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台湾の日本ブーム

1999年8月23日   田中 宇

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 台北の繁華街の一つ、東門でレコード店(CDショップ)に行った。このメール配信の読者で、普段は東京に住んでいる台湾人の若者、唐先智さんが台北に帰省中で、筆者を案内してくれた。唐さんは台湾のMTV(音楽専門のテレビチャンネル)で仕事をしており、音楽のプロだ。「台湾では日本の流行歌が人気だそうですね」と筆者が言うと「店に行ってみましょう」ということになった。

 表記が漢字であるほかは、店内は日本のCDショップと同じ雰囲気だ。店の入り口近くに、最近売れているCDがベストテン風に並んだ棚がある。棚は3つあり、「東洋暢銷排行榜」「西洋暢銷排行榜」「国語何とかかんとか」(メモしなかったのでここはうろ覚え)と漢字で書いてある。「暢銷排行榜」というのは、ヒットチャートという意味らしい。

 よく見ると、漢字のほかに英語が併記されているのだが、「東洋・・・」の上には「Japanese Chart」と書いてある。そこに並んでいるのは全部、日本の流行歌のCDなのだった。

 1位は宇多田ヒカルの「First Love」、2位は柏原崇の「No'Where」、3位SHAZNA、4位小林優美、5位鈴木亜美となっていた。「西洋式」はアメリカの音楽で、映画「ターザン」(漢字では「泰山」)のサントラ盤が1位、「国語」は台湾の歌手による中国語(北京語)の音楽だ。

 中国語の「東洋」は、中国より東の洋上にある島、つまり日本のことを指す意味がある。日本語の「東洋」とは違い、アジア全域を指す言葉ではない。とはいえ、台湾では、日本の音楽は、西洋音楽と並ぶ存在になっているのは、驚きだった。

 日本にいると、日本よりアメリカ文化の方が進んでいるという感じにとらわれていただけに、日本が台湾で「洋物」音楽の世界をアメリカと二分しているという現状が意外だった。しかも最近では、アメリカより日本の音楽の人気が高く、唐さんが働く台湾MTVでも最近、アメリカ音楽を減らし、日本音楽を増やしているという。

 唐さんによると、「東洋」の棚では、ときどき韓国のポップスも上位にくることがある。この日の棚にも、20位に入っていた女の子3人組のグループ「SES」は、韓国人で、日本でテレビドラマの主題歌を歌っているのとのことだ。

 筆者はほとんど日本の最新音楽について知らないのだが、聞くところによると、柏原崇は日本では、俳優としてある程度知られているが、歌手としてはさほどではないという。だが台湾では、5月にコンサートをして以来、歌が爆発的にヒットし、大変な人気が続いている。4位の小林優美も、日本より台湾で有名らしい。

▼正規版と海賊版

 店内で売っているCDには、同じアルバムでも2種類の値段のものがあった。高い方は400元(1400円前後)で、安い方は150元(約500円)。高い方は日本の著作権者にお金を払った上で作られた正規版なのに対して、安い方は著作権料を払っていない無許可コピー版だ。正規版と海賊版が、同じ店内に並んでいるというのがすごい。

 日本は台湾(中華民国)を国家として承認していないので、著作権にかかわる日本と台湾の協定が存在しない。そのことも、無許可コピーが出現する理由の一つになっているとのことだ。

 店内には、日本のテレビドラマのビデオCDもあった。その多くも海賊版だったが、よく見ると、海賊版ビデオCDのケースに「コピー禁止」を意味する表示があった。海賊版なのに、自分の著作権を主張するのはおかしい、などと言いながら、唐さんに解読してもらうと、どうやらそれは、中身に対するコピー禁止ではなく、CDジャケットのコピー禁止ということらしい。

 海賊版CDは、中身は無許可でも、タイトルや説明書きが中国語で、独自のものだ。だから、海賊版の中身だけでなく、ジャケットもカラーコピーすることで、海賊版のそのまた海賊版を作れないようにとの防御策らしい。

 台湾の若者は日本と同様、カラオケが好きだ(カラオケは「KTV」という。「K」は「カラオケ」の頭文字)。台北には「キャッシュボックス」(漢字では「銭櫃」)など、カラオケボックスのチェーン店があちこちにある。そこでも中国語(北京語)、台湾語などと並んで日本語の歌が人気だ。

 最近、唐さんが友人と「銭櫃」に行ったとき、混んでいたので部屋が空くまでロビーで待っていたのだが、そこにもマイクがあり、知らない女の子が宇多田ヒカルを歌うのを聞いたそうだが、まるで宇多田本人そっくりの歌い方で、びっくりしたという。

 日本語が話せなくても、何度も聞いているうちに、歌手と全く同じに歌えるようになっているのだろう。台北では最近「哈日族」という言葉ができている。「日本フリーク」「日本オタク」といった意味だ。

 台湾では、音楽だけでなく、テレビコマーシャルに日本の光景が出てくることも多い。少し前に放映されたカップラーメンのコマーシャルは、日本人の若者が登場し、日本語で「おふくろの味はうまい」などと言うシーンが流れ、画面の下の方に中国語の字幕が出るものだったという。また、

 台湾で1000店以上展開しているセブンイレブンが売り出したおでんのコマーシャルは、台湾で以前、超人気だったテレビドラマ「おしん」を思わせる田舎の冬景色をバックにした、日本語仕立てだった。

 台湾では、日本のテレビの連続ドラマが人気だが、放映時には、日本語のセリフの下に漢字の字幕が入っている。その雰囲気をかもし出すため、コマーシャルでも字幕を使ったのだろう。

 筆者がMTVで見た台湾の女性歌手のプロモーションビデオでは、日本のアパートの畳の部屋で膝をかかえながら歌っている歌手本人の映像が使われていた。その部屋の光景は、日本風なのだが、本物の日本の部屋ではない。白い壁、白い座卓のある部屋に畳が敷いてある。日本そのものではなく、台湾の若者が「日本」という言葉から感じている光景が、そこに描かれているように感じた。

 なぜ台湾で、こんなに「日本」が流行するのか。一つの理由は、台湾が親日的な国であるということだ。日本の敗戦後、国民党が大陸から渡ってきた1949年から、民主化が始まる1980年代後半まで、台湾は国民党政府による恐怖政治が敷かれ、政治的な腐敗も大きかった。

 そのため、人々はその前の日本統治時代を懐かしむ傾向が強まった。民主化が進み、それまで禁止されていたさまざまな日本文化の流入が許されるようになって、数年前から日本ブームが次第に拡大した。

 「日本統治時代は良かった」と書くと、中国大陸の読者、あるいは日本の「良心派知識人」読者の中には、反発する人もいるかも知れないが、筆者は台湾にきてから、政府幹部から台北の若者、老人など10人以上の台湾人、外省人(国民党とともに大陸から台湾にきた人々)に、日本についてどう考えるかを尋ね、得た回答が「日本統治時代はその後の圧政時代より良かった」であった。

 「台湾人のアイデンティティ」に続く。



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