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イスラエルに未来はあるか

2001年2月12日   田中 宇

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 先日エジプトを訪れた際、イスラエルとユダヤ人のことに詳しいエジプト人の大学の先生と会う機会があったが、彼の話で印象的だったのは「イスラエルはやがて破綻する」という予測だった。

 彼がそう予測するのは、パレスチナ人がテロをやるので、ユダヤ人が恐がって世界からこれ以上イスラエルに移民してこなくなるからだという。このことを分かりやすく説明するには、1948年のイスラエル建国前までさかのぼらねばならない。

 イスラエルは、世界からユダヤ人移民が集まる国としてパレスチナ地方に建国されたが、パレスチナ地方にはもともとパレスチナ人(アラブ系)が住んでいた。1946年時点でパレスチナ人が130万人だったのに対しユダヤ人は70万人しかいなかった。

 「シオニズム」と呼ばれるイスラエルの建国運動はユダヤ人国家の建設を目標としていたから、パレスチナ人が首相や与党になってしまうのは許されなかった。そのため、イスラエル建国直後の中東戦争に勝利したイスラエルは、パレスチナ人を武力で村から追い立て、一部はレバノンやヨルダンなどの周辺諸国に難民として押しつけ、残りは「ヨルダン川西岸」と「ガザ」の2地域に押し込め、選挙権を与えないで難民状態に置いた。イスラエル国内に残ったパレスチナ人(アラブ系住民)は1−2割となった。

 イスラエルは民主主義国であるが、それはパレスチナ人を追い出した上で行われており、ゆがんだものだ。イスラエルを正当化する考え方として「アラブ諸国は民主主義ではないが、イスラエルは立派な民主主義国だ」という主張があるが、それは間違っていることになる。イスラエルはむしろ、アパルトヘイト時代の南アフリカに近い存在といえる。

▼アラファトがイスラエル首相になる?

 追い出したパレスチナ人を国内に入れると、イスラエルはユダヤ人の国ではなくなって自滅する。そのため、イスラエルはパレスチナ人難民が戻ってこないようにする策略を考えた。パレスチナ人はエジプト、ヨルダン、シリア、レバノンの国民と同様アラブ人(アラビア語を話す人々)なので、最初はそれらの周辺諸国が難民に国籍を与えて迎え入れることを期待した。

 しかし、これを実行したのはヨルダンだけだった。他の国は、パレスチナ人を国民として受け入れると微妙なバランス上に立っている国内政治が不安定になるし、イスラエルの策略に乗りたがらなかったため、現在にいたるまで難民の身分を変えさせないでいる。周辺諸国は、パレスチナ人を難民として残すことで、イスラエルに反撃する先兵として機能させ続けている。

 パレスチナ人は多産である。たとえば、シリア人は3−4人の子供を持つ家庭が多いが、シリアのパレスチナ人難民は7−8人以上の子供を持つ家庭が珍しくない。この理由をパレスチナ人に尋ねたところ、答えは「イスラエルに勝つため」であった。人口でイスラエルのユダヤ人を圧倒していれば、武力では負けても、いずれ民主主義の戦いが中心になったときに勝てる、というのだった。(ほかに、人口が多ければ軍事要員も多いので、戦死者が増えても戦えるという理由もあるだろう)

 今やパレスチナ人は、難民と西岸・ガザの住民を合計すると650万人で、イスラエル国内のアラブ系住民も加えれば750万人になる。イスラエルのユダヤ人は500万人なので、難民全員の帰還が許されて民主主義が行われれば、PLOのアラファトがイスラエル首相になっても不思議ではない。

▼「和解」という名の隔離政策

 パレスチナ人をイスラエル国民にしないよう、次に考えられた方法は、パレスチナ人にイスラエルとは別の国家を与えることだった。これは1993年に「オスロ合意」というかたちで実現に向けて動き出した。この合意は、イスラエルがパレスチナ人の人権を重視した結果のように考えられているが、実はそうではないと私には思える。

 「パレスチナ人国家」の国土になる予定のガザは、イスラエルがパレスチナ人をエジプトに押しつけようとして作った地域で、エジプトがパレスチナ人に国籍を与えなかったため、宙ぶらりんになった地域である。

 またヨルダン川西岸地域はイスラエル建国後、いったんヨルダン領になり、住民はヨルダン国籍を与えられたが、パレスチナ人ゲリラが西岸を拠点にイスラエルを攻撃し続け、ヨルダン政府は十分に取り締まらなかったため、1967年の中東戦争でイスラエルが奪って併合した地域である。

 その後、イスラエル軍が直接パレスチナ人の武力行使を取り締まったが手を焼いたため、いっそのことパレスチナ人に自治をさせ、イスラエルに対する反抗も自己規制させてはどうか、という考えが起こり、オスロ合意につながった。

 オスロ合意は一般に「和解」であると解釈されているが、イスラエルの真意はむしろ、手間をかけずにパレスチナ人を隔離し、シオニズム運動を完成させることにあったと思われる。パレスチナ側の代表であるアラファトは、国家の指導者になれることを喜んで合意に応じたが、他のパレスチナ人勢力の中には、イスラエル側の真意を見抜く人々が多く、妥結直前の昨秋になって合意に反対する機運が高まった。

 イスラエル前首相のバラク(労働党)は、パレスチナ人に対してある程度譲歩しても「隔離」を実現させることが重要だと考えたが、ライバル政党リクードの党首シャロンはパレスチナ人を信頼せず、隔離してもパレスチナ人は国境越しにイスラエルを攻撃し続け、奪われた土地を取り戻そうとすると予測し、パレスチナ人に自治など与えず、イスラエルの力で閉じ込め続けた方が良いと考え、オスロ合意体制に反対した。シャロンが首相に当選した今、オスロ合意は過去のものになったとみられている。

▼イスラエルを敬遠するユダヤ人

 イスラエルは、パレスチナ人の人口増加に対抗するため、世界各地に住んでいるユダヤ人たちを自国に移住させようと努力を続けてきた。1950−60年代、イスラエルがパレスチナ人を追い出した報復として、アラブ諸国が国内のユダヤ人を冷遇する動きを見せたとき、イスラエルは不安に駆られるアラブ諸国のユダヤ人たちに移住を勧め、それらの国のユダヤ人たちがイスラエルに来れるよう、大規模な飛行機部隊や船団を仕立てた。

 1990年代にソ連が崩壊し、ソ連在住のユダヤ人が自由に出国できるようになると、ロシアやウクライナからの移民受け入れも増えた。中には出生関係の証明書を偽造してユダヤ系を装い、ロシアより経済的に豊かで仕事があるイスラエルに移住してくるロシア人も多く、イスラエルの宗教関係者は移民を制限するよう求めたが、ロシア系移民は増え続け、今では国民の1割以上を占めるまでになった。

 しかし、このようにして積極的に移住者を集めても、現在世界にいるユダヤ人約1400万人のうち、3分の1ほどしかイスラエルに移住してきていない。19世紀にシオニズム運動が始まったときは、イスラエルが建国されればユダヤ人の大半が移住すると考えられていたから、運動はあまり成功していないことになる。しかも、各地から多様なアイデンティティを持つ人々を集めたため、政治的な指向がまとまりにくくなり、中小政党がいくつもできて政治が不安定になった。

 ユダヤ人がイスラエルに移住しない大きな理由の一つは治安が悪いからだ。ユダヤ人の多くはアメリカ(600万人)やフランス(60万人)、イギリス(30万人)など欧米先進国に住んでおり、多くは中産階級として不自由のない生活を送っている。宗教心が特に強い人は、建国前後に移住してしまっているので、現在も欧米に住んでいるユダヤ人の多くは、爆弾テロなどで命の危険にさらされるイスラエルに移ることを好まないだろう。

▼イスラエルではなくアメリカを目指すべき?

 私が会ったあるイスラエルのユダヤ人は、アメリカのユダヤ人のことを「自分は恐がってイスラエルに移住してこないくせに、パレスチナ人の人権ばかりを問題にする」と言って批判していた。

 アメリカには、シオニズム自体に反対するユダヤ人も多い。アメリカのユダヤ人は、ウォール街を金融の中心地に仕立て、ハリウッドを映画の都にした功労者である。ユダヤ人はマスコミや広告業界でも活躍し、ユダヤ人移民が来なかったらアメリカの発展はなかったと言っても過言ではない。ユダヤ人が目指すべき場所はイスラエルではなくアメリカだ、という考えも成り立つのである。

 シオニズム運動はもともと、ユダヤ人がヨーロッパでの差別から逃れ、独自に発展できる場所を作るという意味もあって始まった。だが今や、ユダヤ人差別は世界的に許されなくなり、ユダヤ人が嫌いでも、インターネットに匿名の書き込みをするぐらいしかできなくなっている。

 私が今通っているハーバード大学では、安息日前の金曜日になると「キッパ」と呼ばれる河童の皿のようなユダヤ教の帽子を誇らしげにかぶってキャンパスを歩くユダヤ人の男子学生がたくさんいる。アメリカではもはや、ユダヤ人であることは隠すべきことではなく、シオニズム運動の目的はアメリカですでに達成されている。

 そんな中でイスラエル首相になったシャロンは、イスラエルの人口をもっと増やすため、シオニズム運動の復活を提唱している。だが、彼が強硬姿勢をとるほど、その反発でパレスチナ人が爆弾テロを起こし、新しい移民がこない傾向が強まって、パレスチナ人との人口競争に勝てない結果になる。

 ここ数年、中東和平問題は「ユダヤ人差別の解消」という観点より「パレスチナ人に対する人権侵害」という点の方が次第に重視されるようになっている。イスラエル系の団体が、世界各地で人々にナチスのホロコーストを忘れさせないように各種のキャンペーンや攻撃を行っても、ユダヤ人の悲劇よりパレスチナ人の悲劇の方が注目される傾向は変わらないように思える。

 こうした点を考えると、アパルトヘイトが終わったように、イスラエルがパレスチナ人を押し込めている状況も、いずれ変わる日が来るかもしれない。そうなれば、ユダヤ人国家としてのイスラエルの歴史は終わりになりかねない。エジプトの先生はその状況を見越して「イスラエルは破綻する」と言ったのだった。



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