ヤシン暗殺の背景を考える2004年03月30日08時49分ハマスの「精神的指導者」といわれるヤシン師がイスラエル軍に暗殺されたことは、その背景や動機、なぜ今か、といったことなどに関して、いろいろな憶測を呼んでいる。 興味深く読んだ記事のひとつは、ロシアのプラウダの記事だ。「シャロンがヤシン殺害を命じたのは、自分の命を守るためだった。イスラエルの極右勢力は、シャロンがガザからイスラエル軍と入植者を撤退させようとしていることに強く反発しており、このままではシャロンは、オスロ合意を推進しようとしたラビンのように暗殺されていたかもしれない。イスラエル国内の極右勢力をある程度納得させるために、シャロンはヤシンを殺したのだ」といった読みになっている。 Making sense of Israel's madness Yassin murder http://english.pravda.ru/mailbox/22/98/387/12339_yassin.html もうひとつのポイントは、イスラエルのモサドが1970年代にハマスを資金面などでひそかに支援していた、ということ。イスラエルは、パレスチナ社会でほぼ唯一の政治勢力だったアラファトのPLO(社会主義・アラブ民族主義)の力を削ぐため、イスラム主義のハマスを台頭させ、PLOに対抗させるべく、ハマスにてこ入れしていた。 Analysis: Hamas history tied to Israel Hamas is a Creation of Mossad http://www.globalresearch.ca/articles/ZER403A.html イスラエルは1984年にヤシンを逮捕し、懲役20年の刑を課したが、翌年にはパレスチナ側との捕虜交換協定に基づき、ヤシンを釈放している。捕虜交換協定という名目で「野放し」にした方がイスラエルにとってプラスになるパレスチナ側の人物を釈放するのは、イスラエルがよく行う「敵を作る作戦」である。 イスラエルがそのヤシンを殺したということは、イスラエルにとってヤシンの「敵」としての存在が「用済み」になったということを意味している。 シャロンがガザから撤退し、もうガザのパレスチナ人とはなるべくかかわらないようにするという「隔離政策」を本気でやるつもりなら、ヤシンのような「作られた敵」も必要なくなる。だからヤシンを殺したのだ、とも考えられる。 ガザでは従来、PLOよりもハマスの力が次第に強くなっていく状況が続いていた。ヤシンの死は、この流れを逆転させる。ガザでPLOが力を盛り返す可能性がある。そうなると、一時は危ぶまれていたガザと西岸との政治的な一体化を維持させ、パレスチナ側を安定させる効果をもたらす。シャロンはもしかすると、ラビンがやろうとしていたパレスチナ国家の樹立計画の続きを、ラビンの平和主義とはまったく逆のスタイルで達成しようとしているのかもしれない。 タイトル一覧へ | |