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アメリカの原子力発電と地球温暖化

2001年5月7日   田中 宇

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 反原発運動の高まりを受けて歴史的役割を終えつつあると思われていた原子力発電が、アメリカで復活する兆しを見せている。1月にスタートしたブッシュ新政権が、カリフォルニア州を中心に続く電力供給不足に対応するため、発電所をどんどん作る計画を打ち出しているが、その柱として原子力発電を重視する方向性が含まれている。

 アメリカでは、1979年にスリーマイル島原発事故が起き、反原発運動が高まった結果、原子力はコストとリスクの高い発電とされるようになった。事故の際には巨額の補償が必要で、建設時にかかる環境や近隣への対策費も大きいからである。そのため、アメリカの電力業界ではその後20年以上にわたって新しい原子力発電所の建設をスタートさせていない。

 電力会社に与えられる原発の運転免許は通常40年間だが、多くの原発は1960−70年代から動いているため、そろそろ免許が切れる時期に入っている。原発に代わり、発電の中心は天然ガス火力発電になっており、電力会社が「時代遅れ」の原発の免許を更新することは少ないだろうと考えられてきた。

 ところが、世界中で発電の主力が天然ガスになった反動で、昨年から天然ガスの価格が上がり始めた。石油価格も高い状態が続いている。地球温暖化の原因となっているといわれる二酸化炭素など「温室効果ガス」の排出を先進国から順番に規制していくという国際協定(京都議定書)が1997年の「京都会議」で打ち出され、火力発電のコストが上がりかねない状況となった。そのため多くの電力会社が、運転免許が切れた原発を廃炉にせず、免許を更新して運転し続けると予測されるようになった。

 アメリカの電力業界は自由化が進んでいるため、発電所の売買がよく行われるが、稼働中の原発を買いたいという電力会社が増え、発電所は高い値段がつくようになった。発電所の値段は発電量によって決まるが、千キロワットあたりの原発の平均的な価格は、2年前には100ドルほどだったものが、最近では800ドル前後まで上がっている。

▼ブッシュ政権は石油独裁?

 アメリカでも環境保護意識が高まっているため、稼働中の原発の寿命を延ばすことはできても、新しい原発を作ることは非常に難しい。むしろ、既存の原発の発電効率を上げることが政策の中心となりそうで、すでに3月には議会上院で原発の改良工事に対して補助金を出す法案が提出されている。

 ブッシュ政権のエネルギー政策では原発の重視と並び、石油・石炭の火力発電を増やすことも盛り込まれている。ブッシュ政権では、大統領と副大統領の両方が石油会社を経営した経験を持ち、石油業界の利権に直結した政権といわれている。

 そのため、新政策で露骨に石油火力発電所などの増加を打ち出すと、環境問題を重視する人々から「やはりブッシュは石油業界と癒着している」という攻撃が強まるので、それを和らげるために二酸化炭素の排出が少ない原発に対する重視を強調した、という可能性もある。カリフォルニアの電力危機はアメリカの政権が交代する直前に起きたが、これは新政権にとって、発電所をどんどん作らせて石油の使用増につなげられる良い口実ともなっている。

 新政権のエネルギー政策は、今後20年間で1300ヵ所の発電所を建設するというもので、チェイニー副大統領は「毎週1基ずつ発電所を作らねばならない」と発表した。しかし原発だけでなく、火力発電所に対しても各地の地域住民の反対が強いため、そうした計画の実行自体が危ぶまれている。

 ブッシュ大統領は3月末以来、アメリカを含む先進国の二酸化炭素などの排出削減量を定めた「京都議定書」からアメリカを離脱させる姿勢を打ち出している。これは、前任のクリントン時代に締結されたものだが、ブッシュ政権になったとたんに反故にされたため、これもブッシュの石油業界との癒着の一端ととらえられ、温暖化防止に積極的なヨーロッパ諸国の反発をかっている。

 ブッシュが京都議定書に反対する理由の一つとして掲げたことは「地球温暖化の原因が人類が排出する二酸化炭素の増加だと言い切るには科学的根拠が薄い」ということであった。これはアメリカの共和党が以前から主張していることで、私も3年ほど前、共和党寄りの新聞「ウォールストリート・ジャーナル」や、保守系の時事解説誌「エコノミスト」に掲載された論文などをもとに、二酸化炭素悪玉説の科学的根拠について疑問を呈したことがある。( 「地球温暖化京都会議への消えない疑問」 )

 だがその後、今年1月に世界の気象学者たちが書いたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書(気象庁による和訳、PDFファイル)で、改めて温暖化と二酸化炭素との因果関係が説明されたことを機に、エコノミストは一気に「二酸化炭素悪玉説」を認める立場に転じた。世界のメディアの大勢は「悪玉説」の肯定に向かっており、その点ではブッシュの主張は多くの反発を呼んでいる。

▼そもそも達成不可能だった目標値

 とはいえ、そもそも京都議定書に書かれた温室効果ガスの削減目標をアメリカが達成することが経済成長を大幅に犠牲にしない限り不可能だということは、クリントン時代から分かっていたことであった。クリントンはヨーロッパとの外交関係や「環境に優しい政権」というイメージ維持を重視して、それを明言していなかっただけである。

 アメリカ人は、地球上の全人口の4%を占めるが、その人数で、人類の活動によって出される二酸化炭素の25%を排出している。一人あたりの二酸化炭素の年間排出量は5・5トンで、日本(2・5トン)の2倍以上である。アメリカに対して「二酸化炭素の排出を減らせ」という要求が突きつけられるのは当然といえる。

 アメリカの二酸化炭素排出量が多い一因は、公共交通があまり発達していない「自動車社会」だからである。一人あたりの年間排出量は、同じく自動車社会であるオーストラリアが4・7トン、カナダが4・4トンであるのに対し、公共交通が発達しているイギリス、ドイツ、韓国などは日本同様に2トン台、メキシコやインド、中国などの発展途上国に至っては1トン以下である。

 しかし、アメリカを公共交通中心の社会にすることは非常に難しい。地下鉄やバスなど、大都市における公共交通の充実化は1980年代から続いているが、あまり成功しているとはいえない。自家用車でどこにでも行けるという便利さを獲得した人々を自発的に公共交通を使う生活に戻すことは無理だ。

 京都議定書では、アメリカは2010年の温室効果ガス排出量を1990年より7%減らすことを求められている。だが、アメリカ経済は10年以上好景気が続いたため温室効果ガスの排出量は減るどころか増え続けており、目標を達成するには今年以降の10年間で排出量を30%も減らさねばならない。こうした急な減少は、ガソリンや電力に高い税金をかけるなど、経済成長をわざと減速させない限り達成できないと思われる。アメリカ人の大半はそれに賛成しないだろう。

 先進国の中で京都議定書の目標を達成できるのは、イギリスとドイツぐらいのもので、日本を含む残りの国々の多くは、達成が難しいと予測されている(ドイツが達成可能なのは、環境保護装置がついていなかった旧東ドイツの発電所や工場を止めたという特殊事情による)。

 そのため京都議定書の見直しを求める声もある一方で、ヨーロッパ諸国は「この機会を逃すと二度と二酸化炭素規制ができないかもしれない」と考え、アメリカの参加が得られなくても京都議定書を発効させ、後からアメリカの参加を促したり、実現可能な目標の再設定をする方向を模索している。

 逆にアメリカは、ヨーロッパが主導し「京都」の名を冠することで日本を巻き込んで締結され、アメリカに協力を迫るかたちの京都議定書をいったん拒否し、その後アメリカ主導で自国があまり損しない新しい温暖化対策計画を模索するつもりなのではないか、とも考えられる。



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