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「戦争」はアメリカをもっと不幸にする

2001年9月18日   田中 宇

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 私のウェブサイトには、アフガニスタンの首都カブールで撮った写真がはりつけてある( アフガニスタン写真紀行:カブールの街角 )。

 爆撃で壊された繁華街、廃墟のようになった旧王宮の建物など、見るも無惨な姿の町並みである。今後、9月11日の世界貿易センタービルなどへの大規模テロ攻撃への報復として、アメリカ軍がカブールを空爆したとしたら、その後でこの写真を見た人に「アメリカによって空爆を受けた後のカブールの姿です」と言えば、信じてもらえるだろう。

 しかし、私がこの写真を撮ったのは昨年5月のことだ。カブールは、1990年代前半、アフガンゲリラどうしの内戦が続いた際、首都の支配権をめぐって戦う2派のゲリラ組織が、一派は市街地に、もう一派は近郊の山の上に陣取って相互に攻撃しあった結果、町の半分以上の地域が、この写真にあるような廃墟になってしまった。

 その後、1996年にイスラム軍政組織「タリバン」がこれらのゲリラ組織を打ち破った後、タリバンの統治下でカブールは平穏に戻った(イスラム的な服装の強要などが行われたが)。

 しかし、対米テロ組織とアメリカから名指しされたオサマ・ビンラディンをタリバンがかくまっているため、国連は1999年にアメリカの圧力でアフガニスタンに対する経済制裁を開始し、カブールの復興はほとんど進まないまま止まっている。

▼アフガニスタンより失うものがはるかに大きいアメリカ

 アメリカは「テロリストをかくまう国の政府はテロリストと同罪だ」と言っているので、米軍が大規模テロ事件に対する報復攻撃を行う場合、その対象にカブールが含まれる可能性がある。しかしカブールは、アメリカの空爆を受けたとしても、すでにそれ以前から廃墟状態である町並みが、これよりはるかに無惨な姿になることはない。

 加えて言うなら、カブールには現在、何十万人かの人々が住んでいると思われるが、それらの人々の多くは、一度は隣国パキスタンなどに避難して難民生活をしたことがある人で、難民キャンプよりもカブールに戻った方が、収入などの面で少しは生活が楽になるかもしれないと考えて、戻ってきた人である。つまり、カブールでの生活は、多くのカブール市民にとって、仮住まいのような形になっている。

 彼らがカブールから避難する場合、200キロほど離れたパキスタンのペシャワールに向かうことになるだろうが、カブールとペシャワールの間は、平時から内戦国アフガニスタンにしてはかなりの交通量がある。カブール市民の多くは、兄弟や親戚がアフガン難民の都市であるペシャワールにも住んでいて、内戦の戦況を見ながら、両都市間を行き来しているからだ。

 米軍がカブールなどのアフガニスタン諸都市を攻撃すれば、一般市民が多く死傷することは間違いない。だが、ソ連軍が侵攻してきた20年前からずっと戦場であり続けたアフガニスタンは、さらなる攻撃を受けても、人々はペシャワールに戻るだけで、新たに失うものが比較的少ないのも事実である。

 それに比べ、アメリカはどうだろう。9月11日のテロリストの一撃は、あらゆる分野に計り知れない衝撃を与えている。そして、犯行を行った組織は事件後もアメリカ国内でひそかに力を温存している可能性がある。もし米軍がアフガニスタンを攻撃し、その再報復として米国内に潜んでいるテロ組織が第2の攻撃を仕掛けたらどうなるか。

 アメリカの全国民が「星条旗」のもとに心を一つにして「自分たちがどんな危険な目にあっても戦い抜く」という態度を続けたとしても、アメリカがそのような国家総動員の戦争体制になると、世界からアメリカに集まっていた巨額の資金は、アメリカが持つリスクが急に大きくなったことを嫌って海外に流出し、アメリカの繁栄は失われてしまう。アフガニスタンに比べ、アメリカが失うものはあまりに大きい。

▼イスラエルになったアメリカ

 もう一つ、私が事件後に感じているのは「アメリカはイスラエルのような国になった」ということだ。事件の被害者を悼むニューヨークでの市民集会は、イスラエルでパレスチナ人によるテロ事件が起きるたびにテルアビブなどで開かれている市民集会と似た雰囲気を持っているように感じた。イスラエルでは空港や街頭でのセキュリティチェックが非常に厳しいが、アメリカ国内のセキュリティチェックも今後大幅に強化されることは間違いない。

 イスラエルは昨年、パレスチナ人に小さな自治国家を与えることに対して最終的な踏ん切りがつかず、1993年のオスロ合意から続いていた中東和平交渉を白紙にもどし、それをパレスチナ側のアラファト議長のせいにした(アメリカ政府もアラファト非難に回った)。

 それ以来、イスラエルではパレスチナ人の自爆テロが続いている。これに対抗するため、イスラエル当局は今春以来、先手を打ってパレスチナ側の過激派の要人を暗殺する軍事プロジェクトを進め、すでに何人かが殺害された。

 これに対してアメリカ政府上層部では「イスラエルはやりすぎだ。これでは人権侵害だ」と主張する派閥と、「最後までイスラエルを支援すべきだ」と主張する派閥とが分かれたが、そんな中で少しずつ反イスラエル派が優勢になっていた。8月末にイスラエル軍がパレスチナ自治区内のベイト・ジャラ村に戦車を入れて占領したとき、アメリカのパウエル国務長官はイスラエルに撤退するよう求め、イスラエルに対する圧力を強めた。

 ところが、それからわずか2週間、今ではブッシュ大統領自らが「敵方の要人暗殺が必要だ」と言い出している。アメリカ政府が少し反イスラエルに傾くと、奇遇にも大事件が起きて、アメリカは再びイスラエル側に引き戻された。こうした「奇遇」があるゆえに、証拠がないにもかかわらず、今回の大規模テロ事件に対して「イスラエル謀略説」が出るのだと思われる。この「奇遇」は、イスラエルの宗教右派の人々からすれば、まさに「神の意志」であろう。

▼一気に盛り返した米タカ派

 米政府内では、副大統領のチェイニーが親イスラエルで、国務長官のパウエルはアメリカがイスラエルと運命をともにすることに懸念を抱いていた。2人は対中国政策をめぐっても対立していたが、中国とは経済関係が大切なので反中国の政策は引っ込めるという結論になり、反中国の姿勢が強いチェイニーは、ブッシュ政権内で外されたような格好になっていた( 「米中関係と靖国問題」参照)。それが9月11日の大事件を境に、チェイニー流のタカ派政策が、一気に盛り返してしまっている。

 アメリカがイスラエルのような国になったなら、今後考えられる変化として、イスラエルと同様に「タカ派指導者」と「宗教極右」の台頭があり得るかもしれない。

 アメリカではここ10年間、タカ派政治家はアメリカの経済的繁栄にリスクをもたらすので歓迎されず、クリントンもブッシュも安定を重視する「中道派」として選挙に勝っていた。ところが、今後「戦時体制」が続くと、イスラエルのシャロン首相のようなタカ派政治家が、アメリカの政権を握る可能性が出てくる。イスラエルのように国民感情の揺れを反映し、タカ派と中道派の指導者が交互に登場する流れになるかもしれない。

 シャロンのような政治家は、人々に「経済発展を犠牲にしても国を守るためには仕方がない」と思わせる仕掛けを作るので、警戒が必要だ。アメリカのタカ派勢力は、そのあたりの手法について、すでにイスラエルの政治家からいろいろアドバイスを受けている可能性もある。

 もう一つの「宗教極右」はイスラエルではユダヤ教極右であるが、アメリカではキリスト教極右であろう。すでに昨年の大統領選挙の際、ブッシュの勝利にアメリカのキリスト教右派がかなり協力したと指摘されている。アメリカでキリスト教右派が台頭すれば「十字軍のときのようにエルサレムを守れ」というような言い回しが頻出することになるが、すでにその傾向は表れている。

▼「文明の衝突」という「企画書」

 もう一つ、事件後に私が気になっているのは、一時ベストセラーになった「文明の衝突」という本についてである。ハーバード大学のハンチントンという学者が書き、1998年に出されたこの本は、西欧文明と、イスラム文明の中東世界とが対立するようになるだろうと予測しており、今回の大規模テロ事件の背景を先んじて説明したものとして、改めて注目されている。

 しかし、この世の中で「当たる予想」というものは、「見せかけ」であると疑った方が良いことが多い。たとえば、新興宗教の教祖が「近々この世の終わりが来る」と予言(分析)し、その指摘通りの事態を起こすために大都市に毒ガスをばらまくというシナリオは、日本人にとってはすでになじみのあるものだ。そう考えると「文明の衝突」に対しても疑問が湧いてくる。

 日本に対する分析が日本人から見て筋違いであることも手伝って、この本の理論展開は粗雑だという批判があちこちから出ている。(たとえば[超短評]ハンチントン『文明の衝突』

 この本の著者のハンチントン教授が大規模テロ事件の犯人だとは思えないが、この本は「現状の分析から、将来起きることを予測する」というより、「将来こんなことが起きたらアメリカのためになるのではないか」という提案書、企画書ではないかと思われてくる。ハンチントン教授は、米ソ間の冷戦時にも「アメリカは国を挙げてソ連と戦わねばならない」という主張を表明していたタカ派であり、世界のどこか外部に「巨大な敵」を持つことがアメリカにとってプラスになると考えているようだ。

 しかし冒頭に書いたとおり、カブールを空爆してもアメリカにとってマイナスにしかならないと思われる以上「文明の衝突」がアメリカに幸せをもたらすとは思えない。



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