると、国内の89の地方のうち、食糧不足が起きているのは22地方で、その一因は、穀倉地帯の州政府が、他の地方に穀物を供給するよりも、海外に輸出してドルを稼いだ方が良いと考えて、他州への穀物の持ち出しを禁止していることにあるという。

 ロシアでは中央のエリツィン政権が弱体化した結果、各地の州知事など、地方の有力者が分裂割拠する事態になっており、それが食糧の流通を麻痺させている。

 また、イギリスの雑誌「エコノミスト」は、11月14日号の記事で、欧米からロシアへの食糧支援に対しては、ヨーロッパの外交官の間でも批判があるが、大手穀物会社などによるロビー活動が強いので、そうした批判は無視されている、と述べている。

 「穀物メジャーが世界を支配している」という陰謀説を思い出させる現状があるということだ。この見方を裏付けるように、アメリカの農務長官は対ロシア食糧支援について「アメリカの農家や牧畜業者にとってプラスとなる。最近の農産物の供給過剰を解消でき、市況の値下がりを食い止められる」とコメントしている。

 食糧支援は、ロシア人のため、という名目のもとに、アメリカの穀物会社や農家(そして選挙のときに農家の票をあてにできる政治家)のためになることをする、ということだったともいえる。

 さらに、そうした食糧支援が、最も食糧不足に悩んでいる極北・極東の年金生活者や低所得者に行き渡るのかどうか、ということも、大きな疑問だ。

 援助食糧の大半は、ロシアの政府機関が配給業務に当たるのだが、こうした政府機関の多くは、旧KGBに劣らず、腐敗している。しかも、援助する側が配給を監視することは、ほとんどなされていない。アメリカは1993年にもロシアに食糧支援をしたが、このときも支援物資のかなりの部分が、一般市場向けに横流しされ、政府系運送会社の関係者などがぼろ儲けする結果に終わっている。

 そもそも、国際間の食糧支援については、ロシアだけでなく、北朝鮮やインドネシアに対するものでも、胡散臭い部分があった。北朝鮮では、飢餓に陥っている人々に食料が届いているかどうか確認することに対して、アメリカはあまり熱意を示さなかった。インドネシアでは、不作とはいえ全国民が食えるだけの食糧はある、という分析もあったのに、重視されなかった。「穀物メジャーの陰謀」とは思いたくないのだが・・・。

●「改革」そのものが「用済み」に

 最近では、ロシアの「改革」そのものが、もともとうまく行くはずのないものだった、という論調も出ている。その原因は、8月にロシア政府が国債の債務不履行宣言をしたことをきっかけに、欧米の銀行などの大口投資家が大損し、ロシアへの投資など2度とやりたくない、と考えるようになってしまい、欧米にとってロシアが「用済み」となったからであろう。

 そして、いまさらのように「ロシア政府の高官は腐敗している」という指摘が出されている。たとえば、ニューヨークタイムスが11月23日にすっぱ抜いた記事が一例だ。

 それによると、アメリカCIAは1995年に、当時ロシアの首相だったチェルノムイルジン氏が、汚職に手を染めている、という調査報告書を、ホワイトハウスに提出した。たとえば、チェルノムイルジン首相は、ドイツの企業がロシアに進出したいと言って相談してきたとき、その企業の経営者と会うだけで100万ドル(1億円以上)を要求したという。

 だが、その報告書は、ゴア副大統領によって受け取りを拒否され、「こんなもん出してくるな」といったような、殴り書きのコメントとともに突き返された、という。ゴア氏はチェルノムイルジン氏を重要なロシア人脈と考えていたため、汚職を暴露して人脈を失いたくなかった、ということらしい。

 CIAはこのほか、改革・親米派の重鎮とされていたロシア政府高官、チュバイス氏の汚職についても調べ、報告書を提出したが、ホワイトハウスからは「うわさの寄せ集めに過ぎない」などとして、無視されたという。

 こんな記事が出てくる背景には、ロシアの高官が腐敗している、ということが、もはやアメリカ政府にとってタブーではなくなったことに加え、このところCIAがホワイトハウスや議会から「無能」扱いされて苦汁を飲まされていることへの対抗、といった意味もあるのだろう。

 欧米の金融機関がロシアで儲けることができなくなって撤退したら、アメリカ政府も「ロシアの改革」を支援しなくなった、という現状からみると、そもそもロシアの「改革」とは、「欧米金融機関が儲かる体制をロシアに作る」ということだったのではないか、と考えたくなる。

 欧米の金融機関が儲かっている以上、ロシアの「改革派」がいかに腐敗していようと、大したことではない、というのが、アメリカ政府の立場だったのだから。逆にロシアの「改革派」にとっては、「欧米勢に大儲けさせてやっているのだから、俺たちも分け前をもらう権利ぐらいある」というわけだった。

●欧米がロシアで儲ける時代は終わった

 ロシア政府は8月17日、自国の銀行が外国の債権者に対して支払わねばならない債務の支払いを、90日間延期する、という債務履行遅延(モラトリアム)の宣言をした。そして、さる11月16日に、その90日間が終わった。

 外国の投資家は、ロシア政府が発行するルーブル建ての国債を買う際、ルーブルの対ドル為替の変動リスクを減らすため、ロシアの銀行との間で買わせ先物取引の契約をしていた。もし国債の満期日までの間にルーブルが下がっても、契約相手の銀行は、あらかじめ決められた為替レートでルーブルとドルを交換しなければならない、という契約だった。

 ロシアの銀行の多くは、いずれかのロシア政府高官の息がかかっている。高官たちはルーブルを切り下げるつもりはなかったから、この先物取引はロシア側にとって儲かるものとなるはずだった。

 だが、今年8月、アジアの金融危機がロシアに飛び火すると、ロシア政府はルーブル切り下げに追い込まれた。そしてその際、自国の銀行を守るため、モラトリアムを宣言したのだった。その後、90日間の支払い猶予によって、ロシア政府はその間に経済を立て直し、ルーブル相場を元に戻そうとしたが、無駄だった。

 11月16日以降は、欧米の金融機関がロシアの銀行の資産を差し押さえることができるようになり、1500行もあるロシアの銀行のうち、半分は倒産する、と予測されている。そして、これがロシアの金融界と、欧米からロシアへの投資の「終わり」となる可能性が大きい。

 今後、アメリカなどは、ロシアに対して、核物質や核兵器の流出が起きないように注意を払うことはあっても、ロシア経済を何とかしようとは、考えなくなっていくかもしれない。そうなるとロシアは「使用済み核燃料」のような存在になりつつある、ともいえる。

 エリツィン大統領が病気になり、間もなく退陣を余儀なくされる可能性が高まっていることも、こうした傾向に拍車をかけそうだ。

 エリツィン氏が退陣した場合、当面はプリマコフ首相が大統領職を代行するが、3ヶ月以内に選挙が行われる。そこで勝ちそうなのは、現在モスクワ市長をしているルシコフ氏と、天然資源の豊富なシベリアのクラスノヤルスク州で知事をしているレベジ氏だが、いずれもアメリカに対する親近感はエリツィン氏より少ないとされる。

 その分、ロシア民族主義が台頭する可能性が大きくなる。その意味からも、欧米投資家がロシアで儲ける時代は終わりつつあるといえる。

●ロシアに接近する日中の温度差

 それでは、この時期に小渕首相がモスクワを訪問するなど、ロシアとの関係を改善しようとしている日本は、どんなビジョンを持つことができるだろうか。

 日本のロシアに対する最大の関心は北方領土の返還だろう。そのためエリツィン政権は、北方領土における日本の「主権」をある程度認める方向で、国内を説得する代わりに、日本からの援助を積み増ししてもらい、欧米から見放された分を埋め合わせしよう、と作戦をとっている。

 とはいえ「エリツィン以後」のロシアは、民族主義の傾向が強まりそうなため、ロシアの政治家に対して「北方領土を日本に返すことを少しは検討しても良い」という態度をとらせることすら、期待することは難しくなりそうだ。

 それを考えると、今ロシアと交渉しても得るものは少ない、ということになる。北方領土問題の解決への道も、遠いといえる。 (ロシアに対する食糧支援に金を出すことは、アメリカの穀物会社と政治家を助けることになり、対米政策としては効果があるかもしれないが)

 そんな中、ロシアの荒野を横切って、病身のエリツィン大統領に会いに行った、もう一人の元首がいた。中国の江沢民国家主席である。

 中国がロシアに接近するねらいは、アメリカの対極を行くものだった。欧米がロシアを見捨てるのなら、中国がロシアに接近し、中露でアメリカに対抗できる勢力を作ろう、という作戦だ。中国とロシアは、国連安全保障理事会の常任理事国であり、2国が歩調を合わせれば、外交上、米英に対抗する力を発揮することができる。中露はすでに、イラクに対する攻撃や、旧ユーゴスラビアのコソボ紛争などに関して、共同で米英の方針に反対している。

 中国にとってはまた、ロシアから新型兵器を調達できるという利点もある。中国の軍備は、アメリカなどに比べてかなり旧式のものが多い。欧米製の兵器で武装しているライバルの台湾に対して、このままでは太刀打ちできない、とも言われている。ロシアは政府の金庫は空っぽでも、軍事技術は依然としてかなりのものであり、中国がロシア製の新型兵器を導入していけば、台湾・アメリカとの軍事格差を縮めることができる。

 中国とロシアの間は、社会主義の時代、当初の蜜月状態と、その後の敵対状態との格差が大きいため、相互不信も残っているが、今後、中露が接近していく可能性は大きく、その場合、日本の外交上の立場も微妙に変化せざるを得なくなる。そのあたりのことを考えて、ロシアと付き合っていかねばならないだろう。

 


参考になりそうな記事 (すべて英語)

KURILES QUARREL

 北方領土問題について解説したアジアウィークの記事

 






メインページへ