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イラクの治安を悪化させる特殊部隊

2003年8月11日   田中 宇

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 7月27日、バグダッドのマンスール地区(かつての高級住宅街)で、米軍の部隊が一軒の家を襲撃した。その家にサダム・フセインが隠れているかもしれないという情報に基づいて襲撃したと報じられているが、実際のところその家にはサダムはおらず、それどころか米軍が周辺を通るイラク人の自動車に警告せず無差別発砲したことから、一般市民に数人の死者が出る結果となった。

 この日の襲撃に際し、米軍部隊は75人でやってきて、問題の家のまわり道を封鎖した。ところが、その家が面している表通りを何十メートルかにわたって封鎖したものの、表通りに交差するいくつかの細い脇道を通行止めにしなかった。そのため、何も知らずに脇道から表通りに出てくる自動車があり、米軍はそうした車の一台に対していきなり乱射した。その車(トヨタ)に乗っていたのは近所の一家だったが、3人が死亡、1人が重傷を負った。車には30カ所近くの弾痕が残っていた。(関連記事

 これと前後して、表通りを封鎖した地点でも、事情を知らずに接近してきた何台かの乗用車に米軍が乱射した。そのうち一台は炎上し、乗っていた2人が焼死した。別の車は発砲されて向きを変えて走り去ろうとしたが、米軍はそれを追いかけて発砲し、運転手を殺した。いずれも、米軍は接近してくる自動車に対して警告を発せず、突然発砲して一般市民を殺害した。また米軍は死傷した市民を病院に運ばずに放置した(近所のイラク人が病院に運んだ)。これらのことから、この日の事件は多くのイラク人を激怒させた。(関連記事

▼市民の金を強奪する米兵

 同じ日、イラク中部の「聖都」カルバラでも、米軍がイラク人を怒らせるようなやり方で市民を殺害する事件があった。カルバラには、シーア派イスラム教徒が崇める歴史的人物イマーム・フセインの廟があるが、米海兵隊がパトロール中にこの廟に入ろうとしたため、付近の市民が反対して海兵隊の前に立ちはだかり、その後の混乱の中、市民1人が海兵隊に射殺された。翌日、殉教者となったこの市民の葬儀が行われ、葬儀の隊列が再び米軍とにらみ合いとなり、さらに1人が殺された。(関連記事

 カルバラのフセイン廟は、イラク人の6割を占めるシーア派にとって最大の聖地で、米軍が廟を汚したということになると、イラク人の反米感情を高めてしまう。米軍は、今年4−5月の占領当初には、なるべくカルバラ市街地に入らないように注意していた。

 これと前後して、北部の町モスルでも、モスクに行こうとしていた群衆を米軍が通行止めにして、怒った群衆が投石したところ、米軍が群衆に向かって乱射する、という事件が起きている。(関連記事

 また、ゲリラ掃討を目的に米軍が一般市民の家庭を襲撃し、その家族の男たちに手錠をかけ、捜索の結果、彼らがゲリラではないと分かっても、そのまま手錠を外さずに米軍が立ち去ってしまったり、家族がタンス預金として隠していた現金を「テロ資金の疑いがある」と称して持ち去ったりするケースが、イラク全土で相次いでいる。(関連記事

 イラクでは銀行が機能していないため、どこの家にも大体タンス預金があるが、持ち去られた現金がテロ資金などではないと分かっても、米軍がそれを返還することはなく、この点でも市民の怒りをかっている。

 このほか、米軍がバグダッド市内などに作ったチェックポイントで、米兵がイラク市民を殴ったり、所持金に「テロ資金」の疑いをかけて没収する事件が頻発している。ある米兵士はAFP通信に対し、そのような同僚兵士たちによる犯罪的な行為をすでに20件以上は見たと証言している。(関連記事

▼ネオコンの秘密部隊「タスクフォース20」

 これらのケースを、すべて単なる「失策」と考えることもできる。米軍は、イラク人がタンス預金をしていることなど知らず、壁の中などに巧妙に隠された現金を見てテロ資金だと勘違いしたのかもしれない。何カ月も駐屯が続いて米兵の士気が落ち、市民に対する扱いが荒っぽくなるのは当然かもしれない。作戦遂行の経験が浅いので、表通りだけ封鎖し、裏通りを封鎖し忘れたのかもしれない。

 だが、以下に紹介する点を考えると、これらのすべてが単なる「ミス」なのかどうか、疑問を抱かざるを得なくなる。それは、冒頭で紹介したマンスール地区の襲撃を行った部隊のことだ。それは「タスクフォース20」といわれる部隊なのだが、この部隊は国防総省の特殊部隊「デルタフォース」の中でも、特に秘密の任務を遂行する精鋭部隊として知られている。イラク戦争でこの部隊は、大量破壊兵器を探すことと、サダム・フセインを探すことを任務としてきた。(関連記事

 この部隊は6月18日、イラクとシリアの国境地帯で「イラク前政権の重要人物(サダム)と思われる一行」の車の隊列を追いかけ、そのまま国境を越えてシリア領内に入り込み、シリア軍の国境警備兵などシリア側の80人を殺害するという事件を引き起こした。

 事件後、タスクフォース20が追いかけていたのは「重要人物」ではなく、イラクからシリアにガソリンを密輸出しようとしていた車の隊列であることが判明した。アメリカ国防総省に、この隊列が「サダムかもしれない」と連絡してきたのはイスラエルで、国務省はその情報を検証せず、すぐにタスクフォースに出撃命令を出したという経緯も明らかになった。

 UPI通信はこの事件に関して「アメリカ政府内で、シリアと仲良くしてイラクに関する情報を得ようとしているCIAと、イスラエルと親しいため反シリアの傾向が強い国防総省が対立している。シリアとの関係を悪化させたい国防総省は、イスラエルからの情報が間違っている可能性があると感じつつも、あえてタスクフォース20を使ってシリア領内に進撃させたのではないか」という分析を報じている。(関連記事

 もともと、シリアに対して「イラクの前政権に関する情報をくれたら関係改善してやる」と持ちかけたのは、イラク戦の終結直後にシリアを訪問したパウエル国務長官だった。そして、国防省内でイスラエルと親密なのは、ウォルフォウィッツ国防副長官ら「ネオコン」である。

 「ネオコン=国防総省=イスラエル」の陣営と「中道派=国務省=CIA」の陣営が対立していることを考えると、タスクフォース20によるシリア領内への進撃は、ネオコンによる中道派への攻撃だったと見ることができる。つまり、タスクフォース20は、ネオコンの意を受け、政治臭の強い作戦を展開する(ことがある)部隊だと考えられる。(関連記事

 7月23日、サダム・フセインの息子のウダイとクサイが殺害されたが、この作戦を遂行したのも、タスクフォース20だった。この作戦は、ネオコンのウォルフォウィッツ国防副長官がちょうどイラクを戦後初めて訪問し、同じモスル市内にいる時に展開されている。(関連記事

▼米軍はわざとイラク人を怒らせようとしている?

 米軍がわざとイラク人を怒らせようとしているという考え方は、すでにイラク人の間にかなり広がっている。バグダッドなどでは、電力、水道、電話などの都市基盤の復旧が遅れているが、市民の間には「アメリカは、自国に楯突いたイラク人を懲罰するため、わざと復旧を遅らせているに違いない」といった見方が以前からある。(関連記事

 だが、もし米軍の行動の一部がイラク人をわざと反米に傾けようとする意図で行われているとしたら、その目的は何なのか。そこで私が気づくことは、国防総省が主導するブッシュ政権が世界に対してとっている戦略が世界中の人々に反米感情を抱かせようとする「一強主義」(単独覇権主義)であり、その小型版としてイラク人に反米感情を抱かせようとする戦略があるのではないか、ということである。

 前々回の記事「戦争のボリュームコントロール」で、アメリカ中枢では以前から、戦争が続いた方がいいと考える「軍産複合体」(国防総省と軍事産業。産軍複合体ともいう)が権力を握ろうとする傾向が強いことを指摘した。それとの関係で考えると、ブッシュ政権を乗っ取った感がある軍産複合体にとっては、イラク人が反米感情を強めてイラクがテロの温床となり、テロ戦争をできるだけ長続きさせられる(ただし米軍は適当なところで撤退する)のが望ましいと考えていたとしても不思議はない、ということになる。

 また、アメリカ中枢にいるネオコンは、イスラエルでアラブとの対決姿勢を強く打ち出しているリクード党と深いつながりがあることを考えると、イラクが反米で混乱した社会の方が、アメリカが反アラブの姿勢をとり続けることにもなり、リクードにとって都合がいい、ということにもなる。



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